第41話:狂乱のパレードと、退屈な神の遊戯
テレビの液晶画面越しに映し出されるそれは、常軌を逸した異様な光景だった。司がテレビでデモのニュースを見ていると母はなんだか怖いと言った。司は母の耳元近くで母さん大丈夫だよ。僕がついているよと言って母さんをベッドルームへと連れて行った。40分ほどがたち司は母の部屋から襟を直しながら出てきたのである。母はぐったりとベッドに横たわっており疲れきった表情をしていた。
司は再びテレビの方へと視線を向けると、テレビの液晶画面越しに映し出されるそれは、常軌を逸した異様な光景だった。
『ディープ・エデン』——この国の最底辺、陽の当たらない奈落に押し込められていた落伍者たちが、今、波となって地上を埋め尽くしている。
数万という単位に膨れ上がった群衆は、皆一様に口を開き、現政府の打倒と自分たちの権利、そして「自由」を叫びながら、巨大なうねりとなって官公庁が立ち並ぶ都市の中枢へと歩を進めていた。
自力で歩くことのできない老人は、若者たちが背負っている。彼らの服はボロ布のように薄汚れ、痩せこけた頬には泥がこびりついていた。しかし、その顔に浮かぶ表情だけは、つい数日前までの「死んだ魚」のようなそれとは決定的に異なっていた。
瞳孔は異様に開き、顔は不気味なほどの高揚感に赤らみ、まるで何かの神に救済を約束された熱狂的な信者のように、彼らは「仲間意識」という強固な鎖で結ばれていた。
一度自宅に戻っていた司は、朝のニュース番組が恐怖と共に伝えるそのデモ行進の様子を、冷めたコーヒーをすするように無表情で見つめていた。
「……さて、と」
一頻りその狂乱のパレードを眺めた後、司は一人静かに自宅を後にした。その足取りに迷いはない。彼は猛スピードで車を走らせ、奈落の底、ディープ・エデンへと向かった。
***
仮面を被り、漆黒の外套を翻して『クロノス』となった司がアルカディア本部の執務室に足を踏み入れると、今日の担当秘書であるしずるが、深く、そして恭しく頭を下げた。
「お帰りなさいませ、クロノス様」
「テレビをつけて」
短く命じると、しずるは無駄のない動きで壁面の巨大モニターを起動した。
画面には、すでに首都圏の中心部へと迫りつつあるディープ・エデンの住人たちの姿が映し出されている。報道ヘリからの空撮映像は、彼らがまるで巨大な黒い血栓となって、国家の心臓部へ向かっていく様を克明に捉えていた。
短く命じると、しずるは無駄のない動きで壁面の巨大モニターを起動した。
画面には、すでに首都圏の中心部へと迫りつつあるディープ・エデンの住人たちの姿が映し出されている。報道ヘリからの空撮映像は、彼らがまるで巨大な黒い血栓となって、国家の心臓部へ向かっていく様を克明に捉えていた。
クロノスはしずるに「まだ本番はこれからだ」と低く囁き、鍛え上げられた彼女のしなやかな肉体を力強く抱き寄せた。引き締まった筋肉の感触と、熱を帯びた柔肌が混ざり合うその身体に、クロノスは深い美しさと官能を感じていた。しずるは頰を朱に染め、潤んだ瞳で上目遣いにクロノスを見つめると、甘えるように唇を差し出してキスをせがんだ。クロノスはそれを優しく、しかしすぐに激しく受け入れ、深く舌を絡め合う濃厚な口づけを繰り返した。
「あっちの部屋へ行くぞ」クロノスはそう言うと、しずるをいつものベッドルームへと連れて行った。部屋に入るや否や、しずるはまるで飢えた獣のように激しく舌を絡ませ、貪るようなキスを仕掛けてきた。クロノスも応えるように仮面を外し、息もつかせぬ激しいディープキスを繰り返しながら、彼女の衣服を強引に剥ぎ取っていく。
露わになったしずるの鍛えられた肉体は、戦士のようなしなやかさと女らしい艶やかさを併せ持ち、クロノスの欲望を激しく掻き立てた。彼は熱い手でその全身を貪るように愛撫し、指先で敏感な部分を何度も刺激する。しずるの身体はビクビクと震え、ますますいやらしい艶を増していく。
クロノスが彼女の張りのある胸の膨らみを優しく揉みしだきながら、硬く尖った頂を舌でゆっくりと舐め始めると、「あっっクロノス様……!」という甘く掠れた声が響いた。クロノスはさらに執拗にその敏感な突起を舌で転がし、吸い上げ、軽く歯を立てて刺激する。しずるの身体は弓なりに反り、すでに息も絶え絶えになっていた。
「いやらしい女だな」とクロノスが低く笑うと、しずるは「あっあっあっはぁん……!」と、言葉にならない甘い喘ぎを漏らすのが精一杯だった。
そのままベッドに押し倒すと、クロノスは彼女の胸の頂と、最も敏感で熱く濡れた秘所の中心を同時に責め立てた。しずるは「んぁ……きもちぃ……いやぁ……」と身をよじりながら、甘く淫らな声を上げ続ける。
やがてクロノスの指が彼女の熱く潤んだ秘裂にゆっくりと沈み込むと、「クロノス様、そこは……あっ、いいっ……あっあっ……!」としずるの声が一段と高くなった。
