7-11
空から見たゴブリンの集落は、蒼の森を楕円形に切り取られた空間の中にあった。
空間の大半を占めるのは広大な三日月形の湖で、その内側に高い城壁に囲まれた集落が存在している。
集落の内部は二十戸程の家屋と俺が建てた城以外は畑が占めていて、畑ではいろんな種類の作物が葉を広げていた。
「ね、ねぇっ、ニグレド!
森の中の集落って聞いてたから小さな村みたいなのを想像してたんだけど、あれって城壁の大きさだけならトーラスよりおっきいよね?
あんなの、どうやって作ったのさ!?」
「ん?土を操る事のできる魔法が使えるゴブリンが居たんでな。ソイツにやらせた」
興奮するフェリシアに苦笑しつつ答を返したら、その内容にマルグリットが反応して目を輝かせやがった。
「土を操る魔法、ですか……。
物質操作系……?でも、これほど広範囲となると……。
レド。その魔法が使えるゴブリンさんは、何人居るんですか?」
ここで秘密にしたとしても、集落に着けばどこから話が洩れるか分からないから意味が無いんだよな。
なら、全部喋っちまった方が得策か。
「一人だけだよ」
「一人!たった一人でこれだけの城壁を!?」
「湖を掘って、近くの川から水を引いたのもな。
三ヶ月でコレだけできりゃ、上出来だろ?」
「…………普通なら三年かかっても難しいですよ、それ」
「そうかぁ?
深層の魔獣の肉を食わせて高位の魔法使いクラスまで高めた魔力を全て単一の魔法に集中させた上に、本来であれば多様な使い方ができそうな『精霊使い』の固有魔法を土木作業に特化させたんだから、コレくらいはできねぇとなぁ」
種族として『精霊使い』と同種の固有魔法に適正のあるダークエルフのイルメラにも、「使い方次第では一人で一軍にも匹敵する精霊使いに土木作業をさせて変な癖をつけるなんて、ニグレド様は一体何を考えているんでしょう?」と呆れられたが、地形を変えられるってのは戦略的に見ればかなりのメリットなので問題は無い。
「『精霊使い』!
念動系や物質操作系の固有魔法じゃなくて、天変地異だって起こす事ができるって言われている精霊魔法なら、不可能じゃない……?」
魔法の名前を聞いて、マルグリットは自分の世界に没入してしまった。
補足しておくと、精霊魔法ってのはエルフやダークエルフが種族として適正を持つ固有魔法だ。
で、『精霊使い』も精霊魔法の一種で、対象を限定した下位互換の魔法となる。
「おい、マリー。そろそろ着地だから考えこむんなら後にしろ!」
「あ、はい!」
・
「空から妙なものが降りてくるかと思えば、長でしたか」
集落の外れに着陸してハンググライダーを回収していると、駆けつけてきたバグバが声をかけてきた。
「おう。いま帰った」
「お帰りなさい、長。長が留守にされていた間の集落ですが、いつもどおりでこれと言った事はなにもありませんでした」
着陸してからも空の旅と上から見た集落の光景で騒いでいたマルグリット達だが、バグバが現れた途端、三人とも目を丸くして言葉をなくす。
「なんだ、どうした?」
「あっいえ、サラから聞いてたゴブリンって、もっとこう、野蛮なイメージがあったものだから……」
あたふたと弁解するかのようにマルグリットが言うと、フェリシアとバサラも同じ気持ちなのか揃って何度も頷く。
まぁバサラに森に住むゴブリンの事を聞いていたのなら、バグバの事を見て驚くのも無理は無いだろう。
なにしろ作業着姿とは言え綻び一つ無いつなぎの服を着て、態度もまるでそれなりの教育を受けた人間のソレだ。出会った頃のバグバに比べれば、雲泥の差と言ってもまだ足りないと思う。
「ああ、俺の教育の成果だ。中々のもんだろう?」
「…………常識って、なんだったんだろうって思っちゃいます」
俺の軽口に、マルグリットは引きつった笑みで言葉を返した。
集落の発展に伴ってゴブリン達にも予想外の変化があったので色々やってみた成果だが、思った以上に上手くいったので満足している。
ゴブリン達に最初の変化が訪れたのは、城壁が完成してからしばらくしての事だった。
木を縛り付けただけの柵や隙間だらけの襤褸家とは違い、強固な城壁は被捕食者であるゴブリン達に強い安心感を与えたのか、城壁が完成してからは目に見えてゴブリン達の緊張感が和らいだ。
蒼の森の食物連鎖の中でも割と下位に居るゴブリン達なので、外敵からほぼ完全に隔離された状態ってのは居心地が良いのだろう。
次の変化は、芋の収穫の後だ。
森の土が良かったのか魔力の所為か、芋の収穫は予定よりも早く、かつ極めて豊作となった。
