第50話:黄金の復讐鬼と、無傷の魔王
潮風が吹き荒れる深夜の第七埠頭。
漆黒の外套を揺らしながら現れたクロノスは、コンクリートの岸壁に佇む異形の怪物の姿を見るなり、ふっと呆れたようなため息をついた。
「……なんだ、またカブトムシ君かよ」
心底ガッカリした様子で呟くクロノス。しかし、天童の複眼は静かに、そして力強く明滅していた。
「あの頃と、既に俺は違うさ。……戦えばわかる」
「あの時のカブトムシ君なの? なに、復活したんだぁ。またバラバラにされるだけなのに」
クロノスは鼻で笑いながら挑発する。しかし、天童はその安い挑発には乗らなかった。
「あのときと同じじゃないさ。俺は貴様を倒すために、地獄から復活したのさ!」
吠えると同時、天童は両肩の装甲をパージし、展開させた。
放たれたのは、極大の高熱重粒子砲。かつて鷹城が放った威力の倍以上を誇る閃光が、夜の闇を焼き尽くしてクロノスへと殺到する。さらに天童は両腕を無数の砲門に変化させ、堂島の能力であった生体ミサイルを雨霰と発射した。
「おっと」
とっさにクロノスは重粒子砲の光の奔流を紙一重でかわし、四方八方から迫る追撃の生体ミサイル群に対し、腕を鋭く振ることで強烈なソニックウェーブを放ち、空中でそのすべてを撃ち落とした。
連続する爆発の炎。その目眩ましの爆炎を突き破り、天童は予想を遥かに超えるスピードで飛び出してきた。自らの腕を鋭利な刀に変化させ、一瞬にしてクロノスの懐に潜り込む。
クロノスも自らの腕を高速で振動させ、振動式の剣へと変化させてそれを受けた。
ギガガガガッ!! と、凄まじい火花と金属音が埠頭に響き渡る。激しい鍔迫り合い。
そしてクロノスは、珍しく自ら天童の腹に重い蹴りを食らわせ、大きくぶっ飛ばして間合いをとった。
数十メートル吹き飛ばされながらも、天童は着地と同時に笑い声を上げた。
(……いける! この程度なら、本当の力を出せば勝てる!)
クロノスの反応速度と力量を測り、天童は確信した。
「おおおおおッ!!」
天童の雄叫びと共に、彼のボディの漆黒の皮(装甲)がメリメリと剥がれ落ちていく。中から現れたのは、神々しいほどの光を放つ『金色の姿(黄金体)』だった。
「へぇ、随分派手になったねぇ」
クロノスが笑いながら言った、その瞬間だった。
天童の腹部装甲が開き、巨大なエネルギーの渦が圧縮される。
放たれたのは、これまでの何十倍もの破壊力を持つ必殺の『グランドテンペスト』。その到達速度は、もはや目で追うことすら不可能な恐るべきスピードであった。
「おっと危ない……!」
クロノスはそれをギリギリの体捌きでかわす。しかし、グランドテンペストすらも陽動だった。
「遅いッ!!」
すでに天童はクロノスの背後を取っていた。腕を禍々しいドリル状に変化させ、クロノスの心臓を背後から串刺しにせんと猛烈な勢いで突き出す。
間一髪、クロノスは身を捻ってその凶刃をかわすと、そのまま腕を振るってソニックウェーブの刃を飛ばし、天童のドリル状の腕を根元からスッパリと切り落とした。
「はい、チェックメイト」
クロノスが冷酷に告げた。しかし、腕を失った天童は、苦痛の声を上げるどころか不敵に笑ったのだ。
ズシュゥゥゥッ! という肉の爆ぜる音と共に、切断された天童の腕が一瞬にして元の状態へと再生した。
「……そんなの(モルフの再生能力)も使えるのかよ」
クロノスは、心底呆れたような声を漏らした。
***
一方、瑞穂国の中枢に位置する極秘研究室。
巨大なモニター越しに二人の死闘をモニタリングしていた神崎は、握りしめた拳を震わせていた。
「……いけるな」
神崎の言葉に、傍らでデータを監視していた石原も、まんざらではない表情で頷く。
