6-12
バサラが義肢に慣れ、まともに動けるまでには五日を必要とした。
初日に動かす事ができたんだから時間がかかったようにも思えるが、ヴィクトルの記憶の中の被験者達は一月経っても歩く事すらできなかったので、バサラの回復はかなり早いと言っていいだろう。
もっともまだ完全とは言いがたく、たまに力加減を間違えて木製のコップを握りつぶしたりしていたが。
それでもまぁ、気をつけていれば大丈夫だろうと判断して、バサラを街に連れ出す。
行き先は貧民街の近く、ノエルが世話になっている食堂だ。
道中特にトラブルがあった訳ではないが、やはり並の男よりも頭一つ大きいバサラはどうしようもなく目立ち、美貌とたわわな胸のせいで更に男たちの目を引いた。
しかしそんな男達もバサラの額に生えている角が飾りじゃないと分かると、顔色を変えて目を逸らす。
体の小さなゴブリンと違って、体のでかいオーガは珍しさよりも恐ろしさの方が先に立つようだ。
「ごめんよ!鍋の調子はどうだい?」
食堂は昼飯時を過ぎたって言うのにそれなりに賑わっていた。
俺がカウンターの奥にいる店主のジェフリーに声をかけると客達は俺に目を向けるが、食堂の入り口に黒い肌のゴブリンが立っていたって言うのに食事や会話を再開する。
だいぶ、俺の存在もこの街に浸透してきたようだな。
「ああ、ニグレドの旦那!いやぁ、おかげさまで……大……盛況……です……ょ…………」
ジャフリーの言葉が尻すぼみになったのは、俺の後から店に入ってきたバサラを見たからだろう。
「コイツの事は気にするな。俺の手下みたいなもんだ」
「おう!オレはバサラ!ダンナの一の子分だぜ!」
おいおい、いつの間に一の子分になったんだ?
いやまぁ、マルグリットやフェリシアは部下と言うよりは協力者だし、マコラは俺の依り代、ゴブリンのリーダーであるバグバや奴隷頭のフランクなら子分や手下と呼べなくはないが態々一の子分と呼んでやる必要はない。
だから今のところ一の子分と呼ぶ必要のある部下は、他に居ないと言えば居ないんだけどな。
「……そうなんで?」
オーガが自慢げにゴブリンの部下だなんてのたまったせいか、ジェフリーが呆然と呟いた。
言ってみればトラが自分をネズミの手下だと自慢するような物なので、ジェフリーがそうなるのも無理はないだろう。
「あ~……。まぁ、ソレでいいか」
プライドの高いオーガであるバサラが俺以外のヤツラの言う事を聞くとも思えないし、そう言う事にしておくか。
「バサラ。自分から一の子分だなんて言ったんだから、それに見合った働きはしてもらうぞ?」
「おう!」
いい返事だこと。
とりあえずバサラの扱いはコレで良いとして、と……。
「まぁ、とにかく。俺が街に居ない時に荒事で困ったら、コイツを頼ってくれ」
バサラを街に住ませるのは少しばかり危険だと思うんだが、集落に置いておいても面倒事しか引き起こさないような気がするので仕方がない。
身分の保証については、ご隠居さんに貰ったハンカチに活躍してもらった。
兵士達には渋い顔をされたがトラブルが起きた時の保証金として金貨を一袋だせばなんとか許可がでた。
ちなみにコレは裏金ではなくあくまで保証金なので、トラブルもなく街を出れば返還される筈なのだが、実際にはなんのかんの難癖つけられて返金されないのが常のようだ。
だからと言って、なんか問題があるのかと言われればナニも問題はないのだが。
金なんかどうとでもなるからな。
そんな事よりも、バサラを見た街の住人の雰囲気を見る限り、やはりオーガが街中を歩くってのはリスクがありそうだ。
少しでも心証が良くなるように、帰りに見回りの兵士の所によって挨拶がてら差し入れもしておくか。
