表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/374

第八十四話 「泥まみれの聖衣は、独占欲の演算を狂わせる」という話

だめだいったん戻したいのに戻らねぇ

試合終了後のグラウンドは、秋の冷たい風にさらされていた。

さっきまでの喧騒が嘘のように、そこには奇妙な静けさが広がっている。


その中心にいたのは、泥にまみれ、荒い呼吸を整えている拓海だった。

膝に手をつき、肩で息をしながら顔を上げる。


ただそれだけの仕草が、なぜか周囲の空気を支配していた。


歓声は上がらない。


代わりに、どこか畏れを含んだ沈黙が満ちていく。

やがて、それはざわめきとなり、低く響く祈りのような声へと変わった。


「……見たか。今の動き」


「相手のタックルを、まるで羽虫を払うみたいに……」


「サエキが触れた場所……なんか、芝の色が違って見えないか……?」


「今のトライは、得点じゃない。……あれは“救済”だ」


「だからただの五点だって言ってんだろ!!」


拓海の叫びは、虚しく空気に吸い込まれていく。

否定すればするほど、周囲の解釈は勝手に補強されていくのだった。


泥に汚れたジャージも、乱れた髪も、荒い息も―

すべてが「戦い抜いた神の証」として意味づけられていく。


拓海はその視線に気づき、顔をしかめた。


「……最悪だろ、これ」


呟いたところで、状況が改善するはずもない。

むしろ、その“疲労した表情”すら神秘性を帯びていく。


完全に詰みである。

その時だった。


「……拓海」


温度が、すっと下がる。


振り返るまでもなく、エドワード・ハミルトンの気配がそこにあった。

ゆっくりと歩み寄ってくる彼の瞳は、いつもよりわずかに焦点がずれているように見える。


「……今すぐ、その泥を拭え」


淡々とした声。

だが、次の言葉で微妙に揺らぐ。


「……いや」


一拍。


「……拭くな」


「どっちだよ」


思わず即答してしまう。


だがエドワードは気にしない。

むしろ、真剣だった。


「……そのジャージは保存する必要がある」


一歩、近づく。


「……お前の汗と、この土が混ざり合った状態は、再現性のない“配合”だ」


「……お前、ほんと通報されろ」


限界が近い。

周囲では、スマートフォンのシャッター音が途切れることなく響いていた。


カシャ、カシャ、と乾いた音が連続する。

そのすべてが、拓海の“奇跡”を記録しようとする意思に満ちている。


「……ジョージ」


エドワードが低く呼ぶ。


「……聞こえるか」


「聞こえてるよ」


軽い声で返すジョージは、すでに何かの編集作業に没頭していた。


「……この音は、私の資産が公共の電波で消費されている音だ」


「言い方がひどいね」


「……今すぐ、この学園の通信を遮断しろ」


声がさらに低くなる。


「……人工衛星を使ってでも、このエリアをジャミングする」


「無理だね」


即答だった。


ジョージは笑いながらスマホの画面を見せる。


「ほら、“神のトライ(スローモーション版)”。グレゴリオ聖歌付き」


「おいやめろ」


「もう拡散済み」


完全に手遅れである。


「それだけじゃないよ」


ジョージは続ける。


「ラグビー部のOB会から、“サエキを永久アドバイザーとして迎えたい”って寄付来てる」


「だからやめろって言ってんだろ」


「あと校長」


一拍置いて、にやりと笑う。


「トライ地点を“聖地”として保存する準備してる」


「やめろォ!!」


思わず叫ぶ。


「……校長も解任だ」


エドワードは静かに言った。


「……学園ごと買い取って、更地にする」


「規模がでかすぎる!!」


ジョージの記録:


【サエキ事変・スポーツ大会の惨劇】


サエキ拓海、ラグビーにおいて“奇跡”を量産。


トライ地点は聖地化され、対戦相手は接触箇所を“幸運の印”として保存する意向を示す。


観客は観戦から礼拝へと移行。


ハミルトン様は泥汚れの保存・解析、及びクローン生成の可能性について検討中。


(……倫理、確認不能)


「拓海」


エドワードが、静かに言った。


「……次はチェスにしろ」


「は?」


「……座っていれば、被害は最小限で済む」


一拍。


「チェスでも無理だろ!!」


拓海は即座に言い返した。


「どうせ“盤上の支配者”とか言われるに決まってるだろ!!」


もう、どうしようもなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