59話 しんがりの竜
〜〜ヘイロンside〜〜
「ちくしょう……! 数が多すぎるだろ!」
俺は、向かってくるガルダ族に対して悪態をつきながら蹴散らしていく。
一進一退の攻防を繰り広げる最中、尻尾も、角も、翼も……身体全てが、どちらとも判別のつかない血に汚れていた。
流石にへばってきた……
シャカラも、そろそろ限界が近い筈だ。
「はぁ……はぁ……くッ!!」
息を荒げながらも敵の攻撃を受け止め、反撃を繰り出すシャカラの姿が、横目に映る。
こっちの数が2に対して向こうは20や30……それに加えて、作戦の進行の遅れの分、余計に長く耐えなきゃならねぇ……!
いや、今は魔獣の存在も出てきた。
国で避難を促してるフォルディナとカミラ、ラルナ達と合流するガダとラルも心配だ。
耐えてるなんて悠長な事言ってる場合じゃねぇ! さっさとこいつらぶっ倒して、向こうの援護に向かわねぇと……
そう意気込み、敵へと攻撃を加えようとした時だった。
「……ぅぐ!」
突如、視界が歪み、俺は空中でバランスが上手く取ることができず、よろけてしまう。
これは……! 前と同じ……!
この一瞬の怯みを、敵は見逃さなかった。
ガルダ族の一匹が頭上から迫り、俺の翼の付け根を鷲掴む。
「うぐぁあぁあッ!!!」
爪が食い込み、ゴキッゴキッ、と骨の砕ける音が体内から聞こえてきた。
そのままそのガルダ族は、俺を持ったままスピードを上げ、地面に擦り付けるように着地をする。
「うがぁぁがあぁあッ!!!!」
こんな状態で受け身が取れるはずもなく、俺はギュッと目を瞑り、痛みから漏れ出る叫びを上げながら引きずられていく。
戦いの場所は、既に森を抜け、都の端っこまで戻されていた。
勢いが止まり、完璧に停止してもなお、ガルダ族の爪が剥がれていく気配はない。
「ぅがッ! ……ぐぅ! ッはぁ……はぁ……」
もうここまで戻されて……!!
この野郎ッ……!
すぐに立ち上がろうと腕に力を入れた瞬間、俺の翼の付け根を掴んでいる爪が、更に食い込んできた。
「……ぅぐッ!」
やべぇ、どうにかして上の奴を引き剝がさねぇとッ!!
「うぁぁぁああッ!!」
遠くで、シャカラの苦痛に悶える悲鳴のようなものが聞こえてきた。
シャカラ!!
ちくしょうッ……こんなところで終わっちまうのかよ……!
圧倒的な戦力差を前に、自分の心が折れかかってるのがわかった。
さっきの攻撃で、翼を動かすための骨が砕けた……もう飛ぶことすらできねぇ……
ある程度セーブしてきた力も、ここに来て尽きかけて来てる……これじゃあもう……
「こ、こっちにくるな!! 姉ちゃんから離れろ!!」
「……!?」
すぐ横から、少年の震えを抑えた必死の声が聞こえて来る。
視界をそちらへと向けると、そこにはまだ10年も生きていないだろうと思われる少年と、瓦礫に挟まれ身動きが取れなくなっている、その少年の姉と思しき少女がいた。
逃げ遅れた子供か……!!
「ゲン……! ダメよッ……! あなただけでも逃げなさいッ……!!」
「嫌だ!! 僕が姉ちゃんを守るんだ!! 絶対に! 守るんだ!!」
……!
そうか……そうだよな……
俺は少し顔を上げて、その少年に目を合わせる。
「よく言った……! 今のお前、最高にカッコよかったぜ……!」
「え……」
呆気に取られた少年と少女をそのままに、俺は言葉を続ける。
「へへへ……ちょっと待ってろよ……今すぐこいつらぶっ飛ばして、お前ら助けてやるからよ……!」
もう空も飛べない……
力もほとんど残っちゃいない……
敵はまだ増え続けている……
だけど……それでもッ!
「……ッ! 諦めるわけにはいかねぇんだよッ! 俺はッ!!」
雄叫びをあげながら肩に力を入れ、上にのったガルダ族を押し退けようとした時だった。
あたりに眩い閃光が広がる……そしてその一瞬後、大きな雷鳴と地面を裂く音が、あたりに振動のように響き渡っていった。
誰もがそれに驚いたのだろう。
騒がしかった戦場が、一気に静まり返った気がした。
……!
掴んでた力が緩んでる……今ならッ!
