第58話:空白の三十日と、英雄の血脈
瑞穂国内は、悲しみと先行きの見えない不安による騒然とした空気に包まれていた。
革命の英雄であり、国家の絶対的な支柱であった大鷹宰相の訃報が、ついに国民に向けて発表されたからである。国民は涙を流し、半旗が掲げられ、国中が深い喪に服していた。
しかし、国民は誰も知らない。
この訃報の発表が、実際に大鷹が息を引き取ってから『30日後』に行われた、完璧に計算された遅延発表であるという事実を。
時計の針は、その空白の30日前の「大鷹の死の翌日」へと遡る。
極秘裏に全閣僚が緊急召集された地下会議室の巨大モニターには、生命維持装置に繋がれた大鷹宰相の姿が映し出されていた。
『――私の命は、もはや長くない。私の後任には、乃木宏樹君を指名したい』
病床からのリアルタイム通信という形で語られたその遺言。しかし、それはクロノスの恐るべきハッキング技術によって生成された「完璧なディープフェイクの映像と音声」であった。
この席でその事実を知っているのは、乃木海軍大臣ただ一人である。乃木は、自らのクーデターが成功したことを心の底で歓喜しながらも、表面上は神妙な面持ちで映像をじっと見つめていた。
偽りの大鷹は、続けて今後の国家方針について、自らが否定していたはずの『乃木の拡大路線を全面的に支持する』と語り出した。
これには、大鷹の本来の思想を知る閣僚の一部から「閣下、今までの絶対防衛の理念とあまりに違います! 何故ですか!」と強い疑問の声と質問が飛んだ。
しかし、偽大鷹は、その一つ一つの質問に対し、膨大な国家データと論理的推論に基づいた「完璧な正論」で丁寧に、そして圧倒的な説得力をもって答えてみせた。
「……なるほど。確かに、現状の資源枯渇を鑑みれば……」
「閣下がそこまで仰るのなら……」
次第に納得し、言葉を失っていく閣僚たち。
アルカディアの執務室でその映像をモニタリングしていたクロノスは、仮面の奥で心底馬鹿にしたようなせせら笑いを浮かべていた。
それでも、乃木を内閣総理大臣および国民翼賛会最高指導者に据えることに対して、危機感を抱いた一部の保守派閣僚たちが裏で反乃木勢力を結集し始めていた。
乃木は秘密回線を通じて、クロノスに焦燥をぶつけた。
「どういうことだ! 結局、反乃木勢力が結集してしまったではないか!」
クロノスは、くくっと笑いながら答えた。
「乃木先生。これで敵と味方、そして『ただ盲信する人間』がハッキリと見えましたね」
「……何が言いたい」
「これで潰すべき相手がハッキリしたということです。……反乃木派。そして、あなたを『自らの意志で考え、支持している派閥』。この二つが、潰すべき人間たちです」
乃木は絶句した。
「な、何故だ!? 何故、私を支持している味方まで潰さねばならない!」
「意志を持つ者は、いつか必ず先生に反旗を翻すことになるからです」
クロノスは、氷のように冷たい声で断言した。
「何も考えず、ただ妄信するだけの人間が一番扱いやすい。国家も同じです。歯車に『思想』は必要ないのですよ」
クロノスは、瑞穂という国家そのものを、アルカディアのように「ただ妄信する者だけが残る組織」へと作り替えようとしていたのである。
