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「貴様!何をするかー!」
「まぁ落ち着けよ、リザードマン」
転がったまま怒声を張り上げるリザードマンに、敵意が無い事を示す為に手を上げながらゆっくりと近づく。
「俺が店を覗いてたら、そのボウズがぶつかってきやがってな。
ちょうど良かったんで、詫び代わりにこの町の事を少し教えてもらおうとしてただけなんだ。
だから、別にアンタラのファミリーに敵意は持っちゃいないし、この町で騒ぎも起こす気はない。
……あ、いや。起こす気は無かったんだが、ボウズを追っかけてきたチンピラに絡まれて、仕方なく、なぁ。
殴られた上に、コッチの話も聞かずに殴り続けようとしてきたんだ。反撃しても、仕方がねぇだろ?」
憮然としたまま俺の釈明を聞き終えたリザードマンがガキに俺の言葉の真偽を問うような視線を送ると、ガキもその意味を理解したのか、血の気の無い顔で肯いた。
さすがに投げつけたのはやりすぎたか。しかし、ああでもしないと止められそうになかったからなぁ。
「ボウズを投げたのも勘弁してくれよ?アンタの迫力が凄過ぎて、ああでもしねぇと止められそうにないと思っちまったんでな」
「ふんっ、某が避けるとは思わなかったのか?」
「そうなりゃボウズが酷い事になってただろうなぁ。あの勢いだと、運が悪けりゃ死んでたかもな」
軽く投げたんじゃあ、リザードマンに避けられそうだったんだから仕方が無いだろう。
最悪リザードマンが避けてガキが大怪我をしたとしても、治療する気はあったんで勘弁してくれ。
「それが分かっていて、よくもまあ投げたものだ」
俺の言葉にリザードマンは、底冷えするような声でそう返した。
おっと、ノリが軽すぎたか。
怒らせても面倒なので、ここからは少し慎重に話をするとしよう。
「手を放せと言ったのはアンタだぜ?そんな事を言う以上、俺が攻撃をしようとでもしてない限り、アンタはボウズの安全を優先する筈だ」
こう言えば反論される事は無いと思ったんだが、予想外の所から声が上がった。
「…………なぁ、あんちゃん。ナルバの旦那に、その理屈は通用しないぜ」
声の主は、僅かだが血色の戻ってきたガキだ。
その表情は苦虫を百匹ほどまとめて噛み潰したかのように苦り切っている。もしかして、このリザードマンは目的の為なら犠牲を厭わないタイプだったかな?
いや、しかし現にリザードマンはガキを受け止めたんだから、俺の予想は間違ってはいない筈だ。
「そうなのか?」
「うん。前に、人質にされた仲間ごと、敵をぶった切ってたからさ」
ああ、なるほど。そんなのに投げつけられりゃあ、顔色が真っ青にもなるわなぁ。
「なにを人聞きの悪いことを言っておるのだ。あの時はちゃんと急所を外したではないか。
その証拠に、アマンドの奴は今もピンピンとしておるだろう?」
胸を張ってそう反論するリザードマンの姿には、心の底から最善の行動をしたと言う自信が見て取れた。
もっとも、過信や妄信では無いという保証はどこにも無いが。
「五体満足で?」
「無論だ」
「なら、ナルバさんだったか?アンタの方が正しいな。
人質を助けるためなら、多少の無茶は許されるだろ」
「多少……、多少なのかよ?ぶった切られるのが……」
どんな風に切ったのかは知らないが、この世界には魔法による治療もあるんだし、犯人が暴発して怪我をさせられるより、治るように切った方が安全に事態を収拾できる状況だってあるだろう。
「後遺症も残らんように切ったんなら多少の内だな。
その手の状況で重要なのは相手の要求をのまない事で、他の事はあまり気にしない方が上手く行くもんだ。
それこそ、人質なんて死んだものとして行動した方が、逆に助かる事もあるくらいだ」
俺の言葉を聞いたガキは、ブツブツと呟きながらなんとも形容しがたい表情で考え込でしまった。「おいらの方がおかしいんだろうか……」なんて言っているところを見ると、心の根底を支えているナニカが揺らいでいるのかもしれない。
「なかなか良い事を言うではないか。
某は、ワニビトノ国はラグミ島のナルバ・ラだ。故あって、アラックファミリーで世話になっておる」
先程までの不機嫌を一変させたリザードマンは、上機嫌で名乗った。
しかし行動を肯定してやっただけでこれだけ機嫌が良くなるって事は、もしかしたら人質の件で他のヤツラからも恐れられていたのかもしれねぇなぁ。
なお、ワニビトノ国は大陸南西部にある火山群島で、その名の通り“鰐人”リザードマンの国だ。そしてその島々はイグミ島だのログミ島だのと名前がついていて、まず間違いなく国ができた時に日本人の前世持ちが絡んでいたのだろう。
ただ残念な事に、調べてみても名前くらいしか日本人の痕跡が見つからなかったので、急いで向かう必要は無いと判断した。
コレが米か醤油か味噌でもあるのなら、ナニを置いても行くんだがなぁ。
「こいつはご丁寧にどうも。
俺の名前はジョンソン。カルヴァス海に沈んでいるって言うお宝の噂を聞いて調らべに来た……、トレジャーハンターとでも言っておこうか」
