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Deviant ー妖魔転生ー  作者: 是色
第七章 放埓
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7-8


「いやぁ旦那。ご足労願ってすいませんねぇ」


 相変わらずの調子で挨拶をする中年男だが、場所はいつもの地下室と違って妖しい気配の漂う屋敷の一室だった。

 トーラスの街一の悪所である廓街の、そのまた奥の一般人には知る事もできない治外法権な一室である。


 で、なんで俺がこんな所に居るのかと言えば、裏社会のヤツラに呼び出されたからだ。

 書庫を出た後、台所で俺を呼ぶフェリシアに話を聞いたところ、用件はやはり裏社会のヤツラからのご招待だった。

 初めて呼び出されたのはバサラの件だったが、それ以降も何度か相談事やら頼み事やらで呼び出され、俺も大分コイツラに馴染んできたように思う。

 それでも一線は引いていたので、こんな他の客と顔を合わせかねないような場所に呼び出された事はなかった。

 ……それだけ、今回の用事が特別だって事だな。


「急ぎの用事もなかったから別に構わねぇが、今日はえらく豪勢な場所に呼び出したじゃねぇか。

 だが、どれだけ良い思いをさせてくれたって、今流している以上の“ブツ”は卸さねぇぞ?

 ご隠居さんとは、喧嘩をしたくねぇからなぁ」


 以前に呼び出された時には酒と女で接待されてもっと強力な薬物を卸すように頼まれた事があったが、俺が流通元だと発覚した場合の危険性を説明してソレは断った。

 ただ、その代わりに裏社会のヤツラが扱っているクスリの精製方法や調合法のアドバイスをしたり、薬物を楽しむ上でより効果的な使用方法なんかを教えてやったので、損はさせてない筈だ。

 たぶん今回の呼び出しはソレとは別件だろうが、軽い牽制の意味も込めて口にしておく。


「あ……、いや今日はですね、あっしじゃなくて別の者が旦那と話しをしたくてお呼びしたんです」


「ほう?って事は、今日のオマエは単なる顔繋ぎか?」


「ええ。ですんであっしは話を通したら消えますよ」


 そう言って、中年男は傍らの女に目を向ける。


「――こちらは、廓街一帯を纏めている元締めで、ミストレスと呼ばれてるお方です。

 ミストレス、この方がご指名の悦楽の薬師さんで」


 ミストレスと紹介された女は、年齢不詳の美人と言う以外にはコレと言って特徴が感じられなかった。

 なので、大都市の盛り場を預かる女にしては迫力が無いと拍子抜けしたんだが……。


「初めまして、薬師様。わたくしはこの辺りの差配を任されている者で、ミストレスと呼ばれております。

 この度はわたくしどもの願いによりご足労いただきまして本当にありがたく思っているのですが、少々込み入った事情がありまして、すぐに用件に移りたいのですがよろしいでしょうか?」


