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Deviant ー妖魔転生ー  作者: 是色
第八章 逍遥
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8-6


 ノエルの授業の後、少し出かけてくると言って、マルグリットの家を出る。

 そして人気の無い路地で、感知の指輪で監視の目が無い事を確認してから『ゲート』の入り口を開け、同時にゴブリンの集落にある城の一室に居るマコラを基点にして『ゲート』の出口を作った。


 シオンとクローディアの為に“老いさらばえる人形”を作ってやった時に思ったんだが――。

 影武者として作られた“老いさらばえる人形”は、当然の事ながら本体と同じ様に魔法が使えた。でなければ影武者としては欠陥品だからだが、しかし遠隔操作でしかない人形に本体と同じ様に魔法が使えるのなら、『直通回線ホットライン』で俺と繋がっているマコラを経由しても同様に魔法が使えるんじゃあないかと思った訳だ。

 結果はご覧のとおり、『風使い(コントロールウインド)』で広げた魔力領域内で自由に『亜空間倉庫ストレージ』が使えるように、『直通回線ホットライン』で繋がっているマコラやクビラ達の魔力領域を利用して、俺が魔法を使う事は可能だと分かった。

 まぁ『直通回線ホットライン』経由で魔法使うのはかなり集中力を使うんだが、遠距離を一瞬で移動できる利点を考えれば費用対効果は極めて高いと言えるだろう。

 もちろん、こんな事ができると人間に(・・・)バレればどんな手段を使ってでも俺を利用しようとするに違いないが、言い訳は考えてあるのでなんの問題も無い。


「よう、待たせたかな?」


「ニ、ニグレド様!?いつの間に……?」


 集落に移動してからすぐにイルメラの部屋に向かったので、ノエルの授業中に連絡を受けてからまだ一時間ほどしか経っていない。

 イルメラが俺の所在を把握していたのかは分からないが、ここ数日は集落に居なかった事は分かっていた筈なので、驚くのは当然だろう。


「なぁに、ダークエルフのお偉いさんには随分と待たされたんでな。奥の手を使って急いで戻ってきたんだよ。

 で、お偉いさんとの話し合いは、すぐにでも可能なのか?」


「は、はい。……あ、いえ、只今確認いたします」


 まだ混乱が収まらないのか、イルメラは言葉を詰まらせながら、魔法の鞄から連絡用の鏡を取り出す。


 ふむ。『ゲート』を使った長距離移動がイルメラに対してこれだけ効果があったって事は、ダークエルフの長老達にもそれなり以上の効果があると期待してよさそうだな。


「長官、ニグレド様がお戻りになられました」


「…………そうか。イルメラ、ニグレド君に代わってくれたまえ」


 鏡の中で数秒ほど言葉を失っていたエドヴァルドだが、そのほんの僅かな時間で状況を理解したらしく、冷静な声で返事をした。


 さすがに工作員であるイルメラの上司をやってるだけあって、エドヴァルドをこっちのペースに巻き込むのはイルメラほど簡単じゃあないか。

 話の主導権を握る為に、秘密にしていた手札の一枚まで切ったって言うのによぉ。


「久しぶりだね、ニグレド君」


「ああ、そうだな。前に会ってから、四ヶ月ぐらい経つか。しかしまぁ俺の事はイロイロと(・・・・・)報告が行ってるだろうから、世間話も必要ねぇだろ。

 早速本題に入らせてもらおうか、エドヴァルドさんよ」


 思った通りに事が運ばなかったので、今度は待たされた苛立ちを隠さず声に出してみる。上手くすれば、少しは有利に話を進める事ができるだろう。


「相変わらず君はせっかちだね。時には歩み緩めて潤いを求めてみるのも、悪くないものなのだが……」


「普通ならどうがんばっても百年生きるのがやっとの俺達と、何百年も生きるアンタラを、おんなじ感覚で語ってもらいたくはないねぇ」


「それでも会話を楽しむ余裕くらいは、持ってみてはどうかな?」


「七日前なら、付き合ってやっても良かったんだがな!」


 さすがに会わせてくれと言った当日にお偉いさんと会えるとは思っちゃいない。しかし、“国の根幹に係わりかねない秘事”について話がしたいと“要注意人物”が言えば、会うか会わないかを決めるのに三日もあれば十分だろう。


「人の国に比べれば人口が少ないと言えども、我等がソーンツバイクも一つの国なのでね。その中枢を司る者達ともなれば、他国の者が会おうとして容易く会えるものでもないのだよ」