「もっとください……」としずるが涙目で懇願した頃には、彼女の秘部はとろとろに蕩け、甘い蜜が溢れ出していた。クロノスはとうとう熱く固く、大きく反り返った自身の昂りを、彼女の最も柔らかく熱い部分に一気に押し入れた。
「いやああああああああ……!」
しずるは喉を震わせて絶叫した。クロノスは容赦なく激しく腰を打ちつけ、彼女の奥深くを抉るように動き続ける。しずるは腰を浮かせ、何度も「イクッ……イクッ……!」と叫びながら全身を激しく痙攣させ、幾度となく頂点に達していた。
そしてクロノスは「もうそろそろ時間だな」と低く呟きながら、最奥の子宮口に熱く大量の白濁を勢いよく注ぎ込んだ。しずるは全身をビクビクと震わせ、力尽きたようにぐったりとベッドに沈んだ。
その後少したってクロノスがコートを着ながら執務室に入ってきた。そのあと数分後にしずるは疲れきった姿で執務室に入ったのである。
「クロノス様……これは、あなた様のお力なのですか?」
モニターの光に照らされたしずるの横顔には、恐怖ではなく、狂信的なまでの畏敬の念が浮かんでいた。
クロノスは、まるでよく出来た喜劇を見ているかのように、喉の奥でククッと笑った。
「いや? 僕はただ、彼らの心の奥底に眠っていた『潜在的な思い』を少しばかり引き出してあげただけだよ。社会の底辺で腐りかけていた怒りと、誰かに認められたいという承認欲求をね」
クロノスは薄い唇を歪め、画面の中で肩を組み合い、涙を流しながら前進する群衆を指差した。
「見てみろよ。見ず知らずの者同士が助け合い、団結して、大きな目標に向かって突き進んでいく。これぞまさに『友情』と『努力』じゃないか。美しい人間の姿だ。……あとは、彼らが『勝利』を手にするだけだよ」
その言葉の裏にある圧倒的な悪意に触れ、しずるは陶然としたため息を漏らした。クロノスにとって、数万の命が動くこの未曾有の事態すら、出来の悪い育成ゲームの延長線上でしかないのだ。
***
一方、国家の防衛を担う諜報局の司令室は、怒号と絶望が入り交じる修羅場と化していた。
「防衛線はどうなっている! 奴らを一歩も官公庁エリアに入れるな!」
神崎は血走った目でモニターを睨みつけながら、マイク越しに怒鳴り散らしていた。
いち早く事態の異常性を察知していた神崎は、すでに工作員や警察の機動隊を総動員し、市民の避難を完了させると同時に、首都圏全域に戒厳令を発動していた。
ゴーストタウンと化した都市部に響き渡るのは、バリケードを築く機動隊の盾の音と、地鳴りのように近づいてくる数万のデモ隊の足音、そして不気味なまでの熱狂を帯びたシュプレヒコールだけだ。
「……クロノスの野郎、ついに大群衆を『武器』にしやがったか……」
神崎の拳が、ギリッと音を立てて握り込まれる。
デモ隊は一般市民だ。いくら戒厳令下とはいえ、非武装の彼らに対して無差別に武力を行使することは、国家としての自死を意味する。神崎の苛立ちは、相手の底知れない盤面に強制参加させられているという屈辱によって、限界に達しようとしていた。
***
「さて、しずる。メインイベントはこれからだ」
執務室の革張りの椅子に深く腰掛けたクロノスは、両手を組み、モニターの向こう側の惨劇を待ち構えていた。
画面の中では、ついにデモ隊の先頭が官公庁エリアを封鎖する警察のバリケードに到達していた。
警告のマイク放送が虚しく響く中、一人の痩せこけた初老の男が、血走った目を剥き出しにして機動隊の盾に向かって全速力で突っ込んでいった。
『撃てッ!!』
現場指揮官の悲痛な叫びと共に、すでに神崎から特例の発砲許可を受けていた警察官の銃口から、威嚇のゴム弾ではなく、実弾が放たれた。
銃弾が男の肩を貫いた、その瞬間だった。
――閃光。そして、遅れて轟く爆音。
男の身体は、機動隊の強固なバリケードもろとも、凄まじい業火に包まれて木っ端微塵に吹き飛んだ。
血の雨と肉片、そしてひしゃげた盾が周囲に降り注ぎ、現場は一瞬にして静まり返った後、この世の終わりのような阿鼻叫喚に包まれた。
「お〜お〜。思ったよりも派手に爆発するねぇ」
執務室のモニター越しに爆風の閃光を浴びながら、クロノスは腹を抱えて笑った。
「あいつら、自分を人間だと思ってるみたいだけどさ……落伍者の線香花火みたいなもんだなぁ。綺麗だよ」
それは、新たに配下となった狂気の科学者・蘆原に作らせた『体内内蔵型の小型強力爆弾』だった。
ディープ・エデンで彼らを洗脳した際、クロノスは彼らの体内に恩寵と称してそれを埋め込んでいたのだ。
それを皮切りに、狂乱のパレードは最悪の「テロル」へと変貌した。
「俺たちは落伍者なんかじゃない!!」
「我らに自由と勝利を!!」
怒りと熱狂に支配されたデモ隊の住人たちは、先ほどの爆死を目の当たりにしてもなお立ち止まるどころか、次々と自らの意志で警察の防衛線へと身を投じていった。
彼らは自らが爆弾であることすら理解していないのか、あるいは洗脳によって死を恐れなくなっているのか。
ドォン! ズドォォン!!