俺はすぐに立ち上がり、体制を崩したガルダ族に向かって水の咆哮を撃つ。
水の咆哮をもろに食らったガルダ族は、森の方向へと飛ばされ、そのまま動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
それを確認してから俺は、少女の上の瓦礫に手を伸ばす。
「……!」
悪いな……ちょっと怖いかもしんねぇが、我慢してくれ。
そう思いながら、少年と少女に傷がつかないよう、丁寧に瓦礫をどかしてやる。
「あ……ありがとう……ございます……」
掠れた小さな声で少女は言うと、瓦礫の中からゆっくりと慎重に出てきた。
「走れるか?」
俺が問うと、二人は縦に頷く。
「よし。 じゃあ急いで逃げろ」
今度は二人とも頷くことなく、そのまま走って逃げていった。
それと交代するように、シャカラが俺のそばに降りてきた。
「シャカラ、無事だったのか」
「貴様もな。 それより、今の雷は……」
「……ああ。 多分、ラルナの力だ」
先程まで晴れていた空は消え失せ、厚い雲に覆われ始めていた。
俺の翼はもうダメだ。
奴らから逃げる事は出来ないだろう。
今の俺に、唯一出来ること……
……一つ。
ここで大きな決断を、俺はしなければいけないのかもしれない。
「……シャカラ、お前はラルナを連れて逃げろ」
「……」
「俺はここで、殿を務める」
「ヘイロン……貴様、死ぬつもりか」
「そんなつもり毛頭ねぇよ……ただな……」
俺は言いかけて、自分の背中の垂れ下がった翼に視線をやる。
それにつられて、シャカラも翼を覗いてきた。
「……翼が……」
「ああ。 やられた。 だからもう俺は、迎えに行くことはできねぇ」
「……」
「だけどまだ、守ってやることはできるだろう?」
そう言って、俺は少し口角を上げる。
「……大馬鹿者めが……!」
そう言って苦い顔をしながらも、シャカラは雷が落ちた場所へと向かうため翼をひろげた。
「絶対に助けをよこす……! 死んではならぬぞ……!」
言い残し、シャカラは飛び去っていった。
大馬鹿者はどっちだよ……
助けをよこしたら、それはもう殿じゃねぇだろ……
でも……そうだな。
「……ありがとうよ」
飛んでいくシャカラの背中に向け、俺は小さく礼を言って、敵へと体を向けた。
さて……殿を務めるとは言ったが、どうしたもんか。
幸いな事に、シャカラを追う奴は一匹もいないみたいだが、多分それは、俺をすぐに片付けてから、シャカラを追うと言う意思表示なんだろう。
それがこっちの狙いだったとしても、俺が簡単に殺されちゃ意味がない。
「蜥蜴らしい姿になってきたな。 誠に無様だ」
「……!」
上から投げかけられた声に、俺は聞き覚えがあった。それは、今、この状況で、最も聞きたくない声……
この状況でくるのかよ……!
「ラジット……!」
俺はゆっくりと降りてきたラジットを強く睨みつける。
「ラジットだけじゃないよ」
……この声は、ヴィシュヌか!
答えを出す前に、ヴィシュヌはラジットから、一人の女性を連れて降りてきた。
……!?
「やぁ」
その女性は見覚えがあった。
あの日。 俺がラルナをさらった時に見た女……ラルナの母。 ナーガ・ヒマナだ。
ヴィシュヌの横に力なく立っている彼女の瞳には、何も映っていない……言ってしまえば、抜け殻のようになってしまっていた。
一人で立っているし死んでいる訳じゃないだろう……が。
ヴィシュヌが何かをしたのは確実だ。
ふつふつと煮えたぎるような怒りが、内から湧いてくる。
「……ッ!! やっぱりてめぇの仕業だったのかよ……! ヴィシュヌ!!」
そう叫び終わった数秒後、ラジットは俺の目の前まで急接近をしてきた。
いきなりかよッ……!
くるのが理解できていても、今の俺にはその攻撃をかわせるだけの余力は残っていなかった。
俺は、ラジットの蹴りをもろに正面から受けてしまう。
「うぐぁッ!!」
仰向けに倒れると共に、背中に激痛が走る。
くッ……! 翼が……!!
体制を直す暇すら与えないようラジットは、俺の胸へと爪を食い込ませ、地面へと強く押し付けてくる。
胸骨の軋む痛みと、背中の翼の痛みに挟まれ、俺はもう自分の身体がどうなってしまっているのか理解すらできなかった。
「うぐぅがぁあぁあッ!! がぁッ……! ……かはッ……!!」
「ヴィシュヌ様にその汚い口を向けるな……! 次、許可も無しに喋れば、このまま貴様の心臓をゆっくりと潰していく……」
「……ぅ……く……!」
言い終わった後に、ラジットは更に力を入れて押し付けてくる。
痛みのせいで正常な呼吸ができない。
苦痛に顔が歪んでしまう。
俺は、せめてもの抵抗として、悲鳴を上げないよう力の限り歯をくいしばった。
……あんな約束をした後でシャカラには悪いが、今更、死を避けようなんて思っちゃいねぇ……
だが、まだだ。
ラルナ達を逃がすためにも……!
まだ、時間を稼いで見せるッ!
ご閲覧ありがとうございます!
もしかしたら、後もう1話ぐらいこのペースで投稿出来るかも?
てことで、次回もよろしくお願いします!




