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Deviant ー妖魔転生ー  作者: 是色
第七章 放埓
75/100

7-7


「じゃ、ノエルちゃん。この問題は分かるかな?」


「え~とぉ……」


 授業が行われている書庫から、マルグリットとノエルの声が聞こえてくる。


「――勉強もいいが、そろそろ一息ついたらどうだ?」


 軽くノックをした後に書庫に入ると、何冊も本が広げられた机を挟んで座っていたマルグリットとノエルが揃ってこちらを振り向いた。


「あ、ニグレドさん!」


「よう、久しぶりだなノエル。元気にしてたか?」


「うん!ノエルはいつも、元気だよ!」


 ノエルは輝くような笑顔で返事をした。

 一瞬背筋に気持ちの良いナニカを感じたが、奥歯を噛み締めてソレを押さえ込む。

 相変わらず『精神感染メンタルウィルス』で作った『防壁ファイアウォール』では、ノエルの固有魔法を防ぐ事はできないようだ。

 何度も改良してるんだが、ノエルの魔法は防げないんだよなぁ。


 ノエルの固有魔法自体は、健康診断と言いつつ『自在工房ワークショップ』で適当な魔法の道具に複写して研究中だ。

 まぁ解析しても、異質すぎて全然理解できないんだけどな。

 その上、魔法の道具に複写した魔法式を発動させてもナンの効果も出ないので、正確な魔法の効果も把握できていない。

 今のところ分かっている事と言えば、ノエルの持つ二つの固有魔法のうち他人の心を見透かす方はまったく何も分かっておらず、『魅了』の方は魔力の多寡や防壁の有無に関係なく周囲の生き物に自分ノエルに対する好意を持たせる事ができるって事ぐらいだ。


 一応、魔法に対する高い耐性を持つオーガであるバサラですら一目でノエルにデレたんだから、『魅了』の効果に関する仮説は間違っていないと思う。

 ただ人によって効き目にばらつきがあるようで、俺やマルグリットのように強く影響がでる事もあれば、バサラやフェリシアのように仲の良い友人の妹か子供程度の好意しか抱かない場合もあるようだ。


「そうか、そりゃなによりだ」


「うん!おじさんもおねえちゃんも、お店に来るお客さんも、みんな元気なの!」


 魔法の事もあってあまり顔を合わせないようにしている所為か、俺と会うといつもノエルはテンションが高くなるな。

 固有魔法で腹ん中まで見透かされてる可能性もあるが、仮にそうだったとしても、これだけ好かれてりゃあ悪い気はしない。


「ははは、そうか。

 勉強の方はマリーからがんばってるって聞いてたからな。そのご褒美に、新作の菓子の試食をさせてやろう」


 そう言って机の上に置いたのは、ホイップした生クリームを添えたシフォンケーキだ。

 オーブンの温度調整に梃子摺ったが、前世で料理に凝った時に菓子作りも少し齧ったので何とかなった。

 問題は俺がコレを思いついた理由の説明だが、ホイップした生クリームはバターを作る時に思いついたと言えば大丈夫だろう。

 シフォンケーキの方も、カステラが既に存在していたので甘みを抑えて生クリームに合う様に調整したと言えば問題は無い。


 ――――うん、カステラが存在したんだ。ついでに言うと水飴も。

 もちろん、カステラも水飴もこの世界の人間が独自に作り上げた可能性はある。しかし調べてみると、百年以上も前の料理人がどちらも一から発明した事が分かった。

 まぁ天才ってヤツは往々にして一の情報から十の成果を導き出したりするが、まったくのゼロから完成品を作り出したりする事は滅多に無い。……筈だ。

 だからまず間違いなく、その料理人は俺と同じように前世の記憶を持っていたんだろう。

 カステラと水飴以外には目立った功績が無い事から、たぶんソイツは江戸時代の日本人で、和菓子作りにたずさわっていたんだと思う。

 だったら餡子や、醤油や味噌なんかもあるんじゃないかと思ったんだが、どこを探しても無かった。

 作る事ができなかったか、作っても広まらなかったか、何らかの理由で失伝したのか、それともその部分の記憶は思い出せなかったのか。

 理由は分からないが残念な事だ。


 ちなみに、異世界の前世持ちは俺とコイツだけでもなさそうなんだよな。

 少なくとも酒の聖人バッカスと名乗って世界中に酒の製法を広めて回った古の聖人は俺達と同種である可能性が高いし、単に前世の記憶があると言うだけなら、マルグリットの書庫にある本の一冊にも身に覚えの無い記憶が有ると言う貴族の日記もあった。

