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Deviant ー妖魔転生ー  作者: 是色
第七章 放埓
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7-9


 廓街に呼び出された日から数日後に、またミストレスから呼び出しがあった。

 相談の内容は前よりも明確になって、とある貴族が薬物がらみで困った事になったので助言が欲しいとの事だった。

 それでも情報の出は今一だったのだが、俺と(・・)ミストレスが(・・・・・・)協力して(・・・・)話を進めていくと次第に全貌が明らかになる。


 事の起こりは一月ほど前、とある貴族の長男が妙な事を言い出したのが切欠らしい。

 で、ソレを不審に思った周囲がそれとなく探ったら、例の香炉が出てきようだ。

 香炉の出所は長男の古くからの友人で、そう言う遊び(・・・・・・)をするような人間ではなかったのに、尋問すると神がどうとか長男と同じような事を言い出した。

 この段階で嫌な予感がしたんだが案の定、長男の話も宗教がらみだったようだ。


 一時は廃嫡の動きもあったようなんだが、それはまずいと長男の派閥の人間がこうやって動いているらしい。

 そしてミストレスは、長男の派閥に貸しを作りたくて俺を売り込んだようだ。


 ご苦労な事だが政争に俺を利用するのは勘弁してくれ。役に立っても立たなくても、恨まれる未来しか想像できないんだからよ。

 しかし、頼まれた以上はそれなりの成果を出さないと後が怖いので、長男の症状を詳しく聞いてみたんだが……。

 中毒や依存症なら何とかなるかもしれないが、洗脳の治療は専門外なんだよなぁ。

 話を聞く限り、どう考えてもダウン系のクスリでトリップしながら、その友人とやらに妙の事を吹き込まれたようにしか思えない。


 薬物による洗脳は、あまり大っぴらに語られる事は無いがそれほど難しい事でも無い。

 前世の世界でも、信者を獲得する為にクスリを焚いて説法をするなんて宗教の話があったしな。

 今回の件も、たぶんソレと似たようなもんだろう。


 とりあえず、洗脳されて植え付けられた常識を意識させないようにしながら環境を変えて、数年ほど様子を見てはどうかと話してみたが、たぶん望みは薄いと思う。

 洗脳は当人の常識を書き換えてしまうから、どうにかしようとするのなら、もう一度こちら側の都合の良いように洗脳するしか無いんだよなぁ。

 そしてソレをやったところで洗脳前の状態に戻る訳ではないから、俺が再洗脳をした場合、ほぼ確実に俺の所為で長男がおかしくなったとクレームが来るだろう。

 だからと言って、洗脳云々を説明するのも面倒臭い。ナンで俺がそんな事を知っているのかと言われたら、説明もできねぇしな。


 まぁそれでもおかしくなり出したのが最近だと言うのなら、時間をかけて心を解してやればまだ可能性は在る。

 洗脳は時間をかければかけるほどより強固になるから、早めの対処が一番の薬だろう。


 結局、ミストレスとその“後ろの人”には、あまり役に立てそうにないがと前置きをつつ、その長男はクスリで機嫌を良くしている時に言われた言葉を強く信じすぎておかしくなっているのだろうと説明し、対処法として捻じ曲げられた心を癒す為に心安らかにできる環境で様子を見るしか無いと思う、と言う事で決着した。

 さきにも説明したとおりだが、俺にはこれ以上どうしようもないんだから仕方が無いだろう。

 勿論“後ろの人”からは「あの方が麻薬に惑わされたとは言え、あのような愚かな事を信じる筈が無い!」なんて言葉も洩れたようだが、香炉で炊いたと思われるクスリを人体実験しても幸せな気分になっているだけでソレ以上の異常行動は見られず、魔法に関しても最高位の治療師が調べてもソレらしい痕跡は見られなかったようなので、俺の言う事を最終的に信じるしかなかったようだ。


 納得は得られないまでも一応の解決策を得られた事で、今度こそ本当にお役御免となった俺は、前回以上の報酬をもらって廓街を後にした。

 しかしずっしりとした金貨の重み以上に、今回の件で得られた情報は俺の心を浮き立たせてくれる。

 なにしろ、それなり(・・・)以上に(・・・)権力を(・・・)持つ(・・)貴族の(・・・)跡取りが(・・・・)南にある(・・・・)ガナーク(・・・・)教国の(・・・)人間に(・・・)洗脳(・・)された(・・・)んだから(・・・・)なぁ(・・)

