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第百三十五話 「秘すれば花とはいうが、秘めすぎて対象を精神的に窒息させるのはただの密室殺人である」という話

これ、拓海君が女の子だったら事案ですよエドワード君…

クレストフィールド学院

新学期。図書室。


高い天井と、整然と並んだ書架。

冬の光は窓から斜めに差し込み、舞い上がる埃を淡く浮かび上がらせている。

静寂は保たれているはずなのに、その奥に、言いようのない圧迫感が沈んでいた。


拓海は、ページをめくることなく、開いたままの参考書を見下ろしていた。


(……来ない)


視線だけが、わずかに動く。


(……いや、いる)


安堵と、不安。

そのどちらにも属さない、妙な感覚が胸の奥に引っかかっていた。


「……なぁ、ジョージ」


声を落とす。


「……あいつ、あそこに座ってから一時間、一言も喋ってねぇんだけど」


「観測中だよ」


間髪入れずに返ってくる。


「エドワード・ハミルトン、現在、こころに心酔中」


「……嫌な予感しかしねぇ」


視線を向ける。


図書室の奥、窓際の席。

冬光を背にして、エドワードが座っている。


文庫本を持つその姿は、静謐で、整っていて、どこまでも“正しい読書風景”に見える。


しかし。

その表情だけが、明らかに違っていた。


やがて。


ページを閉じる音。

静かに立ち上がる。


だが―

近づいては来ない。


「タクミ」


「……っ、なんだよ。そこから動くなよ」


「動かない」


一拍。


「……私は、『先生』の苦悩を理解した」


低く、静かな声。


「恋とは、罪悪なのだ。……そして、孤独なのだ」


「お前の場合は、ただの『事案』だけどな」


即答だった。


エドワードは、微動だにしないまま続ける。


「タクミ。私は決めた」


「私は、お前に、『K』のように真っ直ぐぶつかることはしない」


「……へぇ」


「私は、お前に対して、『精神的に向上心のないものは馬鹿だ』などとは、言わない」


「……言ってるじゃねぇか、今!!」


「否定する」


わずかに目を細める。


「これは、引用だ」


「便利すぎるだろ、その逃げ方!!」


一拍。


そして。


「私は、『先生』のように――」


ほんのわずかに、声が落ちる。


「お前の、精神の奥底に――寄生(予約)する」


「……は?」


「お前が気づいたときには」


「私なしでは成立しない空虚な、“遺書”のような人生を完成させてやる」


「……縁起でもねぇことを文学的に言うな!!

あと寄生って言ったな今!!」


エドワードは、なおも動かない。


距離は十メートル。

その境界は、確かに守られている。


だが。


その視線だけが、寸分の狂いもなく拓海を捉え続けていた。


「安心しろ」


「お前を自殺(絶望)させるつもりはない」


「ただ」


一拍。


「お前の世界から、私以外の色彩を」


「……少しずつ、『こころ(管理)』という名の消しゴムで消去していくだけだ」


「……漱石に謝れ!!

『こころ』をストーカーの教科書にすんじゃねぇ!!」


周囲の空気が、わずかにざわつく。


小声。視線。抑えきれない興味。


「ねぇ今の聞いた?」「精神的寄生って言った?」「新しいフェーズ入ったなこれ」


「うるせぇよ全部!!」


横で、ジョージが静かにノートを開いている。


「あはは……見てよサエキ」


ペン先が、軽快に走る。


「ハミルトン様、『先生』が秘密を抱え続けたことを、“完全な情報統制”として評価し始めてる」


「……一番真似しちゃいけないとこだろ、それ!!」


「タクミ」


呼ばれる。


「私は距離を保つ」


「……」


「だが」


「お前の視界の端に、常に私の『影』を配置(予約)しておく」


「……やめろ」


「お前が、寂しさを認識した瞬間」


一拍。


「その影が、お前を飲み込む(ハグする)設計だ」


「……影が襲ってくるって、もうホラーだろそれ!!」


冬の光が、少しだけ傾く。


ページの影が、ゆっくりと伸びる。


拓海は視線を逸らす。


だが。


(……見られてる)


距離はある。

干渉もない。


それでも。


(……逃げ場、ねぇじゃん)


静かすぎる図書室の中で、

その“視線”だけが、確実に現実を侵食していた。


ジョージの記録(図書室、埃の舞う陽光の中にて)


【サエキ事変・こころ(精神的寄生)編】


エドワード・ハミルトン、こころを“精神支配マニュアル”として誤読。


現状:


・文学的アプローチ:接触回避 → 精神依存誘導へ移行

・観測距離:十メートル維持(遵守)

・干渉手段:視線および存在の刷り込み


結論:


物理的拘束 → 失敗

精神的拘束 → 成長中(むしろ悪化)


(追記)


「……普通さ」


ジョージが、小さく呟く。


「文学って、人を自由にするためにあると思うんだけどね」


一拍。


「このハミルトンの場合、読めば読むほど拘束力上がってるの、何?」


ノートを閉じる。


「……サエキ。君、逃げるなら今のうちだよ」


視線の先。

微動だにせず、ただ見ているだけの男。


「次はたぶん、“読むだけで拘束できる段階”に進化する」


「……最悪すぎるだろ、それ……」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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