連続する自爆テロの爆炎が、首都の中枢を次々と焼き尽くしていく。
「俺の屍を越えていけ!!」と叫びながら、有刺鉄線の上に自ら飛び込んで後続の足場になる者。炎に包まれながらも官公庁のロビーへと突入していく者。
各官公庁の建物は瞬く間に火の手に包まれ、黒煙が首都の空を覆い隠していく。
「傑作だねぇ。本当に、人間って面白い」
クロノスは、地獄絵図を映し出すモニターの光に顔を照らされながら、心底楽しそうに呟いた。
傍らに立つしずるは、その圧倒的な悪逆無道さに頬を高揚させ、ただひたすらに「素晴らしい光景でございます、クロノス様……」と息を呑むことしかできなかった。
現場に到着した神崎は、燃え盛る官公庁と、次々と肉片に変わっていく市民たちを前に、完全に立ち尽くしていた。
「クロノスめ……ッ!! 貴様、どこまで人間を舐めれば気が済むんだ!!」
血を吐くような神崎の咆哮は、爆音と炎の音にかき消され、誰の耳にも届かない。彼にできるのは、これ以上の被害を防ぐために絶望的な撤退指示と消火活動の命令を出すことだけだった。ディープ・エデンの浮浪者を一掃し、同時に国家権力の中枢に回復不能のダメージを与える。クロノスの悪辣な盤面は、完璧に機能していた。
***
「あーあ、神崎のおじさん、すっかりお手上げだね。……じゃあ、そろそろ『ご主人様』にも挨拶しておこうか」
クロノスはキーボードを叩き、瞬時にこの国の最高権力者のシステムへとハッキングを仕掛けた。
『……何の用だ、仮面の男』
スピーカーから、嗄れた、しかし威厳のある声が響く。病床にある大鷹宰相の生命維持装置に直結した通信回線だ。
「どうした、仮面の男。私を殺すつもりか?」
大鷹の問いかけに、クロノスは椅子の上で足を組み、退屈そうに首を傾げた。
「いやいや、殺すなんてとんでもない。今、モニター見てるでしょ? このデモ、最高に熱狂的じゃないですか。大鷹おじいちゃんが一生懸命作り上げた『規律正しい国』が、あんたが捨てたゴミたちの手で燃やされてるんだ。暇だったから、ちょっとあんたの箱庭を壊してみましたよ」
『……何故、ここまでする。お前はこの国を、どのように導きたいと思っているのだ』
大鷹の声には、怒りよりも深い疑問と、統治者としての重圧が滲んでいた。革命家ならば思想がある。テロリストならば要求がある。だが、このクロノスという男からは、それらが一切感じられないのだ。
「私たちがクーデターを起こす、と言うところで……」
大鷹が言葉を続けようとした瞬間、クロノスは無慈悲にエンターキーを叩き、通信を強制的に切断した。
「……あー、長ったらしい。だから老人の話はつまらないんだよ」
プツン、と切れたノイズ音を聞きながら、クロノスは深くため息をつく。
導く? 思想? そんなものはない。ただ、この退屈すぎる世界が、思い通りに壊れていく様を見るのが面白いだけだ。
燃え盛る首都。無惨に散っていく命。そして、何もできずに絶望する権力者たち。
この日、ディープ・エデンから始まった狂乱のテロ事件は、この国の歴史に、決して消えることのない最も深く、最も昏い『陰』を落としたのである。




