8-14
トーラスの街には、ネズミの魔獣であるクビラが入り込む事を躊躇する施設がいくつもあった。
街の主にしてジュラルデン王国東部一帯を支配するトーラス辺境伯の屋敷は当然として、他にも辺境伯の家臣や金持ち連中など街の有力者の住居や、犯罪組織のアジトのように他人に見られたくないような場所には、なんらかの侵入者対策がしてあるようだ。
そして俺は今、トーラスの街でも金持ち連中が多く住んでいる北側の一画にある、なんの変哲もないのにクビラが入り込む事を嫌がっていた屋敷の一室で、大量の木箱を前にしていた。
「中々、良い出来じゃあねぇか」
木箱の中から速射クロスボウを取り出し、具合を確かめて、俺は感想を言う。
全体的に簡略化されてはいるものの、作りは丁寧で精度も高い。俺の作ったクロスボウとは比べるべくも無いが、一品物と量産品の差を考えれば仕方が無い事だろう。
「だろう?工房の皆と試行錯誤した成果だ、存分に称えてくれたまえ。
もちろん、これだけの量をそろえる事ができたのは、ゴブリン君のくれたアイデアのお陰だけどね!」
テンションの高い声で応じたのは白衣の男だ。身なりは上等で髪も髭も整えられているのに、ガキのような表情の所為で妙に幼く見える。
名前はヘイガー・ガズナイト。どっかの貴族の次男坊だか三男坊だかで、家を継げないからとトーラス辺境伯の下で錬金術師として雇われているらしい。
このヘイガーと言う男は、ナニカを研究するよりも他の錬金術師の成果を使って実利を導き出す事を得意としているみたいで、ご隠居さんがパトロンをしている連中の纏め役と言うか管理人と言うか雑用係と言うか、まぁそんな感じで便利に使われているようだ。
「俺の事はどうでもいいさ。
んな事より、射手の方はどうなってるんだ?道具があってもソレを使うヤツが居なけりゃ持ち腐れだろ」
「そっちは僕の仕事じゃないから、分からないねぇ。
でも、御屋形様からどんどん増産しろと言われているから大丈夫なんじゃないかな?」
俺の質問に、ヘイガーは肩をすくめて答えた。
たしかにヘイガーの仕事は研究とその実用化なので、兵士の養成は畑違ではある。
「それよりも、今度はこっちも見てくれたまえ。
どうだい?君のアイデアを基に作ってみたんだが、お眼鏡に適うかな?」
そう言いながらヘイガーは次の木箱を開けて、中からナニやら取り出して話し出した――。
・
ヘイガーの自慢混じりの成果発表の後、御隠居さんに呼ばれてチェスを指す事になった。
前世の世界のチェスとは違い、攻撃力に防御力、障害物を飛び越えて三マス先まで攻撃の届く弓兵やら、障害物を貫通する事はできないが一手待機させる事で端まで届く上に最も防御力の高い騎士すら一撃で倒せる攻撃のできる魔法使いと言った特殊な駒まであるので、どうにもチェスと言うよりウォーシミュレーションゲームでもやっている気分になる。
「――――ニグレド君、前に頼まれていた従軍についてだが、本当に良いのかね?」
手を進めながら、御隠居さんが聞いてきた。
「ナニか、問題でも?」
「いや、亜人部隊の一員としてなら、傭兵として君が従軍する事は可能だ。
ただそうなると、君を一傭兵として扱わねばならなくなるんだ。君も知っている通り、公的にはこの国でゴブリンの自由は認められていない。だから、君が軍でどんな扱いを受けるか分からなくてね」
不思議そうな顔で、ご隠居さんは疑問を口にする。
まぁ、御隠居さんがそう言いたくなるのも当然だわなぁ。御隠居さんの言う“どんな扱い”の中には、捨て駒や決死隊、それどころか武器の試し切りや兵士の度胸づけの生贄なんて役割まで含まれている可能性もあるんだから。