「住んでいる場所はこのあいだ連れて来たマルグリットの所だ。住所は教えておいたよな?」
「お、おお。大丈夫だ」
「あと、バサラにはノエルの送り迎えなんかもさせるつもりなんだが……。ノエルはどうしてる?」
今はマルグリットが暇な時にこの店まで足を運んでノエルに教えているんだが、今後はバサラに送り迎えをさせようかと思っている。
その方が授業時間を多く取れるし、ノエルと一緒にバサラを歩かせて、バサラの姿を人目に慣れさせる目的もあった。
今日の様子を考えると少し危険な気もするが、バサラに仕事も与えずに放置すればナニをやらかすか分かったもんでもないしな。
「ノエルなら、奥で宿題をやってるはずだ」
「そうか。なら顔見せは後にして、先に鍋の調子を見ておこうか」
そう言って、店主の返事も待たずに調理場に向かう。
――薄汚れている割には片付いている調理場の奥には、場末の食堂には似つかわしくない異様な鍋が設置されていた。
百人分は一度に料理できそうな大きさと、密閉できるように固定具のついた丈夫な蓋の他にも、扱いやすいようにいくつかの装置が備え付けられている圧力鍋だ。
開店時間内とは言え、客の少ない時間を選んできたので鍋は蓋をされ火にかけられていた。夜の客に出す料理の下準備でもしているんだろう。
「圧力鍋は上手く使えているようだな」
ざっと『自在工房』で確認してみたが、安全弁が使われた様子もなく、蓋や固定具にも異常は見られない。
「言われた通りに使ってるだけだがこの鍋のおかげで店は大繁盛になってる。
教えてもらった料理も好評なんで、この分なら借りてる金もそう遠くない内に返せるはずだ」
店主に教えた料理は、骨や野菜くずからダシをとったスープにスジ肉の煮込みと大した物でもない。
ただ通常であれば、調理の手間と時間を考えると場末の大衆食堂店で出すには割に合わない部位である骨やスジ肉を、圧力鍋を使う事で短時間で美味く調理できて格安で客に提供できるのは大きな強みだろう。
他にも色々と料理を教えたいところなんだが、店のキャパシティを考えるとあまり繁盛しすぎてもまずいんだよなぁ。
忙しすぎて、圧力鍋を爆発させられても困るしよ。
「金の事は気にしなくて良い。
それよりも、料理の事を聞かれたら、分かってるよな?」
「言われたとおり、鍋とレシピを旦那に提供してもらった事と、頼めば無料でレシピを教えてくれる事を聞いてきた奴等には話してるよ。
だけどよ、旦那がほかの店にまで鍋や料理を広めたら……」
「安心しろ。圧力鍋は、前にも言ったとおり扱いを間違えれば危険なんで他の店に使わせる気はねぇからよ。
それにな、ヘタにこの店だけ俺のお陰で繁盛したと噂が流れりゃ、いらねぇ嫉妬を買う事になるぞ?」
嫌がらせくらいならどうとでもなるだろうが、飲食店の組合から睨まれて営業許可の取り消しとかって事態になると俺ではどうしようもない。
「料理にしたって、真似できる料理はすぐに真似をされるだろ。それならこっちから教えておいて恩を売っておくほうが良い」
まぁ実際は、一つの店でレシピを独占させるよりも、複数の店で競争させた方が美味い料理ができそうだってのが本音なんだがな。
前世で料理をした事があると言っても所詮は自炊レベルでしかないので、俺が作るよりもこの世界の料理人にアイデアを教えて研究させた方が美味い料理はできる筈だ。
その為にもこの店にはそこそこ繁盛してもらって、街の料理人たちの目を引いてもらう必要があるんだよなぁ。
「だが、なぁ……」
にえきらねぇなぁ。
借金で娘を売る寸前にまでなったんだから、仕方がないといえば仕方が無いのかも知れねえが。
「――そんなに心配なら、もう一つ二つ、客に受けそうな料理を教えてやろうか?」




