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第百五十話 「読解とは、言葉を理解することではなく、お姉様の検閲を突破して生き延びる行為である」という話

ジョージよ・・・お前どこで見てるんだよ・・・

外交官レジデンス、書斎。


暖炉の火が静かに燃え、室内には上品な温もりが満ちている。

だが、その穏やかさとは裏腹に――空気は妙に張り詰めていた。


拓海は、豪奢なマホガニーのデスクに座らされている。


逃げ場はない。


背後には、微笑みを崩さない詩織が立っていた。

距離は近すぎず遠すぎず――だが、完全に“逃がさない位置”。


「……なぁ、姉貴」


拓海は、恐る恐る振り返る。


「これ、……本当に送らなきゃダメか?」


「当然でしょう」


即答。


「あなたの脳から、その不気味な翡翠色の霧を追い払うには、

“正常な刺激”が必要なの」


一拍。


「――菜摘ちゃん、というね」


柔らかい声なのに、逃げ道は一切ない。


「……さあ、打ちなさい」


端末を、軽く指で示す。


拓海は、渋々と視線を戻した。


震える指で、文字を打つ。


『セーター届いた。ありがとな。ちょっとサイズ小さかったけど、あったかいから着てる』


送信ボタンの上で、指が止まる。


「……これでいいだろ」


「不合格。やり直し」


間髪入れずに、斬られる。


「なんでだよ!」


「事実だけなら報告書でいいのよ」


詩織は、画面を一瞥する。

それだけで、すべてを評価し終えている。


「これは“上書き”なの」


一歩、わずかに距離が詰まる。


「“あったかいから着てる”の後に」


ゆっくりと、言葉を置く。


「“菜摘が編んでくれたからかな”と続けなさい」


一拍。


「ハートマーク付きで」


「……は?」


「二つ」


「増えた!?」


「感情は、強い方がいいのよ」


淡々とした説明。


「それが、エドワード君という“ノイズ”を押し流すための、最短経路」


「……死んでも嫌だ!!」


机に突っ伏す。


「殺せ!! いっそ殺せ!!」


「死なせないわ」


即答。


「あなたを取り戻すまで、私は諦めない」


静かに。

確定事項のように言う。


「……ほら、ハートは二つよ」


沈黙。


(……最悪だ)


拓海は、額を押さえたまま動かない。


(……あいつのストーキングより、……こっちの方がキツい……)


じわじわと、精神が削られていく。


そのとき。


(……タクミ)


唐突に、声がした。

頭の奥で、直接。


(……その、不自然な記号は……私の計算外だ)


背筋が凍る。


(……削除しようか)


「……っ、……また出てきた!!」


思わず顔を上げる。


詩織は、少しだけ首を傾げた。


「あら、まだ消えないの?」


驚きはない。


ただ、状況を更新するだけ。


「なら、強度が足りないわね」


一歩、さらに踏み込む。


「次は、“声”よ」


「……は?」


「“菜摘の声が聞きたい”って送りなさい」


一拍。


「そのまま電話をかけるの」


「今、ここで」


視線が、端末へ落ちる。


「スピーカーで確認してあげる」


「……」


完全に詰んでいる。


「……この家、……出口ねぇのかよ……」


かすれた声が、書斎に落ちた。

暖炉の火だけが、静かに揺れている。


■ジョージ幕間


『サエキ事変ノート:距離侵食編・第16節』


サエキ拓海、実家による“愛の強制上書き”を執行中。


現状:


詩織:

外交官としての交渉力を、すべて弟の更生に投入。

ハートマークという謎の兵器で、ハミルトンの侵食に対抗。


サエキ:

内側ハミルトンと外側(姉)から同時に圧を受け、精神が限界に近い。


エドワード:

距離の外側から、“異常な幸福信号”を検知。

静かに、不機嫌。


(追記)


「……あはは」


ジョージは門の前で笑いをこらえながら呟く。


「これさ」


「どっちも“正しい”のが一番ひどいよね」


一拍。


「……サエキの脳、今たぶん軽く戦場だよ(笑)」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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