7-14
「――――汝、シオン・レクルプス。そなたは祖と家を捨て、新たなるバルバスの一人となり、クロード・バルバスの妻として生涯を捧げる事を誓うか?」
「はい」
司祭の問いに、ウエディングドレスを着たシオンが答える。
ああ、とうとうこの日が来てしまった。
シオンが自らクスリを飲んで一月、泣き言の一つでも言えばちょっかいをかけて引っ掻き回してやろうかとも思って観察していたんだが、ヤロウ、クスリを飲んだ日から今日まで、泣き言を漏らすどころか進んで花嫁修業をしてやがった。
お陰で手出しする隙もなく、だらだらと今日まで来てしまった訳だ。
我ながら未練だねぇ。いや、こんなザマじゃあストーカーと呼ばれても仕方がねぇか。
いっそすっぱりと諦めて、とも考えたんだが、シオンが初夜の晩にどんな姿を見せるのかと言うのも気になって、諦め切れなかった。
全てを受け入れて男に身を任せるのか、我慢して耐え忍ぶのか、それとも狂って色に溺れるのか、どれであっても見物だろう。
もちろん、シオンが他の男のモノになる事に不快感はある。しかし、お気に入りのオモチャが他人の手によって壊されるってのも、ソレはソレで興奮するもんだ。脳みそが煮えたぎるような怒りと永遠に落下し続けるような喪失感を同時にってのは、他ではなかなか味わえるようなモンじゃあない。
それに、新郎の方も中々面白い人物だったしな。
名前はクロード・バルバス。
小国家郡でも有数の名家であるバルバス家の頭領であり、小国家郡の一大勢力であるネメア同盟の総裁でもある、獅子人族の男だ。
噂では、まだ二十にも届かない時分に事故で家族の全員である両親と双子の妹を失いながらも、傍流であったにもかかわらず敵対する派閥を滅ぼす事でバルバス家の頭領となり、さらに他の都市国家を力ずくで従えて同盟総裁の地位を勝ち取ったらしい。
で、ついた渾名が鮮血公。その名は裏切り者に対する粛清と敵対者に対する虐殺の苛烈さと、当人の血のように赤い長髪からつけられたと言う話だ。
ちなみにこの話には裏側もあって、家族を失った事故は謀略で、敵対する派閥を滅ぼしたのはその復讐の為だったようだ。
しかし敵討ちを終えた後もかなり強引な手段で同盟総帥にまでなったようなので、復讐の為だけに血を流したのではなく、元々苛烈な人物だったんだろう。
そんな男がシオンをどう扱うか、とても興味があるねぇ。
式はつつがなく終了して婚礼のパレードに移る。
俺はソレを大聖堂の天井からクビラの目を通してみていたんだが、さすがに誓いの口付けの時には思わず『門』を使って飛び込みそうになった。
いや、「その婚姻に異議あり!」とか言いながら飛び込むのも面白そうだが、首尾よくシオンを攫う事ができても後が続かないからなぁ。
なにしろ今回の婚礼はシオン自身も受け入れている訳だ。ソレを破談にしちまえば、レクルプス王家とバルバス家の顔に泥を塗ったうえに、シオンにも憎まれる事になる。
さすがにそんな状況になったらどうしようもないので、我慢するしかないだろう。
――――チャンスはもう一回、あるんだしなぁ。
・
バルバス家の屋敷は精鋭の兵士と魔法的な防御で幾重にも守られているんだが、首狩り兎の縛斬糸によって索敵魔法や防護魔法に穴を開け、気球を使って闇夜に紛れて上空から侵入すれば、何の問題も無く忍び込む事ができた。
「よぉ、シオン。迎えに来たぜ?」
「――なっ?!」
窓を丸く切り取り音もなく寝室に侵入した俺を見て、未だにドレス姿のままのシオンが絶句する。
こうして近くで見ると、きちんと女の格好をして化粧までしたシオンは元が男だって事が信じられないくらいにイイ女になっていた。
