第一話 「なんだお前?」から始まった話
前から出そうかなと思っていた拓海とエドワードの話です。そんなに長くはならないかと思うので、気軽に読んでいただけると嬉しいです!!
英国の名門寄宿学校。
石造りの校舎は、やけに静かだった。
廊下を歩く音すら抑えられ、
誰もが背筋を伸ばし、無駄な会話をしない。
貴族だらけ。格式。規律。沈黙。
――息が詰まる。
「……はぁ」
思わず小さく息を吐いた。
場違いなのはわかっている。
ここにいる人間は皆、ここにいるべくしている。
俺だけが違う。
佐伯拓海、十六歳。
母親の意向で、ほぼ強制的に英国へ放り込まれた留学生。
「無理だろ、これ」
誰に聞かせるでもなく呟いて、
とりあえず静かな場所を探す。
見つけたのは、談話室だった。
暖炉。革張りのソファ。分厚い本。
そして、静寂。
「……落ち着くな」
そう思ったのも束の間。
「うわ、懐かし」
視界の端に、見覚えのある装丁が入る。
文庫本。
日本語。
近づく。
タイトルを確認する。
「枕草子、か」
なんでこんなところに、と思った直後。
その本を読んでいる人物に気づいた。
金髪。整った横顔。姿勢が異様にいい。
制服も完璧に着こなしている。
いかにも“ここ側”の人間。
なのに。
「……はる、は……?」
詰まっている。
完全に。
拓海は思わず声をかけた。
「それ、“枕草子”だろ?」
ぴたり、と動きが止まる。
ゆっくりと振り向いた。
青い目、プラチナブロンド。
一瞬女子?!かと思うような可愛らしさ。
まっすぐに、こちらを見る。
「お前、日本人だろ!」
声が響いた。
談話室の空気が一瞬で変わる。
周囲の視線が集まる。
本人は気にしていない。
「日本語……日本語、教えてくれ!」
いきなりだな。
拓海は眉を寄せる。
「……なんだお前?」
ぶっきらぼうに返すと、相手の眉がぴくりと動いた。
「その本が読みたい」
「だから?」
「読めない」
間。
「はは」
思わず笑う。
「へぇ。英国紳士サマでも、読めねぇもんあるんだな」
目が細くなる。
「教えるのか、教えないのか」
「偉そうだな」
「頼んでいる」
「頼み方がなってねぇ」
ぴり、と空気が張る。
――なのに。
どちらも引かない。
「俺は読めるようになる」
静かに、だがはっきりと。
「だから、お前が必要だ」
まっすぐすぎる。
拓海は一瞬だけ言葉に詰まって、
それから、少し笑った。
「……名前は?」
「エドワード・ハミルトン」
「あー、長ぇ」
「……何だと」
「エドでいいか?」
一拍。
「勝手にしろ」
「決まりな」
勝手に隣に座る。
距離が近い。
近すぎる。
本を指で叩く。
「いいか、最初に覚えんのはこれな」
「何だ」
「“よろしく”」
エドは繰り返す。
「ヨロシク」
「そう。それ、日本語で一番使う」
「意味は」
拓海は少しだけ考えて、
肩をすくめた。
「これから面倒見るから、ちゃんとついてこいって感じ」
「なるほど」
即答。
疑いがない。
エドは姿勢を正す。
拓海の方を向いて、
「ヨロシク」
発音は完璧だった。
一瞬、拓海は驚いて、
それから、口元を歪める。
「おう。よろしく」
暖炉が、ぱちりと音を立てた。
孤高の次期当主と、場違いな留学生。
本来なら交わるはずのない二人が、
同じ本を覗き込んでいる。
「次は」
エドが言う。
「“はるはあけぼの”だな」
「あー、それな」
拓海は笑う。
「そこから地獄だぞ」
「望むところだ」
真顔で返される。
(こいつ、めんどくせぇな)
でも。
少しだけ、面白い。
――この時はまだ、
これが数十年続く腐れ縁の始まりだなんて、
二人とも、知らなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




