7-16
「時間より少し早い――――」
「シオン様を攫ったのは貴様かー!!!」
俺の軽口を無視して怒号を放ったのは、昨日シオンの伴侶となったクロード・バルバスだった。
その顔は憔悴し、目は血走っていて、昨晩は一睡もしていなかったようにみえる。まぁ新婚初夜に嫁さんが拐かされたんだから、無理も無いだろう。
しかし、なんでクロードが俺の前にいるのかと言えば、昨日の夜にバルバス家の館からシオンを連れ去った時に、シオンの置手紙とは別に俺も手紙を置いてきたからだ。
内容は“シオンの事で話しがある。明日の真昼に、ボレアリスの都から南に馬で鐘三つ(四時間弱)行った所にある廃村に来い”と言う物だった。
「そんなに焦るなよ。
たしかに手引きしたのは俺だ。だが、アンタの屋敷から逃げたのはシオンの意思なんだぜ?」
今にも掴み掛からんばかりだったクロードだが、俺の言葉を聞いて踏みとどまる。
そうそう、それで良い。
シオンがアンタの下から去ったのは、置手紙にあったとおりシオンの意思なんだ。
本来ならアンタにシオンを探す手がかりは無く、今だって俺が居なくなれば追いようが無い。
だから少しばかり俺と、シオンの事で話しをしようぜ?
「…………シオン様は、何処?」
「会わせてやっても良いが、その前に少し話しをしようや」
「何が望みだ?金か?それとも私に何かさせたい事があるのか?なんでもするから、私にシオン様を返して!」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「なんだ?もしかして、私に対する復讐なの?シオン様の為にこの命を捧げる事はやぶさかではないが、私が今死ねばバルバス家とネメア同盟に大きな混乱が生ずる。一年、いや、半年待ってくれれば死んで見せるから、シオン様は、シオン様だけは、どうか……」
話が通じてないな。
いくらなんでも、鮮血公とまで呼ばれた男が錯乱しすぎじゃないか?よほど恨まれる覚えでもあるのか、それとも……?
ああ、謀略で親兄弟を殺された経験があるんだから、過敏になるのも無理は無いのか。
なんにせよ、コレじゃあ話しになりそうに無いし、仕方が無い。
「話にならねぇな。仕方が無いから会わせてやる。ついて来い」
・
廃村の中を連れ立って歩き、廃墟の建ち並ぶ中唯一まともな姿をさらしている教会の中へクロードを案内する。
教会の礼拝所は俺が掃除をしたお陰で昨晩の名残は一切無く、ただ古びた家屋の持つ独特の雰囲気だけが支配していた。
そんな礼拝所の椅子の一つに、シオンは寝かされていた。
「シオン様ぁ!」
「ちょぉっと待ちな。まだ話しが終わってねぇぞ」
血相を変えて駆け出そうとするクロードを止めようとしたんだが、クロードは俺を睨みつけて剣を抜いた。
まぁ、こうなるよなぁ。
しかし会話にならないよりはましなので、仕方が無いだろう。
「邪魔をするなぁ!」
叫ぶように言いながら、クロードが斬りつけてきた。
丁度良いので、サンチラの自動戦闘における近接戦闘能力の確認もついでにさせてもらおうか。
達人とまでは呼ばれないまでも、名剣士と名高いクロードの攻撃を避け続ける事ができるのなら、サンチラの近接戦闘能力はかなり高いと判断していいだろう。
「いまさら落ち着けとは言わねぇが、なんでそこまでシオンに執着する?アンタの身分なら結婚相手なんてより取り見取りだろう?」
「シオン様を他の男共と一緒にするな!
シオン様は……。シオン様は、私に残された、たった一つの希望なんだから!」
男共?
え?まさか、なぁ。
いや、でも、いつもはシオン殿と呼んでいたのに今日はシオン様だし、口調も妙に女っぽい?
「貴様こそ、何が望みでこのような真似をした!」
「俺か?俺は…………」
あれ?そう言やぁ、俺はどうしたかったんだ?