いや、元が男だからこそ醸し出される羞恥心が、色気を倍増させているのかも知れねぇなぁ。
「何故、貴方が此処に?」
「なぜってまぁ、アンタを迎えにきたんだがよ。
……やっぱり迷惑だったか?」
「当たり前です!誰かに見つかる前に早く帰ってください」
「あ~、その前に一つ確認させてくれ。
アンタ、今後一生女の姿のまま生きていく覚悟はあるのか?」
「それは……」
「別に、今俺の手を取らなかったら二度と男には戻してやらねぇって訳じゃあないんだ。
ただ、あんまり長い期間そのクスリで性別を変えているとな、そのうち元には戻れなくなるぞ?」
「…………え?」
俺の言葉にシオンの顔色が変わる。やはり、ほとぼりが冷めたらどうにかして男に戻るつもりだったか。
「しかも一度クスリで変わった性別は、もう一度クスリを飲んでも変化しない。他にまったく別の手段で性別を変える事ができるんならわからねぇが、同じ様な系統の魔法じゃあ上書きはできないだろう」
「それは、本当ですか!?」
「俺が検証した訳じゃあないから絶対に、とは言わんがな」
少なくとも、ヴィクトルが実験した限りでは一度変化しきった後で戻れたヤツは居ないんだが、だからと言って他に手段が無いとまでは断言できないからなぁ。
「戻れなくなるまでには、どれくらい時間がかかるか分かりますか?」
「そいつは人それぞれらしい。聞いた話じゃ一月で戻れなくなったヤツも居れば、一年たっても大丈夫だったヤツも居たらしい。
詳しくは聞いてないが、変化した後の性別に順応すればするほど戻れなくなるって話だったぜ?」
「順応、ですか……」
「ああ。例えば女としての快感を受け入れてしまったり、男に抱かれて悦んだり……。子供まで産んじまうと、まず間違いなく男には戻れなくなるようだな」
「と言う事は、貴方にも責任の一端はあると言う事ですね?」
シオンの声に怒りが混じる。しかしまぁ、たしかに俺にも責任が無いとは言わないので甘んじて受け入れよう。
「否定はしない。だがアノ時は終わったら男に戻すつもりだったからなぁ。
さすがにアンタが自分からクスリを飲むなんてのは、想定外だったんだよ」
「やはり、忍び込んでいたのは貴方の手の者でしたか」
「へぇ?ばれてたのか」
「狼人族の嗅覚を舐めないでください。城のあちこちに嗅ぎ慣れない匂いが残っていたら、不審に思わない筈が無いでしょう?」
クビラの固有魔法は魔力の上昇に伴って格段に強化されている筈だが、それでも隠れ鼠の臭いを嗅ぎ取ったか……。
いや、臭いが残っていたって言う事は、クビラの臭いそのものではなく残り香を嗅ぎ取った可能性もあるか。
どちらにしても、今後の課題の一つだな。
「そいつは悪かった、アンタがまたクスリを盛られたら助けてやろうと思ってな。しかし、分かってたんならなんで排除しなかった?」
「………………ちょっとした、気紛れですよ」
シオンは小さくそう言って、赤らめた顔を明後日の方向に向けた。
保険のつもりだったのか、それとも不安だったからなのか、ちょっと判断がつかないが、突っ込んで怒らせても面倒なんで、スルーしておこう。
「まぁ、なんでもいいや。
とりあえず、シオン。アンタの親父さんの言っていたとおり、婚姻は済んだんだから逃げ出しても問題は無いだろう?
男に戻る気があるんなら、とっとと逃げようや」
「ですが、クロード殿に何も言わずに……」
「おいおい。新婚初夜の晩に逃げる新婦が、新郎にナニを言うんだよ。どんな言葉をかけたところで、傷口に塩を塗りこむ事にしかならねぇと思うぜ?
それでも伝えたいって事があるんなら、置手紙でも書いていったらどうだ?」
「…………そう、ですね。そうします」




