第48話:悪魔の詭弁と、極まる退屈
すべてを終わらせ、司が自宅に戻ったのは深夜の遅い時間だった。
しかし、リビングの明かりはまだ点いており、母が一人ソファーに座って彼を待っていた。
「……お帰りなさい、司」
足音に気づいた母は、虚ろな瞳のまま、機械仕掛けの人形のように完璧な笑顔を浮かべて言った。
今の彼女は、司の行動に対して疑問を抱くことも、逆らうことも、何も言えない状態にまで完全に精神を造り替えられている。司が黒と言えば白鳥も黒になる、絶対的な支配下にあった。
「ただいま、母さん。起きててくれたんだね」
司は優等生の仮面をピタリと貼り付け、優しい息子の顔で母に近づいた。
「報告があるんだ。第一帝都学園……合格したよ」
「まぁ……! さすが私の司だわ。母さんの、最高の誇りよ」
プログラムされたような賛辞を繰り返す母。司は「ありがとう」と微笑み返し、母を寝室へと送り届けた。
ベッドの上にゆっくりと倒れ込むと、二人は唇を優しく重ねたまま、ふんわりと身体を寄せ合った。服越しに感じる互いの温もりが、なんだかほっこりして心地いい。君の手が私の背中にそっと回ってきて、優しく撫でてくれる。そのまま私は君の腰を抱き寄せ、軽く頭を撫でながらキスを深くした。
「ん…ずっとこうしていたいね」
耳元で小さく囁くと、君もくすっと笑って私の首に腕を絡めてきた。服の隙間から指先がチラッと肌に触れるだけで、なんだかドキドキする。激しくなくて、ただ甘くて、温かくて、愛しさがじんわり溢れてくるような感じ。
そのまま二人はベッドの上で、キスを繰り返しながら優しく抱き合い、時間を忘れて寄り添っていた……。
母の部屋から出て、自室のベッドに寝転がった司は、暗い天井を見つめながら深く息を吐き出した。
世界中の核を自爆させ、国家の生殺与奪の権を完全に握った。順風満帆で、何一つ不自由のない完璧な人生。
……しかし、彼の心にあるのは圧倒的な『虚無』だった。
(何が、俺をここまで退屈にさせているんだ……?)
指先一つで世界がひっくり返る。誰も俺を止められない。すべてが予想の範疇に収まってしまう。
この退屈な世界で、もっとも俺を楽しませる『面白いもの(イレギュラー)』を用意できそうなのは、諦めの悪いあのおっさん——神崎くらいかもしれないな。
そんなことをぼんやりと考えながら、司は深い眠りについた。
***
司が静かな眠りを貪っているその晩。瑞穂国の中枢、内閣や官僚たちは誰一人として一睡もできなかった。
防空シェルターの地下施設では、クロノスから強制的に送りつけられた『ダグサの大釜』の設計データと、未知の合成食糧の遺伝子解析、そして安全性テストが夜通し続けられていた。
そしてもう一つ、水エネルギーで駆動する超効率エンジン。これは官僚たちをさらに絶望させた。全く新規のオーバーテクノロジーではなく、既存のエンジン設備に『ある特殊な規格の部品』さえ取り付ければ、明日からでもすぐに稼働するという恐ろしく合理的な代物だったからだ。
「……罠ではありません。あの悪魔は、そんな小賢しい真似はしない」
血走った目で報告書を睨みつけながら、神崎は吐き捨てるように言った。
「あいつには、国民を助けるつもりも、我々を罠にハめるつもりすらもないんです。すべてはただの『暇つぶし』。圧倒的な力を見せつけて、我々が這いつくばる様を見たいだけだ……」
神崎は、奥歯をギリリと噛み締めた。強すぎる怒りと屈辱で、切れた唇から一筋の血が流れ落ちる。
それでも彼は、大鷹宰相に向かって深く頭を下げ、口から血が出るほどの思いで訴えかけた。
「……大鷹宰相閣下。どちらにしても、我が国は国家存亡の危機にあります。ここは……あの悪魔の技術を使うしか、生き残る道はありません!」
