7-17
「――――起きたか、シオン」
「ええ、おはようございます。…………あれ、ここは?」
廃教会の中を見回して、シオンが呟く。まだ寝ぼけてでもいるのか、状況が飲み込めていないようだ。
「おいおい、まだ寝ぼけてるのか?昨日の事をよく思い出してみろよ」
「え?あ…………」
シオンは、クロードとの結婚式と初夜の晩の逃走だけでなく昨晩の事まだ思い出したのか、真っ赤になった顔を毛布で覆った。
「思い出せたようだな。シオン、腹は減ってねぇか?」
「あ、はい」
時刻は昼を大分過ぎている。昨日の夜から何も食べていないのだから、腹が減っているのは当然だろう。
「だと思って、簡単なもんだが用意しておいた。話しは腹ごしらえしてからにしよう」
・
「さて、今後どうするかなんだが……。その前に、いくつか聞きたい事がある」
「なんでしょう?」
「シオンが寝てる間にな、クロードとシオンの事で話をしてきた。
で、クロードからナンでシオンを嫁に欲しがったかを聞いてきたんだが……。シオン、アンタは以前からバルバス家の兄妹と仲が良かったんだって?」
俺の質問にシオンは眉をひそめた。俺の行動を不快に感じたのと、質問の意図が読めなかったからだろう。
それでもシオンは溜息を一つついて、口を開く。
「ええ。歳が近い事もあって、パーティーの時などにはよく一緒に話をしたりしてました」
パーティーか。
シオンの実家であるレクルプス王国は、今でこそ王都とその周辺にしか領土がないが、大昔はウェンティ平原一帯を支配していた時期もあって、その関係で他の国々から一段上に見られているようだ。
だから、王族であるシオンが他国の式典なんかに呼ばれる事も多かったのだろう。
「なんでも、妹の方とは結婚の約束もしてたらしいじゃねぇか」
「子供の頃の口約束ですよ。ありえない事ではありませんが、貴族や王族の婚姻は個人の感情だけではどうにもなりませんから」
「なるほどなぁ。
後もう一つ、バルバス家の悲劇――、あの事件の真相はどこまで知っている?」
「あれは痛ましい事件でした。当初は僕もただの事故だと考えていましたが、クロード殿がバルバス家の党首となる式典の前日に父の手の者から真相を伝えられました。お陰で式典の時にクロード殿を傷つけずに済んだんですけれど、真相を聞いた時にはなぜ事件が起こった時に真相に気がつかなかったのかと悔やんだものです。
気づいていれば、クロード殿を手助けする事もできたのに、と」
「そか。じゃあ、生き残ったのがクローディアたって事は知らなかったんだな?」
シオンが絶句する。やはり、クロードがクローディアだったって事はシオンも知らなかったようだ。
「…………何を、言ってるんですか?」
「だから、両親と兄であるクロードを殺されたクローディアは、アンタが飲んだクスリと同じ物を飲んで兄に成り代わり、復讐を終えて兄が歩く筈だった道を歩き、同盟の総裁にまでなったって話だよ。
ついでにアンタの話をアンタの親父さんから聞いて、これ幸いと初恋を実らせようとしたってのも付け加えておこう」
「それは、本当に……、本当の事ですか?」
力なく呟くシオン。随分とショックを受けているようだ。まぁ当然だろう、なにしろ死んだと思っていた初恋の相手(クローディア談)が実は生きていて、性別は共に逆転しているとは言え結婚の相手だったんだからよ。
しかも、ソレを裏切っちまったんだから始末におえねぇよなぁ。
「こんな嘘をついてどうするよ。
まぁ俺も話を聞いて、頭が痛くなってきたんだがな」
俺が余計な事をしなければ丸く収まっていたとなると、少しばかり良心が痛まない気がしないでも無い。
「そんな……、僕は、一体どうすれば」
「どうもこうもねぇだろう。
――昨日の夜、誓った事を忘れたのか?」
「でも、僕は…………」
「オマエの胎ん中をかき回したモノに口付けながら誓ったよなぁ。俺のモノになるってよぉ」
あまり後の事を考えずに誓わせてしまったが、シオンをトーラスに連れ帰る事になってもなんとかなるだろう。
なにしろシオンの事情が事情だ。マルグリットも女だから、不遇の王子様を匿う事を嫌がりはしない筈だ。その後は済し崩し的に全員で楽しめば、マルグリットとフェリシアを納得させる事も不可能じゃあない。
「…………はい」