最初は盗賊に襲われるシオンを見て、少し興味を引かれただけだった。
それがシオンと盗賊のやり取りを聞いてシオンの事情が分かったので、面白そうだと手を出した。
その時の予想では、こんなにややこしい話しになるとは思ってなかったんだよなぁ。
まぁ権力争いなんてモノは元来面倒な話に決まっているが、今回のように誰にも悪意が無く、ただ最悪な状況になるのを防ぐ為に父親が悪役を買って出てシオンにババを引かせただけなんてのは、倒すべき敵が居なくて困る。
ヒロインの危機に付け込んでヒロインから様々なモノを奪う悪い魔法使いの物語のように、シオンが困った時に手助けしてその代償にイロイロと要求してやろうかと軽く考えていた頃の自分が恨めしい。
結局シオンは状況を受け入れちまったし、シオンさえ我慢すればレクルプス王家は弟が継ぎバルバス家はレクルプス王家との血縁を得て繁栄して、たぶん全てが上手く行くだろう。
しかし、それじゃあ俺が面白く無い。
せっかく嬲りがいのあるオモチャを見つけたってのに、勝手に他人のモノになられちゃあ興ざめだ。せめて悩み苦しみ足掻いた挙句に囚われて堕とされるんならまだしも、自分だけが我慢すれば誰も苦しまずに済むなんて考えで諦めるなんてのは許せねぇ。
まぁ実際にはシオンにも考えがあったみたいなんで、早とちりの部分もあったみたいなんだけどよ。
だから……、ああ、そうか。
結局、俺はシオンにイラついてただけなのか。
あんな聞き分けのイイ選択をしたシオンが許せなかったんだよなぁ。
「俺は、シオンが困っていたら手助けしてやろうかと、思ってただけなんだがなぁ」
「手助け、だと?」
「偶々女の姿で盗賊に襲われてるシオンを見つけて、助けるついでに魔法も解除してやって、そのまま放っておいたらまた女にされかねないと見守っていたら今度は自分からクスリを飲みやがった。
しかも泣き言一つ言わずに今日まできちまったんで、慌ててシオンに忠告したのさ。あんまり長い間クスリで性別を変えていると、元に戻れなくなっちまうぞってなぁ」
「やはり貴様がー!」
と、マズイな。つい要らねぇ事まで喋っちまった。
予定では適当に言いくるめてシオンから手を引かせるだけだった筈なのに、クロードまでクスリで性別を変えているかも知れないなんて可能性が頭によぎった所為で、クロードの問いかけに素直に反応しちまったようだ。
まぁクロードが女だと言うのなら、シオンに使えるオモチャが増えるので、俺にとっては良い事でもあるがな。
「ところでアンタ、本当はクローディアって名前じゃないのか?」
俺の言葉でクロードの動きが止まった。俺の予想は的中してたようだ。
クローディアってのは、クロードの両親と共に事故で死んだ筈のクロードの双子の妹の名だ。
つまり本当に死んだのはクロードで、生き残ったクローディアが復讐の為に性転換のクスリを飲んでクロードとして生きてきたって事だな。
しかし、頭の痛い事だ。なんか今回の一件じゃ、俺のやる事なす事全部裏目に出てるような気がするなぁ。
「何を、馬鹿な事を……」
「アンタ、自分で気がついていないのか?今日は随分と口調が女っぽいぜ?」
「わ、わわわ私は!」
「それにさっき、結婚相手の事を聞いたら男共と言ったしなぁ」
「黙れぇぇぇ!」
「黙らねぇよ。なるほどそう言う事ならシオンに執心する気持ちも分からなくはねぇ。
シオンが希望とか言っていたし、その体で女として男のシオンに抱いてもらうつもりだったのか?」
「うわぁぁぁぁ!」
出鱈目に剣を振るクロードだが、元の技量が高いのでそんな状況でも一撃一撃は速く鋭く重い。
「図星か?安心しろクローディア。その願いだけならかなえてやるからよ」
「何を!?」
動揺するクローディアに、一撃入れて意識を刈り取る。
ふむ、ヴィクトルの技術を『自在工房』でエミュレートして作ったので能力の詳細までは分からなかったが、深層の魔獣を素材に使ったとは言え死肉人形の戦闘能力はかなり高いようだな。