 だからと言ってナニがどうって事も無いんだが、他にも俺の様に前世の記憶を持ってるヤツが居るって事が分かって、安心したのと同時に少し落胆している自分に気がついて驚きはした。

 自分だけが特別な存在だなんてバカな妄想、中二病だなんて言われても仕方が無いからなぁ。


 ……しかし、俺と同じ世界とは限らないが似た様な文化のある世界の記憶を持ってるヤツラが居たって言うのに、この世界の技術レベルがそれほど高くないのはなんでなんだろうな。

 やはり魔法が便利すぎて、技術が発展しないからだろうか?

 技術が発達したとしてもその分野で魔法が力を発揮すれば技術は駆逐され、魔法が使えるヤツが死ねば後にはナニも残らない。

 一度失われた技術を再構築するには最初から構築するのと同じか、それ以上の労力が必要になるって話もあるくらいだし、失われた技術を再構築するより魔法を発現させる事の方が簡単に思えてしまってもおかしくはないだろう。

 だから技術を積み重ねていく事よりも、一足飛びに魔法で解決しようってヤツラの方が多いとしても不思議じゃあないんだよなぁ。


 それに、技術は秘匿する物で広く開放する物では無いという考え方も、技術の発展を阻害する要因の一つだろう。

 たしかに著作権なんて概念すらまだ無いこの世界じゃあ、その考え方も間違ってないんだけどよ。


「ふわふわで、美味しい!」


「ほんと、ふわふわぁ!」


 ケーキをひとくち口に入れたマルグリットが歓声をあげ、ノエルもそれに同意する。

 他の料理よりも、やはり甘い物の方が女や子供には受けが良いな。

 

「喜んでもらえてなによりだ。その様子なら、組合のヤツラに教えてやってもよさそうだな」


「ええ、大丈夫だと思いますよ。

 このカステラ(・・・・)、少しぱさぱさしますけどその代わりとても柔らかくて、白いクリームも舌の上で溶けるみたいで、とっても美味しいです。

 たぶん、少しぐらい高くても、みんな買うと思いますよ?」


 少しぐらい高くても、か。

 

「俺は商人じゃないからこの料理の値段は想像つかねぇが、砂糖をたっぷり使ってるんで安くは売れねぇだろうなぁ。

 しかも日持ちもしねぇから注文売りにしなくちゃならないだろうし、高級な食堂か貴族サマの菓子にでもしなきゃモトはとれねぇんじゃねぇかな」


 砂糖が輸入でしか手に入らないのがネックなんだよなぁ。

 しかも国を二つ三つ越えているらしく、他の食品に比べるとかなり高級な嗜好品だったりする。


「そうですか……。

 でもレドは本当に凄い。前に作ってくれた“綿あめ”や“ポテトチップ”みたいにちょっとした工夫で凄く美味しくなるお菓子を作るだけじゃなくて、職人が何年も修行して作れるようになるカステラをほんの数ヶ月でこんな風にアレンジできるなんて」


 あ~……。

 記憶を頼りに材料の割合を調整したりオーブンの熱管理には手を焼いたのでまったく苦労してない訳じゃあないんだが、それ以外は全部前世の記憶のお陰だからそんなに褒められると後ろめたくなってくるな。