「ようし、イイコだ。褒美をやろう」
抱き寄せて口付けただけでシオンが蕩ける。
あ、ちなみに今のシオンの姿は女だ。薬の魔力を抑えるのは数時間程度が限界で、昨晩も途中からは女の姿で楽しませてもらった。
「――――ああそうだ、シオン。お前にプレゼントがあったんだ」
じっくりと時間をかけてシオンが自分から望む寸前まで楽しませてから、部屋の隅の荷物にかけてあった布に手をかける。
「そんな事よりも、もっと…………」
シオンの求めを無視して布を取り払うと、シオンの蕩けきっていた表情が凍った。
「く、クロード殿!?」
そう、布の下から現れたのは、喋る事も身動きする事もできないように拘束されたクローディアだった。
失神させた後に拘束して、話を聞いた後はずうっとこの状態で部屋の隅で話を聞かせていたって訳だ。
「シオンの事で話しをしようとしたら錯乱して斬りかかってきたんでな、仕方がないんで拘束させてもらった。
で、俺じゃあクロードを説得できそうにないから、シオンにも手伝ってもらおうと思ってな」
「説得、ですか……。いえ、それよりもクロード殿、貴方は本当にクローディアなのですか?」
シオンが駆け寄ってクロードの猿轡を外し、そう聞いた。
「シオン様……。いや、シオン殿。このような卑怯者の言う事になど耳を傾ける必要はありません。私はバルバス家のクロード。他の何者でも無いのです」
取り繕うクロードだが、一瞬見せたクローディアの顔が全てを台無しにしていた。シオンもそれが分かっていて、酷く辛そうな顔をする。
「卑怯者ってのは酷ぇな」
そのままだとシオンをクロードにとられそうなんで、少し茶々を入れてみた。
思ったよりもシオンの精神状態が女に寄っているようだ。少しシオンで遊びすぎたかなぁ?
「何を言う!人形の陰に隠れてしか人と接する事のできぬ、臆病者めが!」
…………なんでバレた?
しかも、クロードの言葉にシオンが驚かない。つまりシオンにもバレていたようだ。
「人体を完璧に模倣して、心音や体臭なんかにも気を使ったんだけどなぁ。今後の参考にしたいんで、ナンで分かったか教えてもらえるかい?」
「ふん。貴様などに教えてやる義理があるか」
クロードが鼻で笑う。
たしかに教えてもらえる義理があるどころか、恨みしか無いと思うのでソノ反応を当然だよなぁ。
「――――臭いですよ。人は興奮すれば特有の臭いを発します。貴方にはそれがなかった、そうですよね?クロード殿」
「う、うむ」
しかしシオンに促されれば、クロードも頷かざるをえないか。
「なるほど、臭いの変化か。動けば心臓の鼓動が早くなるようにはしておいたが、体臭の変化にまでは気が回らなかった。ありがとよ、シオン」
「いえ、それほどでも……」
俺の感謝の言葉に、顔を赤らめるシオン。俺達二人の間に流れる雰囲気に、クロードの顔が怒気に染まる。
「貴様、シオン様に何をした!?」
「さっきのやり取りを聞いてたんなら分かるだろう?ナニをって、ナニだよ。男と女のアレさ」
「き、貴様!シオン様を穢したのか!?」
「同意の上での行為だ、無理やりヤった訳じゃあねぇよ」
最終的にはな。
「そんな筈があるかぁ!清廉で純真だったシオン様が、こんな、こんなぁ!!!」
涙さえ浮かべたクロードの絶叫に、シオンは今にも胸が張り裂けそうな表情で顔を背けた。自分が裏切ってしまったモノの大きさを目の前にして、さぞや悔しいんだろうなぁ。
「人なんてモノは切欠があれば簡単に変わっちまうモンさ、アンタだって親と兄貴を殺された前と後じゃあ別人みたいになったんじゃねえのか?」
「……貴様は、それほどの事をシオン様にしたと言うのか?」
「おいおい、勘違いするなよ。原因は俺じゃあなくシオンの親父だ。
アンタは愛する者を奪われた。シオンは愛する者を守る為に全てを捨てさせられた。どちらが悲惨かと言えばもちろんアンタの方が救われねぇが、だからと言ってシオンのさせられた決断は軽いもんじゃあねぇ」
「それは…………」
話しのすり替えに気づかれるとマズイので、ここは強引に押し通そう。
「だいたいだな。女なのにクスリで男になったアンタなら、男なのに女にされたシオンの苦しみが想像がつくだろう?しかも自分から男になったアンタと違って、シオンが最初に変えられた時には一月の間原因も分からず悩み苦しんでたんだぜ?