場所によっちゃあ存在が気に食わないと言う理由で殺されるのが、この世界の弱者の姿だ。
「どんなに酷い状況でも、生き延びるだけだったら、どうとでもなるから気にしないでくれ。
たとえ、突撃部隊の一番前や殿の一番後ろを任されたとしても、なんとかするさ。大抵の相手だったら、負けねぇと思うしな」
だがそんな事を分かっていて、敢えて戦場に行くとなると余計な事を勘繰られるだろうから、御隠居さんが心配しているのとは見当違いの返答で誤魔化しておく。
「確かに恐狼を単身仕留められる君を倒せるほどの剛の者は、そうは居ないと思うがね。
でも、英雄が雑兵の槍に倒れる事もある。
そもそも君はなぜ、戦場に身を置こうなどと思ったのかね?」
…………やっぱり誤魔化しきれねぇか。
あっちこっちに移動できるようになったからこの国の戦場に固執する理由も無くなったんだが、ここまで準備してきたのを放り出すのも気が引けるので、ご隠居さんに納得してもらえるように話すとするかな。
「いくつか理由があるんだが……。一番大きいのはやはり、戦場で戦う騎士の姿を見てみたいってのかねぇ」
誰でも魔法が使えるような世界で、戦う事で良い生活の出来る職業戦闘者となると、当然一般人とは隔絶した戦闘力を持つ事になるだろう。
例えば、単純に身体能力を強化したり魔法を使って武具を強化できるだけでもそれなりに強くなるが、戦闘に特化した魔法を身に着けていれば桁違いの戦闘力を持つ事もありうる。そして、生きる糧を得る為に戦う事を選んだヤツラは更にソレを磨き上げ、そしてソレを使って戦う為の技術も身に着けている筈だ。
確かに俺は恐狼と正面切って戦っても勝てるようにはなった。しかし、それは有利な状況で魔法と武器を使ったからこそ楽に殺せただけで、魔法を使わず素手でヤッたら暴狼にすら勝てるかどうかだ。いや、体格的に力負けするからまず負けると考えて良いだろう。
だから相手の力を封じるような戦術を取るヤツは、俺にとって最悪の相手だと言える。
もちろん対策はしてあるが、この世界のヤツラの戦い方が俺の想定内の収まるなんて自惚れは持っちゃあいない。
だから戦場で、この世界のヤツラがどう戦うのか見ておいて、損は無い筈だ。
「騎士の戦いを見る?そんな事の為に戦場にまで赴こうと言うのか。君はあまりそんな事に興味が無いと思っていたのだが……。
ああ、そうだ。
そう言う事なら、誰か適当な者を選んで紹介しよう」
名案を思いついたとでも言うように提案する御隠居さんの表情には、裏があるように見えなかった。
しかし、確実に俺の行動を怪しんでいるのだろう。
なら御隠居さんの猜疑心を解消しつつ、別の方向に話を持っていくかな。
「悪ぃんだが、俺が知りたいのは殺し合いでの強さなんでね。
もし万が一預かった騎士サマにナニカあっても困るんで、その申し出は遠慮させてくれ」
練習試合なんか見せられても、奥の手は出してくれねぇだろうからなぁ。
「ふむ……。
無理にとは言わないので、断ると言うのなら別に構わない。ただ、君は力に興味が無いと言っていたのでね。
――少し、気になったんだよ」
そう言う御隠居さんの眼光は鋭かった。
ここで誤魔化すのは得策では無いだろう。しかし本音を全部ぶちまける訳にもいかない。
上手い具合に納得して貰わねぇとなぁ。
「必要以上の力には興味は無いが、だからと言っていつ自分に向くかも分からないような力に対して無関心でいられるほど、俺は能天気でも無いつもりだ。
御隠居さんだって、もっと偉いヤツに命じられれば俺の敵に回るだろう?