 全ては俺の憶測でしかないが、たぶん間違ってはいないだろう。

 跡取りの派閥だとは言え、その構成員でしかない人物が、この国でも有数の都市だと言う話のトーラスの裏社会で無理を押し通せるだけの権力を持っているとすれば、貴族でも高位のヤツラだと考えて間違いは無い。

 そして国教が多神教であり、他の宗教にも寛容であるこのジュラルデン王国であそこまで毛嫌いされる宗教は、ジュラルデン王国に侵略した経験のあるガナーク教国の国教であるガナーク教を除けば、不死者を崇拝するような邪教くらいなもんだろう。


 つまり、これで一段と戦争の起こる可能性が高まった訳だ。

 もちろんこの一件だけで大幅に可能性が高まった訳じゃあ無いが、ガナーク教国の方でも侵略を計画中だと言うのなら、放って置いても確実に火種は芽吹く。

 そうなれば、後は坂道を転がるように戦火は拡大していく筈だ。王国にも教国にも戦争をする理由があるからな。


 ――魔法は便利だが、便利すぎて、言い訳のしようも無い悪事をすれば、確実に捕まって罰を受ける事になる。

 たとえ大陸の反対側まで逃げたところで、逃亡先で不審に思われて魔法で調べられたら元の木阿弥だ。人の来ない人外魔境でもなければ逃げ場が無くなるだろう。

 だから、俺が手に入れた力を人間相手に振るう為には、戦場を作る必要がある。

 戦場でならどれだけ暴れようが問題は無い。目立つのは避けたいが、目撃者さえ出さなければどれだけ殺しても、どうとでも言い訳ができるんだよなぁ。


 などと楽しい未来を夢想して歩きながら意識をシオンの監視をさせていたクビラに向けると、面白い光景を見る事ができた。



 ・



「――――父上、それはどういう意味でしょうか?」


 薄暗い部屋で、シオンは頭の上に王冠を載せた老人と、小さなテーブルを挟んで対峙していた。

 テーブルの上にはあからさまに妖しい色の液体が入った金杯が乗っていて、シオンはソレを凝視している。

 老人はシオンの父親で、この国の王様だ。


 あの日シオンと別れた後、シオンの馬に施した細工を頼りにレクルプス王国の城に潜り込んで、クビラに情報収集とシオンの監視を命令した。

 で色々分かったんだが、どうやらこの国は今、王位継承問題で少しばかりもめているらしい。

 当事者は、シオンとその弟のカルロ。王位継承権を持っているヤツは他にも居るようだが、問題になっているのはこの二人だ。

 シオンは第一王子だが母親は出自が低く側妃で故人、つまり後ろ盾は無いに等しい。

 カルロは第二王子だが母親は正妃で健在、なので宮中でも貴族社会でも権勢を揮っている。

 これでシオンのデキが悪ければまだ話が早いんだが、困った事に眉目秀麗の上に武でも文でも群を抜いていて、国がその戦闘能力を保証する“騎士”を務めながら、学者達とも互角に論争を繰り広げられるくらいに知識もあり、さらに民衆にも分け隔てなく接して孤児や貧民にまで施しをする慈愛の人として人気になっている。