 このヤロウ。腹を立てている(ふりの)交渉相手()の機嫌を取る事もなく、のらりくらりと……。

 残念だが、この手も無駄だったか。交渉事は向こうの方が遥かに上手うわてだから、通じなくても仕方が無いか。

 もちろん、だからと言って納得してやる必要も無いけどな。


「仕方がねぇからそう言う事にしておくか。

 それよりも、“例の件”の話はいつできる?」


 俺の言葉を聞いたエドヴァルドが、にこやかに笑う。


 その笑顔を見て、背筋を悪寒が走った。

 もしかして、エドヴァルドの思惑にハマったかな?ダークエルフの長老が仕掛けた罠に引っかかったとなると、簡単には状況をひっくり返せそうにないが……。

 最悪、交渉決裂する事も覚悟しておいた方が良いかもしれねえなぁ。


「丁度、会議中でね。良かったら、君も参加するかい?」


 素直に参加すると言えば、手ぐすね引いている待っているダークエルフの長老達に言い包められて終わりか?

 なにしろ、向こうは十分な準備ができるまで返答を遅らせたんだしなぁ。

 情報もできる限り集めたんだろうし、確実にとは言わないまでも高い確率で俺を説き伏せられると考えたからこそ、俺との会談に承諾した筈だ。


 ……イヤ。あまり先走りすぎるのも、よくねぇなぁ。

 エドヴァルドが俺に対して敵対的だと言う前提で考えていたんだが、今のところエドヴァルドが明確な敵対行動をとった事は一度も無いんだし、高圧的ながらもどちらかと言えば穏当な提案しかしてこなかった事を考えれば、エドヴァルドが俺をハメようとしていると考えなければならない理由も無い。

 どちらにしても、ここで断ると次の交渉がやり難くなるし、余計な時間がかかるんだから、この提案は素直に受けておいた方が良いだろう。


「ああ、そうさせてもらおう。

 ――って事でリサ、頼むわ」


「オッケー!」


 リサが指を鳴らすと、次の瞬間には俺とリサは見知らぬ一室に転移していた。

 白く塗られた壁と天井に、床に敷き詰められた赤い絨毯。天井のシャンデリアは煌々と光を放ち、その下に置かれた重厚な長テーブルの席には十人のダークエルフが座っている。

 俺の領域内の空間同士をつなげるなんちゃって瞬間移動とは違う、座標さえ把握できれば距離の概念を一切無視できる本物の空間転移だ。

 リサの手はあまり借りたくないんだが、ココでリサの空間転移を見せておけば今後俺が長距離瞬間移動を使っても怪しまれずに済むので、必要な先行投資として割り切る事にする。


「聞いての通りエドヴァルドさんのお誘いで、会議に邪魔させてもらうぜ」


 驚いているダークエルフと驚いていないダークエルフは半々ぐらい。表情も様々で、友好的な微笑みを浮かべているヤツも居れば、不快げに顔をしかめているヤツも居る。

 そしてエドヴァルドはと言えば、悪戯が成功したガキのように楽しそうに笑っていた。


「歓迎するよニグレド君。ソーンツバイクにようこそ」


 席を立ったエドヴァルドが俺を迎える。

 なんとなくだが、ダークエルフ達に俺をハメようとする雰囲気は感じられない。もちろん諜報機関の長であるエドヴァルドや長命なダークエルフの長老達の演技を俺に見抜けるとは限らないんだが、疑心暗鬼になっても相手に不快感を与えるだけなので、とりあえずはダークエルフ達が一方的に俺を利用しようとしている訳じゃあないと考えて動くとしよう。


「そいつはどうも。

 しかし、せっかくリサに頼んで空間転移まで使ったって言うのに、あんまり驚いてもらえてないようだなぁ。もしかして、知ってたのか?」


 調べた限りの話だが、空間転移の魔法はレア中のレアな筈だ。

 固有魔法として発現させる事ができた人間や亜人は皆無に等しく、呪文魔法による空間転移は達人が遥かな上空や地面の下、又は〝壁の中に居る”なんて事故を覚悟した上で細心の注意を払って使うのが精々で、気軽に使えるような魔法ではないようだ。

 当然、ゴブリンどころかダークエルフにだって易々と使える魔法じゃあないだろう。

 だからソレを使って移動すりゃあダークエルフ達の度肝を抜けるかと期待したんだが、結果は御覧の有様だった。


 ――つまり、リサが空間転移を使えると知っていなけれなおかしい訳だ。そしてそう考えれば、俺が『ゲート』を使った長距離移動をしてもエドヴァルドがあまり驚かなかった理由にも説明がつく。


「勿論だとも。私達の中にも、そちらのリサさんと面識のある者がいてね。リサさんの武勇伝の数々は、彼女から聞いているんだよ」


 睨みつけようとリサが居た方に目を向けるが、ソコにリサの姿は無い。 

 慌てて見回すと、リサが居たのは長テーブルの最奥。たぶん、一番のお偉いさんが座るべき筈の席に座るダークエルフの女の前だった。


「アンネちゃん、おひさ~」


「お久しぶりね、リサ。百……、いえ百五十年ぶりくらいかしら?」


「そうだっけ?アンネちゃんも貫禄がでるわけよね~」


「リサは変わらないのね。昔のままだわ」


「永遠の十六歳だからね!」


 胸を張るのはいいんだが、それって百五十年たっても成長してねぇって事じゃねぇのか?

