8-13
日々それなりに忙しくはしていたが、代り映えしない毎日ってのも退屈なので、また時間を作って今度は北に出かけてみた。
目的地は天蓋山脈に連なる山の一つ、バイロン山。ここには、リサが以前契約していたロウリー・レイスと言う名の魔法使いの隠れ家がある筈だった。
ロウリー・レイスは『物品引き寄せ』の魔法を研究していた魔法使いで、異世界からの『召喚』や最終的には『異世界渡航』まで成功させていた。
勿論そんな魔法が危険でない筈が無く、召喚した異世界生物の所為で町を一つ廃墟にしたり、危険な世界と『門』を繋いで一帯を死の世界にしかけたりと、シャレにならない失敗も少なくない。
そうなれば当然危険視されて、天蓋山脈を人が寄り付かないバイロン山にまで入り込んで隠れ家を作り、研究を続けたようだ。
お陰でロウリーが死んで百年以上は経っている筈だが、隠れ家は未だに荒らされていない確率が高い。
俺にしたって、前任者の記憶としてロウリーの記憶の一部を受け継いでいるが隠れ家の正確な位置までは知らなかったので、アンスールマラガの図書館で隠れ家があるバイロン山が天蓋山脈のどの辺にあるか見当がつくまで探しようがなかったくらいだしな。
まぁ荒らされてしまっているのならしょうがないが、荒らされてなければロウリーが使っていた研究施設や魔法の道具、そして異世界から召喚したアイテムなんかが残っている筈だ。
どれも今すぐ必要なモノでもないが、浮遊島の制作やカルヴァス海の探索には役に立ってくれるだろう。
前任者の記憶の中にあるロウリーの見た光景に近い地形を探しながら、天蓋山脈の上を飛ぶ。高く飛べば細かな風景が分からないし、低く飛べば見える範囲が狭いので、前任者の記憶と合致する地形を見つけるのに時間がかかった。
しかも見つけたと思って地面に下りてみても、調べてみれば勘違いで骨折り損だったなんて事ばかりで、一向に隠れ家を見つける事はできない。
ついでに、天蓋山脈もバイロン山のある辺りにまで来ると蒼の森の外中層クラスの魔獣が生息していて、不用意に下りると見隠しの外套を着ていると言うのに襲われる事もあったので、今回の旅は観光気分と言えるほど気軽でもなかったりもする。
まぁ、魔獣自体は素材として価値があるので狩る分には美味しい相手だが、見晴らしの良い高山に棲む魔獣だけあって、襲われるまで存在を気づかせなかったり、俺の探知能力外から攻撃してきたりと、厄介な魔獣も多かった。
もっとも強さ自体はそれほどでもないので、最初の一発さえどうにかできれば問題は無いんだがな。
ただ厄介と言うよりも鬱陶しい魔獣も居て、バイロン山に棲む群れ狼の相手だけは、できればもう二度としたくない。
群れ狼の固有魔法は、他のオオカミを魔力で支配する魔法だ。元々群れを作る習性のあるオオカミだからか、それほど魔力の強くない外層の魔獣なのに、群れ狼はこの強力な魔法を使えていた。
蒼の森に棲む群れ狼は、まだ良いんだ。一回り大きな体は良い目印だし、群れも多くても五六匹くらいだから、囲まれないように戦えば前世の記憶を取り戻したばかりの俺でも(叫兎の骨や皮で武装していたとは言え)一人で狩る事ができた。
しかしバイロン山に棲む群れ狼は他のオオカミと同じような体格に、体が大きくない代わりなのか数十頭の群れを伴って襲い掛かってきた。
群れのオオカミは多少魔力がある程度で魔法も使えなければ体格も大きくないのだが、ボスである群れ狼の命令に従って決死の攻撃をしてくるので、油断をしていると騎士ですら食い殺される可能性がある。
ソレが数十匹だ。
隠れる場所も無ければ、壁にできる障害物も無い山の高原で戦うとなると、広域攻撃手段を持っていなければ騎士クラスの戦闘能力者が集団でも危険だろう。
唯一の救いは、ボスである群れ狼を殺してしまえば他のオオカミは逃げていくって事だが、森の群れ狼なら大きさで見分けがつくのに、体格が普通のオオカミと変わらないバイロン山の群れ狼ではソレも難しい。
ちなみに俺がどうしたかと言えば、ここでなら誰も見ていないし多少派手な事になっても大丈夫だろうと、雷槍ヴァジュラの一薙ぎで殲滅した。
残ったのは、累々と横たわる黒焦げのオオカミの死骸。
身を守る為とは言え、さすがに後味の悪い光景だった。
食う訳でもなく、オモチャにしても面白くない相手を殺すのは、やはり気が重い。
とまぁ、そんな感じにロウリー・レイスの隠れ家を探して天蓋山脈のバイロン山があると思われる地域を飛んでいると、北の空に影が見えた。
ソレは恐ろしい速度で大きくなり、その姿を露にする。
