第百十二話 「愛とは、曖昧な言語表現ではなく、物理的に可視化・強制共有されるべき絶対的事象である」という話
拓海君そろそろマジで止めないと・・・
夜。寮の廊下。
窓の外、秋の深い空には、やけに澄んだ満月が浮かんでいた。
拓海はふと足を止め、その静かな光を見上げる。
「……綺麗だな」
誰に言うでもなく、無意識に零れた独り言。
「タクミ」
「……うわっ」
横。いる。気配を消す技術が、日に日に上がっている。
「なんだよ、びっくりさせるな」
「今、お前は『月が綺麗ですね』と発言した」
「してねぇよ。ただの感想だ。“綺麗だな”って言っただけだ」
「日本文学において、それは『愛している』の隠語として定義されている。同義だ」
「違ぇよ! 文脈を読めよ!」
エドワードは静かに、しかし断固として頷く。
「理解した。ならば、その曖昧な修辞は確定した事実に更新する必要がある」
「何をだよ」
エドワードが無言でタブレットを操作する。
次の瞬間――窓の外の月が、爆発的な光を放った。
「……は? ……え、待て、何だこれ!?」
明らかにおかしい。
さっきまで風情のあった月が、今やサーチライトのように巨大化し、廊下を昼間のように照らしている。
「タクミ」
「なんだよ! 月がバグってんぞ!!」
「お前の視認する月を、ハミルトン専用衛星で増幅した。輝度120%。誤認識の余地は排除した」
「何してんだよ!! 天体に干渉すんな!!」
「これで曖昧さは消えた。視覚情報として、お前の愛は私と完全に共有された」
「情緒を返せよ!!」
エドワードが一歩、距離を詰める。
逆光で、その輪郭が壁のように拓海を覆う。
「タクミ。今、お前は私に“愛している”と、この光量で告げた」
「言ってねぇ!! 物理で会話を成立させるな!!」
窓の反対側から、ジョージがサングラスをかけて現れる。
「うわぁ……やってるねぇ」
「お前もかよ!!」
「いやこれさ、“月が綺麗ですね”をここまで物理で殴る人、初めて見たよ。……これ近隣から『夜が来ない』って苦情来るレベルだよ?(笑)」
「いや、殴るな!!」
エドワードは満足げに月を見上げ、頷く。
「これで誤解はない」
「あるわ!!」
「結論は出ている」
一拍。
「お前は、私を愛している」
「してねぇ!!」
「している」
「ないわ!!」
沈黙。
エドワードの声が、月光よりも静かに、しかし確実に刺さる。
「お前の心拍は、この光と同期している。逃げ場はない」
「やめろって言ってんだろ!! 衛星を落とせ!!」
叫びが廊下に響く。
だが、月は変わらない。
異様に明るく、残酷なまでに美しく。
拓海の拒絶をすべて光で塗りつぶすように、そこに在り続ける。
ジョージの記録(遮光カーテンの影にて):
【サエキ事変・月面増幅編】
エドワード・ハミルトン、文学的告白を天体現象へ変換。
現状:
「月が綺麗ですね」:
曖昧なレトリック → 衛星増幅により不可避の確定事項へ。
拓海様:
発言の自由を環境制御により剥奪。実質的に告白済み扱い。
対策:
ハミルトン様、『新月』対策として24時間擬似満月照射を計画中。
(追記)
……天気に逃げ道なし。
「タクミ」
「なんだよ……」
「安心しろ」
「嫌な予感しかしねぇ……」
「お前が否定しても、環境が肯定する」
「だからやめろ!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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