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Deviant ー妖魔転生ー  作者: 是色
第八章 逍遥
89/100

8-3


 せっかく時間を作って大陸の反対側まで遊びに来たと言うのに、浮遊島なんて面白そうなネタをリサが振ってくれたお陰で、のんびりと観光でもしようかと言う俺の予定は大幅に変更する事になった。

 もちろん俺の選んだ結果なので後悔はないが、もうちょっと考えてから行動すれば良かったかもしれないなぁと、今では思う。

 なぜならば――――。


「なぁ、おい、リサ!なんで俺はエルフに追いかけられてるんだ?!俺はただ、図書館で調べ物をしただけなのによぉ!」


 森の中を逃げる俺の背後から、エルフの放った矢が何本も襲い掛かってきているからだ。


 風を操り矢を弾こうとしても、魔力のこめられた矢は風の障壁を引き裂いて俺に迫る。

 辛うじて刺さる寸前に奥歯に仕込んだ『瞬間加速アクセレーション』で避けるが、外れて木に刺さった矢からは鋭い棘の生えた蔦が飛び出して木を締め上げていた。


 魔法のよる防御を貫通できるだけでなく、拘束系統の魔法まで付与されているのか。エルフの魔法か矢自体に魔法が付与されているのかは分からんが、そんなモノが扱える程度には、有能な追っ手のようだ。

 本気でココのエルフと敵対する気が無い以上、俺からは攻撃できないのでどうにか逃げ切らなきゃならんのだが……。こりゃ、難しいかな?


「う~ん、帝国の事を調べてたのが良くなかったのかな~。

 エルフのコ達も帝国には酷い目にあわされてたから、目をつけられたのかもね~?」


「ちょっと待て!オマエがココなら資料があるかもしれないって言ったから、わざわざ海を越えてマラガ島にまで来たんだろうが!」


 他人事ひとごとのように言うリサについ、足を止めて怒鳴りつけてしまった。


 ――――そもそも事の起こりは、浮遊島について聞いた時に「ン~~……。帝国のコ達ってかなり嫌われてたからから、滅んだ時に全部壊されたり燃やされたりした筈なのよね~……。だから残ってるとしたら、この国の南にあるマラガ島の大図書館の禁書庫か、ガナーク教国の首都の研究施設以外だと、どっかのコレクターが個人所蔵してるかもしれないってところかな?」と言う、リサの言葉から始まる。

 忌むべき文化や思想を消そうとするってのは、前世の世界でも良くある事なので、それほど異常な事だとは思わない。だから爆弾や機関銃のように、その他のモノも全て失われたのは残念ではあるが、仕方が無い事だろう。

 しかし、僅かな可能性でも残っているのなら調べない手は無い。なので俺はまず、手近なマラガ島に向かった。

 マラガ島は内海に浮かぶ大きな島の一つなんだが、大半をエルフの森がしめている関係で、他種族からの干渉をあまり受ける事の無い土地だったようだ。

 しかし内海でも要所となる場所に島があるお陰で人間との交流を避ける事はできず、その結果、滅多に森の外に出ない筈のエルフが住む街“アンスールマラガ”が出来上がり、さらにナンヤカンヤあって、知の集積とも言える大図書館が作られたらしい。

 で、知識を貪欲に集めている大図書館なら、禁書指定を受けている書物でも保管されている可能性があるからとリサが言うので、マラガ島まで足を伸ばして様子見の為に正規の手続きを踏んで閲覧し、大図書館から出たらこう(・・)なった。


 動きを止めた俺に向かって矢が迫る。しかも今度は背後だけではなく、斜め左右と後ろの三方からだ。

 とっさに逃げ場を失った俺がしゃがみ込むと、ソレを狙ったもう一矢が放たれた。

 ソレを避ければ、また逃げた所に矢が襲う。

 避ける。撃たれる。避ける。撃たれる。避ける。イタチごっこはしかし、全て相手の掌の上でしかない。

 追い詰められないように避けるのが精一杯で、この場から逃げ出す事すらできないんだからな。


「エルフの島でエルフに攻撃されたから大人しく逃げ回ってやっていたが、いい加減にしねぇと、そろそろ反撃するぞ?」


 避け切れなくなってきたので、矢を避けがてら切裂き兎(リパーラビット)の小剣を引き抜いて、当てないようにエルフの方に音の刃を飛ばし、キレ気味にそう叫んでやった。

 話すのならもっと有利な状況でやりたかったんだが、逃げ切れそうにないのなら、捕まる前に交渉をした方が良いだろう。


 ――それに、これでも攻撃が続くようなら、反撃して殺しても言い訳は立つしなぁ。


「……ならば問おう。貴様は何の目的があって、忌まわしき帝国の事など調べていたのだ?」


 しかし幸いな事にそれっきり矢が射られる事はなく、返って来たのは涼やかな女の声だった。エルフだから美形なのは間違いないんだが、木々の陰に身を潜ませているのではっきりと姿が見えないのが残念だ。


