第27話:神の遊戯と、引き裂かれた甲虫王
ズガァァァァァァンッ!!
堂島の放ったミサイル群が、味方であるはずの瑞穂防衛軍と蒼軍の後衛部隊を火の海に変え続けている。
「……あ、あぁ……」
俺は、わざと残存する瑞穂軍の兵士たちに聞こえるように、悲痛に満ちた声を張り上げた。俺の視線の先――後方部隊の最後列、藤堂副部隊長の専用車両があった辺りは、すでに跡形もなく爆炎に飲み込まれていた。
(……当然だ。あそこが一番ミサイルが集中するように、俺が堂島の脳を弄ったんだからな)
あんな制御の利かなくなった発情期の雌豚など、これ以上連れ歩く価値はない。こうして「悲劇のヒロイン」として戦場で散らせることで、俺は一切手を汚さず、完全なる「正義の大義名分」を手に入れることができる。計算通りの、完璧な幕引きだ。
「……藤堂副司令官はッ!」
俺は仮面の下で口角を吊り上げながら、血を吐くような悲痛な叫びを戦場に響かせた。
「まだ戦場に慣れていない俺を気遣ってくれた、素晴らしい人だった……ッ! それを、お前たちバケモノは……味方を殺したんだ! 絶対に許せるものではないッ!!」
「バ、バカな……! なぜだ! なぜ私の最高傑作が……ッ!!」
たった数秒で、三体いたはずのパーフェクトヒューマンのうち二体がただの肉片に変わった光景に、葦原所長は完全にパニックに陥っていた。
「天童! やれッ! そのふざけた仮面を今すぐ殺せぇぇっ!!」
「葦原所長! 貴官は気が狂ったか!」
激怒した部隊長が数人の部下と共に葦原を取り押さえ、地面に縛り付ける。だが、葦原の狂った命令を受信した最後の一体――天童 凱の『完全獣化装甲』は、すでに限界までパンプアップしていた。
「……下等生物が。神たる私に刃向かった罪、万死に値する!!」
ゴッ! と、天童が地面を蹴り飛ばした。
全身を覆う黒光りする人工筋肉が軋み、常人では目で追うことすら不可能な、砲弾のような超スピードで俺へと突進してくる。
「死ねェェェッ!!」
ドバババババッ!! 両肘から展開された高周波ソードが、空気を切り裂きながら俺の首を狙う。
「……遅ぇよ、カブトムシ」
俺はまるで闘牛士のようにヒラリと体をひるがえし、その決死の突進を欠伸が出るほど簡単に躱した。
そしてすれ違いざま、天童の無防備な背中へ向けて、左手で無造作に『ソニックウェーブ(真空刃)』を放つ。
――ギィィィンッ!!
刃は黒光りする甲殻に弾かれ、火花だけが散った。
「フハハハッ! 愚かな! 貴様の貧弱な攻撃など、私の完璧なボディの前では無意味だ!」
振り返った天童が、勝ち誇ったように高笑いを上げる。
「……へぇ。そうか?」
俺が正面から天童を見据え、冷たく嗤った――その瞬間だった。
ピシッ……!
天童の分厚い胸の装甲に、突如として『十字』の亀裂がくっきりと浮かび上がった。
「……な、に?」
天童の笑い声が止まる。
「お前があんまりにも鈍臭いからさ。躱したついでに、ちょっとだけ『本気のソニックウェーブ』を指先で刻んでおいたんだよ。時差付きでな」
俺が指を鳴らすと同時。
ブシュァァァァァァッ!!
十字の亀裂から、凄まじい勢いでどす黒い血液が噴き出した。
「ガァァァッ!? ば、馬鹿なッ! 私の装甲が……ッ!?」
己の血を見て完全に焦乱した天童は、背中の甲殻翅(羽)を激しく広げ、空高くへと逃げるように飛び上がった。
「こ、ここまでコケにされて、生かしておくものか! 消し飛べェェェッ!!」
上空から、両腕の肉腫を蠢かせ、無数の『生体生成ミサイル』を俺めがけて雨アラレと乱射してくる。
ヒュルルルル……ズガガガガガガガッ!!!
俺は避けることすら面倒になり、指先で空気を軽く弾いた。ただそれだけで、カンストした魔力が大気を異常振動させ、絶対的な透明の防壁を生み出す。
雨のように降り注ぐミサイル群は、俺の頭上数メートルの空間で見えない壁に衝突し、すべて虚しく空中で爆散していった。
「な、なぜだ……!? なぜ効かんッ! 私は……私こそが、パーフェクトヒューマンの中で最強の神であるはずだァァァッ!!」
驚愕と絶望が頂点に達し、天童が血を吐くように絶叫する。
「……あっそ」
俺は欠伸を噛み殺しながら、冷たく言い放った。
「ならばッ! これで終わりだァァァァッ!!」
上空の天童が腹部の甲殻を大きく開き、体内の全エネルギーを圧縮した極大熱光線『グランド・テンペスト』の発射態勢に入った。要塞を一撃で消し飛ばした、あの最悪の破壊光線だ。
ギュイィィィィンッ……ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!
