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結局その夜は女子会の様なモノが開かれたらしく、次の日の朝には数年来の友人の様な気安さで三人は打ち解けていた。
何と無く結託してナニカを企んでるような寒気も感じたが、ヘタに突いて薮蛇になっても嫌なのでとりあえずは様子を見る事にする。
そんな感じに妙な緊張感をはらみながらも和気藹々とした朝食の後、バサラの世話をフェリシアに任せ、マルグリットは協会に、俺はいくつかの用事を済ませるために出かけた。
用事のメインはスラムの健康診断だが、その前に以前にも利用した商会によって買い物をしたり、ノエルが世話になっている食堂に様子を見に行ったりとやる事は多い。
商会では、思いがけず面白そうな伝手ができたので、ソレに食い込むのに必要になるあるモノを造るための材料を購入する。
上手く話が転がれば、面白い事になるだろう。
食堂の方は昨日とは打って変わって丁重に受け入れられ話を聞く事ができたんだが、あまりにも態度が変わりすぎていたので、少し問い詰めてみたら事の顛末が聞けた。
昨日、俺が帰った後に店主が早速金を返しに行ったんだが、店主が金を借りたのは非正規の金貸しだったらしく、借金自体には仕込が無かったようなんだがいきなりの全額返済に欲が出たようで、利子の上乗せを言い出したらしい。
当然店主は突っぱねるがソコは非正規の金貸し、裏社会とのつながりを匂わせて脅してきた。
だが事前に、厄介事になったら俺の名前を出してみろと言われていたのを思い出し、店主が金貸しに「この金を出したニグレドって黒いゴブリンが、厄介事になったら俺の名前を出してみろって言っていたんだが、どう言う意味か分かるか?」と言った所、金貸しは顔色を変えて大人しくなったって話だ。
やはり後ろ暗い連中は耳が早くて助かる。
怒らせたらマズイ相手の情報には、常時注意を払っているんだろうなぁ。
しかしそのお陰で、いちゃもんつけて乗っ取ったりって事ができないのはつまらねぇんだけどな。
まぁなんにせよ、そんな感じで食堂は平穏を取り戻したようだ。
後は軽く雑談しながら必要な情報をそれとなく聞き出し、軽く食事をしながらノエルの今後の事なども話をして、食堂を出る。
スラムに着いて最初に向かったのはレナードの家だ。
そしてレナードと打ち合わせをした後、広場に集まった怪我人や病人の治療と前に治療したヤツラの健康診断を行なう。
治療したヤツラの顔や名前なんか一々覚えちゃいないが、治療した時に外から見えないように患部に印をつけておいたので、ソレを元に治療後の状況を聞き取りつつ診察を続けた。
一通り治療と診断を終えてから、レナードの家に戻った。
レナードには昨日の内に動けない患者の居場所を調べてもらっておいたので、レナードに手下の一人を借りて、案内をして貰いながら往診をする。
動けないような病状で生き残っていたヤツラはそんなには居なかったんだが、病人や怪我人の治療にも時間をとられたので結局日暮れまで時間がかかった。
それでも、予定としていた前回治療したヤツラの診察は全て終えられたので問題は無いだろう。
診断の結果、手足の再生に関しては別の理由で死んだり行方不明になった者を除けば全員が欠損以前と同じ状態にまで回復していた。
原因がはっきりとしていた病気は重症以外ならばほぼ全員が回復。しかし重症の患者は半分ほどが死亡。
原因は不明だが対症療法で治療を行ったヤツラは八割がた回復したが、残りは死んだようだ。
もちろん病人にも事故死や行方不明者はいるので、ソレは除いての話だが。
死んだヤツラに関しては、俺が治療した所為で死んだ可能性も無くはないが特に後悔は無い。
ノエルの母親みたいに手の施しようの無いヤツラもいたしな。
本当なら死んだ患者の検死もしたいところだが、すでに埋葬されていたので断念した。
