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調べ物をしてから軽く観光を楽しんだ後、途中で封印都市の一つにも少し寄って、予定通り五日でジュラルデン王国に戻ってきた。
比較的寒冷なジュラルデン王国と違い、大陸東部の内海一帯は温暖で環境的に恵まれているのか、小さな国がせめぎあっている割に戦争と呼べそうな大きな争いがある訳でもなく、小競り合いはあっても領土の取り合いになる前に他の国が介入して停戦するような安定状態にあるようだ。
その所為か、程よく文明が進歩しながら多様な文化が発展していて、観光をしていても飽きる事はなかった。
ただ、産業革命的なブレイクスルーがこの地帯でも起きていなかったのは少し意外ではあった。俺みたいに異世界の前世の記憶を持ったヤツも居たようだし、別に工業技術が発展していなくてもそこら辺は魔法でどうにでもなるからだ。
まぁ、物量作戦で領土広げたと言う帝国の呪いなのかもしれねぇなぁ。大量生産、大量消費、圧倒的な物量で物事を解決しようとした結果、周囲の国だけではなく“本来であれば人間の戦いになんか干渉してこないような危険な存在”まで敵に回した(エルフの長老談)ようなので、この世界に住む人々の心の中に教訓として焼きついていてもおかしくはない。
あ、ちなみに封印都市は、現状では手に負えない事が分かった。
外から見た分にはトーラスよりも一回り大きい程度だって言うのに、異界化した内部はその数十倍の広さがありそうだったし、高度な戦闘力のある自動人形はともかく、際限なく発生するゴーレムを駆除するには手数が足らない。
もっとも技術情報としても素材としても美味しかったので、行った甲斐はあったがな。世界樹の枝をどうするかはともかく、素材が欲しくなったらまた足を伸ばしても良いだろう。
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「――――つまり人体って言うモノは、ある意味精巧なカラクリ仕掛けの集合でしかないって見かたもできると、俺は考えている」
ノエルの授業はマルグリットが時間を作って定期的に行われているが、今日は俺も時間があったので講義をする事にした。もちろんこれが初めてではなく、以前約束をした時にも教えてやったし、それ以降も時々時間を作っては講義をしてやっている。
講義の内容は、治療の魔法を使わずに人の体を治す方法だ。
この世界じゃ治療はソレ系の魔法持ちか薬師の領分なので、医学と言う分野はあまり発展していない。しかし解析系の魔法のお陰か異世界の前世持ちの影響か、瀉血だとか水銀やミイラを薬にしたりするような迷信はほとんどなく、ある程度の知識人なら現代先進国の一般人以上に医療知識があったりもする。ただ、魔法を使えば九割方死んでいるような状態でも回復させられるので、魔法以外の方法で人を治すのは薬草などを加工した薬に頼っているのが現状のようだ。
「もちろん薬師や魔法使いの言う生命の神秘を否定はしねぇが、だからと言って全部が全部ソレだけで片付くと俺は思っちゃいねぇんだ。
だから壊れた道具を直すのと同じ様に人体は治ると俺は思っているし、事実俺の魔法はそのように人の体を治してきた。
異常の原因を探って、異物を取り除き、破損を修理し、足りない部分を補完すりゃあ、大体のヤツは治っちまう。だから外的な要因なら、俺のやり方でも対処できる訳だ。
例えば、単純な傷なら腹が裂けようが手足が落ちようが傷口をきれいにして切断部分をくっつけてやれば良い。寄生虫や病原菌が増殖してるんなら取り除くだけだし、ハラワタが生き腐されても患部を切除すれば回復する可能性はある。
もっとも、生命力が弱っているとかになると俺の手には負えねぇんだがな」
「えっと、でも、『加工』の魔法で命ある物を加工しようとすると、多くの場合死んでしまうと本に書いてあったんですが……」
生徒であるノエルを差し置いて、俺の言葉に異を唱えたのはマルグリットだ。マルグリットも興味があると言うので、俺が講義をする時にはノエルと一緒に参加していた。
