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第百十一話 「理解とは、対象を正確に把握する行為ではなく、都合よく上書きするための免罪符として機能する」という話

エドワード君、執念と執着で日本語マスターしてる説

放課後の図書室。

窓の外、秋の光は低く、机の上に長い影を落としていた。

静かだ。紙の擦れる音だけが、やけにくっきりと耳に残る。


拓海は椅子に浅く腰掛け、文庫本を開いたまま、しばらくページをめくっていなかった。

(……やっぱ重いな、これ)

指先に残る紙の感触が、妙に現実的だ。感情だけが、少し遅れてついてくる。


「タクミ」


「……うわ」


顔を上げるまでもない。距離でわかる。近い。


「……なんだよ」


「その書籍。『こころ』だな」


「だからなんで分かるんだよ。背表紙見えねぇだろ」


「既に解析済みだ」


いつもの位置。向かい。逃げ場なし。

エドワードの瞳には、一切の躊躇がない。


「結論を述べる」


「やめろ」


「この物語は、三者間の関係性における“競合排除の失敗例”だ」


「やめろって言ってんだろ」


エドワードは構わず続ける。


「登場人物は三つに分類できる。感情を秘匿する個体(先生)。競合となる個体(K)。そして対象」


「雑にまとめんな」


「否定する。構造は単純だ」


視線が、静かに拓海へ固定される。


「問題は一点。Kを排除しなかったこと」


「違ぇよ。そこじゃねぇよ」


「そこだ。断定する。競合を放置した結果、内部崩壊が発生した。極めて非合理的だ」


「人の心を“バグ”扱いすんな」


「実際に破綻している」


「それはそうだけど、そういう話じゃねぇ」


一拍。


「理解した」


嫌な予感しかしない。


「理解すんな」


「理解した。繰り返す。この物語の本質は、“独占の遅延による損失”だ」


「違ぇよ!!」


図書室に小さく声が跳ねる。エドワードは気にしない。


「感情の発生。対象の確定。競合の存在。この時点で、排除は最優先事項だ」


「物騒すぎるだろ」


「合理的だ」


「合理的じゃねぇ」


「タクミ」


呼ばれる。


「なんだよ」


「お前の周囲にも、同様の構造が存在する。お前。競合。環境」


静かに言い切る。


「私は、同じ失敗をしない」


「何の話だよ」


「競合を管理する。それがすべてだ。」


「やめろ。誰をだよ」


「全てだ。私の視界に入る全変数は、排除対象だ」


「やめろって言ってんだろ」


エドワードは一切揺れない。


「理解した。だから排除する。お前の世界に、私以外のノイズは不要だ」


「そのロジックやめろ!!」


椅子が軋む音。拓海は本を閉じる。


「これさ、誰かを勝つための話じゃねぇんだよ」


「勝敗の問題ではない。最適化だ」


「やめろ。人間関係に最適化なんかねぇよ」


「ある」


「ねぇよ」


「ある」


沈黙。二秒。三秒。


「はいはい、呼ばれてないけど来たよ」


棚の影からジョージがひょっこり顔を出す。


「何その空気。もう“K処理プログラム”起動してる?」


「してない!!」


「している。既にバックグラウンドで走らせている」


「するな!!」


ジョージが本を覗き込む。


「あー、『こころ』ね。ハミルトン的にはどう読めた?」


「競合排除の遅延による損失だ。先生はもっと早くKを物理的に隔離すべきだった」


「最悪の解釈だね。漱石が墓の下で泣いてるよ」


「適切だ。資源の独占は基本だ」


「適切じゃねぇよ!!」


ジョージが肩をすくめる。


「いやでもさ。“理解したつもり”が一番危ないって話じゃないの、これ」


「……」


拓海が少しだけ黙る。


エドワードは、ゆっくりと視線をジョージに向ける。


「誤りだ。私はお前たちとは違う」


「即否定!?」


「理解は完了している。お前の思考も、タクミの迷いも、すべて把握した」


「それが一番怖いんだよ」


ジョージが笑う。


「だいたいさ、文学って“正解ない”から面白いんでしょ?」


「非効率だ。正解のない問いにリソースを割く価値はない。だが」


一瞬だけ、間。


「お前の解釈は不要だ。邪魔をするなら、お前も競合として処理する」


「排除対象に含めないで!? 僕ただの解説役だから!!」


拓海が立ち上がる。


「もういい、帰る」


「同行する」


「来んな」


「護衛だ。お前の安全は、私が確保する」


「いらねぇ」


歩き出す。足音が静かに響く。

後ろから、一歩の狂いもない距離でついてくる気配。


「タクミ」


「なんだよ」


「安心しろ。お前の“こころ”は、既に把握している。逃げ場はない」


「してねぇよ」


「している。お前の望みも、拒絶も、すべて想定内だ」


「してねぇ」


「している」


一拍。声が少しだけ低くなる。


「だから、お前が何を選んでも結果は変わらない。お前が行き着く先は、常に私だ」


「変わるわ。絶対に日本に帰ってやる」


「変わらない。日本ごと買い取れば済む話だ」


「変わる」


「変わらない」


沈黙。廊下の窓から夕焼けが差し込む。

長い影が、二人分、ぴたりと重なる。


「タクミ」


「なんだよ」


「お前の選択は、すべて観測済みだ。逃げてもいい」


「やめろ」


「だが、その先にいるのは私だ。地球は丸い。どこへ向かっても私の腕の中だ」


「やめろって言ってんだろ!!」


声が響く。だが、後ろの気配は動かない。

最初からそこにあった法則のように。


剥がれない。離れない。


ただ、在り続ける。

それが前提であるかのように。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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