 

「おい、リサ!ダークエルフに知り合いが居たんなら、もうすこし早く言ってくれねぇかなぁ?

 そうすりゃあ、もっとやりようだってあっただろうによぉ!」


 思わず声を荒げてしまったが、よく考えりゃあ想定してしかるべきだったんだよなぁ。

 今までのリサとイルメラやエドヴァルドの会話で共通の知り合いの話題が出なかった事から、その可能性を考えてこなかったのは大失敗だろう。



 ・



「――――そろそろ、本題に入らせてもらっても構わねぇかなぁ?」


 ダークエルフの女とリサの昔話は花が咲き乱れて収拾がつかなくなり、その流れで他の長老達の過去が暴露されたりと多少の混乱の後、俺の席が用意され、自己紹介が終わり、更に話が脱線しだしたので、強引に話を戻す事にした。


「ごめんなさい。懐かしい友人に会えたから、少し羽目を外しちゃったわね。

 どうぞニグレドさん。お話を始めてくださいな」


 柔らかい声でそう言ったのは、部屋の一番奥に座るダークエルフの長老であるアンネリーゼだ。リサが話をしていた人物であり、長老会の議長を務めるソーンツバイクにおける最高権力者の一人でもある。


「それじゃあ遠慮なく。と言っても弁論に自信もねぇから、単刀直入に問わせてもらうぜ。

 今すぐって訳にはいかねぇが、あと何年かして準備ができたら、蒼箆鹿ペイルエルクの本体を倒して、蒼の森の奥にあるって言う世界樹の枝を手に入れようと思っていると俺が言ったら、アンタラはどうする?」


 挑発気味に言った俺の言葉に、ダークエルフ達は一様に静まり返った。


 おや?最悪非難轟々で、すぐさま取り押さえられるような騒ぎになる可能性も考慮していたんだが、一人も声を上げる様子がないって事は、コレもダークエルフ達の想定内だったって事か。


「だんまりって事は、俺の好きにしていいって事かい?」


 んな訳ねぇよなぁ?世界樹の枝を守る為に、大昔っから暗躍してるんだしよぉ。


「そうね。私たちとしては、あまり“森”を刺激して欲しくないのだけれど……。でも、本当に蒼箆鹿ペイルエルクを滅ぼす事ができるのなら、協力は惜しまないわ」


 ……ありゃ?予想では反対されて、ならその代わりにと、他の手段で世界樹の枝を手に入れる協力をしてもらう筈だったんだが……。

 ふむ。だとすると、いずれ世界樹の枝の管理権限を取り戻す為に、他の勢力が蒼の森に入る事を牽制していただけだったか。

 もちろん、そちらの可能性も考慮はしていたので、問題は無い。


「ほう?アンタラは元々、蒼の森の奥にあるって言う世界樹の枝を管理していたエルフの末裔なんだろ?

 それなのに、俺なんかに世界樹の枝を奪われても構わねぇのか?」


「世界樹の枝は大切な物だけど……。

 私たちが再び世界樹の加護を得るためには、蒼箆鹿ペイルエルクを倒さなければならないのよね。

 でも、千年かけてもまだその願いは成就されていないの。

 だから本当に蒼箆鹿ペイルエルクを滅ぼせるのなら、今生えている世界樹の枝を貴方にあげても、ご先祖様も許してくれると思うわ。百年もすれば、また生えてくるっていうしね。

 それとも、蒼箆鹿ペイルエルクを滅ぼした後、私たちを出し抜いて、貴方が管理者になって強大な力を振るいたいのかしら?」


 悪戯っぽく笑いながらそう言うアンネリーゼの姿は、親戚の子供と話をする上品な老婦人にも見える。

 しかしその眼だけは、恐ろしく深い湖のように静かに澄んでいた。


「必要以上の力なんて、いらねぇなぁ。

 そして、それ以上にナニカに縛られるのは、面倒臭くってイヤだねぇ」


「あら。なら、何も問題はないわね」


「ああ、ナニも問題はねぇなぁ」


 他のダークエルフ達が沈黙を守る中、俺とアンネリーゼの笑い声が響いていった。

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