第73話:影の玉座と、狂い咲く学園の茶番
帝都の中心にそびえ立つ首相官邸。
その最上階にある執務室は、かつての大鷹首相時代とは完全に打って変わり、悪趣味なまでの変貌を遂げていた。
質素で威厳のあった調度品はすべて撤去され、代わりに海外から取り寄せられた豪奢なペルシャ絨毯、金箔が施されたアンティークのデスク、そして壁には成金趣味を隠そうともしない高価な絵画が所狭しと並べられている。
乃木政権の誕生からわずかな期間で、この官邸は乃木という男の「虚栄心」と「権力欲」を満たすための黄金の檻へと成り下がっていた。
その部屋の、本来であれば首相が座るべき最高級の革張りソファに、クロノスは我が物顔で深く腰を下ろし、長い脚を組んでいた。背後には、漆黒の外套を纏ったミカラムが静かに控えている。
「いやぁ、乃木先生。見事な模様替えですねぇ。前のお堅い部屋より、ずっとあんたの『俗物っぽさ』が出ていて最高に似合ってますよ。いかにも権力を握って有頂天になってます、って感じで」
クロノスが、部屋を見回しながら面白おかしく茶化す。
しかし、デスクの向こう側に立つ乃木の顔には、いつもの愛想笑いすら浮かんでいなかった。彼の顔は怒りと焦燥で赤黒く染まっている。
「……茶化している場合か、クロノス君。私は君に問うているんだ!」
乃木は、バンッ!と両手でデスクを叩いた。
「なぜ、神崎健人を殺さなかった!? 報告によれば、君は鴨ヶ岳で奴を完全に無力化しておきながら、わざと生かして放置したそうじゃないか! 奴は最後の大物だぞ! 大鷹派の残党を束ねる象徴になり得る男を、なぜ確実に消さなかったんだ!」
乃木にとって、神崎健人という存在は最大の恐怖であった。不正を暴き、世論を動かし、自分の政権を根底から覆しかねない怨念。それが生きているという事実だけで、乃木は夜も眠れないほどの恐怖を感じていたのだ。
クロノスは、無機質な仮面の奥で呆れたようにため息をついた。
「あーあ。乃木さんほどの人間が、手足をもがれて這いつくばってる敗残兵一匹に怯えるなんて、部下に示しがつきませんよ? しかも彼、再起不能のダルマ状態ですからね」
「問題はそこじゃない! 奴が生きているという事実が、反体制派の火種になるんだ! 今すぐ君の私兵を使って……」
「それにさ」
クロノスは乃木の言葉を遮り、ひどく楽しそうな、ねっとりとした声で告げた。
「これからは、この乃木内閣の『官房長官』として、神崎さんにたっぷり働いてもらうことになってるからね」
「……は?」
乃木は、自分の耳を疑った。口を半開きにして、ソファで笑う悪魔を見つめる。
「な、何を言っている……? 神崎を、私の内閣の、それも官房長官だと? 冗談も休み休みにしたまえ! 大鷹派の筆頭であり、私を最も憎んでいる男を、この政権の中枢に入れるわけがないだろうッ!!」
顔に青筋を立てて激昂する乃木を見ながら、クロノスは心の中で冷たく嘲笑していた。
(……ほんと、この小物感がなんともいえないねぇ。目先の保身しか頭にない。この内閣も、老い先短いな)
クロノスは、組んでいた脚をゆっくりと下ろし、少しだけ身を乗り出した。
「冗談? 俺がそんな無駄なこと言うように見えます?」
クロノスの声から、先程までの軽薄な響きがスッと消え失せた。絶対零度の圧が、黄金の執務室を支配する。
「乃木先生。私の要求が通らなければ、アルカディアの力を使って、すべて『強制的に』通すまでです。……それでも、よろしいんですか?」
「なっ……そ、それは脅しか!?」
「ええ、そうですよ」
クロノスはあっさりと肯定し、首を傾げた。
「乃木先生が今、その偉そうな椅子に座っていられる理由……もう一度、よく考えた方がよろしいと思いますよ。ねっ、ミカラム」
「御意」
背後に控えていたミカラムが、静かに黒いサングラスを外した。
次の瞬間。ミカラムの背中から、漆黒の巨大な翼がバサァッ!と音を立てて展開し、彼の姿が戦闘形態へと変異した。
「ヒッ……!?」
禍々しい殺気と、部屋の温度が一気に氷点下まで下がったかのような錯覚。ミカラムの紫色の眼光が乃木を射抜く。乃木は腰を抜かしそうになりながら、デスクの縁にしがみついた。
「わ、わかった! わかったよ……!」
