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第一話 「出会いとは、「なんだお前?」から始まることもある」という話

前から出そうかなと思っていた拓海とエドワードの話です。そんなに長くはならないかと思うので、気軽に読んでいただけると嬉しいです!!

英国の名門寄宿学校『クレストフィールド学院』。


この日、佐伯拓海はまだ知らなかった。


英国で出会った一人の少年が、自分の人生をここまで掻き回し、親友となり、数十年後には家族になり、それでもなお、一番面倒くさい相手であり続けることを。


もちろん。


エドワード・ハミルトンも知らない。


日本語を教えてほしい。


その、たった一度の頼み事が、自分の人生最大の「よろしく」になることを。


*************


石造りの校舎を歩きながら、拓海は小さくため息をついた。


静かすぎる。


廊下には生徒がいる。

教師もいる。


それなのに騒がしくない。

誰もが背筋を伸ばし、必要以上の声を出さず、品よく歩いている。


日本の学校とはまるで違った。

というより、ここまで来ると学校というより別世界だ。


「……無理だろ、これ」


思わず呟く。

もちろん誰も返事はしない。


佐伯拓海、十六歳。

母親の一存で半ば強制的に英国へ送り込まれた留学生である。


英語はできる。

勉強も嫌いじゃない。


だが、それとこれとは話が別だった。


”場違い”。


そんな言葉が頭の中をぐるぐる回る。


ここにいる生徒たちは皆、この学校で学ぶことが当たり前のような顔をしている。


自分だけが違う。

そんな気がしてならなかった。


「とりあえず静かなとこ……」


いや、どこも静かだった。

自分で言って苦笑する。


それでも人の少ない場所を探して歩き回り、辿り着いたのは談話室だった。


暖炉。

革張りのソファ。

壁一面の本棚。


窓から差し込む柔らかな午後の日差し。


まるで映画のセットみたいな空間だった。


「……落ち着くな」


ようやく肩の力が抜ける。

何となく本棚へ目を向ける。


その時だった。


「うわ、懐かし」


思わず声が漏れた。

見覚えのある装丁。


文庫本。

しかも日本語。

英国の寄宿学校の談話室にあるはずのないものだった。


近づいて、背表紙を読む。


『枕草子』


なんでこんなところにあるんだ。

そう思った直後だった。


その本を読んでいる人物に気づく。


窓際のソファ。

金髪の少年が一人、本を開いていた。


綺麗な髪だった。

午後の日差しを受けて、白金色に見える。

顔立ちも整っている。

最初の一瞬だけ女子かと思ったくらいだ。


だが、近づくと違う。


姿勢がいい。

というより良すぎる。


本を持つ手も、座り方も、視線の動かし方も。

育ちの良さが隠しきれていない。

いかにもこちら側の人間だった。


そんな相手が。


「……はる、は……?」


困っていた。

完全に。


拓海は思わず声をかけた。


「それ、枕草子だろ?」


ぴたりと動きが止まる。


ゆっくり顔が上がった。


綺麗な翡翠の瞳。

整った顔立ち。

そして次の瞬間。


「お前、日本人だろ!」


やたら声が大きかった。


談話室の空気が一瞬で固まる。

周囲の視線がこちらへ向く。

当の本人だけが気づいていない。


「日本語……日本語を教えてくれ!」


いきなりだな。


拓海は思わず眉をひそめた。


「……なんだお前?」


すると相手の眉もぴくりと動く。


「その本が読みたい」


「だから?」


「読めない」


数秒。

沈黙。

それから。


「あはは」


思わず笑ってしまった。


「へぇ。英国紳士サマでも読めねぇもんあるんだな」


青い瞳が細くなる。

少しだけ不機嫌そうだった。


「教えるのか、教えないのか」


「偉そうだな」


「頼んでいる」


「頼み方がなってねぇ」


空気がぴりりと張る。


初対面。

なのに妙な遠慮がない。

どちらも一歩も引かない。


不思議な感覚だった。


すると少年は静かに本を閉じた。

そして真っ直ぐ拓海を見る。


「私は読めるようになる」


はっきりとした声だった。

迷いがない。


「だから、お前が必要だ」


拓海は一瞬だけ言葉に詰まった。

変なやつだ。

普通ならもっと遠回しに頼むだろう。


だが目の前の金髪は違う。


”必要だから頼む”。


ただそれだけだった。


妙に真っ直ぐで。

妙に不器用だった。


「……名前は?」


少年が少しだけ目を見開く。

それから答えた。


「エドワード・ハミルトン」


「あー、長ぇな」


「……何だと」


「エドでいいか?」


一拍。


ほんのわずかな沈黙の後。


「勝手にしろ」


どこか諦めたような返事だった。


「よし、決まり。」


拓海は勝手に隣へ腰を下ろした。


「いいか。最初に覚えるのはこれだ。」


「何だ。」


「よろしく。」


エドワードは静かに繰り返した。


「ヨロシク。」


「そう。それ、日本語で一番使う。」


「意味は?」


拓海は少し考えてから笑う。


「まぁ、一緒にやってこうぜって感じ。」


エドワードは一度だけ頷いた。


「なるほど。」


そして、もう一度。


「ヨロシク。」


今度は発音も完璧だった。

拓海は笑う。


「おう。よろしく。」


暖炉の火が、小さく弾けた。


二人は、それから毎日のように談話室で本を開くようになる。


最初は日本語。

やがて歴史。


文学。

政治。


夢。

互いの国。


話題は少しずつ増えていった。


この日。


一冊の『枕草子』から始まった時間は、

やがて二人の人生を大きく変えていく。


そのことを。

この時の二人は、まだ知らない。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。


この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。


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