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第49話:退屈な卒業式と、蘇りし孤高の復讐鬼

世界が核の灰に包まれ、瑞穂国が超電導バリアによって外の地獄から完全に隔絶された密室状態となる中、司たちが通う『東都秀英中学校』では、世界の終わりとは無縁なほどに美しい「卒業式」が執り行われていた。

三月の冷たい風に舞うのは、死の灰ではなく、春を告げる淡い桜の花びらだ。

司は、その光景をどこか遠い場所から眺めるような感覚で、卒業生席の最前列に座っていた。元生徒会長、そして防衛予備隊における史上最高の成績を収めた「開校以来の天才」。彼に与えられた役割は、卒業生を代表して「答辞」を述べることだった。

「――私たちは今、不透明な世界情勢の中にあります。しかし、瑞穂という誇り高き国家の一員として、私たちは立ち止まるわけにはいきません。大鷹宰相閣下の導きのもと、私たちは世界のために羽ばたける人間となり、この国の、そして人類の未来を照らす光となることを誓います」

壇上に立つ司の姿は、まさに神々しいまでの後光を背負っているかのようだった。凛とした声、淀みのない言葉、そして未来への希望に満ちたその眼差し。

会場を埋め尽くす卒業生、在校生、そして保護者たちの多くが、その言葉に胸を熱くし、静かに涙を流していた。最前列で息子の勇姿を見つめる母・涼子もまた、ハンカチを濡らしてその感動に浸っている。

(……ああ、本当にくだらない)

感動の渦の中心で、司は極限の退屈を感じていた。

この場の全員が流している「感動」という名の脳内物質。国家のために、世界のために。それを破壊し、絶望のどん底に叩き落とした張本人が、その再生を誓う言葉を口にしている。この完璧な自作自演の茶番。

中学生活の三年間。退屈を紛らわすために様々な盤面を動かしてきたが、結局、最後まで彼の渇きを癒やすものは現れなかった。つまらない中学生活だったと、内心司は思っていた。

式典が終わり、教室に戻るまでの廊下は、司を求める喧騒で溢れかえっていた。

「司先輩! おめでとうございます!」

「司君、写真撮って!」

そんな声に混じって、例年通りの、しかし司にとっては理解しがたい「儀式」が始まった。

「あの……司先輩! 私に、ボタンをいただけませんか!?」

下級生の女子たちが、顔を真っ赤にして次々と司に詰め寄る。

「私も! 袖のボタンでもいいです!」

「私は襟元のを!」

あっという間に司の周りには少女たちの壁ができ、彼は困惑したように眉を下げた。

「え……? でも、ボタンがないと服が止まらないよ?」

司がわざとらしく、困ったように首を傾げると、「それでもいいんです! お願いします!」と悲鳴のような懇願が飛ぶ。

前世の鈴木誠であった頃には、一度として経験することのなかった光景。あの頃の自分なら、狂喜乱舞したかもしれない。だが今の司にとっては、ただのプラスチックの破片を欲しがる彼女たちの心理が、何かのバグのようにしか思えなかった。

結局、司が校舎を出る頃には、学生服のボタンはすべてなくなっていた。

「まぁ、これだけは転生前とは違うな……」

ぼんやりと空いた穴を見つめながら独りごちていると、背後から聞き慣れた、弾むような足音が近づいてきた。

「司君! 卒業、おめでとう!」

紀伊国屋優子だった。彼女の瞳は、まるで宝石でも見つめるかのようにキラキラと輝いている。

「答辞、すごく良かったよ。私、感動して最初から最後まで泣きっぱなしだったんだから」

「……ありがとう。思ったことを言っただけだよ」

司はいつもの「優等生スマイル」を浮かべ、優しく彼女の頭を撫でた。

東都秀英中学校一の美男美女、完璧なエリートカップル。周囲の生徒たちが羨望と祝福の眼差しでコソコソと良い噂話をしながら見つめる中、司はポケットから大切そうに隠し持っていた一つのボタンを取り出した。

「第二ボタン……優子ちゃんにあげたかったから、これだけは守っておいたんだ」

「っ……! 司君……!」

優子は顔を真っ赤にさせ、零れ落ちそうな涙を堪えながら、震える手でそのボタンを受け取った。周囲からは「うわぁ……」「最高すぎる……」と、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる。

(……この演出の、一体何が面白いのだろうか)

冷めた思考のまま、司はその舞台装置の一部を演じ続けた。

そこに、優子の両親と思われる上品な身なりの大人が近づいてきた。

「司君、改めておめでとう。最優秀生徒である君が、優子に勉強を教えてくれ、あんな難関校を突破させてくれたこと、感謝してもしきれません。本当に、これからも優子のことを頼みますよ。頼りない子ですが……」

「滅相もありません。優子さんとは仲良くさせてもらっています。僕の方こそ、彼女と一緒にいて学ぶことがたくさんあります。これからも、よろしくお願いいたします」

司は教科書通りの完璧な挨拶を返した。

(ただのバカの雌豚だけどな、と心の中で呟きながら)

優子はこれから両親と出かけるとのことで、その場で別れた。

司も母とともに学校をあとにして家についたのである。母は「司、卒業おめでとう」と言った。

司は近づき抱きしめた。

母の部屋に二人で入り、亮子と司は熱く唇を重ね合わせた。息が激しく混じり合い、亮子の柔らかい身体が司にぴったりと密着する。二人はそのままベッドへ倒れ込み、服を乱暴に脱ぎ捨てながら互いの肌を貪るように重ねた。司の手が亮子の腰を強く引き寄せ、亮子も司の背中に爪を立ててしがみつく。部屋に響く荒い吐息と、肌がぶつかる湿った音だけが続き、二人は獣のように激しく絡み合い、亮子の甘い声が時折漏れた。

