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第百三十一話 「距離とは、保たれることで美徳とされるが、対象を見失わない範囲に限る」という話

余計悪化してるんですが。てかエドワード君、そういうとこだよ?

クレストフィールド学院

放課後。中庭。


冬の陽光は低く、長く伸びた影が、冷たい石畳の上に静かに横たわっている。

人の声はある。だが、どこか遠い。膜を一枚隔てたような、現実感の薄いざわめき。


「……」


ベンチに座る拓海は、手元の参考書を開くこともなく、ただぼんやりと空を見ていた。

いや、正確には。


(……来ない。……本当に、一歩も、来ねぇ)


その異常な「空白」を、肌で確認していた。


いつもなら、このタイミングで影が落ち、

鼓膜のすぐ傍で「予約」を告げる声がするはずだった。


「……静かすぎだろ、マジで」


「静かだねぇ。冬眠かな?」


「……うわ、ジョージ。……お前、いつからそこにいた」


「最初から。観測位置ポジションは常に確保してるからね」


軽く肩をすくめる。


「……で、サエキ。彼、今日一回も来てないの?」


「……ああ。一歩もな。……やっと、俺の拒絶が効いたか」


ジョージは、含み笑いを浮かべたまま、顎で中庭の端を指し示した。


「……いや、来てるよ」


一拍。


「ほら、あそこ」


視線の先。

中庭の回廊を支える、太い石柱の影。


エドワードが、いた。


距離、およそ十メートル。


「……ひっ、……なんでいるんだよ、あいつ!!」


「干渉していない」


即答。


「……サエキ拓海。お前の『拒絶』という名のコマンドを、忠実に実行中だ」


エドワードは、石像のように動かない。

だが、その瞳だけが、一ミリの狂いもなく拓海の座標を捉えている。


「……タクミ」


「……呼ぶな!! 距離取れっつっただろ!!」


「距離は、維持している」


わずかに、間を置く。


「十メートルの緩衝地帯を、ハミルトン名義で物理的に固定した。

……私は一歩も、その線を踏み越えない」


「だからなんだよ!!」


声が荒れる。


「気持ち悪いんだよ、その“不動の構え”!!」


エドワードは動かないまま、静かに言葉を重ねる。


「……徒然草に曰く」


「やめろ」


「『近くて遠きもの、極楽、船の道、男女の仲』」


「……なんでそこで、兼好法師引っ張ってくるんだよ!!」


一拍。


「つまり」


目を細める。


「距離とは、美しい」


「……」


「お前が求めた『』は、成立している」


そして。


「……私は、その空白を、観測で満たす」


「全部台無しだよ!!」


中庭の空気が、音を立てて揺れる。


「タクミ。私は干渉していない。……お前の自由を尊重している」


「視線が、……刺さってんだよ!!」


「否定する。これは観測だ」


「言い換えただけだろ!!」


「星を見る天文学者に、星が『見るな』と言うか?」


「……俺は星じゃねぇ!! 人間だっつーの!!」


ジョージが、くすくすと笑う。


「ねぇサエキ」


「なんだよ」


「これ、……前より怖くない?」


一拍。


「物理的に迫られるより、……逃げ場のない“光”を当てられてる感じ」


「怖ぇよ!!」


「むしろ、……隠れる余地がねぇよ!!」


エドワードは、なおも動かない。


ただ、そこに在る。


「タクミ」


「……」


「私は、距離を守っている」


「守れてねぇ」


「だが」


ほんのわずかに、声が低くなる。


「……お前が振り返れば、その距離は消える」


「……」


「それが、関係性だ」


「……勝手に定義を書き換えるな、バカ……」


風が吹いた。

枯れ葉が、乾いた音を立てて石畳を転がる。

拓海は、もう一度だけ視線を逸らす。


(……なんでだよ)


離れているはずなのに。


(……なんで、遠くなった気がしねぇんだよ)


ジョージの記録(中庭、低木の影にて)


【サエキ事変・距離維持(実質的支配)編】


サエキ拓海の拒絶により、ハミルトンの物理的接近は停止。


現状:


・観測距離:十メートルを厳守

・精神干渉:視線により常時接続

・不在感:皆無


結論:


物理的距離の確保には成功。

精神的距離の確立には失敗。


(追記)


「……距離ってさ」


ジョージは、小さく呟く。


「離れることじゃなくて、“届かなくなること”なんだよね」


一拍。


「で、……あれ」


視線の先。


「……普通に、届いてる」


さらに、小さく笑う。


「むしろ、……貫通してる」


「……最悪だな、ほんと……」


拓海の呟きは、

十メートルという距離を無視して、正確に届いた。


まるで最初から、そこに距離など存在しなかったかのように。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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