鋭い牙の立ち並んだ鰐のように突き出た口吻、まだかなり距離があると言うのに目の前で射竦められているかのような鋭い黄金の瞳、頭には無数の角を持ち、皮膜の翼は蝙蝠のソレに似ていて、真っ赤な鱗に、鋭く長い爪のついた手指は物を掴みやすい長さと形状を備え、体の側面ではなく下に向いてのびている足は蜥蜴よりも鳥や二足歩行の恐竜に近かった。
「ド、ドラゴン!?」
「あら?エルダークラスのドラゴンがこんな山脈の外れまで来るなんて珍し……」
いつもの如く頭の上に乗っていたリサがナニか喋っていたが、無視してすぐさま逃げた。そりゃあもう全速力で。
しかし、ドラゴンは引き離せない。
イヤ、それどころかドラゴンの姿はさらに大きくなっている。
対象物が無いので分かりにくいが、たぶん頭だけでワンボックスカーくらいはありそうな図体で俺より速く飛ぶのかよ。
――――このままじゃあ、確実に追いつかれるな。
「おい、リサ!オマエさっき、アレがエルダードラゴンだって言ったな?」
逃げ回りながらリサに聞く。
「ウン!天蓋山脈に何頭か居るドラゴンの中でも、結構な古株なコだよ」
老竜でも“コ”かよ。本当に、コイツはナニモノなんだか……。
「たしか、ドラゴンはある程度年を食うと知能が格段に高くなるって話だったな?なら、エルダーなんて呼ばれるようなドラゴンだったら、かなり頭が良いと思っていいのか?」
「そうだね~。元がなんだったかにもよるけど、エルダークラスだと最低でも人間程度の知能はあるよ」
元?……イヤ、今は疑問より、先にこの状況を何とかしよう。
「なら会話は?」
「あのコはできるよ~」
「知り合いかよ!?だったらリサ。オマエちょっと行って、ドラゴンにナンで俺を追いかけるのか聞いてきてくれねぇか?」
断られる事を前提で、一応言ってみる。
あの勢いで追ってくるって事はまず間違いなく平和的な要件では無いと思うのだが、俺にはドラゴンに追われるような理由が思い当たらない。
ナニカの勘違いと言う可能性もゼロではないし、話をする意味は大きいだろう。
それに向こうの方が速いので逃げ切るのも難しそうだし、現状の戦力ではドラゴン相手に勝てるとも思えないので、話し合いや取引で解決できるのならできる限りの条件は飲んでもいい。
とは言うものの、いくらリサでもあんな状態のドラゴン相手に話をしようとは……。
「え~~、しょうがないなぁ」
行くのかよ。
まぁ、最悪でもリサなら死にはしないか。
高速で追いかけっこをしている俺とドラゴンの間を、リサはヒラヒラと場違いなほど暢気な飛び方で飛んで行き、しばらくすると同じ飛び方で戻ってくる。
……音速は出てないにしても、かなりの速度が出てる筈なんだけどなぁ。
「ダメだった~。
なんか、すっごく怒ってて話しんなんない。レドちゃん、あのドラゴンになんかしたの?」
「今日、初めて会ったばっかりの相手に、ナニをしたって言うんだよ!?」
理由は不明のままだが、俺に対して怒りを向けているのは確かなようだ。
まぁ、そんなような気はしてたんだよ。見ただけで、逃げ出したくなるような雰囲気だったしなぁ。
餌として捕食しようとしていたとか、単なる興味本位とかなら良かったんだが、これじゃあ逃げるしか手はないか。
しかし、逃げるにしても速度は向こうのが上だ。逃げ方を変えねぇとな。
高度を下げ、地表ギリギリを飛ぶ。
谷を抜け木々の間を飛び『門』まで使って逃げたんだが、何十トンもありそうな巨体のドラゴンは慣性の法則を無視した動きで俺を追いかけてきた。
クソッ!速度でも小回りでも俺以上か。
これじゃあ、どうやっても逃げられそうにないな。
なら……。
「これでも食らえ!」
『亜空間倉庫』から雷槍ヴァジュラを取り出し、雷撃を放つ。
下手に刺激して事態が悪化するのが怖かったから手を出したくなかったんだが、逃げられないならしょうがない。
ドラゴンも生き物である以上、オオカミが黒焦げになるほどの雷撃を食らえば、あの巨体でも数秒程度は動きが鈍るだろう。
ソレで十分だ。
なにしろ、今俺達は高速で狭い谷間を岩肌を撫でるように飛んでいるんだからなぁ。
ほんの一瞬でも意識を失えば、待っているのは派手なクラッシュだ。
と、思ったんだが……。
「弾かれた?絶縁体ででもできてんのかあのドラゴンは!」
雷撃はドラゴンに触れると、派手な放電音と共にかき消えた。
しかも碌にダメージが通ってなさそうなのに、凄まじい咆哮を上げて怒りをあらわにする。
効果が無いだけではなく、事態はしっかり悪化してくれたか。最悪すぎるな。
「空を飛ぶドラゴンに雷撃なんか効かないよ?