「そりゃ、木材や金属を加工するような魔法をそのまま生体に使えば上手くいかねぇだろ。その本を書いたヤツは多分、細胞を変質させて癌化させたりとか組織を融合させて正常に機能できなくさせたりとかしたんじゃねぇか?」
「そんな事は……。あ、でも、ありそうかも」
高名な学者が間抜けな失敗をするってのは、けっして無い事ではない。特に当たり前の常識だからと言って確認を怠り、その結果実験が失敗したり思わぬ結果になったなんて言う逸話なら、前世の世界でも失敗談として耳にしたもんだ。
「まぁ、実際にどう言う実験が行われたのか俺が目にした訳じゃあねぇから、正確なところはなんとも言えねぇがな。しかし、スラムでも骨折や骨の歪み、軽い怪我ならソレだけで治したから、効果は確かだぜ」
重度の怪我や病気とかになると、もっと高度な魔法の使い方をしたがな。
「そうでしたね。お話の邪魔をしてしまってすいません」
「いや、疑問があれば質問してくれていい。分からなかったり信じられないまま話を聞いていても理解は得られないからな。
ノエルも、分からなかったら質問するんだぞ?」
「はい!せんせー!」
「いい返事だ。で、続きだが、俺のやり方であれば魔法を使わなくてもある程度同じ事ができるってのを、今日は実験してやろう」
そう言いつつ、魔法の鞄から出したのは……。
「レド、その人、生きてるんですか……?」
思わず漏らしたって感じに呟きながらマルグリットが指差したのは、俺が鞄から出した“教材”だ。意識の無い人間特有の軟体動物のような力の入っていない身体に首周りを一周する縫合痕は死体を思わせるが、教材の肌は血色が良く、死んでいるようには見えない。
「見てのとおり、斬首刑で首を刎ねられた死刑囚だ。ご隠居さんに貰って俺が処置をしたから体は死んでねぇが、魂は抜けてるな」
「……それって、人として生きているって言えるんでしょうか?」
「さぁ?俺にはなんとも言えねぇなぁ。ただ、魔法の道具で無理やり生かしてるだけだから、道具を外せばすぐに死ぬのは確かだ。
まぁそう言うのは今は置いておいて、だ。
コイツは今、魔法の道具で肺と心臓を動かして血中の毒素を排除しながら、定期的に栄養剤を点滴する事で死んではいない。つまり、清浄な血液の血流と栄養さえ確保してやれば、人ってのは早々死なねぇって事だ。もちろん、ソレはコイツが健康体だからってのもあるがな。
そして、こんな事をしても……」
手早く止血しながら、メスで教材をヒラいてバラす。
「死にはしない」
多少はひくかと思ったが、マルグリットもノエルも熱心に俺の言葉に耳を傾けるだけで、カエルの解剖のようになった教材の事を見ても顔色一つ変える事はなかった。
魔法使いとして様々な実験や戦闘訓練までしているマルグリットは当然だとしても、ノエルは貧民街の外れに住んでいた事もあったようなので、酷い死に方をした死体の一つや二つ程度なら見慣れているのかも知れねぇな。
「生き物の体ってのは、基本的には死に抗うようにできている。だからこんな状態でも、条件さえ整っていればしばらくは死にはしない。そして切った所を合わせて動かないように固定してやれば、チョットした切り傷が瘡蓋になりやがて治るのと同じ様に元通りに繋がる訳だ。
もっとも、死んだ細胞が邪魔してくっつかない事もあるから注意が必要になる。膿んだ部分なんかはいっそ削り取った方が良い事もあるだろう。
あと人の心ってのは体ほど頑丈じゃあねぇから、酷い傷口を見ただけでショック死するようなヤツも偶に居る。そうならない為には、麻酔効果のあるクスリで患者の意識を飛ばしちまうのが一番確実だ。緊急の場合ならぶん殴るか首でも絞めて失神させる手もあるが、痛みで目を覚ます確率が高いから、失神している間に身動きでき無いように縛り付けておいた方が良いだろう。もちろん、コイツは痛みに耐えかねて暴れる患者にも有効な手だ。
次に各内臓の機能を…………」
専門的な知識がある訳でもないが、それでも少しばかり調べた事があるので前世の一般常識レベルよりもちょい上程度の医学知識があったので、この世界で前世を思い出してから実験しながら身につけた知識を話ながら教材で実践してやる。