 と、微笑みながら挨拶した後に困り顔で首を傾げただけで、体の奥の方を生暖かく柔らかいナニカが舐め上げるような快感に襲われたので本質はバケモノだと思い知らされた。

 たぶん今この女から感じられる雰囲気は、俺が不快にならないように演じているだけなんだろう。

 その気になれば客の好みを一目で判断して、その理想の姿を体現するに違いない。


「構わねぇよ。俺も手っ取り早く済むんならソッチの方がいい」


「ありがとうございます」


 話が纏まったのを確認したからか、中年男が一歩身を引いた。


「んじゃ、あっしはこれで失礼します。

 ミストレス、旦那は気難しい方ですからくれぐれも失礼の無いように気をつけてくださいよ。

 その代わりにお行儀良くしてりゃ、良くしてくれますんで」


「煩いよ」


 言うが早いか背を向けて部屋を出る中年男に文句を言ってやったが、あの調子では聞こえていたかは微妙だな。

 しかし、参ったな。中年男の捨て台詞の所為で、ミストレスが俺の機嫌を損ねなければサービスしなくちゃならない空気になっちまった。

 やはり、裏の連中は油断ができないヤツラばかりで困る。


「はぁ、まぁいいや。

 ミストレスさん、用件の方を片付けようか」


「はい。では、これを見ていただけますか?」


 ミストレスがテーブルに被せられていた布を取ると、その下から古ぼけた香炉が出てきた。


「触っても?」


「どうぞ」


 許可が出たので持ち上げて観察したが、材質形状共に特別なナニカは見つけられなかった。

 しかし蓋を開け中を覗き込むと、中に入っていた燃え残りから漂う僅かな香りが鼻をくすぐり、ソレと同時に頭の奥が鈍く霞む。


「……コイツは、クスリ用の香炉か?」


「だと、思われます。

 その香炉は、わたくしどもとは違う組織の者達が使用しているようなのですが、薬師様は使われている薬に何かお心当たりはありませんでしょうか?」


「まさか、俺がソイツラにクスリを流してるなんて疑ってる訳じゃあねぇよな?」


「滅相も無い」


 皮肉っぽく笑って訊いてやると、ミストレスも笑って否定を返してきた。

 本当に、やり易過ぎてイヤになるな。


 焚いて煙を楽しむタイプのクスリにはいくつか心当たりがあったんだが、『自在工房ワークショップ』で調べてみても検出できたのは薔薇の花に似た成分だけで、俺の知るクスリの原料に含まれている成分は見つけられなかった。


「…………いくつか知らねぇ成分があるが、原材料は薔薇かナニカの花っぽいな。

 コイツを使うと、どんな風になるのか分かるか?」


「報告では吸引後しばらくすると酩酊状態になり、思考の開放と感覚の鋭敏化などの症状がでるようです。

 幻覚や凶暴性の増大は無く、使用後数日経っても禁断症状は感じられないとの事でした」


「ほう、商品としちゃあ悪くはないな。

 常用した場合の影響が分からないのは不安だが、軽く楽しむ分には問題無さそうなクスリじゃねぇか。

 ただ蒼の森で採れる薬草なら大体は知ってる筈の俺が分からないって事は、ここらヘンじゃあ手に入らないクスリだと思うぞ」


「そうですか……」


 ミストレスがそう言ったきり、妙な間が空いた。考え込むような、言いよどむような態度で、ミストレスは俺を見ながら口をつぐんでいる。


 どうなってる?

 クスリを欲しいだけなら、その裏社会の連中とは別の組織とか言うヤツラから買うなり奪うなりして手に入れればいいだけだろう。

 それなのに何も分からないと言った俺を残したまま、裏社会の資金源である廓街を任されている女が思案するのは少しばかりおかしな事だ。

 いや、そもそもその程度の話をしたいのならいつもの地下室で話をすればいいだけだし、客に売る側(・・・)のミストレスが出てくるのも異常だろう。

 だとすると……。


 地下室ではいけない理由は何だ?

 ミストレスが俺と相対する理由は?

 そしてミストレスの態度と、俺に向ける視線の意味は?


 ………………そういやぁ、ミストレスは込み入った(・・・・)事情(・・)があると言っていたな。

 急いでいる?それとも誰かを待たせている?

 だがそれなら何故早く話を打ち切らない?


 ――打ち切る必要が無いからだ。

 つまり“誰か”はこの会話を聞いていて、ミストレスは通信かナニカで送られてくるソイツからの指示を待っているから動けない。

 本来なら手練手管で俺にこんな事を考えるような時間を与えない事もできるんだろうが、それも“誰か”に禁じられているのか、それとも“誰か”に配慮しているからか。ともかくこの場は俺の為に設けられたのではなく、その“誰か”の為に設けられた場で、俺はただの参考人として呼ばれたに過ぎないのだろう。