じゃないと、空を飛んでいる時に雷に当たったりしたら大変だからね~」
緊張感の無い声で喋るリサに殺意が湧くが、リサに文句を言うより先に逃げる方法を考えないと詰む。
速度も小回りもドラゴンの方が上、『門』を使って速度を落とさず直角に曲がったり百八十度方向転換しても碌に引き離せないし、辛うじて体が小さい有利を生かして狭い隙間に飛びこんでもすぐに回り込んで追いかけてくる。
洞窟でもあれば逃げ込みたいところだが残念ながらそう都合良く見つからないし、催涙ガスやら毒物等々、手当たり次第に投げつけても全て効果は無し。
切裂き兎の小剣の音の刃も、魔法式マシンガンの銃撃も、暴狼の投槍も、鱗に目立った傷一つつける事無く弾かれた。
唯一、怒らせた事で動きが大降りになった点だけで、なんとか命は繋げている。
しかし攻撃を避ける事さえできれば大きく引き離せるとは言え、小さなビルほどもある巨体の高速タックルや広範囲に撒き散らされる火炎のブレスをいつまでも避け続ける自信はない。
あと一つ、逃げる方法が無いでも無かった。
しかし、ソレを失敗すると今度こそ後が無くなる。
だからもう一つだけ、試してみよう。
「なぁ、リサ。ドラゴンって、どれくらい高くまで飛べるか、分かるか?」
全速力で上昇しながらリサに聞いてみた。『門』を通らせて地面にぶつけると言う手はすでに入り口を回避されて失敗しているので、ドラゴンを宇宙に放逐しようと言うのではない。
ただ、ドラゴンの上昇高度に限界があるのなら、上に逃げればまだ可能性があるかもしれないと思っただけだ。
「ん~、たぶん宇宙まで飛んで行っても大丈夫なんじゃないかな?真空とか宇宙線くらいでどうななるような生き物じゃないから」
地面が急速に遠くなり、気圧が低下したせいで息がしづらくなってきた。
「そうは言っても、空気が無けりゃ飛べねぇだろ?」
風を操って飛ぶにも限界が来たので、風の繭を作り奥歯に仕込んだ『瞬間加速』で重力を振り切る。
「ドラゴンって魔法で飛んでるから、翼なんて飾りみたいなもんだもん。空気が無くったって飛べちゃうんだよね~」
しかし背後から迫るドラゴンの姿は小さくなる事は無く、今も迫る巨体を間一髪で避けながら上昇している状況だ。
「やっぱり最後の手段を使うしかないのか。じゃ、その前に帰り際の駄賃じゃあねえが、散々追い掛け回されたお返しを一発、お見舞いしてやらねぇとなぁ」
一発かまして驚いてくれれば、少しは時間稼ぎになるだろうしな。
「雷撃は効かなくても、コイツなら少しは痛ぇよなぁ!?」
ドラゴンの魔力圏に捕まる寸前に『門』を開き、反転して速度をそのままにドラゴンに突っ込む。
爬虫類の表情なんかほとんど分からねぇが、それでも驚いた様に見えるドラゴンの顔をかすめて顎の下をくぐり、俺を捕まえようとする手指の一本に、全力で魔力を注ぎ込んだ雷槍ヴァジュラを叩きつけた。
岩すら豆腐の様に貫くヴァジュラを更に魔力で強化してやれば、さすがに鱗くらいは切り裂いてドラゴンにまともなダメージを与えられるだろう。
「グォォォォ!」
背後で苦痛の咆哮が聞こえたが、後ろを振り返る事無く、ドラゴンの魔力圏を抜けた瞬間に緊急避難用の『亜空間倉庫』である『避難所』に逃げ込んだ。
「さぁて、もってくれよう……」
出口を作るまで『避難所』内に逃げ場は無いので、もしドラゴンが空間系の魔法を使えたら、コレで詰む。
俺は急いで『直通回線』でマコラを基点にして『門』の出口を作る。その間約十秒。開いた『門』に飛び込む寸前、背後でドラゴンが空間をこじ開けていたような気がしたのは、恐怖のもたらした幻であってほしい。
「ふぅ。さすがに今度ばかりはダメかと思ったぜ」
「ヤバかったね~。でも、レドちゃんなら何とかしてくれると思ったよ~」
「はっ!どうせオマエ一人なら、いくらでも逃げられる方法があったんだろ?」
「さぁね~♪」
明後日の方向を向くリサを絞め殺したくなったが、安心した所為か、疲労と共に体のアチコチに痛みを感じた。
「なんだ、こりゃ?」
痛みの元を探すと、体のアチコチに赤い飛沫がついていた。
これはドラゴンの血か……?