***
かくして、瑞穂国の中枢では、表沙汰にならない血みどろの勢力争い――いや、一方的な『大粛清』が始まった。
深夜の高級住宅街や、厳重な警備が敷かれた反乃木派の地下バンカー。そこに、音もなく死神たちが舞い降りた。
漆黒の外套を纏い、神々しい角を生やしたミカラム・レクイエムの指揮のもと、5体の『白き御使い(セラフィム)』が放たれたのだ。
「……排除開始」
ミカラムが冷徹に命じると、セラフィムたちは圧倒的なスピードで警備網をすり抜け、あるいは強行突破し、標的の政治家たちを次々と物理的に「消去」していった。
それは反乃木派だけではない。「乃木先生の政策は素晴らしいが、ここは少し修正を……」などと自らの頭で考え、意見を述べようとした有能な支持派の官僚たちも、等しく夜の闇の中でその命を散らしていった。
すべては「テロリストの仕業」あるいは「不幸な事故」として処理された。
約一ヶ月に及ぶクロノスの圧倒的な暴力による支援の結果、大鷹の逝去が正式に国民に伝えられた時、国会に残っていたのは、乃木に一切の異を唱えない「意志を持たないイエスマン」たちだけであった。
政治闘争は、乃木とクロノスの完全な勝利に終わったのである。
***
しかし、この中央での勢力争いと指揮系統の混乱が激化していた30日間、最前線の瑞穂防衛隊には致命的な歪みが生じていた。
毎日変わる指示命令、海軍省からの連絡不足。それにより、防衛隊の作戦計画は完全に崩壊していた。さらに、破竹の勢いで拡大しすぎた戦線によって、水による動力システムが解決していたエネルギー以外の、食糧や弾薬といった『物資』の補給線が間延びし、上手く構築されなくなっていたのである。
無敵を誇った瑞穂防衛隊に、少しずつ実損と綻びが出始めた頃――決定的な事件は起こった。
アトラス連邦への侵攻を指示され、外洋を進んでいた瑞穂武尊を旗艦とする『第一艦隊』。
その懐深くへ、国土を蹂躙され後がなくなったアトラス軍の潜水兵たちが、決死の特攻作戦を仕掛けてきたのである。
海中からの、超大型戦艦への直接潜入。所謂『瑞穂武尊・奪取作戦』である。
通常であれば不可能と思われるこの狂気の作戦を成功させた要因は、連戦連勝による第一艦隊の『油断と慢心』、そして何より、本国の混乱による『指示命令の欠如』であった。
「敵兵、第4ブロックを突破! ブリッジへ向かっています!!」
警報が鳴り響く艦内。潜入に成功したアトラス軍の決死隊は、最新鋭の兵器を恐れず、泥臭い肉弾戦と命がけの突撃で艦内の防衛線を次々と突破し、中枢であるブリッジへと迫っていた。
「……抜かせるな!! ここは瑞穂の心臓だぞ!!」
この絶望的な事態に対抗すべく、アサルトライフルを構えて決死の防衛隊を結成し、陣頭指揮を執る若き将校がいた。
神崎の息子であり、この瑞穂武尊の副艦長を務める『神崎勇樹』である。
「撃てぇぇっ!!」
通路での激しい銃撃戦。しかし、国と家族を守るために狂乱状態となったアトラス兵の勢いは凄まじく、瑞穂側の防衛線は押し込まれつつあった。
このままでは、ブリッジが制圧され、艦の主砲が瑞穂本国へ向けられてしまう。
(……俺は、あの『瑞穂の英雄・神崎健人』の息子だ!!)
