第十一話 「説明できない感情に名前を付けると大体『意地張ってる感じ』になる」という話
授業の題材は「ハムレット」です(`・ω・´)
午後の文学の授業。
教室には革張りの本の匂いと、秋の日差し、それから難解な文章が静かに漂っていた。
「では、『ハムレット』第三幕第三場における主人公の心理について」
教授が教壇から顔を上げる。
「サエキ」
「……はい」
拓海はゆっくり顔を上げた。
どう見ても半分寝ている。
「説明してみなさい」
「えーっと……」
教科書を見る。
もう一度読む。
読んでもよく分からない。
少し考えて、
天井を見て、
指を鳴らした。
「なんか……」
教室中の視線が集まる。
「意地張ってる感じっすね」
沈黙。
時間が止まった。
教授が眼鏡を少し上げる。
「……サエキ」
「はい」
「それは考察ですか」
一拍。
「それとも感想ですか」
教室のあちこちから笑いが漏れる。
拓海は頭をかいた。
「いや、その」
「家とか立場とか、いろいろあるじゃないっすか」
「続けてください」
「本当は相手のこと気になってるのに」
「うん」
「言ったら負けだ、みたいな」
教授は腕を組む。
「それで」
「だから何も言えなくて」
「言わないまま終わって」
「結局あとで後悔する」
一拍。
「……超、意地張ってる感じっす」
また静かになる。
教授はため息を一つついた。
「語彙力はどこへ置いてきたのですか」
教室が笑いに包まれる。
「では、グラハム」
「はい」
優等生が立ち上がる。
流れるように説明が始まる。
時代背景。
人物像。
社会的立場。
心理描写。
完璧だった。
「……言語化できない葛藤が結実した場面であり―」
教授は満足そうに頷く。
「よろしい」
グラハムが席へ戻る。
拓海が小声で話しかける。
「な?」
「……うん?」
「結局、意地張ってるってことだろ」
グラハムは一瞬考え、
思わず吹き出した。
「……否定はできないね」
授業が終わる。
*********
廊下へ出た瞬間だった。
「おい、サエキ!」
「あれ何だよ!」
「意地張ってる感じ!」
「あははは!」
あっという間に囲まれる。
「でもさ」
一人が笑いながら言った。
「妙に分かるんだよな」
「俺も思った」
「説明より伝わった」
グラハムも苦笑する。
「僕も説明しながら思ってたよ」
「結局そういうことなんだなって」
拓海は肩をすくめた。
「人間なんてそんなもんだって」
「便利な言葉だな」
「万能だからな」
「フランス革命は?」
「貴族が意地張ってた」
「落第!」
廊下に笑い声が広がる。
誰も無理に話しかけているわけじゃない。
気が付けば、
自然と拓海が輪の真ん中にいた。
以前あったぎこちなさは、
もうどこにもない。
少し離れた柱の陰。
エドワードは静かにその光景を見つめていた。
(……また増えた)
友人が。
笑う相手が。
拓海は何も変わっていない。
雑で。
適当で。
騒がしくて。
なのに、
気が付けば人が集まっている。
エドワードは小さく息を吐いた。
「タクミ」
その一言で、
輪が自然に開く。
「あ、エド」
拓海が手を挙げる。
「終わった?」
「終わった」
「来い」
「今?」
「今だ」
「はいはい」
周囲に手を振って、
拓海はエドワードの隣へ並ぶ。
二人で歩き出す。
少し静かな廊下。
しばらく無言が続く。
やがて、
エドワードが口を開いた。
「……タクミ」
「ん?」
「先ほどの」
「意地張ってる感じ」
「うん」
少しだけ間が空く。
「……私のことか?」
拓海は吹き出した。
「自覚あったのかよ!」
「何となくだ」
エドワードは少し視線を逸らす。
「状況を整理した結果」
「該当者が一名いた」
「お前だよ」
「やはりそうか」
妙に納得したように頷く。
「便利な言葉だな」
「万能だからな」
「文学にも使える」
「使える」
「私にも使える」
「使うな」
二人は笑う。
秋の夕暮れ。
長く伸びた二つの影が、
石畳の上をゆっくり歩いていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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