「とれじゃーはんたー?山師かなんかかの?」
「まぁ、似たようなもんだ。面白そうなモノを探してアッチへ行ったりコッチへ来たり、金になる事もありゃならん事もある。
俺が楽しきゃ良いってたぐいの、社会生活不適合者さ」
「良くわからぬが、カルヴァスはネレイドも逃げ出す魔の海だ。命が惜しければ近づかぬ事だな」
ネレイドってのはたしか、海底に住んでる人種族だ。
温和な種族で滅多に海の上に出てこない事と、強大な魔力と魔法に対する高い素養から海のエルフとも呼ばれているらしい。
「危険だって話なら、耳にタコができるほど聞いてるよ。だからと言って、諦める気は無いがな。
……と言いたいところなんだがよ。さすがにお宝が海の底では手も足も出ねぇから、大人しくこうして情報収集にいそしんでいる訳だ。
って事でナルバさんよ、カルヴァス海の事をナニか知らねぇかい?」
「たいした事は知らん。
大昔に天変地異でいくつもの島が沈んだと言う話を、島の古老が話しておったと覚えておるくらいだ」
ナルバの返事はそっけない。
しかしまぁ、こんなもんだろう。他で話を聞いた時も、似たようなもんだったからなぁ。
「だよなぁ。
命知らずの海賊ですら近づかないって話だし、漁師から水平線の向こうで天に伸びる大きなイカだかタコだかの足を見たとか言う伝説が聞けたくらいで、誰もカルヴァス海の中の事は知らねぇんだもんなぁ」
「伝説も何も、クラーケンの触手なら今でもカルヴァスの上を通る飛竜や大型の鳥を捕食しとるぞ?」
情報収集がうまく行かずついつい出ちまった愚痴に対して、まるで見た事でもあるようにナルバがそう言った。
「今でもって……。もしかして、アンタも見た事があるのか?」
「若い頃に、一度だけな。
航海の見張りを任されていた時の事だ。はるか遠くの海に細い柱のようなものがつき立っていたので最初は何かの見間違いかと思ったのだが、遠眼鏡で見たらそれが無数の吸盤を持った触手だと分かって腰を抜かしたものだ。
そして恐る恐る遠眼鏡を上の方へ向けてみると、馬鹿でっかい飛竜が触手に捕まって暴れておったわ」
思い出したくもない記憶なのか、表情の分かりにくいリザードマンの顔にはっきりと恐怖を浮かべて、ナルバが語る。
ナルバの言う遠眼鏡の倍率がどの程度かは分からないが、それでも遥か遠くから見ても分かるほどの太さを備え、飛行する飛竜を捕らえられる長さと強度の触手を生やしたバケモノとなると、その大きさは桁違いだろう。
都市クラスならまだしも、もし島ほどの大きさがあれば対人の武器は当然として、攻城兵器ですらまともにダメージを与えられそうにない。
暇になったら潜水艦でも作ってカルヴァス海を探検してみようかとも思っていたんだが、やるのなら相当の準備が必要になりそうだな。
「ソイツは……、たしかに近づきたくねぇなぁ」
俺の言葉に、やっと分かったかとでも言うように、ナルバが大きく頷いた。
その仕草は俺を聞き分けの無い子供のように見ているみたいで少しイラついたが、まぁ危険な場所に首を突っ込もうとした俺の無謀を思えば、大人しく呆れられるべきなんだろうな。
「しかしそうなると、どうしたもんかねぇ」
「何がだ?」
「いやぁ、いずれ入念な準備を整えたらカルヴァス海に潜ってみたいなぁなんて思ってたんだが、アンタの話を聞いて、やめた方が良いのかねぇなんて思ってね」
「生きるも死ぬも貴様の命だ。
何も知らずに死なれては寝覚めが良くないので忠告はしてやったが、それでもなお挑むというのであれば、某が止める理由も無い」
「ありがたいねぇ。
世話を焼いてくれるヤツラには悪ぃが、死に方くらいは選ばせてもらいたいもんだ」
「他の者からみれば、どれほど愚かに見えてもな」
ナニか思うところでもあるのか、ナルバが吐き出すように呟いた。
いや、ナルバにはナルバの事情があるのだろう。俺が詮索するような事でもないな。
などと話しをしていると、今度は武装した集団が港の方からやってくるのが見えた。
「ありゃあ、アンタラのお仲間かい?」
「いや、見ない顔ばかりだ。
アラックファミリーの者を全て見知ってはおらぬので断言はできんが、たぶんソレラファミリーの者どもであろうよ」
俺の問いに、ナルバはしばらく考えてから答えた。
それが本当なら丁度良い、チンピラを運ぶ手間が省ける。
「なら、少しばかり遊ばせてもらうとしようかな」
すでに何人もノしている以上、なんの代償も無くソレラファミリーと和解する事は不可能だ。
だから後でソレラファミリーの本拠地に乗り込み、力づくで話し合いをしようかと思っていたが、ここで力を示せるのなら、その必要は無いだろう。
「某は手伝わんぞ?」
「期待なんかしてねぇよ。
下手に巻き込んでファミリー同士の抗争にまで発展しても面倒だから、離れてくれた方が俺としてもありがてぇなぁ」
ファミリー同士の抗争となると、俺のうま味も無くなるしな。
「そうか。では、見物させてもらうとしよう」
そう言ってナルバは、ガキを連れて見物客の中に紛れこんでいった。




