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第百四十二話 「集団とは、個人の理性を平均化する装置ではなく、最も面白い誤解を共有し、全力で増幅させるための加速器である」という話

手編みセーターはねぇ・・いいなぁ拓海君

バレンタイン当日。放課後。学園寮ラウンジ。

昼間の喧騒は一度収まったはずなのに、その熱はどこかに沈殿し、形を変えて残っていた。


甘ったるい匂いと、妙に湿った空気。

それは単なるチョコレートの残り香ではなく、

「誰が誰に何を渡したのか」という情報が、ゆっくりと再構築されていく気配だった。


騒ぎは――終わっていない。

むしろ、ここからが本番だった。


「……なぁ、これ確定じゃね?」


その一言は、火種としてはあまりに軽かった。

だが、この場には、それを爆発させるだけの酸素が満ちていた。


「何がだよ。とっくに終わった話だろ」


拓海はソファに深く沈み込み、明らかに関わりたくないという顔で腕を組む。

無意識に、セーターの袖を隠すような仕草になる。


だが、その動きこそが、観測者たちにとっては“証拠保全”にしか見えなかった。


「婚約」


短い単語。

それだけで、空気の温度が一段上がる。


「やめろ。語彙力をその単語に固定するな」


「いや、待てよ。情報整理しようぜ」


一人が腕を組み、まるで事件の再現を始めるかのように言う。

その声音は、すでに“結論ありき”のそれだった。


「まず、“日本にいる女”がいる」


「幼馴染だ!!」


「次。“親と接触済み”」


「ただの近所付き合いだ!!」


「さらに。“サイズを把握している”」


「古着を参考にしただけだ!!」


「そして――」


わざと間を置く。


「“手編みの継続装備セーターを送ってきた”」


一拍。


空気が、静かに収束する。


「……完全に婚約だな」


「違ぇよ!!」


笑いが、波のように広がる。

それはもはや否定に対する反応ではなく、

“より面白い解釈”が確定したことへの歓声だった。


「いやでもさ」


ジョージが、ポップコーンの袋を軽く揺らしながら口を挟む。

彼の声だけが、妙に落ち着いている。


「英国的に言えば、“婚約指輪”があるだろう?」


「……あるな」


「でも日本の場合、それに相当するのはこれなんじゃないかな」


視線が、セーターに落ちる。


「装着型。長期使用前提。身体との常時接触」


指を軽く折る。


「象徴性、持続性、拘束性――」


一拍。


「うん。機能的には指輪の上位互換だね」


「上位互換にするな!!」


「しかも」


別の生徒が、妙に楽しそうに言う。


「サイズ合ってないんだろ?」


「……だから何だよ」


「過去基準ってことだ」


言葉が、妙に静かに落ちる。


「つまり、“これから修正されていく関係”」


にやりと笑う。


「……長期連載確定だな」


「勝手に続編作るな!!」


「シーズン2は結婚式か?」「いや海外編あるだろ」「スピンオフで子供編」


「打ち切りだそんなもん!!」


その時。


「……いや待て」


空気が、わずかに引き締まる。


「問題はそこじゃない」


「何だよ」


「これ、“対ハミルトン兵器”じゃね?」


一瞬。


本当に、空気が止まった。


「……あ」


誰かが、納得する。


「破魔矢、お守り、セーター……」


「サエキ、実家からフルバフもらってるぞ」


「東洋の加護やばい」「完全耐性ついてる」


「ゲームみたいに言うな!!」


ジョージが、軽く肩をすくめる。


「整理するとこうだね」


指を三本立てる。


「東洋のシャーマン(婚約者候補)

ハミルトン(執着系支配者)

そして――サエキ」


一拍。


「板挟みの一般人」


「NPC扱いすんな!!」


その時。


「……タクミ」


声は、静かだった。

だが、それだけで十分だった。


空気が、一瞬で凍りつく。


自然と道が開く。


エドワード・ハミルトン。

距離、正確に十メートル。


彼は一歩も踏み込まない。

だが、その存在だけで、この空間の主導権が書き換わる。


「状況は理解した」


淡々と告げる。


「競合が存在する」


「競合って言うな!!」


「問題ない」


一拍。


「最終的な選択は、最適解に収束する」


「その言い方やめろ!!」


視線が、ゆっくりとセーターへ落ちる。


「……その装備は、不完全だ」


沈黙。


「サイズ誤差。更新遅延。現状非対応」


言葉は冷静だが、その奥にあるものは静かに重い。


「だが」


わずかに声が低くなる。


「時間をかけて補正していく前提の設計だな」


さらに一拍。


「合理的ではない。……だが、長期戦としては評価できる」


「評価するな!!」


ざわめきが戻る。

だが、その質は先ほどまでとは違っていた。


「対抗勢力認定されたぞ」「これ戦争だろもう」


ジョージが、小さく笑う。


「いいね。完全に“ライバル企業”としてマークされた」


そして、何でもないように言う。


「……明日からハーフタームだよ。どうする?」


空気が、一気に軽くなる。


「帰省!」「撤退!」「ログアウト!!」


「サエキは?」


「……残る」


短い答え。


「うわ」「終わった」「密室確定」


「フラグ立ったな」「南無」


「タクミ」


エドワードが、わずかに目を細める。


「私も残る」


「だろうな!!」


全員が一歩引く。


「詰み」「逃げ場ゼロ」


ジョージが肩をすくめる。


「観測者、撤退します」


一拍。


「婚約者(仮)のセーター、脱がされないようにね」


「違ぇって言ってんだろ!!」


笑いが、波のように引いていく。

人の気配が、一人ずつ、確実に消えていく。


やがて。


残るのは、静寂。


暖炉の火の音だけが、妙に大きく響く。


拓海は、セーターの袖を握る。


少しだけ、足りない。


そのわずかなズレが、やけに現実だった。


「……タクミ」


十メートル先。


影と光の境界に、エドワードが立っている。


「この広大な学園で」


低く、静かに。


「お前の“現在”を観測しているのは……私だけだ」


「……お前も、帰れよ……」


「否定する」


わずかな間。


「私は、お前の“これから”を、確定しに来た」


逃げ場のない休暇。

足りない袖と、消えない視線。


その二つだけが、確かな現実として、そこにあった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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