太陽が落ちたかのような閃光と、天地を揺るがす爆炎が俺を飲み込んだ。
周囲の荒野がマグマのようにドロドロに溶け、とてつもない爆風が部隊長たちを吹き飛ばす。
「はぁっ、はぁっ……! やった、やったぞ……! 私が神だ……ッ!」
煙の中で息絶え絶えに笑う天童。
だが。
「――お前、埃っぽいのは嫌いって言わなかったっけ?」
もうもうと立ち込める硝煙の中心。俺は自身の肉体と衣服を、能力によって限界まで『硬化』させていた。
熱光線の直撃を浴びたにも関わらず、俺の身体にはかすり傷一つ、服の焦げ目一つすら付いていない。ただ鬱陶しそうに、肩に積もった埃をパンパンと手で払っているだけだった。
「……ひっ!?」
「これが最強の神の全力かよ。……もう飽きたわ」
完全に絶望し、空中で凍りついた天童を見上げ、俺は軽く地面を蹴った。
――ドンッ!!
それはもはや「ジャンプ」の領域を超えていた。カンストした【俊敏】の力が空間を歪め、俺の身体は砲弾以上の速度で天童の遥か上空へと「飛翔」したのだ。
「な、上……!?」
「虫取りの基本、教えてやるよ」
俺は天童の背中にふわりと着地すると、まるで子供が残酷にカブトムシの羽を毟り取るように、両手で彼の巨大な甲殻翅を掴んだ。
そして。
メキョッ! バキッ! ――ブチィィィィィィンッ!!!!
「ギィヤァァァァァァァッ!?」
耳障りな肉の裂ける音とともに、天童の両羽を根元から完全に引き千切った。
羽を失い、バランスを崩した巨大な虫ケラが、悲鳴を上げながら重力に従って地上へと激突する。ズドォォンッ! と凄まじいクレーターが生まれた。
俺は風の魔法でゆっくりと優雅に着地すると、クレーターの中で痙攣する「醜い羽根のないカブトムシ」に歩み寄り、その強靭な装甲を、腕、足、と順番に素手で無造作にもぎ取っていった。
「あ、がぁっ……! 許し……! グァァァッ!」
みるみるうちにダルマのような無惨な肉塊に変わっていく天童の頭を踏みつけ、俺は周囲の兵士たちに聞こえるよう、再び「悲劇のヒーロー」の声を作った。
「――これは、貴様らの暴走で犠牲になった瑞穂軍、そして蒼軍の仇だ……! そして、俺に優しくしてくれた藤堂副司令官の仇だァァッ!」
俺は天童の耳元に口を寄せ、極小の【絶対支配】の声を流し込んだ。
(おいゴミ虫。お前らは大星の工作員だ。そう言え)
「あ、アァ……ソウダ……ワタシタチハ、タイセイノ……工作員、ダ……」
兵士たちの前で自白させた直後。
グチャァッ……!
俺は容赦なく、足元の虫ケラの頭をスイカのように踏み潰した。
静寂が落ちた戦場。部隊長が青ざめた顔で叫んだ。
「……た、直ちに葦原を本部に連行しろ! 国家反逆罪だッ!!」
俺は血塗れのブーツを引きずりながら部隊長の元へ歩み寄り、仮面越しにポロリと一筋の涙を流して見せた。(当然、完璧な演技である)。
「……部隊長。実は、藤堂副司令官と俺は、この研究所の裏切り(大星との内通)を暴くために、裏で動いていたんです。彼女は……俺を庇って……ッ」
「ク、クロノス特務二佐……! 君たちは、なんという……ッ」
俺の迫真の嘘に、部隊長は涙ぐみ、深く敬礼した。
「全軍に告ぐ! 一度撤退し、戦力の立て直しを図る!!」
「――いえ。俺が行きます」
部隊長の指示を遮り、俺は踵を返した。
「藤堂副司令官の無念は、俺が晴らします。皆様はここでお待ちを」
そう言い残すなり、俺は先ほど覚えたばかりの「大気を蹴る空中ジャンプ」を使い、凄まじい速度で単騎、北蒼の首都・玄京へと飛翔していった。
***
数時間後。
部隊長たちが軍を立て直し、恐る恐る玄京の中心部へと辿り着いた時。
最初は激しく鳴り響いていた対空砲火も銃撃音も、すでに完全に沈黙していた。
首都の王宮の玉座。
三代続いた北蒼の絶対的な独裁国家の王は、その首と胴体を無惨に泣き別れにされ、大理石の床に転がっていた。
そしてその玉座の横。
服に一滴の血すら浴びていない、完全無傷のクロノスが、酷く退屈そうに頬杖をついて座っていたのだった。