「信じるか信じないかはソッチの勝手だが、正直に言えば単なる興味本位だ」


 さすがに、禁書扱いされていない普通の本棚に並んでいる歴史書を調べていただけで目をつけられるとは思わなかったがな。

 こんな事ならもう少し用心して、帝国とはナンの関係もない本を読んでりゃ良かったよ。

 普通の歴史書にもナニか面白い話があるんじゃないかと欲を出さなきゃ、こんな事にはならなかったんだろうになぁ。


「嘘は……、言っていないようだな」


 女の返答が断定的なところを見ると、『嘘感知』の魔法かそれに類する道具でも使ったんだろう。

 となると、コイツラはそう(・・)言う(・・)役割(・・)のエルフって事で間違いなさそうだ。


「納得してもらえたんならコッチからも質問だ。アンタラ、図書館で調べものをしただけのゴブリンを、魔法まで使って追い回すってなぁどう言う了見だ?」


「話を聞こうと声をかけた途端に貴様が逃げたのだから当然だろう」


 苛立ちをあらわにして放った俺の言葉に対して、帰ってきた女の言葉は冷たい。

 まぁ、逃げ出した不審者がナニを言ったところで、官憲のたぐいが耳を貸す筈も無いがな。


「小心者なんでな。妙に身のこなしの良いエルフに逃げ道を潰すように近づかれたら、盗人ぬすっとを警戒して逃げるのは当たり前じゃねぇか」


 図書館から出てすぐに、何気ない様子で俺の後をつけるエルフが居るのに気がついた。

 相手が一人なら捕まえるにしろ逃げるにしろどうとでもできると思って街の外に出ようとしたんだが、脇道の無い大通りで前を塞がれたので、危険だと判断して逃げる事にした。

 もちろん、この時点で逃げる事が良い判断ではない事ぐらい俺にも分かっていた。しかし捕まったらどんな取調べがあるか分からないんだから、逃げた方がまだリスクは少ない。


「ならば此方とて同じ事だ。千年前の暗黒時代について調べる怪しいゴブリンに話を聞こうとしたら、逃げ出したので不審人物として拘束しようとしたまでだ」


 盗人扱いしてやっても女の声に変化は無しか。

 こう言うタイプなら、挑発して失言を言わせるよりも誠実な駆け引きで融通を効かせた方が話が纏まり易いだろう。


「じゃ、お互いの誤解は解けたって訳だ」


「もう二三質問して、問題が無ければな」


 表情を一変させ、友好的に話しかけても、女は冷たい声色のままバッサリ切り捨てる。

 緊張を緩めるなり不信感を深めるなりナニか変化があるかと思ったが、手強い女だ。


「そうかい。なら、なんでも聞いてくれ。

 ……あ、その代わり、問題が無かったら一つ頼みたい事がある」

 

「なんだ?」


「今日調べた中には知りたい事が無かったんでな。浮遊島について、ナニか知ってる事があったら教えてくれ」


 俺の目的は浮遊島について調べる事……。コイツはたぶん、アンタの聞きたかった事の筈だ。

 しかし“忌まわしき帝国”だなんて言っていたんだから、その帝国の浮遊島について知りたいと言えば反応せざるをえないよなぁ。


 ――さぁ、どう答える?


「…………浮遊島、だと?貴様、帝国の空中要塞の事を言っているのではあるまいな」


 女の声の冷たさが増し、鋭く刺々しくなった。

 マイナスでも反応してくれりゃあとりあえずは良い。一番困るのは、無反応のまま事務的に話しを終わらせられる事だからな。


「あ~、たぶんソレの事だ。歴史書には空飛ぶ島としか書いてなったし、俺に取り憑いた妖精コイツも空中要塞だなんて言っちゃあいなかったが、翼人帝国の連中はソレに乗って他国を攻めたらしいからな」