「なぁに、モノを知らないから他のヤツラとは違う考え方ができるだけだよ。

 それに何かを作ったり手を加えたりってのは楽しくてな、ついつい時間を忘れてふけっちまう。

 だから、失敗も山ほどしてるんだぜ?幸い俺は『自在工房ワークショップ』の魔法で状況を確認しながら作業をしているから失敗の原因や理由も把握できて次にいかせるんだが、それでも無駄にした材料の値段はちょっと口にしたくない金額だしなぁ」


 おどけたように言ってやると、自己嫌悪気味にしょげているマルグリットの顔に笑みが戻った。


 以前に比べるとだいぶ回復してるんだが、今でもたまにマルグリットはネガティブな思考に陥る事がある。

 蒼の森からの生還の件で負ったトラウマは、他人に対する不信と自己評価の低下と言う形でマルグリットの心に影を落としていた。

 若く純粋な小娘が、悪意の無い(・・・・・)侮蔑の目と醜い噂にさらされ続ければ、そうなるのも仕方が無い事だろう。


 周囲のヤツラの話を総合すると、蒼の森で遭難する前のマルグリット自身は割と冷淡で、若くして貴族に認められるほどの魔法使いである事を鼻にかけているようにも見えたようだ。まぁマルグリット自身は興味が無い事に目を向けていなかっただけなので、自分がそんな風に見られていたなんて思っても見なかったんだろうがな。

 で、それが魔境の森でゴブリンに一月も(・・・)飼われた(・・・・)居た(・・)のだから、口さがない連中がどんな噂をしていたのか予想ができるってもんだ。

  

 ただフェリシアに言わせると、最近のマルグリットを見ていると幼い頃のマルグリットを思い出すんだそうだ。

 幼い頃は天真爛漫で正義感が強く、よく笑う明るい少女だったらしい。しかし両親を亡くしてからはあまり感情を表に出さなくなり、魔法以外にはほとんど興味を持たなくなったと言っていた。両親の死については詳しい話を聞けなかったが、マルグリットが酷いショックを受けたのは間違いないだろう。

 ここからは俺の想像になるが、マルグリットはたぶん両親の死から逃避する為に魔法の研究に集中し、蒼の森で死に掛けた事か人間社会に戻って絶望を味わった事で、ソレから開放されたんだと思う。

 多大なストレスから無意識に何らかの行為に逃避する事も、強いショックでソレが解除されるのも、それほど珍しい事では無いしな。


「ねぇー!ニグレドー!いないのー?」


 などと考えながら喋っていると、台所の方で俺を呼ぶフェリシアの声がした。


「うん?フェリシアのヤツ、帰ってきたのか」


 フェリシアにはいつものクスリの取引を頼んでおいたんだが、俺が書庫で話している間に帰ってきたようだ。

 俺を呼んでいると言う事は、また裏社会のヤツラの呼び出しかなんかかな?


「んじゃ、フェリシアが呼んでいるし、勉強の邪魔になってもいけねぇから、俺は行くわ」


「もう、いっちゃうの?」


 寂しげにノエルがそう言った。

 いまだに好意を向けられるのには慣れねぇが、小さな子供にそんな顔をされると罪悪感がうずくな。


「そういや、マリー。ノエルの授業で、頼んでおいた部分は大体終わってるんだよな?」


「え?ええ。レドに頼まれた人体の各部名称と医学用語の説明は終わってますけれど……」


「じゃあ、ノエル。次か、その次の授業の時にでも俺流の人の治し方を教えてやろう」


「ほんとう!?」


「ああ。俺は嘘は言わねぇよ?

 ただ、急な予定が入ったらかんべんな。そん時は次の次の授業になっちまうかも知れねぇ」


 予定は未定。守れるかどうか分からない約束には、保険をかけとかないとな。


「だいじょうぶ!ノエル、まってるから!」


「ははは。まぁ、期待に沿えるように授業の準備をしておくかな……」


 いい加減、ノエルの魅了に抵抗する『防壁ファイアウォール』の改良も手詰まりだし、観念して白旗を揚げるのも一つの手だろう。

 断じてノエルの『魅了』に毒されたからではない。……と思いたい。

 

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