第十二話 「枕草子の構造」の話
エドワード君はずっと同じとこ読んでる説
夕方。寮の共用スペース。
暖炉の火が、小さく音を立てている。
その前で、拓海はソファに沈んでいた。
「タクミ」
「んー……」
「起きろ。知の探求を止めるな」
「止めて……いい……」
起きていない。
その横に、エドワードが腰を下ろす。
膝の上には、『枕草子』。
気づけば、この本を一番読んでいるのは、彼だった。
「今日はこの序文の総括だ」
「いつまでそこなんだよ……」
目も開けずに言う。
「清少納言もびっくりするぞ」
「私が納得するまでだ」
ページをめくる。
しばらく、沈黙。
エドは眉間に皺を寄せたまま、文字を追っている。
まるで暗号でも解くように。
「……タクミ」
「ん?」
「長い」
「だろうな。千年前のブログだし」
一拍。
「要約しろ」
「……雑でいいか?」
「構わない」
即答。
「真理は簡潔な言葉に宿る」
絶対違う。
拓海はゆっくり目を開ける。
暖炉の火を見る。
「んー、、まあ、こんな感じだ」
一拍。
「春はあけぼの。つまり朝。だんだん明るくなる感じが最高」
「ほう」
「夏は夜。暗い中で蛍とか雨とか、そういうのがいい感じ」
「『いい感じ』とは何だ」
「エモい」
「エモい」
復唱すな。
「最上級の『いい感じ』」
「なるほど」
いや、メモを取るな。
「秋は夕方。鳥が帰るの見て、なんか切なくなるのがエモい」
「……」
「で、冬は朝。寒いけど火焚いてるのが優勝」
沈黙。
エドワードは本を見る。
拓海を見る。
また本を見る。
照らし合わせている。
「……タクミ」
「何」
「本当に一致しているのか」
「まー、大体そんな感じだって」
肩をすくめる。
「日本語ってのは雰囲気で通じるもんなんだよ」
「……曖昧だな」
「そういう言語だ」
エドワードは納得していない。
再び本に目を落とす。
「だが、なぜこの順序なのだ」
「四季だろ」
「それだけか」
一拍。
「時間の価値を季節ごとに定義し、それを体系化している……」
「やめろ」
即答。
「作者そこまで考えてねぇ」
「だが、構造として成立している」
「するな深読み」
一拍。
エドワードは静かに本を閉じた。
その目は、少しだけ違っていた。
さっきまでの“学ぶ目”じゃない。
「……タクミ」
「なんだよ」
「なぜ、お前は読まない」
「読めるかよ」
即答。
「千年前だぞ」
「日本語だろう」
「お前、シェイクスピア全部一発で読めんのかよ?」
「……努力はする」
エドワードは少し黙る。
本を指でなぞる。
「……私は、理解したいのだ」
一拍。
「言葉ではない」
「この『エモい』というものを」
少しだけ、言葉を探す。
「……構造として」
拓海は黙る。
それから、深くため息をついた。
「……お前さ」
「難しく考えすぎなんだよ」
「知りたいなら、もっと簡単なやつでいいだろ」
「簡単なやつ?」
「そう」
少しだけ笑う。
「『ヤバイ』だけで全部済むやつ」
沈黙。
エドワードは考える。
そして、ゆっくり頷いた。
「……検討しよう」
「いや、すんな」
暖炉の火が、小さく弾ける。
『枕草子』の攻略は、まだ少し先になりそうだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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