第51話:削り取られる黄金と、魔王の溜息
夜明け前の第七埠頭は、二つの規格外の力による衝突によって、もはやこの世の光景とは思えない焦土と化していた。
厚いコンクリートの岸壁は飴細工のように溶け、巻き上がる粉塵と水蒸気が視界を白く染め上げている。
その猛烈な熱嵐の中を、黄金の流星となった天童が縦横無尽に駆け抜けていた。
「ハアアアアアッ!!」
天童は、堂島の能力である異常な筋力肥大を脚部に集中させ、空気を蹴り破るような爆発的なステップでクロノスの死角へと回り込む。同時に、鷹城の能力である高熱重粒子砲を至近距離から連射した。
一発一発が戦艦の装甲すら容易く撃ち抜く必殺の光線。それが網の目のようにクロノスを包み込む。
しかし、クロノスはその網の目を、まるで散歩でもするような優雅な足取りですり抜けていった。
「右、左、上……おっと、そこは危ないねぇ」
クロノスは微かに首を傾げ、あるいは外套の裾を翻すだけで、光の奔流をことごとく回避していく。躱しきれない死角からの攻撃に対しては、指先で弾くように発生させたソニックウェーブの防壁で、光線を物理的に空の彼方へと逸らしてしまう。
「逃がすかァッ!!」
重粒子砲の光の軌跡を隠れ蓑にして、天童がクロノスの頭上へと跳躍した。
両腕を巨大な戦斧に変形させ、自らの体重と落下速度、そして黄金体の出力のすべてを乗せて脳天へと振り下ろす。
「俺たちの誇りを……! その薄ら笑いごと砕け散れェェェッ!!」
ギガァァァァァァァンッッ!!!
落雷のような轟音が響き渡り、二人の足元にあった埠頭の地面が数十メートルにわたってクレーター状に陥没した。周囲の海水が衝撃波で吹き飛び、海底が剥き出しになるほどのすさまじい一撃。
しかし。
「……重いね。でも、ただの力任せだ」
土煙が晴れた先で、クロノスは片腕を上げ、天童の巨大な戦斧を『手刀』で易々と受け止めていた。
クロノスの腕の表面を超高速の振動波が覆い、天童の刃の破壊力を完全に相殺しているのだ。彼の立ち姿には一切のブレがなく、漆黒の外套は埃ひとつ被っていない。
「な……ッ!」
「それに、だんだん動きが雑になってきてるよ? カブトムシ君」
言うが早いか、クロノスは受け止めていた天童の戦斧を弾き飛ばし、目にも止まらぬ速さで反撃に転じた。
クロノスの足が、鞭のようにしなって天童の黄金の胴体を薙ぎ払う。
「ガ、ハッ……!!」
凄まじい衝撃に、天童の巨体がゴムボールのように吹き飛び、海沿いの巨大なコンテナ群を次々と貫通して瓦礫の山に突っ込んだ。
「……ぐ、ぅぅおおおッ!」
瓦礫の中から、天童が雄叫びを上げて立ち上がる。
ダメージはすぐにモルフの再生能力で修復されるはずだった。しかし――。
「……?」
天童は自身の腹部を見て、愕然とした。
ひしゃげた黄金の装甲が、メリメリと音を立てて自己修復を行おうとしている。だが、そのスピードが先ほどよりも明らかに遅いのだ。
ジュゥゥ……と嫌な音を立てて肉芽が蠢くものの、完全に塞がりきる前に修復が止まってしまう。
「あーあ。言わんこっちゃない」
瓦礫の山にゆっくりと歩み寄りながら、クロノスが冷酷な声で告げた。
「お前のその『黄金体』とやらは、無理矢理命の炎を燃やし尽くして出力を上げてるだけの、いわば時限爆弾だ。それに加えて、あの再生能力。……細胞の分裂限界って言葉、知ってる?」
「……ッ!」
「再生すればするほど、お前の寿命のカウントダウンは加速するんだよ。一ヶ月の寿命? 笑わせるな。今の猛攻と再生の繰り返しで、お前の細胞はもうボロボロだ。……バッテリー切れ寸前の、ポンコツのおもちゃだよ」
クロノスの言う通りだった。
天童の視界はすでに赤く点滅し、全身の細胞が焼け焦げるような激痛を訴えていた。呼吸をするたびに、肺から鉄の味が這い上がってくる。
(だが……!!)
天童は、折れかけた心を「誇り」という名の楔で無理矢理繋ぎ止めた。
ここで倒れれば、何のために人間を辞めたのか分からない。戦場で散るはずだった命を救うため、そして共に散った鷹城と堂島の無念を晴らすため。彼らの魂が、天童の体を突き動かす。
「……俺は、まだ……やれるッ!!」
天童は口からどす黒い血の塊を吐き出しながら、再び黄金のオーラを強引に引き上げた。
しかし、その輝きは先ほどのような神々しさはなく、消えかけの電球のように弱々しく明滅していた。
「おおおおおッ!!」
決死の突撃。残された全生命力を拳に集め、クロノスへと放つ。
だが、その速度はすでにクロノスの目には「止まっている」も同然だった。
「……遅い」
シュガァッ!!
クロノスの放った不可視の真空刃が、天童の右肩を深く切り裂いた。
「ア、ァァァァッ!?」
今度は再生しない。黄金の装甲ごと肉を深く抉られ、鮮血が夜空に舞い散る。
「友情、努力、そして死んだ仲間への想い? ……それで限界が超えられるなら、この世界はもっと平和になってるよ」
冷たい声と共に、クロノスの蹴りが天童の膝関節を逆方向にへし折った。
姿勢を崩した天童の背中に、さらなるソニックウェーブの連撃が叩き込まれる。
「ガハッ……! ァ、ぁぁ……ッ!!」
防戦一方となり、天童の黄金の身体が次々と削り取られていく。
反撃の重粒子砲を放とうとするが、エネルギー回路が焼き切れ、砲身から黒煙が上がるだけだった。
「……どうじ、ま……たか、じょう……!!」
膝を突き、ボロボロになりながらも、天童は這いつくばるようにしてクロノスを睨み上げた。
どれだけ身体を破壊されようと、その瞳の奥にある戦士としての闘志だけは、決して消えていなかった。
その、あまりにも美しく、そして滑稽なまでの執念を前にして。
完全無傷のまま、彼を見下ろしていたクロノスは――ふと、ひどくつまらなそうな表情で、大きく息を吐いた。
「……あーあ」
クロノスの声には、怒りも、嘲笑すらも含まれていなかった。
あるのはただ、底なしの虚無感だけ。
「そろそろ飽きてきたなぁ」
冷たい風が、二人の間を吹き抜けていった。