勇樹の脳裏に、偉大なる父の背中が過ぎる。英雄の血脈としての強烈なプレッシャーと、父の名誉を守り抜かねばならないという狂気にも似た義務感が、彼の限界を突破させた。
「……総員、俺の後に続けェェェッ!!」
勇樹は、自らの身体に大量のプラスチック爆弾を巻き付け、安全ピンを引き抜いた状態で、敵の密集する通路のど真ん中へと単身躍り出た。
「なっ……狂ってるぞ!!」
驚愕するアトラス兵たち。
「瑞穂国、万歳ァァァァァァッ!!!」
閃光と、鼓膜を破る大爆音。
神崎勇樹の特攻による自爆をきっかけに、通路ごと敵の主力部隊は吹き飛び、攻守の入れ替えが起こった。勢いを取り戻した瑞穂軍の反撃により、艦内に侵入したアトラス軍は一人残らず全滅した。
神崎勇樹は、父に恥じない『英雄的な活躍』によって艦を救い、その若い命を散らしたのである。
また、この熾烈な防衛戦の最中、艦の動力部を死守すべく奮闘した特別技術士官――司の父親もまた、敵の凶弾に倒れ、瑞穂のためにその命を捨て去っていた。
こうして瑞穂武尊奪取計画は失敗に終わった。しかし、旗艦の受けたダメージは決して少なくない。国家の守りの象徴である瑞穂武尊を万が一にでも沈めるわけにはいかないため、艦長は自己判断により、アトラス連邦侵攻作戦を中止し、本国への『撤退』を命じたのであった。
この現場の指揮の混乱と撤退戦により、十分な物資支援を受けられなかった多くの『防衛予備隊(学生たち)』も、名もなき泥の中で無惨に戦死していった。
***
空白の30日間が終わり、ようやく正式な宰相の座に就いた乃木は、苦渋の決断を迫られていた。
戦線の崩壊と兵力の立て直しのため、皮肉にもかつて大鷹が生前に唱えていた『絶対的防衛圏』まで、全兵力を大きく後退させざるを得なかったのだ。
アルカディアの執務室のモニターで、後退していく瑞穂軍の戦線マーカーを眺めながら、クロノスはひどく退屈そうに欠伸をした。
「……なんだ。結局、やっぱ大鷹のじいさんが正解だったんだなぁ」
数え切れないほどの若者たちの死も、自らの父親の戦死すらも、彼にとってはモニターの中の数字が減った程度の、まるで他人事のような感想しか抱かせなかった。
***
瑞穂国の片隅。紀伊国屋家。
厳格な軍服を着た役人が、一枚の戦死公報を届けにやってきていた。
『羅州戦線にて、名誉の戦死』。
予備隊として前線に赴いていた、優子の兄の訃報であった。
「あぁ……ああぁっ……!!」
両親が膝から崩れ落ち、公報を抱きしめて号泣する。
その凄惨な悲しみの中、紀伊国屋優子だけが、不気味なほど真っ直ぐに立ち上がり、満面の笑みを浮かべて両手を高々と突き上げた。
「万歳ッ! 万歳ッ!!」
「……ゆ、優子……? お前、何を……」
「お父さん、お母さん! 泣いちゃダメだよ! お兄ちゃんは、瑞穂のために戦死したんだよ!? これは、私たち家族にとって最高に光栄なことだよ!! 万歳!!」
涙一つ流さず、狂喜の声を上げて万歳を繰り返す娘の姿を、両親はただ呆然と、底知れない恐怖に震えながら見つめることしかできなかった。
――その数十分後。
兄の「名誉」を知らせるため、優子は司の家を訪れ、彼の自室にいた。
部屋の傍らには、夫を失ったばかりだというのに、なんの感情も浮かべずに立ち尽くす母・涼子。
そして、椅子に深く腰掛け、退屈そうに目を伏せている司。
狂気によって心を書き換えられた者だけが集う、ひどく静かで、おぞましい空間。
その沈黙の中で司が静かな口調で2人に向かって優子と涼子が愛し合う姿が見たいな。
2人は頷くと愛し合った。