神崎の血を吐くような進言を受け、大鷹宰相は重く目を閉じ、そして決断を下した。
すべての省庁、並びに主要企業に対し、このクロノスの技術を最優先で導入し、即座に稼働させるという緊急のトップダウン命令である。
これに対し、特権階級である国民翼賛会の議員たちからは「テロリストの技術など言語道断だ!」「国家の誇りに関わる!」と猛烈な反対意見が相次いだ。
しかし、その喧騒は一瞬で鎮圧された。大鷹のシンパであり、武力を完全に掌握している陸軍・海軍・空軍の将官たちが、議員たちを物理的な圧力で睨みつけ、黙らせたのである。
こうして、瑞穂国は悪魔の技術によって「救済」されることが決定した。
***
翌朝。
冬の冷たい日差しが差し込む司の部屋で、スマートフォンの着信音がけたたましく鳴り響いた。
画面に表示された『神崎』の文字を見て、司は面倒くさそうに画面をスワイプした。
「はいはい。朝から元気ですね」
『……貴様ッ。すべて、お前の思惑通りか!?』
電話に出るなり、神崎の憎悪に満ちた声が鼓膜を打つ。
「思惑? そんな大層なもん、ある訳ないでしょ」
司はベッドの上で伸びをしながら、あくび混じりに答えた。
「いつもの暇つぶしですよ。だって、皆さんも口を開けば『核廃絶』って言ってたじゃないですか。俺がたった一日で、それを成し遂げてあげたんです。おまけにその後の食糧問題も、エネルギー問題もすべて俺が解決してやった。……むしろクロノスとして、ノーベル平和賞かなんかで表彰でもしてくれるんですか?」
『ふざけるなッ!!』
神崎の怒号が通信機をビリビリと震わせる。
『どれだけの人間が死んだと思っているんだ!? お前には、罪悪感というものはないのか!!』
「罪悪感?」
司はきょとんとした顔で、心底不思議そうに首を傾げた。
「だって、あの核ミサイルを作ったのはその国の人間でしょ? 俺が自分で作った兵器で人を殺めたんならともかく、俺はスイッチを押しただけ。自業自得じゃないですか。しかも、世界中のすべての人間が死んだわけじゃない」
『貴様……ッ』
「むしろ、神崎おじさんたちにとっては最高のビジネスチャンスでしょ? 放射能に汚染された土地でも、『ダグサの大釜』を使えば世界中の飢えている人間を救えるんですよ。土壌が死んでても勝手に育つんだから。瑞穂の独占市場だ。感謝してほしいくらいですね」
あっけらかんと、狂った正論を並べ立てる司。
電話の向こうで、神崎の荒い息遣いだけが聞こえる。
『……貴様と話していると、本当に殺したくなる。貴様の底無しの悪意……真意はよく分かった』
神崎の声は、怒りの沸点を通り越し、氷のように冷え切っていた。
『ただ、いつまでも自分が【無敵】であると思うなよ、司……!』
「へぇ〜……。そりゃあ、楽しみですねぇ」
司は、これ以上ないほど人を小馬鹿にした声で笑った。
神崎が裏で何を企んでいようと、今の司には一切の興味がなく、わざわざ調べる気すら起きない。何か見当外れの足掻きを見せてくれるというのなら、それならそれで少しは退屈しのぎになるかもしれない。
ブツッ。
神崎はそのまま電話を切った。
「あのおっさん、朝から暇なのかねぇ……」
司はスマートフォンを放り投げ、ベッドから起き上がった。
私服に着替えた司は、そのままくるみのアパートへと向かった。
ドアを開けると、くるみの部屋はいつものように少し散らかったままで、甘い香りとポテチの袋が転がるベッドが見えた。司が入るなり、くるみはドアを勢いよく閉めて彼の首に腕を回し、獣のような勢いで唇を重ねてきた。二人はそのままベッドへ倒れ込み、服を荒々しく脱ぎ捨てながら互いの熱い肌をぶつけるように重ね合わせた。