医療の発展の為に!何てお題目を掲げたところで、墓荒らしなんてやればやはり不気味な存在だと思われかねないからなぁ。
動けないヤツラを診た後にも怪我人や病人が集まってきていたりしたが、あまり便利に使われても後が面倒なので何人か治療してスラムを出る。
一見してヤバそうなヤツから治療したやったので、俺が治療しなかったから死んだなんて恨まれるような事は無いだろう。
表面に病状が出ていないだけで体内では病が致命的なまでに進行しているってヤツが居たら、運が悪かったと諦めて貰うしかないんだがな。
完全に日の暮れてしまった街中を、鎧戸からこぼれる光と月明かりを頼りにマルグリットの家に帰りつく。
途中、夜警の兵士に一度ならず呼び止められたが、ご隠居さんに貰った紋章入りのハンカチを見せればすぐに解放された。
やはり権力ってのは良いもんだ。
権力が大きくなれば大きくなるほどついて回る面倒事も大きくなるので、自分で持ちたいとは思わないがな。
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スラムから帰った次の日、トーラスの街を出る。
やっておきたい事は一通り終えたし、トーラスの街に長居する意味もあまり無いからだ。
バサラの世話はマルグリットとフェリシアに頼み、なるべく早く帰ってくると約束して集落に向かう。
別れ際に見せたマルグリットとバサラのナニカ企んでいるかのような笑みは気になったのだが、未練がましく引き止められるよりかはましなので気に留めておくだけにしておいた。
現在俺は移動に『門』を利用しているので、実質的には一時間もかからずトーラスの街から集落に移動できる。
しかしソレをやると、ダークエルフに俺の移動方法を感ずかれる可能性があった。
トーラスの街に居ると思われる工作員から今日俺が集落に帰ったと報告があった一時間後に集落に居るイルメラから俺が到着したと報告されれば、どんなバカでもおかしいと思わないはずがないからな。
だから多少面倒でも、二日ほど時間を潰す必要があるんだよなぁ。
行きは研究用の『亜空間倉庫』である『研究室』に隠れて魔法の道具の製作をしていたので時間はあっと言う間に過ぎてくれたんだが、帰りはバサラの手足を作って、余った時間は魔法の研究でもして時間を潰そうか。
ちなみに、行きに完成させた魔法の道具は二つ。
素材はどちらも深層の魔獣だ。
使用した技術は前任者達の中でも生体魔法に傾倒した、いわゆるマッドな研究者の知識を活用させてもらった。
生き物の体の神秘にとり憑かれたこの前任者は、数々の生き物を異形へと変え、既存の生き物から新たな人造人間を生み出し、まったくのゼロから生命を創り出そうとさえした。
まぁ、さすがに神の領域には手が届かなかったみたいだけどな。
その前任者の名はヴィクトル。“生命を愚弄する者”と呼ばれた男だ。
で、ヴィクトルの知識を使って一つ目に製作したのが、魔獣の体組織を使った死肉人形になる。
コイツはヴィクトルの初期の研究成果の一つで、人間の死体を継ぎ接ぎして作った自動で動く人形だった。
もちろん人形と言っても、ただ人の形を模しているだけじゃあない。
死体を魔法と錬金術で加工処理する事で腐敗する事無く機能を維持し、複数の魔法の道具を埋め込む事で人間と変わらぬように動作できる上に、体組織の自己修復機能まで持たせていた。
自律思考こそできないものの命令には忠実で、動作プログラムに沿って行動するのでヴィクトルは小間使いとして使っていたほどだ。
元々は、無機物から作り上げた人形に魂が宿る事があるくらいなのだから、魂の抜けた後の死体で人形を作れば簡単に魂が宿るのではないか?と言う考えで作ったらしいんだが、残念ながらヴィクトルの実験で死肉人形に魂が宿る事はなかった。
