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第百四十一話 「噂とは、事実から生まれるものではなく、事実の“都合のいい部分だけ”を増幅した結果、最も面白い形に変異したものである」という話

菜摘ちゃんは別に婚約者ではありません

二月、バレンタイン当日。学園寮のラウンジ。

朝から空気が、砂糖を煮詰めたように甘い。


「何個もらった?」「義理だって言ってんだろ!」「それ全部、一族の呪いか何かか!?」


色とりどりの紙袋とリボンが飛び交う戦場の中心から、わずかに外れた位置。

拓海は、完全に「非武装地帯」としてソファに沈んでいた。


「……なんだこれ。チョコ食うだけで、何騒いでんだ」


「年に一度の“人間関係インフレ確認会”だよ。格付けチェックとも言う」


ジョージが、どこから持ち込んだのか分からないポップコーンを咀嚼しながら、淡々と告げる。


「最低なイベントだな。……で、ジョージは?」


「僕? 観測者にはギフトは届かない仕様だよ。……で、サエキは? 安定のゼロ?」


「ああ。平和そのものだ」


その“平和”は、次の瞬間、崩壊した。


「……いや待て」


一人の男子生徒が、獲物を見つけたスナイパーのように、ゆっくりと拓海を指差す。


「サエキ。……お前、それ、何?」


視線が、一斉に収束する。


拓海の着ている、セーターへ。


「……あ? 何だよ、ただの防寒具だろ」


「いやいやいや、その編み目、その歪み、その手触り感……どう見ても手編みだろ!!」


ざわり、と空気が波打つ。


「え」「ガチ?」「サエキ、本命持ち?」「それとも呪いの装備?」


「違ぇよ!! 日本から届いただけの仕送りだ!!」


「嘘をつけ!!」


別のやつが、身を乗り出す。


「チョコは消費期限がある! だがそれは違う! それは“継続装備アーマー”だ!! 洗濯して何度も着る、重い誓いの品だ!!」


「装備って言うな!!」


「しかも今日それ着てる!!」「受け入れてる!!」「公認じゃねぇか!!」


「誰からだよ!! 日本のシャーマンか!?」「あの破魔矢の人!?」


「……やめろ、変な呼び方すんな」


その時。


「……あ」


誰かが、小さく呟いた。


「親と繋がってて、サイズ知ってて、セーター編む関係ってさ……」


一拍。


「……婚約者、じゃね?」


「やめろって言ってんだろ!!」


ラウンジが爆発した。


「うわあああ!!」「婚約者持ち!!」「裏切り者!!」「東洋の神秘に敗北!!」


「違ぇっつーの!! 幼馴染だ!!」


「幼馴染が親から古着借りて寸法測るかよ!! 完全に外堀埋めてるだろ!!」


「ぐっ……」


ジョージが、妙に感心した顔で頷く。


「手編み、親公認、継続装備、精神教材(本)。……役満だね」


指を折る。


「これで婚約じゃなかったら、日本の文化はもっと危険なものになるよ」


「怖いのはお前の分析だ!!」


その瞬間。


「……タクミ」


空気が、音もなく凍りついた。


道が、自然に開く。


エドワード・ハミルトン。距離、正確に十メートル。


「出た……」「本命ガチ来た」「英国貴族 vs 神社……」


「歴史を動かすな!!」


エドワードの視線が、セーターを精密に走査する。


「……なるほど」


一拍。


「“婚約”か」


「違う!!」


「安心しろ」


静かに、告げる。


「契約として処理する」


「処理するな!!」


「婚約は契約の一種だ。上書き、破棄、買収……すべて、可能だ」


「人間関係をM&Aみたいに扱うな!!」


周囲が引く。


「やば」「法律の外に出た」「宗教戦争始まるぞ……」


ジョージが楽しそうに笑う。


「いいね、三つトライアングルだ」


「三つ巴にするな!!」


「サエキ。明日からハーフタームだよ。帰る?」


「……帰らねぇ。面倒くせぇ」


「うわ」「終わった」「二人きり確定」「遺書書いとけ」


ざわめきは、次第に引いていく。


ジョージも肩をすくめた。


「観測者、撤退。……婚約者(仮)のセーター、大事にね」


「だから違ぇっつってんだろ!!」


翌日。


寮は、嘘のように静まり返っていた。


人の気配が、ない。

音も、ない。


拓海は、同じソファに座っていた。

セーターは、まだ着たまま。


無意識に、袖を引く。


少しだけ、足りない。


その数センチが、やけに生々しい。


(……知らねぇんだよな。今の俺のこと)


静かな現実。


その時。


「……タクミ」


十メートル先。


影と光の境界に、エドワードが立っている。


逃げ場は、ない。


「……この広大な学園で」


低い声が、落ちる。


「お前の“現在”を観測しているのは……私だけだ」


「……お前も、帰れよ……」


「否定する」


間を置いて。


「私は、お前の“これから(それから)”を、確定しに来た」


逃げ場のない休暇。


足りない袖と、消えない視線。


拓海のバレンタインは、まだ終わらない。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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