優子がまず涼子に近づき、優しくその頰に手を添えた。涼子の瞳はすでに潤み、唇がわずかに開いている。優子はゆっくりと顔を寄せ、柔らかな唇を重ねた。最初は優しい触れ合いだったキスが、次第に深みを増していく。舌が絡み合い、甘い吐息が互いの口内に広がる。涼子の手が優子の背中に回り、強く抱き寄せた。布越しに感じる二人の体温が、部屋の静けさを熱く溶かしていく。
キスを続けながら、優子は涼子の服をゆっくりと滑らせ、豊かな胸を露わにした。優子は掌でその柔らかな膨らみを包み込み、親指で胸の先端を優しく円を描くように刺激する。涼子が小さく喘ぎ、背を軽く反らせた。優子はさらに顔を下げ、舌を這わせて胸の頂を丁寧に愛撫した。涼子の指が優子の髪を掻き乱し、甘い声が漏れる。「あ……優子……」その声に優子も興奮を抑えきれず、自分の胸も涼子の手に委ねた。二人は互いの胸を揉み合い、舌と唇で敏感な部分を刺激し続け、息が荒くなっていく。
やがて二人は床に崩れるように横たわり、絡み合う。優子の手が涼子の腰を滑り、太ももを優しく撫でながら秘めた部分へと近づいていく。指先で柔らかなそこをそっと探り、蜜をすくい上げるように優しく動かした。涼子も同じように優子の秘めた場所に手を伸ばし、互いの熱くなった部分を愛撫し合う。甘い喘ぎが重なり、部屋に響く。二人は体を擦り合わせ、胸を押しつけ合い、唇を何度も重ねながら、ゆっくりと、しかし確実に高みへと昇っていく。優子は涼子の耳元で囁いた。「涼子さん……もっと、感じて……」涼子は頷き、優子の首筋にキスを落としながら指の動きを速めた。湿った音と吐息だけが、静かな空間を満たす。
長い間、二人はそうして互いの体を隅々まで味わい合った。優子が涼子の秘めた部分に顔を埋め、舌で優しく愛撫を始めると、涼子は体を震わせて甘い声を上げた。涼子も優子の敏感な場所に舌を這わせ、交互に、時には同時に快楽を与え合う。時間はゆっくりと流れ、二人の体は汗で光り、息が完全に乱れていた。
その様子を椅子から静かに見つめていた司の気配を感じ、優子と涼子は自然と体を起こした。二人は司の元へ寄り添うように跪き、互いに視線を交わしながら、司の熱くなった逞しい部分に顔を近づけた。優子がまず唇で先端を優しく包み込み、舌を絡めて丁寧に愛撫する。涼子も横から舌を這わせ、二人の唇と舌が司のそこを同時に包み込んだ。司の息がわずかに荒くなり、二人は競うように口と舌を使い、熱く湿った奉仕を続けた。優子の手が根元を優しく握り、涼子が先端を深く唇で包む。交互に、時には同時に、二人の口が司の欲望を刺激し続ける。
やがて司の体が緊張し、熱い白い飛沫が二人の顔面に勢いよくかかった。優子と涼子の頰や唇、額に司の欲望の証が滴り落ちる。二人は一瞬目を閉じたが、すぐに互いの顔を見つめ合い、優しく微笑んだ。優子が涼子の頰に付いた白い液体を舌で優しく舐め取り、涼子も優子の唇の端を舌で拭うように舐め合う。舐め合いながら、再び唇が重なり、胸を押しつけ、秘めた部分に指を滑らせて愛撫を再開した。顔に残る司の熱い証を互いに味わいながら、二人の動きはさらに激しくなる。
優子が涼子の秘めた部分を指で優しく刺激し続け、涼子も優子の敏感な場所を舌で愛撫する。舐め合うキスと愛撫が重なり、二人は同時に体を震わせた。甘い波が全身を駆け巡り、優子がまず甲高い喘ぎを上げて達した。涼子もすぐに続いて体を弓なりに反らせ、優子の名を呼びながら甘い絶頂を迎える。二人はぐったりと抱き合い、余韻に浸りながら互いの体を優しく撫で続けた。
時間がたった後
しばらく一人で兄の戦死の素晴らしさを語っていた優子は、ふと満足したように笑うと、
「それじゃあ、私、帰るね」
と、可愛らしく手を振って司の家を後にした。
夕日に照らされた彼女の顔に張り付いていたのは、ピクリとも崩れない、不気味なほどに完璧な笑顔であった。




