7-12
空から見せた集落だけでもマルグリット達を驚かせる事ができたが、集落の内部も大分様変わりしていた。
以前は枝を束ねて屋根と壁にした掘っ立て小屋が立ち並ぶだけだった集落内部は、住居は全て建て直され、バグバ等の幹部クラスには一軒家を、それ以外の一般のゴブリン達には長屋の一室を与えて住まわせている。
住居で火を使わせるのは禁止しているが、竈小屋を増築した食堂では朝昼晩に十分な料理を用意させているし、手軽につまめる保存食も自由に持ち帰れるようにしてあるので不満は出ていない。夜でもそれほど気温が下がらないので火を使って暖を取る必要も無いしな。
他にも集落の中には作業長屋や保育小屋等があり、道はレンガで舗装され、トイレは汲み取り式で下水道がわりの用水路まで通っていた。
住人であるゴブリン達も身奇麗な格好で精力的に作業をしていたり木陰で本を読んでいたりと、蛮族や妖魔と蔑まれる印象からは程遠い。
集落の内部に入り、そう言った風景を目にしたマルグリット達は、最初こそ驚きの目を向けていたが段々と反応が薄くなり、最後には力の無い笑みを浮かべて城の中までついてきた。
城の中は例の魔法の石臼を改良した発電装置により昼夜を問わず明るいのだが、マルグリット達にはこの世界ではいまだに発明されてない電灯と魔法のランプの区別がつく筈もないので、特に驚かれる事もなく俺の部屋にまで到着する。
「ここが俺の部屋だ。オマエラの部屋は後で用意するんで、とりあえずはここで寛いでくれ」
「分かりました。
…………えっと、ここって本当にレドの部屋なんですよね?」
「ん?なんか変か?」
「いえ、ただ、何も無い部屋だなって……」
二十畳ほどの部屋には椅子とテーブルと大きなベット以外に何も無いので、マルグリットがそう思うのも無理はない。
「ああ、実験や研究はその扉の奥の部屋でやってるからな。この部屋じゃ寝るくらいしかしてねぇんだよ」
入ってきた扉と別の扉を指してそう言ってやると、マルグリットは興味深げにその扉を見る。
「気になるんなら中を見ててもいいぞ?
夕食までにはまだ時間があるし、俺はオマエラの部屋を用意しなくちゃならないしよ」
「いいんですか?」
「構わねぇよ」
見られて困るような荷物や実験は、全部『亜空間倉庫』の中だからな。
「フェリシアとバサラはどうする?」
「んー。あたしに手伝える事って、なんかある?手持ち無沙汰だし、手伝える事があるんなら手伝うよ」
「部屋の掃除はさせておいたから……、まぁ絨毯を敷いたりベッドを整えたりするのに人手があれば助かるか。
しかし、揺らさねぇように気をつけたし途中で何度も休憩も挟んだが半日も空を飛んでたんだ、体を休めねぇで大丈夫か?」
「たしかに疲れてはいるんだけどねー……。でも、なんか落ち着かなくってさ」
フェリシアのヤツ、緊張でもしているのか?
いや、本来蒼の森は人外魔境の危険地帯だ。そんな場所でいつもと変わらずはしゃげるマルグリットの方が異常なのだろう。
「そう言う事なら、手伝ってもらうかな。
バサラはどうする?」
「オレもじっとしてるのはしょうに合わねぇから、ダンナの手伝いをさせてくれ」
フェリシアとバサラの言葉に、マルグリットが俺と研究室の扉を交互に見る。
「えっと……」
「マリー。研究室のほうは明日にでも案内するから、今日は手伝ってくれるか?」
「は、はい!」
迷っている、と言うよりも、手伝うと自分から言い出せない感じになっていたので俺の方から誘ってやると、マルグリットは嬉しそうに頷いた。
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「――――集まってもらった理由は見れば分かると思うが、一応説明しておこう。オマエラとコイツラの顔見せの為だ」
城の食堂兼広間には、俺とマルグリット達の四人に加え、集落の主だった連中と奴隷達全員が長いテーブルに用意された席に着いていた。
「コイツラは俺が人間の国で世話になっている人間でマルグリットとフェリシア。コッチが子分のバサラだ。三人とも俺のオンナだから、そのつもりで相手をしてくれ」
集落組にマルグリット達を紹介すると、ゴブリン達は神妙な顔で頷き、奴隷達は「俺のオンナ」と言う言葉に驚きの表情で固まる。
ただイルメラだけが知っていたかのように、と言うか、他のダークエルフから聞いてでもいたのか、驚いた様子もなく平然としていた。
「マリー、フェリシア、バサラ。次はオマエラに集落のヤツラの事を紹介しよう。
城の管理者であるマコラとゴブリン全体のまとめ役であるバグバ。基本的にこの二人が集落を取り仕切っている。何か困った時に俺が見つからなかったら、コイツラのどっちかを頼ってくれ。
後は右から、薬師のモスガン、呪い師のダルハー、狩人のまとめ役であるグンツ、守り人のまとめ役であるヘゲン。今のところ、役職のあるヤツラはコレで全部だ。
人間の方は、大工で奴隷達のリーダーであるフランクとその妻アシュリー、鍛冶屋のランドンとその妹で革細工師のオーガスタ、元役人のジェイコブとその娘レミー、農家のヘイデンとその妻ハンナ、それにヘイデン夫婦の息子のエドガーと娘のセルマ。
全員裏社会のヤツラの紹介で買った奴隷だが、コイツラにはそれぞれの技能をいかした仕事をさせている。裏の奴隷だからって無茶なマネをしてないのは、見れば分かるよな?