「空中要塞について、他に知っている事は?」


「まだ調べ始めたばかりで、ナァンも分かっちゃいねぇよ。リサ(コイツ)に話を聞いたのも昨日なんでな」


 俺の顔の横で浮いているリサを指しながら言うと、リサが自慢げに胸を張った。


「ならば、貴様は忌まわしき帝国とは一切関係無いのだな?」


「ねぇよ。少なくとも俺の知る限り、俺自身も俺の係累けいるい知人ちじんも翼人帝国とは一切のかかわりを持っていない」


「帝国とは無関係の貴様が、空中要塞の事など調べてどうする?」


「さっきも言ったとおり、興味本位だ。島一つ空に浮かべるなんて、どう言う原理か想像もできなくてなぁ。

 まぁもし可能なら、島とは言わねぇから大岩の一つも浮かべて、空飛ぶ隠れ家くらいは作ってみたいとは思ったがよ」


「…………いいだろう。だが残念ながら貴様に教える事は無い。疾く去るのであれば見逃してやるから、さっさと消えるがいい」


 問答が進むにつれ、女の態度は軟化していった。しかし、やはり浮遊島について教えてくれるほどには、友好的にはなれなったようだ。

 最初に相手の態度を硬化させ、会話を重ねる事で誤解を解いて仲良くなろうと思ったんだがなぁ。さすがにこの程度では無理か。


「ほう?教えないって事は、知らないって訳じゃあねぇんだな?」


「私の言葉が聞こえなかったのか?命が惜しくばさっさと消えろ!」


 苛立たしげに女が吐き捨てる。だが女の言うとおりに帰ったんではこんな所まで来た意味が無いので、もう少し探らせてもらおう。


「聞こえてるし命も惜しいが、なんで教えてくれねぇかが気になってなぁ。

 図書館で調べた限りじゃ、帝国の暴虐はこれでもかってくらいに書き連ねられていたのに、とうの帝国の実態はぼんやりとしか書かれていなかった。まぁ帝国の事を書くのは筆が穢れるってくらいに嫌われていたんだと考えれば仕方がねぇけど、千年経っても口にしたくねぇってのは、ナニか他に理由があるんじゃねぇかと思った訳だ。

 たとえば、帝国の事を調べられると、エルフにとってとても都合が悪い事があったりとかよ?」


 答は、頬をかすめるような矢の一撃だった。


「おいおい図星かぁ?しかし、それならもう少し話を聞いた方が良いぜぇ」


「……どう言う意味だ?」


「なぁに、ココで話を聞けなくても、俺はいつか真実にたどり着いてみせるって事さぁ。

 それくらいなら、魔法でも使って俺の行動を制限する代わりに手っ取り早くアンタが教えてくれるってのも、アリじゃねぇかなって話だよ」


「ふん。何時如何いついかなる場合でもエルフとエルフの森の不利益となる行動を一切とらない事を誓うのなら、考えてやらんでもない」


 極力友好的に聞こえるように喋ってみたが、返ってきたのは冷笑を含んだ言葉だった。

 しかし、図星を(・・・)ついて(・・・)やっても(・・・・)威嚇で(・・・)済んだし(・・・・)俺の(・・)胡散臭い(・・・・)提案を(・・・)即座に(・・・)却下する(・・・・)事無く(・・・)検討の(・・・)余地を(・・・)見せた(・・・)って事は(・・・・)、先ほどの会話の効果が少しはあったって事かな。


「そりゃあムリだ。誓った途端にアンタラが俺を殺そうとしても、俺が反撃できねぇじゃねぇか」


 さて、ココからが正念場だ。

 できるだけ情報を引き出したいところだが、やりすぎて反感を買えば元も子もない。最悪でも、エルフと敵対するような状況にだけはならねぇように気をつけねぇとなぁ。


「誓えぬのなら諦めろ」


「取り付く島もねぇなぁ。身を守る事ぐらい、許しちゃくれねぇのか?」


「そしてエルフと敵対する者達の元に向かって故意にエルフの攻撃を受け、其れを口実として誓いを反故にする気か?」


「おいおい、そいつは邪推が過ぎるぜ。まぁ、そう言う手もあると考えなかった訳じゃあねぇがな。

 しかしソコまで嫌がるって事は、翼人帝国の話ってのはエルフにとってずいぶんと危険なモノのようだな。なら、帝国に関する事でエルフに不利益になるような事はしないと誓うんならどうだ?」


「……話にならん。悪い事は言わぬから、忌まわしき帝国の事など忘れて去るがいい」


 女の声には、今までに無く強い拒絶の意志が感じられた。どうやら話の持って行き方を間違えたようだ。

 イヤ、上手い具合に情報を引き出せる方法があったとも限らねぇんだけどよ。


 これ以上は無理か、諦めて別の手を考えるかな。と思ったんだが、その前にリサが声を上げた。


「もう!エルフったら、相変わらず頭が固いんだから!減るもんじゃないし、教えてあげたっていいじゃない!」


「な!気分次第で“使命”すら放棄して遊び呆けるフェアリーが何を言う!」


 それまで俺の付属物程度の傍観者でしかなかったリサの言葉に、女は俺に向けた冷たさとは打って変わって声を荒げた。

 この女はフェアリーに対してナニか思うところでもあるのかねぇ?

 女の言葉の中で“使命”と言う部分に妙なニュアンスを感じたし、もしかしたら過去にナニかあったのかもしれないなぁ。


「へっへ~んだ!そんな事言うんなら、アタシが教えちゃおっかな~?」


「……何を言っている、貴様達はそれを調べに来たのではないのか?いや……、まさか、知っているのか!?」


 浮遊島の材料について知っているようだし、リサが作り方を知っていても俺は驚かない。特別な理由がなくても、面白そうだからってだけで黙っているようなヤツだからだ。


「えっとねぇ~レドちゃん。なんで、エルフが浮遊島の事を教えたがらないって言うとねぇ~……」


「や、やめろ!」


 女の必死な制止も虚しく、リサの口が開く。


「浮遊島のコアになる部分を造るには、エルフの秘宝が必要になるからなんだよね~♪」


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