最初はただキスだったのに、すぐに舌が激しく絡み合い、唾液の音が部屋に響く。くるみは司の胸を押し倒すように跨がり、上から貪るように首筋を舐め上げ、軽く歯を立てて吸い付いた。
「司くん……はあっ、はあっ……我慢できない……」
彼女の息が荒く、よだれが首筋を伝う。司は彼女の腰を強く掴み、柔らかい膨らみを手のひらで荒々しく揉みしだきながら、下腹部を押しつけた。くるみも負けじと身体をくねらせ、司の熱く硬くなったそこを太ももで挟み込み、上下に擦りつけるように動かし始めた。
「あんっ……司くん、熱い……もっと、触って……んんっ!」
くるみの喘ぎが獣のように低く響く。司は彼女の敏感な部分に指を滑り込ませ、ぐちゃぐちゃと音を立てて刺激すると、くるみは背中を反らせて腰を激しく振り始めた。彼女も手を伸ばし、司の熱くなった部分を握りしめ、荒々しく上下に扱きながら舌を絡めて胸を舐め回す。二人とも息が上がり、爪を互いの背中に立て、汗とよだれが混じり合うほどに絡み合った。
「司くん……あっ、あっ……指、奥まで……はあんっ! もっと狂わせて……!」
くるみの声が次第に狂おしくなり、身体全体を震わせながら司の指に自ら腰を押しつけてくる。司は我慢の限界で彼女を押し倒し、ようやく熱く溶け合うように深く繋がった――その瞬間、くるみは獣のような咆哮を上げ、すぐに自ら腰を激しく前後に振り始めた。
「あああっ! 司くん、すごい……奥、奥まで当たってる……はあんっ、あっ、あっ!」
くるみの喘ぎが部屋を震わせ、よだれを垂らしながら舌を少し出し、目がとろけていく。彼女はただ受け身になるどころか、腰を円を描くように、時には激しく上下に打ち付けるように動かし、司の腰に自ら食い込ませてくる。湿った熱い音がぐちゃぐちゃと響き、くるみの胸が激しく揺れ、汗が飛び散る。司も負けじと下から突き上げ、彼女の最も感じる部分を容赦なく抉るように動いた。
「司くん! もっと、もっと深く……はあっ、はあっ……あんっ、あんっ、あああんっ!」
くるみの声はもう言葉にならず、よだれが顎を伝って滴り落ち、身体がびくびくと痙攣しながらも腰を狂ったように振り続ける。爪を司の肩に深く食い込ませ、獣のような本能だけで快楽を貪り合う。二人の動きは激しく、荒々しく、部屋の空気が熱と湿気で淀むほどだった。
やがて司の限界が来た。彼はくるみを強く抱きしめ、彼女の子宮の奥深くまで一気に突き上げ、熱い精液を勢いよく注ぎ込んだ。
「あああっ! 司くん……中、熱い……いっぱい出てくる……はあんっ! あっ、あっ……!」
くるみの身体がびくびくと激しく痙攣し、よだれを垂らしたまま絶頂に達する。司がゆっくり腰を引くと、溢れ出した白い液体がくるみの太ももを伝って、シーツの上にねっとりと滴り落ちた。
二人は息を荒げ、裸のまま汚れたベッドの上にぐったりと横たわった。くるみが震える手を伸ばして床の横に落ちていたポテチの袋を引き寄せ、一枚を司くんの口に運ぶ。司も笑いながら一枚取り、くるみの唇に押し当てる。
「司くん……はふっ……おいしいね……まだ、身体熱い……」
くるみが頰を赤らめ、よだれの跡を残したまま囁き、二人は裸で寄り添ったまま、ポテチをパリパリと音を立てて食べ始めた。部屋にはまだ熱い余韻とジャンクフードの匂いが濃く混ざっていた。
世界を滅ぼし、国を救った翌日。相変わらず足の踏み場もない汚部屋で、くるみとだらだらと時間を過ごす。
(……なんか、退屈もここまで来ると、末期だな)
底なしの虚無感を抱えたまま、司はぼんやりと窓の外の冬空を眺めた。
――もうすぐ、ひどく退屈だった中学校の『卒業式』がやってくる。