蔓を引き抜けば芋が鈴なりに生り、畑を掘り返せばごろごろと芋が湧いて出る。そんな光景を見たゴブリン達の興奮は頂点に達し、ゴブリン達は総出で芋を掘って山のように積み上げた。
今は城の地下にある食料庫に保存してあるが、百人に満たないゴブリン達なら一年は食いつなげそうな量を収穫できたので、ゴブリン達が喜ぶのも無理は無い。
で、外敵から守られ、危険な森を歩き回って食料を集める必要が無くなると、ゴブリン達は暇を持て余し始めた。
元々怠惰なゴブリンではあるが、やる事があるのに面倒だからやらないのと、やる事が思いつかずに暇なのとでは意味が違う。
そこで俺がゴブリン達に与えたのは、元役人の奴隷であるジェイコブによる授業だ。
まぁ授業と言っても堅苦しいものではなく、人間世界を面白おかしく説明しながら礼儀作法や倫理道徳などを教えたり、商人を風刺した小話を話しながら簡単な算数を教えたりと、興味を引きながら知識を与えるタイプの教え方をさせてみた。
あまり善良とは言えないゴブリン達ではあるが、それだけに他人からバカにされる事を嫌がる傾向があるので、意外とジェイコブの授業に興味を持つゴブリン達は多く、今のところ順調にゴブリン達の意識改革は進んでいる。
いや、バグバのように次の段階で使おうと思っていたジェイコブに作らせた教科書を自分から読もうとするゴブリンも居たので、順調以上と言ってもいいのかもしれない。もちろんそのまんまじゃ読めないんで、『精神感染』を使って文字の意味だけは分かるようにしてやったがな。
勉強は勉めるを強いると書くが、必要な知識を身に着けさせるだけならそんな事をさせるまでもないんだよな。ただ興味を持たせ、知識を身に着ける意味と身に着けた事で得られる恩恵を教えてやれば、自分から知識を得ようとするようになるもんだ。
身近な例を挙げるのなら、ゲームなんてどうだろう?
ただ楽しむだけではなく、より効率良く進める為や対戦相手に勝つ為に知識を求めたり技術を高め、より楽しむ為に更なる知識を求める。中には面白いネットゲームがやりたいと言うだけで日常会話レベルの外国語を身に着けた猛者も居たほどだ。
――ゲームだから好きでやっているんだろうって?
たしかにそうだが、しかし作業レベルで見れば、単純作業を繰り返したり教科書を読みながら工程を進めていったりとやっている事には大きな差は無い。
じゃあ何で勉強があんなに苦痛なのかと言われれば、意味も分からずに押し付けられ、その上無駄にプレッシャーをかけられるからだと、俺は思っている。
実際、学校の勉強は壊滅的なヤツラでも、バイクや車の免許を取る為なら必死に勉強をしていたからな。
そして試験に通る自信が無いと泣き付いて来たから試験問題の問題集を間違ってもいいから何度でもやれと言ってやったら、学校のテストでは一ケタ台の点数しか取れないようなヤツラが全員筆記試験を一発合格しやがった。
前世で利用していたヤツラの話だが、別に特殊な例と言うほどの事でも無いだろう。
自分でやりたいと思った事に関する勉強は苦痛に感じないし、試験問題を何度もやる事でテストに対する苦手意識と余計なプレッシャーが軽減されれば素の実力が発揮されるので、ヤツラの努力が身を結んだだけの話でしかない。
…………話がそれたな。
まぁ、そんな感じに前世での経験を生かしてみたら上手くいった訳だ。
もちろんゴブリン相手に同じ事をやっても上手く行くとは限らなかったんだが、『風使い』で空を飛ぶ練習をしている時に森の東側に在るゴブリンの国を見たので、たぶんいけるだろうとは思ってやってみた。
蒼の森は東西に数千キロはありそうな広さがあり、その中央が深層部と呼ばれている。俺達が住んでいる集落があるのは西側で、イルメラから得た情報には東側の事がなかったから練習のついでに東の方まで飛んでみたんだが……。
深層上空を避け、北から回り込んで蒼の森東部に入ると、小規模ながらいくつものゴブリンの国が存在していた。
建物はボロいが都市と言って差し支えない街と、その周囲を取り巻く小さな村々、そしてそれらを繋ぐ道もあると言う事は定期的な流通が存在している証だ。
初めて目にした時には愕然としたもんだが、落ち着いて考えれば東西で文明に差ができた理由に思いつかなくもない。
たぶん、ご隠居さんの言っていた人間とゴブリンの戦争が原因だろう。
西側のゴブリンが人間相手に総力戦をして全滅しかけ、社会が崩壊。さらに人間に追い散らされたお陰で文化の継承もままならず、野人生活から再出発ってところじゃないのかな?
実際にナニが起こったのかは分からないが、素のゴブリンでもこう言う社会が築けると言う現実を見た事で、俺のゴブリンに対する見方が変わったのはたしかだった。