それに人の体を使ったのには、もちろん意味があった。動物の体は下等で人体は上等だなんて考えが魔法の常識として存在するからだ。前世の常識から言えば眉唾物なんだが、困った事に回復系や治療系の魔法で人を治療しようとすると動物を治療した時よりも魔力を消費するらしい。
もっとも俺がやる分には人も動物も変わりはないので、他のヤツラの思い込みって線もありうるがな。
(――キョウダイ、イルメラカラレイノケンノジュンビガトトノッタッテレンラクガキタゼ)
唐突に頭に響いたのはマコラの声だった。
リサとエルフの長老から聞いた話で、ダークエルフのお偉いさんに確認をとりたい事があったからイルメラに橋渡しをしてもらっていたんだが、思ったよりも時間がかかったので今日まで足止めを食っていた訳だ。
(分かった、できるだけ速く行くと伝えておいてくれ)
しかし十日も待たされるとは思わなかった。寿命が長いと、気も長くなるのかねぇ。
「さて、最後に一つ、面白いモノを見せてやろう。今から俺のやる事を良ぉく見てろよ?」
いつもの授業時間に比べると少し早いが、そう言いながら魔法の鞄から道具の力で生かしてある首無しの体を取り出し、素早く教材の首を挿げ替えた。
「え?え?え?」
頭の無くなったヒラキの方は魔法を使って首の傷口を塞ぎ、解体状態のまま道具の制御で呼吸と心拍を維持して生命活動を継続させる。
「とまぁ、こんな事をしても両方とも死んではいない。
ちょいと細工して拒絶反応がでなくしてあるが、このようにやろうと思えば首から下を挿げ替える事だって不可能じゃあない。今回は手間と時間の関係で魔法を使ったが、周囲の環境を保ち切断面の細胞が腐敗する前に微細な血管や神経を繋ぐ技術があるのなら、魔法を使わなくても同じ事が可能だ。例えば錬金術で健康な身体を培養しておいて、必要になったらその都度移植するって手もあるだろう。そのやり方なら、拒絶反応を気にする必要も無いしな」
素直に頷くノエルと違って、マルグリットは目を白黒させていた。俺のやった事がマルグリットの常識からかけ離れていた所為だろう。
俺の調べた限りじゃ、この世界の医療は薬草なんかから抽出した薬か魔法で治療するのが一般的だ。錬金術師が魔法を使って生命を弄くったりする事もあるがソレは極一部の話だし、ソレを人で試すのは当然禁忌で、よほどイカレた錬金術師でも手を出す事は無いようだ。もっとも、前任者の一人であるヴィクトルの例もあるので皆無と言う訳でも無いようだが。
「もちろんこれは極端な一例で、ノエルが先ず学ぶべきなのはおっ母さん譲りの魔法で多くの患者を観て、確実に病原を見極められるようになる事だな。
ジェフリーの食堂に来る客に、練習相手をしてもらってるんだろ?」
ノエルが無自覚に使用している二つの魔法のうち、占い師をしていた母親譲りの他者の魂を観通す魔法は、極めれば他人の運命まで見る事ができる魔法のようだ。だがろくに訓練もしていない幼いノエルでは、他人の性質がなんと無く分かる程度でしかないらしい。
しかしマルグリットに師事して魔法に対する認識を強めたお陰で、ノエルは魂の状況から体調や体に不調があれば、その原因を黒い影のような形で認識できるようになったようだ。
もっともその結果、別方向に魔法が成長した所為で母親のように運命を見る事はできなくなったみたいだが。
「うん!おきゃくさんのからだをみて、わるいところがないか、しらべさせてもらってるの!」
「まぁノエルが見ているモノを共有できないからあんまりアドバイスもできねぇが……。そうだな、今度機会があったら巡回診察に連れて行ってやろう。その時に病人を診ながら説明してやれば、もっと詳しく病気の原因が分かるようになるだろう」
「ほんとう!?」
「ああ。だからそれまでに、前に渡した人体模型(俺のお手製、骨格レベルまで分解もできる六分の一精密人体標本模型)で人の体のつくりを勉強しておくように」
「はい、わかりました!」




