7-15
シオンを連れてバルバス家の館を気球で脱出した後、館のあったボレアリスの都から少し離れた所にある廃村まで『風使い』で気球を操り移動した。
「ここまで来れば一先ず安心だろう。今晩はここで休んで、後の事は明日考えるとしようや」
「…………分かりました」
シオンは俯いて言いよどむ。気球で移動している間に興奮が収まり、判断に迷いでも生じたようだ。
「なんだ、まだ悩んでるのか?」
「当然でしょう!冷静に考えれば、何も急いで逃げる必要なんてなかったんです。クロード殿と相談すれば、もっと良い選択をできる可能性もあったんですから!」
そいつは少し甘い考えだろう、と言いたい所だがあながち否定も仕切れないんだよなぁ。
シオンと会っている時のクロードは、噂に上る鮮血公の名を想像するのが難しいくらいに上機嫌で幸せそうだった。
だから本気でシオンが頼めば、条件次第では男に戻る事に承諾しないとは言い切れないんだよな。
もっともそう言う状況だからこそ、ぎりぎりまで待ってシオンを迎えにいったんだがよ。
でなけりゃ俺の話を聞いたシオンがクロードと相談して、自分達で解決しちまう可能性もあったからなぁ。
「まぁ逃げちまった後でどうこう言っても始まらねぇだろ。
地面にこぼれた酒は飲む事ができねぇんだ。やっちまった事を悔やむより、今後の事を考えた方が良いんじゃねぇか?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はぁ。そうですね。
でも、僕にはもう、この体以外には何もありません。これから一体どうしたらいいんでしょうね」
長い沈黙の後、疲れ果てたようにシオンが言葉を吐き出す。
いや、実際疲れているのだろう。なにしろ、今日のシオンは結婚式とその後のパレード、そして外向けの披露宴と血族向けの晩餐会を完璧にこなして、最後にその努力を全てぶち壊すような決断をしたんだからな。
「精神的に疲れてる時には否定的な考えしか浮かばねぇからあんまり考え事をするもんじゃあないんだが……、まぁいいか。
身一つ以外にナニも無いってのはな、シオン。そんだけ自由だって事だぜ?」
「自由?」
「ああ、自由だ。
行きたい所に行き、やりたい事をやる。行きたくない所には行かなくて良いし、やりたくない事はやらなくて良い。
もちろんやりたい放題すればそのツケが回ってくるが、ソレだって放り捨てて逃げる事ができる。
そして他人を助け、身動き取れなくなるまで他人の荷物を背負い込むのもアンタの自由だ。
先の事なんか考えずに目の前の飢えている貧民に食い物を与えても良いし、無法を働く貴族から弱者を守っても良い、法に守られた悪党を退治する事もできるし、なんなら民を虐げる国そのものを引っくり返す事だって不可能じゃあない。
自分がやりたいと思うのなら、好きに生きればいいのさ」
アンタが日記で夢想していた英雄のようにな。
「…………本当に、そんな事をしても、良いんでしょうか?」
「決めるのはアンタだ。
できるできないはおいといて、国にも家にも縛られない今のアンタがやる事を止められるのは、アンタの良心以外にはナニもないんだからよ」
「は、ははは……。僕は、自由、ですか」
泣き笑いの表情で、シオンが呟く。
そうだ、シオン。オマエは自由だ。立場も義務も今のオマエには存在しねぇ。
どんな行動もどんな選択も思いのまま、誰に気兼ねする事もなくしたい事をしたいようにすりゃあいいんだ。
「分かったんならとっとと寝よう……。いや、その前に、報酬の話をしようか?」
「え?」
俺の言葉に、シオンはハトが豆鉄砲でも食ったような顔になる。完全に油断していたみたいだが、明日の展開次第|では《・・》これでお別れになるかもしれねぇから、今日の内に貰うモノは貰っておかねぇとなぁ。
「おいおい、まさか俺にタダ働きさせるつもりなのか?」
「でも、僕はお金なんて……」
「金なんていらねぇから安心しろ。前にも言ったろう?俺は金には困ってねぇって。
――――だからよ、諸々アフターサービス込みで今夜一晩で手を打とうじゃねぇか」
「やっぱりそうなるんですか!!」
ソレまでの雰囲気を一変させて、シオンが突っ込んでくれた。
やはり、シオンはイイ反応をしてくれるなぁ。
「今度こそ本当に男に戻るんだ。最後の思い出って事で、ダメか?」
「だめに決まってるでしょう!」
「じゃ、その気にさせてやるよ」
と言いつつシオンを抱き寄せて唇を奪う。
歯茎を舐めあげ歯を抉じ開けて舌を絡めて……、とやっていたら抱いていたシオンの体に違和感が生じた。
「…………なんだ、自分で戻れるようになったのか」
腕の中のシオンに胸はなく、張り出していたドレスの胸元は大きく口を開けて薄い胸板をさらしていた。
どうやら、自力で薬の力を押さえ込むような固有魔法を発現させたようだ。
魔力に余裕があって自身に起きている異常な状態に対する理解があれば、こう言う事が起こりうるので油断ができないんだよなぁ。
「ええ、なんとか。
でも苦労はしましたよ。貴方に魔法を解除していただいた経験があったとは言えね」
してやったりと言わんばかりの表情で、シオンが笑う。
ほう?こう言う表情もできるのか。気弱だったり毅然としてたりって表情は良く見せたが、不意に無邪気だったり今の悪戯っ子みたいな顔を見せられると、つい男だって事を忘れて手を出しそうになるから危ない。
「となると、本気で余計なマネをしちまったかも知れねぇなぁ?」
「予定では初夜の褥を共にする前にこの姿になって、クロード殿と交渉するするつもりだったんですけどね……。
本当に、余計な事をしてくれましたよ」
「だがクスリの力をコントロールできるようになったと言っても、性別固定化が起こらないとはかぎらねぇんだ。知らずにいたらまずかったのは違いないだろう?
例えば解放する条件として、男児を産む事を提示される可能性だってあるんだしよ」
クロードの狙いがレクルプスの血脈だった場合、シオンを開放する条件として子供を求めるのは在り得ない事じゃあない。
「それは……、感謝してますよ。まさか男に戻れなくなる可能性があるなんて思いませんでしたから…………」
不機嫌そうに顔をしかめていたシオンが、俺の言葉に気まずげに顔を伏せる。
しかし、すぐに顔を上げて不敵な笑みを見せた。
「――でも、これで報酬の件は考え直してくれますよね?」
さて、どうするかな。
第一の目的であるシオンの開放は達成できた。後はクロードの動き次第で穏便に済むか、それとも過激な事になるかってところだろう。
だから今ここではシオンとナニも無く別れたとしても問題は無い。
だが……。
「はっはっは!たしかに俺も男とヤる趣味はねぇからなぁ。
――――でもよ、男の姦し方を知らねぇ訳じゃあねぇんだぜ?」
コレだけ見た目が良けりゃあ男でも良いや。
予定では優しい思い出で終わらそうかと思ってたんだが、シオンのドヤ顔はツボに嵌りすぎた。
自重はヤメヤメ、一発で壊すようなもったいないマネはしねぇが、二度と離れられなくなるくらいにはたっぷりと可愛がってやるよ。
「え?」
「男の体でも、女みたいに嬌ける事を教えてやるよ」
「ちょ、まっ!――――」
さぁ、楽しませてもらおうか。