乃木はハンカチを取り出し、滝のように流れる額の脂汗を拭いながら必死に叫んだ。
「き、君の言う通りにする! 神崎を官房長官のポストに据えよう……約束するッ!」
「素晴らしい決断です、総理」
クロノスは再び愛想よく笑い、ソファから立ち上がった。
「すでにこの国は、アルカディアの支配下だということを忘れないでくださいね。……まぁ、神崎が官房長官になれば、少しは俺たちアルカディアと距離を取ろうと、必死に裏で小細工をするでしょうね。私は、その無駄な足掻きを見るのが何より楽しみなんですよ」
クロノスの狂気に満ちた宣言を聞きながら、ミカラムは戦闘モードを解除し、再びサングラスをかけた。
(……神崎を、まだ利用するのか)
ミカラムは心の中で静かに呟く。この絶対的な主の「退屈しのぎ」は、一体どこまでこの国を、そして人間を壊せば気が済むのだろうか、と。
***
首相官邸を出た後。
クロノスとミカラムを乗せた漆黒のRZ-7は、帝都の夜のハイウェイを滑るように走っていた。
「クロノス様。後方より、三台の車両が追尾してきています。公安、あるいは乃木の秘密部隊かと思われますが」
運転席のミカラムが、バックミラーを見ながら報告する。
「あはは、乃木のおっさん、よっぽど悔しかったみたいだね。撒いちゃって」
「はっ」
ミカラムがコンソールのスイッチを操作すると、RZ-7の車体がうねるように変形を始めた。流線型のスポーツカーのフォルムが、瞬く間に重厚な大型SUVへと姿を変え、同時にナンバープレートも全く別の数字へと反転する。
追っ手の車両は、突然目の前から消えたスポーツカーと、突如現れた見知らぬSUVに完全に混乱し、あっという間にハイウェイの彼方へと置き去りにされた。
その頃、首相官邸の執務室。
「くそッ……くそぉぉぉぉぉぉッ!!」
乃木は、デスクの上にあった数百万の価値があるクリスタルの灰皿を床に叩きつけ、粉々に粉砕した。
「あんなガキに……得体の知れない化け物どもに、この私がいいようにされているだとッ!」
乃木の目は、屈辱と憎悪で血走っていた。
いつか必ず、アルカディアの秘密基地を見つけ出し、軍隊を差し向けて完膚なきまでに殲滅してやる。あいつらとの同盟など、用が済めばこちらから破棄してやるのだと、乃木は暗い執務室で一人、空虚な復讐を誓っていた。
***
アルカディア本部へと帰還した司は、無機質なマスクとロングコートを脱ぎ捨てると、真っ直ぐにある部屋へと向かった。
ドアノブを回して中に入ると、そこには尋常ではないほどの『汚部屋』が視界いっぱいに広がっていた。脱ぎ散らかされた服、食べかけのスナック菓子、山積みの漫画雑誌。
「わぁ! 司くん!」
ベッドの上でゴロゴロしていた星野くるみが、パッと顔を輝かせて駆け寄り、満面の笑みで司の首にしがみついてきた。
「おかえりなさぁい! ずっと待ってたんだよー!」
「……ただいま」
司は、その能天気すぎる声に、自分でも驚くほど自然に目を細めた。あれほど血生臭い地獄の山頂と、ドロドロの権力闘争の場から帰ってきたというのに、この女の圧倒的な「無害さ」に触れると、張り詰めていた虚無が少しだけ和らぐのを感じる。
くるみの部屋の扉が静かに閉まる音が響いた瞬間、司の視線が彼女の柔らかな輪郭を捉えた。彼女の笑顔が無邪気すぎて、胸の奥に熱い衝動が湧き上がる。言葉は必要なかった。司は大きく一歩踏み出し、くるみの細い腰を引き寄せた。「ったく……お前、今日も俺を狂わせやがるな」低く荒い声で呟きながらも、その手は彼女の背中を優しく包み込むように撫でた。くるみは甘く息を漏らし、「司……来てくれたの……」と体を預けてくる。二人の唇が重なり、最初は優しいキスが、すぐに熱を帯びた深いものへと変わった。舌が絡み合い、互いの息が混じり、部屋の空気が一気に甘く重くなる。
司はくるみをベッドに優しく押し倒し、自分の体を重ねた。衣服がゆっくりと剥がされ、素肌同士の熱が直に伝わる。司の大きな手が彼女の柔らかな曲線をなぞり、優しく揉みしだくように愛撫を加える。くるみは「あん……っ」と甘い吐息を漏らし、体をくねらせた。司の唇が首筋から胸元へ滑り、敏感な部分を舌先で優しく刺激すると、彼女の声がさらに高くなる。「はぁ……司、気持ちいい……」その反応に司の理性がわずかに揺らぐが、荒々しい言葉とは裏腹に、触れ方は常に優しく、彼女を大切に扱うように丁寧だった。