 まさに智勇兼備八面玲瓏といった感じで他の騎士や兵士、民衆の人気はきわめて高かった。

 だからシオンに性転換薬を盛ったのはカルロ王子の陣営の誰かかなぁと思っていたんだが、どうやら違ったようだな。


「説明されねば分からぬのか、シオンよ」


「……いえ、考えたくはありませんでしたが、やはり父上もご承知だったのですね」


「当然だ。でなければ、第一王子であるそなたに毒を盛る事などできよう筈もない」


 素っ気無い王の肯定に、シオンは僅かに目を伏せる。自分で「やはり」と言ってはいても、敬愛する父親に毒を盛られたなんて事は信じたくなかったんだろう。


「………………分かりました。ですが、この薬を飲む前に、“何故”なのかを教えていただけませんか?」


「ふむ。理由が分からねば、覚悟を決められぬか。ならばとつぎゆく()へのはなむけとして、語って聞かせてやろう。

 ――――全てはな、そなたの力が足らぬがゆえよ」


「僕の、力が……?」


「そなたは確かに良くやっていた。

 しかし、そなたの努力は王として必要な物ではない。

 王とは国を治める者であって、民と共に在る者では無いのだ」


「そんな、僕は……」


「思えば、そなたは母に似たのであろうなあ。

 あれは余が愛した唯一の女であった。

 貴族に生まれながら民を慈しみ、その優しさには余も癒された。

 だが王にあっては優しさなど邪魔でしかない。

 王とはな、シオン。国を守る為ならば、民も兵も己の愛する者だとて、その手にかけねばならぬのだよ」


「だから……、なのですか?」


 悲しみに満ちたシオンの言葉に、王は巌のような表情を初めて崩し首を横に振る。


「いや、そうではない。そうではないのだ、シオンよ。今はもう、そなたを生かすにはこの方法以外に無いのだ。

 そなたが第一王子として弟の力を削いでいれば、そなたに王位を譲る未来もありえたろう。

 そなたが側妃の子として正妃の子であるカルロを立てていれば、そなたを臣籍に下らせ生かす道もありえたろう。

 しかしそなたは兄として弟を慈しむもへりくだる事をせず、だと言うのに王位への野心を見せる事もなく、ただいたずらに実績を積み名声を得てきた。

 これでは、そなたを王にしてもカルロを王にしても、いずれ国は割れるだろう」

 

「僕は!別に、王位など!」


 王の血を吐くような独白に、シオンも叫ぶように声を荒げて反論する。しかし、そんなシオンに王は厳しい目を向けた。


「そなたが良くとも周囲の者達が放ってはおかぬ。

 母の出がどうであれ、長子であると言うだけでそなたが王位を継ぐ資格は十分あるのだ。

 そして親の欲目などではなく、そなたは十分優秀だと余も思っておる。

 なればこそ、正妃の子である事が唯一そなたよりも勝っているカルロが王を継いだ時に、そなたの存在が害悪になるのだ」


「……………………この事を、アンナ様とカルロは知っているのですか?」


「知らぬ。知っておれば、必ず反対していたであろうな」


 調べた限りではシオンと弟の仲は良好で、正妃も王位をカルロに継がせようとはしていてもシオンの排除までは考えていなかったようだ。

 なにしろ、正妃はこっそりとシオンの絵姿を隠し持ってるくらいだからな。この事を知ったら逆に反対するんじゃねぇのか?


「そう、ですか」


「全ては余の一存。

 恨むなら余を恨むがよい」


 王の言葉にシオンは透明な表情で微笑みを浮かべ、なんでもない事のようにあっさりと金杯を空けた。

 ソレを見ていた王の表情に変化はなかったが、歯軋りの音と共にナニカが砕ける音が部屋に響く。歯を食いしばりすぎて奥歯でも砕けたかな?

 そんなに無理をするくらいならもっと早くに手を打てばよかったのにと思わなくも無いが、王には王の事情もあったのだろう。

 なにしろ王サマなんて言うのは、自分の選択一つで国が滅びかねない重圧を背負って仕事をする職業だからなぁ。


「最後に、もう一つだけ……。

 バルバス家の方々は、この事をご存知なのでしょうか?」


 バルバス家ってのはシオンの嫁ぎ先だ。

 シオンは今日この部屋に呼び出されて、王にこの薬を飲んで一月後バルバス家へと嫁ぐように命じられていた。


「承知しておる。

 そもそもこの薬はバルバス家のみに製法が伝わる秘薬。それを譲り受ける代償に、バルバス家の頭首であるクロードがそなたとの婚姻を望んだのだ」


「クロード殿が……。

 でも、何故僕を……?」


「さて、な。

 レクルプスの血を欲したか、それともそなたを哀れんだか。

 どちらにせよクロードが欲し、余が応じた。これは決定である。今更そなたが拒否しようと許されぬ事だ。


 ――――しかしな、シオン。

 余が応じたのは婚姻の許可までだ。婚姻が成立してしまえば、継承権を持つ他の者が全て死に絶えでもせぬ限り、二度とそなたが王位を継ぐ事はかなわぬ。

 だから、その後は好きに生きると良い」


「ですが、そんな事をすればみなに迷惑が!」


 父親の言葉の意味を悟ってシオンが声を荒げる。

 そりゃ、新婚初夜に逃げ出せだなんて唆されれば驚くわなぁ。相手の面目丸つぶれだしよ。


「侮るでないわ。余が危惧するのはそなたとカルロが争う事のみよ。

 それに、実はクロードにもそれは言ってある。婚姻の許可は出すが、男であったシオンが大人しくおぬしに嫁ぐかどうかは分からぬぞ、とな。

 そうしたらあの男、全て自分に任せろと抜かしおったわ。

 だからな、シオン。

 気に食わぬなら、出戻るなり出奔するなり好きにせい」


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