なんで血がついたくらいでこんなに痛むのやら、と思ったが、血に毒性のある生き物も居るのだから、痛むのなら取り除いた方が良いだろう。
そう思って『自在工房』を展開して体を検査すると、ドラゴンの血は高密度の魔力を持っている上になんらかの浸食作用がある事が分かった。
「うお!?」
慌てて『自在工房』で汚染された組織ごと、ドラゴンの血を切除して隔離する。
ドラゴン本体もとんでもなかったが、その血ですら危険物とは参ったなぁ。
「あら?せっかくのドラゴンの因子を捨てちゃうの?」
「ドラゴンの因子だ?なんだそりゃ?」
「レドちゃん、聞いた事がなぁい?ドラゴンの血を浴びたら不死身になるって話ぃ」
猫なで声で言うリサの姿には、嫌な予感しかしない。
「ナンだ?もしかして、ドラゴンの血を浴びると竜の因子とやらに汚染されて不死身になるってか?」
「そそ。頑張って耐えれば、ドラゴンの力も手に入るよ?」
「耐えられなきゃ?」
「死んじゃったり、成り損ないになったり?」
「…………成り損ないってのは?」
「イロイロだよ?ワイバーンとシーサーペントとか見たいなレッサードラゴンだったり、酷いのだと破壊衝動の塊みたいなケダモノとか、捕食する事しか能の無いスライムになっちゃったりしたのも居たね~」
オイオイ、それじゃあドラゴンの因子どころかモンスターの素じゃねぇか。
……イヤ、ある種のモンスターの最終形態が、ドラゴンなのか?
「じゃあ、耐えられたら、末はドラゴンにでもなるんだろうなぁ?」
「ウン!」
やっぱりか。
「…………どうしても力が必要になったら、試すとするよ」
自分が変質するってのは気分が良いもんじゃあないが、手軽に手に入る力ってのは魅力的だ。しかし、失敗の危険性があるのなら最低でも研究してから使うべきだろう。
それに一切のリスクが無いとしても、強すぎる力なんて敵しか呼ばないだろうから、必要な時まで切り札として取っておいた方が良い。
そんな事より、俺としてはコッチの方が魅力的だなぁ。
俺の足より長い爪に、掌ほどもある鱗、全体の長さは大柄な人間の男よりもでかい。
――そう、ヴァジュラでぶった切ったドラゴンの指だ。
特殊な製法の武器でもなければ傷一つつけられないとか言う伝説もあるくらい強固なドラゴンの鱗だが、さすがに幻獣の魔力を宿したドヴェルグの槍なら通じるようだ。もっとも、魔力の大半を注ぎ込んだ一撃でも指を切り落とすのがやっと、と言ったところだが。
しかし、我ながらあんな焦った状態でも、ドラゴンの指を拾ってくる貧乏性には驚かされる。
傷の一つでも付けばいいと振りぬいてみれば、予想外の手ごたえで指が切れちまったもんだから、つい指に首狩り兎の縛斬糸を巻き付けて、指ごと『瞬間加速』で加速して『避難所』に逃げ込んだんだよなぁ。
一歩間違えば全部台無しになっていたところだったが、もったいないと思っちまったんだから仕方がねぇだろう。
前世じゃあ、時間制限で消えるアイテムを取りに行ったり、敵をそっちのけでアイテムを採取したりしてゲームで死んだ事が良くあったが、現実でまでそれをやっちまったのは失敗だった。
イヤ、失敗なんだが後悔してないのがまた質が悪い。
次に似たような状況になっても、同じ事をやるんだろうなぁ。
とは言っても、ドラゴンの指は素材として特級品のシロモノだ。
しばらくは、コイツをいじくって楽しめるだろう。
ロウリー・レイスの遺産は見つけられなかったのは残念だが、面白い素材が手に入ったので良しとしておこう。遺産はそのうちにまた、探しに行けばいいさ。
まぁ、しばらくは天蓋山脈に近寄りたくねぇけどな。