その挙句に黒幕が父親だと分かって、しかもソレはシオンの為になされた事だと教えられ、兄弟で骨肉の争いをしたくなければ女になって嫁に行けと言われたシオンの気持ちが分かるのか?」
「………………」
「シオンが逃げ出したくなった気持ちも分かるだろう?だからよ、アンタがシオンの事を愛してるんなら、シオンの選択を尊重してやれよ」
と、言葉を失ったクロードの耳元に顔をよせ、囁くように言ってやる。クロードがクローディアではなく、ただシオンに好意を持っているだけだったら、これで終わった筈なんだがなぁ。
「で、どうする?話しは聞こえてたんだよな?アンタさえ良ければ、シオンを国外に逃がす前にもう一晩、時間をとる事もできるぜ?」
「わ、私は…………」
「決められねぇんなら、シオンに決めてもらおうか?
おい、シオン。オマエはどうしたい?」
俯いて虚ろな声で呟き続けるクローディアから身を離し、シオンを抱き寄せてその身体を弄りながら聞いてやる。
最初は驚きの目で俺を見ながら抵抗したシオンだが、すぐに頬を赤らめて身体を俺に預けてきた。
さっきの余韻もあるが、それ以上に死んだと思っていた恋人の前で嬲られるのは最高に気持ちいいだろう?
さぁシオン。その蕩けた脳味噌で、どっちでもイイから決めちまえよ。
コレでシオンがヤられようがヤられまいが、シオンはこの国に戻る事はなくなるだろう。ヤレば状況に流されてクロードとヤった事への後悔で、ヤられなければクローディアに対して背を向けた事への後ろめたさで、な。
「…………ギル。僕は自由にして良いんですよね?」
声を漏らすまいと口を硬く閉じていたシオンが、静かな声でそう言った。
まさか、なぁ?
「ああ、そうだシオン。クローディアを抱いて思いを遂げてやるも良し、そんな無責任な事はできないと身を引くも良し、どちらでも好きにすれば良い」
「でしたら僕はクローディアと、……します」
気のせいだったか。まさかあの状態で、選択肢以外を選んだりは、できねぇよなぁ。
「そうか。じゃあ俺はしばらく席を外すからゆっくりと楽しんでくれ」
「…………いえ、貴方とはお別れです」
おい、やめろ。
「ほう、どう言う意味だ?」
「そのままの意味ですよ。僕は戻る事にします」
クソッ!
「本気か?バルバス家に戻れば、最悪二度と男に戻る事ができなくなるかも知れねぇんだぞ?」
「もちろん、本気ですよ。
僕は自由にして良いんですよね?ですから貴方に誓った事を反故にして、バルバス家に戻ってクロードの妻としての役割を全うします」
やっぱり、こうなったか。
なんでこう、シオンのヤロウは正しい選択をしやがるんだ。
たとえ王族として自制を強いられ続けたとしても、ここまで自分を省みない選択をするのは異常だろう。
いや…………、“身分の低い側妃を母に持つ第一王子”なんて立場だからこそ、周囲の期待に応える必要があったのかも知れねぇのか?