それでもめげずに様々な実験を繰り返したヴィクトルには好感が持てるが、今は関係のない話だな。
今回俺の作った死肉人形は魔獣の死骸を材料として、『自在工房』で整形する事で完璧に人体を模倣し、見た目も動きも人と変わりなく力は深層の魔獣並とかなりの高性能になっている。
さらに魔獣の死骸には本来持っている固有魔法も残されているので、材料にした複数の魔獣の固有魔法も使用が可能だ。
皮膚と筋組織に使用した鎧熊の『鎧甲』に、骨格に使った恐狼の『質量制御』、指先を除く手の骨には牙猪の牙を使ったので拳からは『砕牙』の使用が可能で、指先に切裂き兎の骨を仕込んだから『斬衝波』を纏わせた手刀は恐ろしい切れ味をもつ、足には空跳び栗鼠の『空中歩行』、その他体内の各所に隠れ鼠の『隠身』や暴狼の『瞬間加速』、火炎鹿の『纏炎』、群れ狼の『統率』等々手に入る限りの魔法式の残された素材をぶち込んである。
あ、以前の反省から『瞬間加速』と『隠身』の魔法式は素材を加工し義歯にして、俺の奥歯にも仕込んだ。これでどんな状態からでも逃げ隠れが可能だろう。
そしてコイツは俺の工夫なんだが、『直通回線』を更に改良した固有魔法『魂の緒』の魔法式も仕込んであるので、その気になればいつでも俺の体と変わりなく動かす事ができる。
見た目は赤いボディスーツの似合いそうな筋肉質の大男、金髪のもじゃもじゃ頭に二枚目半って感じの愛郷のある顔だが自由に変形させる事も可能だ。
実験では特に違和感なく体を動かせたし魔法の発動もできた。もっとも使いすぎると魔力切れを起こして動けなくなるのが難点だが。
名はサンチラ。
特別蛇っぽいナニカがある訳でも無いんだが、モデルにしたキャラクターの名前が毒蛇のソレだったのであやからせてもらった。
二つ目に製作したのは、蒼箆鹿を倒した後に俺を襲ったウサギの魔獣を素材として作った武器になる。
死後も魔法の道具として使えるほどの強い魔力を残したままであり、毒を使って殺したから食う気にもならなくて、ちょっとした実験のつもりで一匹丸々魔法の武器に変えてみた。
前世の知識を念頭において、後は感性のままに『自在工房』で魔物の死骸を変質させた。
今までの経験上、たぶんこれが最も良い魔法の使い方だろう。
なんとなくなんだが、前世の知識に囚われると魔法の可能性を狭めているような気がするんだよな。
初期に作った鉄と魔獣の骨の合金などが良い例だ。通常であれば、そんな化合物が強靭である筈がないのだから。
と、まぁそんな感じに変質させたところ、俺の意思に反応して動く恐ろしく強靭な髪の毛ほどの細さの糸を作る事ができた。
完成したソレを、俺は首狩り兎の縛斬糸と名付けた。残された魔法の力により、斬るも縛るも自由自在の糸状武器だ。
糸状武器ってのはSFはもとよりファンタジーから伝奇、時代物まで様々なフィクション作品で活躍してきたアイテムだが、作れるのならやはり作っておきたいロマン兵器だろう。
で、どこにヴィクトルの技術を使ったのかと言えば、この首狩り兎の縛斬糸の装着場所になる。
武器の隠し場所を『亜空間倉庫』にだけ依存していたのは失敗だったので、ヴィクトルの研究成果の一つである魔法の武器と人体の融合技術を応用して、首狩り兎の縛斬糸を俺の体に融合させた。
俺も完全に理解できている訳ではないのだが、概念レベルで俺と言う存在に首狩り兎の縛斬糸を取り込んだようだ。
まぁ理解できなくても使う事はできる。
意識するだけで首狩り兎の縛斬糸は体のドコからでも出す事ができて、自在に動き、魔力さえも切るような切断能力も健在だ。
正直、理解しきれない技術を自分に使うのは気が引けたんだが、コイツの元になったウサギの魔獣にはどんな状況でもすぐに使える武器の必要性を痛感させられたので仕方がない。
……絶体絶命の時に、どこからとも無く取り出した首狩り兎の縛斬糸で敵をズンバラリンってのに憧れが無かったとは言わないけどな。