「司……もっと、深く……あんっ」

「亮子……熱いよ、中が……」

やがて二人は頂点に達し、亮子の身体がびくびくと震え、司も低くうめきながら彼女を抱きしめたまま動かなくなった。汗に濡れた肌が重なり合い、余韻の熱が部屋いっぱいに残っていた。

部屋からでた司は自分の部屋で次の退屈しのぎを考えていたのであった。

***

その「感動」の卒業式が執り行われていた時刻。

瑞穂国の極秘地下施設、高田の研究所には、冷たく殺伐とした空気が流れていた。

神崎は、巨大な円筒形のカプセルの前で立ち尽くしていた。

蒼半島でクロノスに敗北したはずの天童が、バトルスタイル・カブトムシ態で立っていた。高田は、司によってもぎ取られ放置されていた天童の肉体片から細胞を抽出し、細胞活性化再生により彼を「再構築」したのだ。さらに鷹城と堂島、そしてモルフの能力をも付加し、基本的な肉体能力を限界まで引き上げていた。

高田は、かつて天才である葦原博士の助手であった。

葦原は国家反逆罪で捕らえられた後に脱獄し、現在は行方不明となっている。神崎は裏でクロノスが関与していると睨んでいたが、確証は何もない。

ただ高田にとって、そんなことはどうでもよかった。高田がこの蘇生を行ったのは、どれほど足掻いても決して追いつけない葦原の「天才的頭脳」に対する強烈な嫉妬と、自身の研究所の予算削減を免れるための実績作りという、極めて利己的な理由からだった。天童への情や味方としての意識など微塵もない。

しかし、天童にとって高田の薄汚い思惑などどうでもよかった。

天童は神崎に言った。

「俺はもう人間すら辞めた。この姿から元の人間態になることすらできない。高田博士からは持って1ヶ月の命とも言われている。既に死んだ身だ、それは構わない。しかし……クロノスを倒し、仲間の敵、そして最後にパーフェクトヒューマンの誇りを取り戻したい!」

強く訴えるその声に、神崎は「わかった」とだけ言った。

その夜。神崎は司に電話をした。

「おっさんは俺のストーカーかよ? 今日は何? また説教なら電話切るけど」

神崎は冷静を装い、静かに言った。

『どうせ暇だろ。第七埠頭に来い。今までより面白い相手を用意した。……わかったな、クロノス』

電話はそのまま切れた。

司は、またしょうもない相手かぁと思いながら、クロノスとして埠頭に向かったのであった。

***

潮風が吹き荒れる深夜の第七埠頭。

月明かりに照らされたコンクリートの岸壁に、漆黒の強化外骨格に覆われた異形の怪物――天童は、彫像のように微動だにせず立ち尽くしていた。

兜虫カブトムシを模したその禍々しいバトルスタイル。残りの寿命は、もって一ヶ月。

だが、彼の心はかつてないほどに澄み切っていた。

(なぜ、俺は力を求めたのか……)

波の音を聞きながら、天童は遠い過去の記憶を反芻していた。

彼は元々、瑞穂国陸軍の特殊部隊においてトップの成績を誇るエリート軍人だった。誰かに敗北したから力を求めたのではない。彼は常に最強であり、あらゆる作戦において無敗の孤高の戦士だった。

しかし、どれほど戦術の極致に至ろうとも、人間の肉体はあまりにも脆かった。

一発の安い銃弾であっけなく肉塊に変わる兵士たち。「生物としての限界」という不条理な暴力から『人間の尊厳』を守るための究極の盾と鉾になりたかった。

だからこそ天童は、自ら軍籍を捨て、葦原博士が立ち上げた「パーフェクトヒューマン計画」の実験体モルモットとしてその身を捧げたのである。

人間を辞めるという壮絶な生体改造の苦痛。幾度となく精神が崩壊しかけた地獄の底で、彼を繋ぎ止めていたのは「仲間」の存在だった。

同じパーフェクトヒューマンとして選ばれた、鷹城たかじょう堂島どうじま

薄暗い地下の休憩室。まだ血のにじむ体で三人で飲んだ、安っぽい缶コーヒーの味が蘇る。

『俺たちがバケモノになれば、その分、戦場で散るはずだった誰かの命が助かるんだろ? なら、笑って耐えてやろうぜ、天童』

堂島は豪快に笑いながら、丸太のように太い腕で天童の背中をバシバシと叩いた。

『暑苦しいんだよ、お前らは。……まぁ、背中は預けてやるから、勝手に死ぬなよ』

鷹城は呆れたように悪態をつきながらも、その鋭い猛禽のような瞳には、確かな信頼が宿っていた。

共に地獄の痛みを分かち合い、人間を捨てた者同士にしか分からない、血よりも濃い絆。

だが、彼らはもういない。あの仮面の悪魔、クロノスの手によって、誇り高き戦士としての戦いすらさせてもらえず、命を弄ばれたのだ。

「……堂島。鷹城。一緒に戦ってくれ」

天童は、己の胸の装甲を鋭い爪でガツンと叩いた。

あと一ヶ月で、この命は腐り落ちる。だが、胸の奥底で燃え盛る「誇り」だけは、誰にも奪うことはできない。

ザッ……ザッ……。

その時、埠頭の闇の奥から、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。

一切の警戒心も感じさせない、ひどく退屈そうな足音。漆黒の外套を翻し、仮面を被った悪魔――クロノスが姿を現した。

「……来たか、クロノス」

天童は複眼を赤く明滅させ、全身から圧倒的な闘気を立ち昇らせた。

これはただの復讐ではない。人間の尊厳を弄ぶ悪魔に対する、誇り高き戦士の最後の聖戦だ。

天童の巨大な咆哮が、冬の夜の海鳴りを切り裂いた。

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