なら、この国の騎士が戦場でどんな風に戦うのか間近で見ておきたいって思っても、仕方がねぇさ」
俺の言葉を聞いたご隠居さんは、鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔で絶句する。普通なら、こんな事を庇護者に言うバカも居ないので当然だろう。
「まぁそうならない為にも、この国の為に命を賭けるって格好の一つもしておいた方が良いだろうって計算もあるがな。
他の国との戦争なら、いくら殺してもこの国の人間から恨みを買う事もねぇしよ」
他にも、戦場でだけなら殺す事を気兼ねなく楽しんでも良いと、俺は自分に許してるってのもあるが、コレは他人に言えない理由の最たるモノだ。
今までに何人も……、イヤ、何十人も人を殺してきたが、全て身を守る為であったり野放しにするのは危険だからと言った、なんらかの理由があった。
人体実験に関しては少々趣味に走ったものの、余計な苦痛を与えたり無意味に死なせたりはしていない。
あくまで必要だから殺し、必要が無ければ殺さないようにしてきた。
でなければ、人間社会に身を置く権利が無いからな。
殺人は重大な禁忌であり、他人を納得させるだけの理由でもなければ、人を殺してはいけない。誰だって、いつ自分を襲うか分からないような人殺しを隣人にはしたくないからなぁ。
しかし、わざわざそんな事を俺が意識しなきゃあならないのには理由がある。
以前にも告白したが、前世の俺は人を傷つけたり貶めたりする事に快感を覚えた時期があった。
だが、義父や新たな環境で得た友人達に救われた事でマトモな人間をやりたくなったから、人を傷つけたり貶めたりしないように心に枷をかけて、欲望を封印した。
だから、今でも俺は傷つけたり殺したりする事を楽しまないようにしている訳だ。楽しんでしまうと、救ってくれた人達を裏切ってるような気分になるからな。
――――とは言っても、楽しい事は楽しいし、我慢のし過ぎは体にも心にも良くない。
程度の差はあれ、誰だって他人を傷つけたり貶めたりする事に、暗い快感を覚えた事はある筈だ。
肉体を傷つけなくても罵声を浴びせて心を傷つけたり、明確に他人を貶す事は無くても冗談っぽく揶揄したり陰口をたたいたりなんて事は、やったり、もしくはやられた経験が誰しもあるだろう。
つまり、俺だけがそう言う欲望を持っている訳では無いって事だ。
なら、悪い事は楽しいって気持ちも分かってもらえると思う。
見るなと言われれば見たくなるし、触るなと言われれば触りたくなる。やるなと言われれば言われるほど、やりたくなるのは人情ってモノだろう。
だから殺すな傷つけるなと言われれば、殺したり傷つける事が楽しそうだと思えてしまうのは仕方が無い事だ。
そして、叩き割るとしたら百円の皿よりも百万円の皿の方が気持ち良いに決まっている。
禁忌である殺人を楽しむ為に犯すと言う興奮や、価値ある人命を弄び踏み躙る快感は、他ではちょっと味わえないだろう。
もちろん、そんな事は一般社会では許されない。
ただ、一般社会では受け入れ難い悪行とされているソレも、戦場では、殺人は名誉となり、相手が兵士であれば虐殺も蹂躙も目がつむられる。
特に侵略者相手であれば、アリの群れを踏み潰すように殺したところで、褒められる事はあっても忌み嫌われはしない筈だ。
あ……、でも今の俺は妖魔と蔑まれるゴブリンか……。
まぁ、ソコまでやる気は無いので大丈夫だと思う。
見渡す限りの兵隊をヴァジュラで一掃したところでナニも面白くないし、毒薬で一軍を皆殺しにしてもやはり楽しいとは思えないからなぁ。
…………爽快感くらいはあるだろうが。
「確かに、戦場での働きを認められて身分を得る事は珍しくないからね」
肩をすくめてそう言った後、御隠居さんの顔が今迄に見せた事の無い表情を作る。
洒落っ気のある紳士、温和な好々爺、冷徹な支配者、そのどれでもない戦場の鬼が、鋼の声でこう言った。
「――君の言う通り、陛下の御下命を賜れば、私は全力を持って蒼の森のゴブリンを全て討ち果たす事に躊躇はしない。
だから、できる事ならそのような事態にならないように気をつけてくれたまえ」
これにて八章は終了となります。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
次章はとうとう戦争編、やっとここまで来ました。
次の投稿が何時ともお約束できない有様ではございますが、できるだけ早く投稿したいとは思っておりますので、お付き合いいただけたら幸いです。