次期国王の母親ってのは女として最高の地位だと言っていいだろう。だからこそ、そんな立場に身分の低い出の女が着けば嫉妬の対象になる。
そうなると噂好きな連中は、シオンがヘタを打ったら母親の出が悪いからだと非難するにちがいない。一度でもそんな事があれば、よほど薄情なガキでもない限り母親の為に周囲の期待したとおりの行動をするようになる筈だ。丁度、今のシオンのようになぁ。
もちろん全ては俺の想像だ。
仮に俺の想像と同じ様な状況が在ったとしても、元からシオンにそう言う素養がなければ自分の人生を捨てるような選択は中々できないだろう。
結局、生まれも育ちも関係なく、信念の為に身を捨てるヒーロー気質なヤツってのは、ドコの世界にも居て俺をイラつかせる訳だ。
はぁ。分のいい賭けだと思ったんだが、色ボケた状態でもどちらかを選ばずに自分で考えやがったか。
今の状況では完全に壊れられても始末に困るのであまり無茶はしてないが、それでも昨日の晩には俺に従う事を誓うくらいには依存させたんだ。
ソレをひっくり返したんだから、シオンはやはり本物だったって事だろう。
まぁイロイロと楽しませてもらったし、これ以上縋り付くのは野暮ってもんか。
シオンを変えられなかった事は残念だが、俺に変える事ができないようなシオンだからこそ惹かれたのも事実なので、仕方が無いのだろう。
「分かったよ。それなら餞別に、結婚祝いの人形を一つ贈らせて貰おう」
「人形、ですか?」
「今作るから、ちょっと待ってろ」
魔法の鞄から取り出したかのように、『亜空間倉庫』の一つから以前シオンを襲った盗賊の一人を取り出す。
栄養点滴の実験のために生かされ続けたその男は、幾分肉は落ちてるもののまだ生きていて、しかし大脳の一部が破壊されているので意識はほとんど無い。
床に投げ出されたその男に向かって、以前に作った魔法の道具である“死傀儡の針”を『亜空間倉庫』から取り出して突き刺す。ソレは男の頭部を貫き、命を奪うと同時に新たな命を与えた。
男はビクンと一度痙攣すると、虚ろな目で立ち上がる。まるで、命令を待つロボットのように。
次に『自在工房』で状態を検査して、機能に問題が無い事を確認する。
そしてクロードから髪の毛を一本もらって『自在工房』で遺伝子を解析、それを元に男だったモノをクローディアに作り変える。
「お、おお」
砂浜に打ち上げられた海鼠のようだった男がみるみるうちに健康的な美女に変化をするのを見て、クロードが感嘆の声を上げる。いや、失われた筈の自分の写し身を見て、自分が失った物の大きさに悲嘆の声を上げたのかも知れねぇな。
「後は仕上げだな」
不要な魔法の道具を『亜空間倉庫』から取り出して、『自在工房』で魔法式を書き換える。俺とサンチラを繋いでいる『魂の緒』は特殊なので、前任者の中の一人“人形使い”が使っていた人形と使用者の感覚を共有のできる固有魔法を魔法の道具に書き込み、『自在工房』で形状も変化させた。
「コレで、完成だ。クロード、椅子に座ってコイツをはめて見ろ」
「………………わかった」
思い悩んだ末にクロードは俺の指示に従う。反感はもちろんあるんだろうが、それ以上に目の前に立つクローディアの姿に圧倒されているのだろう。
「クロード殿!?」
椅子に座って渡された送心のサークレットを頭に載せた途端、クロードは意識を失ったかのように頽れ、その姿を見たシオンが声を上げた。
「これは……?」
その声を上げたのは、送心のサークレットと対になる受心の宝珠を体内に埋め込まれたクローディアの姿をした人形だった。
「シオン様!」
「クローディア!?」
「どうだ、おもしれぇだろう?“古の人形使いジョゼ”が時の王の依頼で影武者として作り上げた“老いさらばえる人形”の模倣なんだがな。こいつは人の肉体を生きたまま人形に変える事で人のように傷つき、人のように老いる。そして、人と同じで子を孕み、産む事も可能だ」
最悪コイツでシオンの影武者を造ってクロードに渡す事も考えていたんだが……、と続けようとしたんだが、熱く抱擁を交わす二人に、俺の言葉を聞いてる気配は無い。
ちょっと癪だったので、送心のサークレットをクロードの頭から外す。途端にクローディアから表情がなくなり、元のデクへと成り果てた。
「とまぁ、サークレットを外せば本体の目が覚めるし、緊急の場合は本体に強い刺激を与えても接続が切れるんで安全性の方は問題ねぇだろ。
メンテナンスは普通の人とあんまり変わらねぇ。ある程度は自分で動くんで、用意だけしてやれば食事や排泄なんかは自分で勝手にする。
細かい事はサークレットをつければ分かるようになってる筈だから、後の事は勝手にやってくれ」
「……なんてお礼を言ったらいいのか……」
「気にすんな、ただの悪あがきだ。
じゃ、もう二度と会う事はねぇと思うが、達者でな」
これ以上居ても格好がつかないので、とっとと消える事にしよう。
「あ…………」
背後でシオンの声が聞こえた気もしたが、無視して教会を出た。