で、最後に、行商人にしてダークエルフのお目付け役でもあるイルメラ。
俺にかかわった所為でこんな場所で暇しちゃいるが、本来は一人で森の中を渡り歩く事のできる凄腕の行商人だ」
俺が名前を挙げると、紹介されたヤツはマルグリット達に軽く目礼をする。
もっとも、さまになっていたのはマコラとバグバとイルメラくらいで、他のゴブリン達はおどおどしたり無駄に気張っていたり、奴隷達も妙な緊張感をかもしだしていたがな。
挨拶の後は夕食会になり、アシュリー達の配膳で食事を取る。
作ったのもアシュリー達だが食材は蒼の森で採れた物ばかりなので、料理自体は有り触れた物でもマルグリット達の評価は高かった。
食事が終わるとゴブリン達は各々の家に戻り、奴隷達も片付けを終えたら自分達の部屋に戻って休んだ。
広間には俺とマルグリット達三人とイルメラだけが残り、肴をつまみながら酒を楽しむ。
空の旅の感想や集落とゴブリンの印象等を他愛なく語りあいながら、酒の入ったコップを傾けていた。
そうなると当然語り役はマルグリット達で聞き手は俺になり、蚊帳の外になっているイルメラの居心地が良い訳はない筈なのだが、しかし食事が終わって広間を出ようとしたイルメラに「イルメラさんもご一緒にいかがですか?」と声をかけたマルグリットの心を読んでナニかさとりでもしたのか、イルメラは適当に相槌を打ちながら酒を飲んでいる。
「――――そうだ、イルメラさんに質問があるんですけれど……」
程よく酔いも回ってきたのか、目つきが少しばかり怪しくなったマルグリットがイルメラに声をかけたのは、飲み始めてしばらく経った後だった。
「はい、なんでしょう?」
何の前触れもなく話しを向けられたイルメラの方は、まるで予期していたかのように薄っすらと微笑みすら浮かべて応ずる。
いやまぁ全部お見通しなんだろうけどな。なにしろ、イルメラは固有魔法で心を読めるんだからよ。
「イルメラさんは、レドの事をどう思っているんです?」
「ニグレド様の事、ですか?
……そうですね、一時はお恨みした事もあるのですけれど、今ではその気持ちも薄れて、心からお慕いしておりますわ」
酷ぇ冗談だ。
今のイルメラの受け答えだけを見れば嘘を言っているようには見えないが、前に見た怒りの表情を見ていれば、完璧な演技で皮肉を言っているようにしか思えない。
「本当、ですか?」
「ええ、本当ですよ。なにしろニグレド様は、ほんの僅かな期間で蒼の森の中にこんな立派な街の下地を作ってしまわれたんですもの。
それに住民が少ない事を懸念されながらも安易に外の愚かなゴブリンを使役しようとはなさらず、時間がかかっても集落の中のゴブリンを増やしながら教育する事を選ばれました。
少し前にあなた方人間に戦いを挑んだ愚かなゴブリンの王とは比べ物にもならない、とても素晴らしい方だと思ってますわ」
少し前、ね。ダークエルフの時間感覚だと、最低でも三十年は昔の話が少し前かよ。
しかしイルメラが俺を持ち上げすぎて気色悪いな。
一体、ナニを考えてやがる?
「ええ、そうなんです!レドは本当に凄んです!
他の人達は分かってくれないんですけど、固有魔法を使えるようになっただけで満足せずに、そこから試行錯誤を重ねて独自の魔法体系を構築するなんて、魔法使いでも難しいんですよ!」
「さすがはニグレド様ですね。
わたくしはあまり魔法について詳しくないのですが、それでもニグレド様のように系統の違う魔法をいくつも身に着ける事の難しさは承知しています。
数百年を生きるわたくしどもダークエルフですら、まったく違う系統の魔法を複数身につけている者は多くありませんもの」
イルメラのお追従にマルグリットは気を良くして、俺とマルグリットが出会った時の事やトーラスでの俺の様子を語りだした。
なるほど、酔って口の軽くなったマルグリットから情報を得る為に、イルメラは話を合わせたのか。
心が読めるとは言っても、イルメラの固有魔法は記憶までは読めないようなので、相手の思考を誘導しなくちゃならないみたいなんだよな。
だからマルグリットから俺の情報を引き出すためには、マルグリットに俺の事を考えさせる必要がある訳だ。
これはイルメラの行動を観察して導き出した推論なので確証はないが、今までの言動や行動を考えると先ず間違いではないと思う。
まぁ聞かれて困るような事は知らせてないので、マルグリットがナニを言おうと考えようと問題は無いがな。
「――――イルメラさん、ごめんなさい。私、イルメラさんの事を誤解していたみたいです」
すっかり気を良くしたマルグリットは、いつの間にやらイルメラの隣の席にまで身を寄せていた。
「気になさらないでください、マルグリット様。ニグレド様とわたくしの事を聞いていらしたのでしたら、当然の事だと思います」
殊勝な物言いだが、ほんの一瞬だけイルメラは、俺の方にしてやったりと言わんばかりの視線を送ってきた。
おいおい、イルメラさんよぉ。マルグリットに上手く取り入れたからと言って、俺に勝ったと思うのは甘いと思うんだがなぁ。
「ありがとうございます。もし良かったら、部屋でもう少しお話しをしませんか?」
「はい、喜んで」
意気投合した(かのように見える)マルグリットとイルメラは、フェリシアとバサラを連れて広間を出て行く。
さて、どうなる事やら。
ナニも起きなきゃいいんだけど、マルグリット達の荷物の中身を考えると、一騒動起きてもおかしくはないんだよなぁ。
まぁマルグリット達にはイルメラの固有魔法の事を教えてないので、ヤバイ状態になりそうだったら心を読んだイルメラが上手く対処するだろう。
…………たぶん。