くるみが体を起こし、司の胸に顔を埋めながら下へ移動した。彼女の柔らかな唇が司の硬くなった部分に触れ、優しく包み込むように動き始めた。熱く湿った口内が司を甘く刺激し、舌が絡みつくような愛撫が続く。「くそ……お前、そんなに熱心に……」司は低く唸りながらも、彼女の髪を優しく撫で、乱暴に押さえつけることなく受け入れた。くるみの動きが次第に激しくなり、司の腰が自然と軽く浮く。彼女の息遣いが荒くなり、時折「あむ……んっ……」という甘い音が部屋に響いた。長い時間、くるみは司を大切に、情熱的に愛撫し続け、司の体に熱い波が広がっていく。
十分に司を高ぶらせた後、今度は司が主導権を握った。くるみを仰向けにし、彼女の脚を優しく広げて顔を近づける。熱く濡れた秘めた部分に舌を這わせ、ゆっくりと優しく舐め上げた。くるみは腰をびくりと浮かせ、「あっ……! 司、そこ……はぁんっ!」と切ない喘ぎ声を上げた。司の舌が巧みに動き、敏感な箇所を重点的に刺激する。動きは徐々に激しくなり、くるみの体が震え始めた。「んっ……あぁ……だめ、気持ちよすぎて……」彼女の声が甘く乱れ、司は「我慢すんな……全部、俺に預けろ」と荒い声で言いながらも、彼女の快楽を最優先に舌を動かし続けた。くるみの太ももが司の頭を挟むように締まり、体が波打つ。やがて彼女の全身が大きく痙攣し、熱い液体が勢いよく溢れ出すように噴き出した。「あぁぁっ……! 司ぃ……いっちゃう……はぁんっ!」甲高い喘ぎ声とともに、ベッドのシーツを大きく濡らす。司はそれを優しく受け止め、彼女が落ち着くまで唇を離さず、優しいキスを繰り返した。くるみの顔は真っ赤に染まり、息が荒く、潤んだ目で司を見つめる。
息を整えたくるみが、再び司に体を寄せた。今度は彼女の柔らかな胸の谷間に、司の硬くなった部分を挟み込むように動かし始めた。温かく柔らかい感触が司を包み、上下に優しく擦られる。くるみの瞳が上目遣いに司を捉え、「司……気持ちいい……?」と甘く囁く。司は「はっ……お前、最高だぜ……」と乱暴に答えながらも、手を伸ばして彼女の髪を優しく梳いた。動きが次第に激しくなり、司の息が荒くなる。彼女の胸の温もりが司をさらに興奮させ、甘い摩擦が続く。
二人は自然と体位を変え、互いの顔が相手の秘めた部分に向き合う形になった。司は再びくるみの熱い部分に舌を這わせ、くるみも司の硬くなった部分に唇を寄せる。互いの最も敏感な場所を同時に愛撫し合う。舌と唇が絡み、甘い吐息と湿った音が重なり合う。「んっ……あぁ……司、すごい……」くるみの声が震え、司も低く唸りながら彼女を優しく刺激した。互いの体が熱く溶け合うような感覚が広がり、快楽の波が同時に高まっていく。長い時間、二人はこの密着した愛撫を続け、互いの反応を一つ一つ感じ取りながら高ぶらせた。
さらに熱が高まったところで、くるみが四つん這いになり、司に後ろを向けた。司は彼女の美しい背中と腰の曲線を愛おしげに見つめ、唇を近づける。秘部だけでなく、もっと奥の柔らかな部分にも優しく舌を這わせ始めた。くるみは恥ずかしさから体を震わせ、「あっ……! そこ……はぁんっ……司、恥ずかしいのに……気持ちいい……」と甘く喘いだ。司も彼女の愛撫を受けながら、互いに同じ部分を舐め合う。荒々しい欲求が渦巻く中、司の舌の動きは常に優しく、彼女を傷つけないよう細心の注意を払っていた。くるみの腰が軽く動き、「んっ……あぁ……司と一緒に……」と切ない声を漏らす。二人の体が再び熱く燃え上がり、互いの愛撫が激しさを増した。