「はい。しかし、あの黄金体は命の炎を強制的に燃やし尽くす形態です。すでに、いつ寿命が切れてもおかしくない状況になります」
「かまわん」
神崎は、冷酷な声でモニターを見据えたまま言い放った。
「クロノスさえ倒せれば……それでいい」
***
第七埠頭のコンクリートは、すでに無数のクレーターによって原型を留めていなかった。
金色の流星と化した天童と、漆黒の外套を翻すクロノス。二つの影が、超音速の領域で激しく交錯する。
「おおおおおおおッ!!」
天童の猛攻は止まらない。右腕からは鷹城の高熱重粒子砲の連射、左腕からは堂島の剛腕による粉砕の拳、そして全身から放たれる生体ミサイルの雨。黄金体の命を削るブーストにより、その手数とスピードは限界を突破していた。
「俺はもう、自分一人の命で戦っているわけじゃない!!」
ミサイルの爆炎の裏から飛び出し、天童はクロノスへと渾身の回し蹴りを放つ。
クロノスはそれを腕一本で涼しい顔で受け止めるが、その衝撃波だけで周囲の海面が大きく割れ、巨大な水柱が上がった。
「鷹城の意志が! 堂島の力が! 俺の魂を支えている! お前のような、ただ命をゲームの駒として弄ぶだけの悪魔に、俺たちの誇りが負けるわけがないッ!!」
天童の複眼から、血の涙のような赤い光が漏れる。
ただひたすらに、人間の尊厳のために。理不尽な暴力から世界を守るために。彼は自らの命の残り火を、一秒ごとに爆発的なエネルギーへと変換し、クロノスに叩きつけていた。
しかし。
「あははっ! 素晴らしいよカブトムシ君!」
クロノスは、無数のビームと拳の嵐を、まるで優雅なワルツでも踊るかのようにステップを踏んで躱し続けていた。
「死んだ仲間の力でドーピングして『誇り』? 笑わせないでよ。ただの寄せ集めのガラクタじゃないか!」
「黙れェェェェッ!!」
激昂した天童が、両腕を巨大な刃に変えて十字に振り下ろす。
クロノスは微かに身を沈めてそれを回避すると同時に、下から天童の顎を強烈に蹴り上げた。
ゴシャッ! と鈍い音が響き、天童の強固な黄金の装甲が砕け散る。脳を揺らされ、宙を舞う天童。
だが、その砕けた装甲すらも、落下するまでの間にシュルシュルと音を立てて再生を果たす。
「……ふーん。やられてもやられても生き返る。まるで正義のヒーローだね」
着地し、再び体勢を立て直した天童を見下ろし、クロノスは嘲笑する。
「でもさ、ヒーローのお約束ってやつを知らない? 気合いや友情で限界を超えるのは、三流の少年漫画だけだよ」
「貴様ッ……!」
「お前が背負ってる鷹城? 堂島? それがどうしたの。死んだやつは死んだやつだ。ゼロに何を掛けたって、ゼロのままだよ。……ほら、もっと速く動いてみなよ。そんなんじゃ、僕の服にカスリ傷ひとつつかないぜ?」
クロノスは両手を広げ、完全に無防備な姿勢で天童を挑発した。
実際、これほどまでの天童の命懸けの猛攻を受けながら、クロノスの漆黒の外套には、ただの汚れ一つ、ただの焦げ跡一つついていなかった。すべてを完璧に見切り、寸分違わず捌き切っているのだ。
絶対的な無傷。完全無欠の魔王。
「ほざけぇぇぇぇッ!!」
命を削る黄金の輝きが、さらに増す。天童の全身の細胞が悲鳴を上げ、崩壊と再生を繰り返しながら、彼は再び超音速の弾丸となってクロノスへと突撃していった。
「人間を舐めるな! 俺たちの意志は……絶対に折れないッ!!」
重粒子砲とソニックウェーブが激突し、夜空に巨大な閃光が走る。
正義の復讐鬼と、絶対無敵の悪魔。
終わりの見えない超高速の死闘は、夜明けの海を照らし出しながら、なおも激しさを増していった。