 そう考えれば色々と辻褄が合う。

 その“誰か”は地下室なんかに呼べるような身分ではなく、ミストレスがアゴで使われても当たり前だと思えるような立場のヤツなんだろう。


「あ~。俺は役に立てそうにないんで、帰っていいか?」


 いつまで経っても動きが無いので、少し揺さぶってみる事にした。

 勿論、すんなり帰して貰えるとは思ってないがな。


「……そう、ですね。

 薬師様、今日はありがとうございました。こちらをお持ちください」


 しかし、ミストレスは少し考えただけで了承する。

 愁傷な顔でミストレスが差し出した包みを受け取ると、中身がジャラリと重い音を立てた。


「ほう、ちょっと呼び出されただけでコレか。随分と気前が良いな」


 俺の言葉に、ミストレスは意味ありげに笑う。

 ああ、そうか。

 俺の感じていた違和感は、全てミストレスの演技の所為か。

 自分の背後には“誰か”が居て、本当に俺に用があるのはソイツであり、ソイツはできる限り俺に情報を与えたくはないが、ソイツの問題を解決するには俺の協力が不可欠だとミストレスは思ってる。と……。 


 なら俺も、言われた事だけしかできない男じゃないってところを見せてやろうかな。

 薬師としての俺で役に立たないのなら、別の俺ではどうだ?


「ふむ、さすがにコレは貰い過ぎな気もするんで、またなんかあったら呼んでくれ。

 薬師としてだけじゃなく、治療師としてでもいいぜ?」


 俺の言葉にミストレスが僅かに笑みを深くする。

 とりあえずは、正解を引き当てたようだ。


「ありがとうございます。

 薬師様のそちらのご高名も他の者から伺っておりますので、機会がありましたらぜひ」


「あんまり持ち上げないでくれ。高名と言ったって、スラムで治療をした時の事くらいだろ?」


「いえいえ。お薬が手放せなくなったとある高貴な方を治療された、と言うお話も、耳にしております」


 ほう?アノ話を持ち出してくるか。


 以前に中年男を介して仕事を紹介された時の話なんだが、貴族の三男だか四男だかが麻薬にハマって手に負えなくなったから治療してくれ、と頼まれた事があった。

 まぁ依存症なんてモノは『自在工房ワークショップ』でいくら体をいじったところで治せるようモノでもないんだが、単に乱用しすぎて効きが悪くなり禁断症状で苦しんでいるだけならヤリ方はある。

 要は不健康な生活をしながら薬物を連続で使用した事で、体の感度が鈍った上に薬物の耐性がついてクスリが効かなくなった訳だ。

 なら規則的な生活をしながら運動をする事で健康を取り戻し、クスリを使う時以外は極力刺激の少なくすれば、小量のクスリでも極上のトリップを楽しめるってもんだ。


 ヤク中男から一度クスリを抜いてから、そう言ってクスリの楽しみ方を教え、実践させる事で乱用状態を改善させた。

 お陰で今では見違えるような好青年になっているのだが、ついでに家族の方にも助言したので上手く行けば薬物からの脱却もありえるだろう。

 所詮依存症なんてモノは、本人が止める気にならなければ、周りがどうしたって止められるものではない。これは薬物に限らず、ありとあらゆる快感を伴う行為に言える事だ。

 ならそれを周りが止めさせるにはどうしたら言いかと言うと、対象を孤立させなければいいらしい。

 ある実験では、一匹のネズミを隔離してただの水と麻薬入りの水を与えた場合は麻薬入りの水を飲んで中毒になるが、多数のネズミをケージに入れて同じ実験をした場合は中毒になったネズミは一匹も居なかったと言う話だ。

 このラットパーク実験の真偽は俺には判断できないが、少なくとも某国では薬物を禁止するよりも社会復帰を優先させた結果が功を奏しているようなので、俺もソレに習ってみた。

 もっとも、タバコやヘロインのように肉体的な依存性の高い薬物の場合で重度の依存状態だったら、また話は違ってきただろうがな。


「さて、ナンの事だか。

 そんな事があったかも知れねぇが、忘れちまったなぁ」


「あら、これは失礼しました」


 タヌキだねぇ。口止めされていて、俺からは話せないのは知っているだろうに。


「悪いが面倒な事はすぐに忘れることにしてるんでね。

 じゃ、またなんかあったら呼んでくれ」


「はい。ではまた」


 満足そうな笑みでミストレスが俺を見送る。

 あの様子だと、ミストレスの思惑通りに事が運んだようだな。


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