第九十九話 「中世の説話は、理性を失った求愛を「不可抗力」として免罪するための物語である」という話
文体を変えていこうと思ってるけどなかなか難しい。
そして文学シリーズは書くの楽しくて結構好き。
放課後の寮、ラウンジ。
暖炉の火が静かに揺れている。外はすでに冷え込み始めているはずなのに、
この部屋の中だけは、時間が少し緩んでいるようだった。
例によって本来なら、何もせずに過ごすのが正しい時間。
拓海はソファに体を沈め、クッションを抱えたまま、
いつものようにぼんやりと天井を見上げていた。
その正面で。
エドワードが、一冊の「古い和綴じ本」に見えるタブレットを開いたまま、
じっと何かを読んでいる。
口元だけが、わずかに上がっていた。
「……タクミ」
「……なんだよ」
気のない返事。
だが、エドワードは構わず続けた。
「日本の中世説話を、再解釈した」
一拍。
「結論から言う」
視線が、まっすぐこちらに向く。
「お前が私のそばから離れることは、天変地異に等しい」
「……スケールどうなってんだよ」
拓海は、クッションに顔を半分埋めたまま、ため息をついた。
「何読んでんだ?」
「……“児の空寝”」
「よりによってそこかよ」
エドワードはページを軽くなぞる。
「子供が、寝たふりをして餅を待つ話」
「……ああ」
「……つまり」
一拍。
「お前が、寝たふりをして私の観測から逃れようとする行為は」
「極めて愛らしい」
「は?愛らしくねぇだろ」
間を置かず返す。
「……それ、ただの回避行動だろ」
「否定する」
エドワードは淡々と言う。
「逃避は、関係性の裏返しだ。つまり、肯定だ」
「意味わかんねぇよ」
拓海がクッションを放る。
それを、エドワードはわずかに身をずらして避ける。
「……さらに」
「来たな」
「“安珍・清姫”」
「来ると思った」
暖炉の火が、ぱちりと弾ける。
「情念は、理性を超える」
「対象を追い、変質し、最終的に破壊へ至る」
一拍。
「合理的だ」
「合理じゃねぇよ、ただの怪談だろそれ」
エドワードは続ける。
「よって」
「私が、お前の帰国を阻止するために」
「空港という経路そのものを封鎖する行為は」
「歴史的に正当である」
「いや、テロだろそれ」
「やめろ、物理で解決すんな」
少し離れた椅子で、ジョージが肩を震わせている。
「いやぁ……すごいね」
「もう完全に“説話=行動マニュアル”だ」
「今のハミルトンの中だと」
一拍。
「君は逃げる僧で」
「ハミルトンは追う側」
「……重機込みで」
「重機入れるな。文明レベル上げんな」
エドワードはさらにページを進めた。
「“わらしべ長者”」
「嫌な予感しかしねぇ」
「……小さなものを起点に、価値を増幅させる物語」
一拍。
「お前の髪の毛一本、それを資本とする」
「やめろ」
「……最終的に、全てを得る」
「だからスケールがおかしいんだよ」
「返せ」
ジョージがノートを開く。
ジョージの記録:
【サエキ事変・中世説話ハック編】
ハミルトン様、日本の説話を“不可避の行動原理”として再構築。
現状:
・児の空寝:拒絶=肯定
・清姫:破壊=正当化
・わらしべ:髪の毛=資本
(追記)
文学、倫理と共に消失。
(継続)
「……タクミ」
「……なんだよ……」
「安心しろ」
一拍。
「お前を閉じ込めるための設備は」
「やめろ」
「既に設計済みだ」
「やめろって言ってんだろ」
「鐘型構造」
「清姫やめろ」
「耐熱、耐衝撃」
「スペック説明いらねぇ」
「内側からの開閉は不可」
「監禁じゃねぇか」
暖炉の火が静かに揺れる。
穏やかな空間のはずなのに。
その中心だけ、妙に現実離れしていた。
拓海は、深く息を吐く。
「……ほんとに」
一拍。
「なんで文学読むと悪化すんだよ、お前」
返事はなかった。
ただ、ページをめくる音だけが、静かに続いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