我慢の限界を迎えた司は、くるみを仰向けに戻し、自分の熱いものを彼女の入り口に優しく当てた。「いくぞ……お前の中、めちゃくちゃにしたいけど……ゆっくり、優しくな」言葉は乱暴だったが、挿入は彼女の体を気遣うようにゆっくりと深く結ばれた。本番が始まる。司の動きは最初優しく、くるみの反応を見ながら腰を動かした。「あっ……司……入ってきた……はぁんっ!」くるみが甘い声を上げ、司の背中に腕を回す。次第にリズムが激しくなり、二人の体が激しくぶつかり合う。汗が混じり合い、部屋に湿った音と喘ぎ声が満ちた。「んっ……あぁ……! 深い……司、もっと……はぁんっ!」くるみの喘ぎ声が大きくなり、司は彼女の手を握り、キスを繰り返しながら腰を強く突き上げた。「好きだぞ……くるみ。お前がいると、俺……全部忘れられる」乱暴な口調の中に本音が混じり、彼女を抱きしめる腕に力がこもる。くるみは司の背中に爪を立て、「はぁんっ……! あっ、あっ……司ぃ……好き……いっちゃう……」と快楽の波に飲まれながら応えた。
クライマックスが近づき、司の動きがさらに激しくなる。くるみも司にしがみつき、体を震わせていた。「あぁぁっ……! 司と一緒に……いっちゃう……はぁんっ!」ついに司は深く最奥まで突き入れ、熱いものを彼女の中に放出した。くるみの体が大きく震え、「あんっ……! 熱い……いってる……司の……」と二人は同時に頂点に達した。余韻の中で、司は彼女の中に留まったまま、優しく抱きしめた。くるみの瞳に涙が浮かび、「はぁ……はぁ……司……大好き……」と息を荒くしながら司の胸に顔を埋める。司は彼女の髪を優しく撫で、「よく頑張ったな……お前は俺の大事なやつだ」と低く囁いた。二人は長い時間、繋がったまま体を重ね、互いの体温を感じ合いながら静かに息を整えた。部屋には甘く濃厚な余韻だけが残り、司の乱暴な言葉の裏側にある深い優しさが、くるみを優しく包み込んでいた。
それから2時間後。
くるみの部屋から出てきた司は、いつもの冷徹なアルカディアの総帥の顔に戻り、自室へと消えていった。
***
翌朝。第一帝都高校。
登校した司の目に飛び込んできたのは、廊下の掲示板に貼り出された『生徒会役員立候補者募集』のポスターだった。
司はそれを見ると、ふっと退屈しのぎの良いアイデアを思いつき、そのまま職員室へと向かい、立候補の用紙を受け取った。
「お、御堂……本当に、お前が立候補するのか?」
用紙を渡した担任の教師は、心配そうに司の顔を覗き込んだ。
「あんな凄惨な事件があったばかりじゃないか。お母さんのことも、紀伊国屋のことも……まだ心の整理がついていないだろう。無理はしなくていいんだぞ?」
周囲の教師たちも、同情の籠もった視線で司を見つめている。
「御堂くん、今は自分の心を休めることが一番大事よ」
司は、完璧に計算された『優等生の仮面』を被り、少しだけ憂いを帯びた、決意に満ちた表情を作った。
「先生方、ご心配ありがとうございます。でも……だからこそ、僕は立ち止まっていられないんです」
司の声は、静かな教室に響き渡るように、よく通った。
「生き残った僕たちが、悲しみを乗り越えて、この学校を……ひいてはこの国をもっと良くしていかなければならないと思っています。多分、亡くなった紀伊国屋さんも、母も、そして戦場で国の為に散っていった皆も……僕がそうやって前を向いて歩くことを、望んでいると思いますから」
その言葉の響きがあまりにも美しく、そして哀絶であったため、担任の教師の目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「御堂……お前ってやつは、本当に強い男だな……! 先生、全力で応援するぞ!」
「御堂くん、立派よ……!」
職員室の教師たちが次々と涙ぐみ、司の肩を優しく叩いた。
教室に戻ると、すでに司が生徒会に立候補したという噂が広まっていた。
「司くん! 私たちも手伝うからね!」
「御堂、お前なら絶対にやれるよ。俺たち、全員でお前に投票するからな!」
クラスメートたちが、純粋な善意と同情に満ちた目で司を取り囲み、次々と励ましの声をかけてくる。
(……あぁ、ほんと、馬鹿みたいだ)
感動の渦の中心で、司は心の中で冷たく毒づいていた。
親や恋人を殺されながらも前を向く、健気で美しい悲劇のヒーロー。その安っぽいメロドラマに、大人も子供も簡単に酔いしれ、操られていく。
(まぁ、神崎のおっさんが官房長官として復帰するまでの、ほんの少しの暇つぶしになりゃいいけどなぁ)
司は、完璧な爽やかな笑顔を顔に貼り付けたまま、込み上げてくる特大の欠伸を噛み殺すのに、ただ必死であった。




