第百二十三話 「聖域とは、物理的な壁によって守られるものではなく、誰を拒絶するかという意思によって定義される」という話
ねんむ
ロンドン、外交官公邸。
歴史を刻んだ石造りの外観。
その重厚な壁面には、現代的な電子セキュリティが静かに組み込まれている。
古さと最新が矛盾なく同居するその一角は、
英国という国家の「意思」そのものを具現化したような場所だった。
拓海は、エントランスの前に立つ。
白く吐いた息が、すぐに夜へ溶ける。
「……やっと着いた」
「お疲れさま、タクミ」
横でジョージが、監視カメラを見上げる。
「……ここが例の、“ハミルトン禁制区域”か。
なるほど、観測対象としては最高レベルだね」
「……ジョージ」
「ん?」
「なんで、ここまで付いてきてんだよ」
「駅まで送るって言ったでしょ?」
軽く肩をすくめる。
「ついでに見学。外交官の義兄とか、ログ取り甲斐あるし」
「帰れ」
「ひどいなぁ」
「これ以上、ノイズ持ち込みたくねぇんだよ」
インターホンに手を伸ばす。
その瞬間。
空気が、凍る。
「タクミ」
「……おわっ!?」
振り向く。
そこにあるのは、
一台の漆黒のリムジンと、
そこから降り立つ、温度を持たない影。
「……エドワード」
「……帰還は完了した」
「帰ったんじゃなかったのかよ」
「これは、最終検品だ」
視線が、レジデンスの紋章へ向けられる。
「外交レジデンス」
一拍。
「国家による防衛。……治外法権。……高度な遮断構造」
「……」
「なるほど」
ゆっくりと、言葉を置く。
「お前を隔離するには、最適だ」
「隔離じゃねぇよ、家族の家だ」
「……だが」
わずかに、視線が動く。
「外交ルートを開放すれば」
「やめろ」
「この建物の入国審査も」
一歩。
「私の検閲下に置ける」
「やめろって言ってんだろ!!」
その時。
「拓海」
ドアが、静かに開く。
「うるさい」
詩織が立っていた。
部屋着の上に羽織ったショール。
だが、その佇まいは完全に“場の主”だった。
視線が、三人を一瞬で切り分ける。
「玄関先で騒がないで?」
「……姉貴」
「旦那の仕事に障るから」
一歩、前に出る。
「……エドワード君」
沈黙。
「ここは外交官の自宅」
静かに。
「英国王室の加護下にある“聖域”よ」
一拍。
「ハミルトンの財力でも、ここを動かすには“宣戦布告”が必要になる」
わずかに首を傾ける。
「……やる?」
完全な静寂。
エドワードが、わずかに目を細めた。
「……防衛本能は評価する」
「……」
「だが」
視線が、拓海へ。
「タクミの“本音”は」
「……」
「既に、この壁の外にある」
「ないわ」
即答。
「拓海、入りなさい」
「……ああ」
肩を押されるように、中へ。
扉が閉まる、その直前。
「タクミ」
低い声。
「クリスマスの夜」
一拍。
「空を見ろ」
「……」
「私が用意した現実が、お前を照らす」
バタン。
扉が閉まる。
静寂。
外。
「……」
「……今の、さ」
ジョージが一人、取り残される。
「気温、五度くらい下がらなかった?」
■ジョージ記録
【サエキ事変・外交レジデンス(聖域)封鎖編】
サエキ拓海、外交特権によって保護された領域へ収容。
現状:
レジデンス:国家による“拒絶の意思”として機能。
ハミルトン:物理的障壁を無視、外交ルートによる侵入を検討中。
詩織:唯一、ハミルトンを“止める”個体として確認。
(追記)
観測結果。
壁は存在する。
だが、あの男は“壁の外側”という概念ごと侵食する。
……サエキ。
安全圏、という言葉はこの世界には存在しないらしいよ(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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