6-4
中年男の案内で場所を移し、たどり着いたのは薄暗い通路だった。
途中、何度も秘密の抜け道のような場所を通ったお陰で方向感覚と距離感覚は完全に狂い、今居る場所の見当もつかなくなっている。
まぁ『風使い』で魔力領域を広げれば現在位置の確認も可能だが、そんな事をして、もし裏社会の連中にばれれば面倒な事にしかならないのでそれもやめた。
「ここでさぁ」
中年男は通路に無数にある扉の一つの前で止まり、扉を指し示す。
扉自体は何の変哲も無いんだが、この通路に入ってから時折聞こえる獣の唸り声や鳴き声の所為で、中に入るのを一瞬躊躇したくなるくらいには不気味に見える。
扉の鍵を開けて中に入る中年男の後に続くと、室内は予想外にと言うか、窓が無い以外はこれと言った特徴もない普通の部屋だった。
――その住人以外は。
背の高い椅子に凭れ掛かる様に座る女は、冷たい目を俺に向ける。
白い髪に肌、それに赤い目と、アルピノの特徴をそなえているのに弱々しさの一切感じられない野性味のあふれる美しい顔だが、それ以上に目を引くのは額の両側辺りから生えている大きな角だった。
コイツは話に聞くオーガだろう。
人間より一回り以上大きな体に、その体格に見合った筋肉質の肉体と角を持ち、滅多に固有魔法を発現する事が無い代わりに高い抗魔法能力を持つ種族だと、イルメラの話や前任者達の記憶にはあった。
ただ、この女にはその美貌とオーガである事以外にも特徴があり、本来なら服の袖から伸びる筈の両腕と、裾から伸びる筈の両足が無かった。
服のシルエットから察すると、上腕の真ん中辺りと膝のすぐ上辺りで四肢が失われているようだ。
コレが他人に支配される事を嫌うオーガが、この部屋で大人しくしている理由か。
「へぇ。そのゴブリンが、オレのゴシュジンサマかよ?」
冷笑を浮かべて吐き捨てるようなオーガの言葉に、中年男は嫌な笑いを浮かべた。
「そうだぜ?お前はこれからこちらの旦那に一生飼われて生きていくんだよ。たっぷりと可愛がってもらうんだな」
「ハッ!地獄を見せてくれるって言うから楽しみにしてたってのに、なんだその程度かよ!」
オーガの嘲笑に、中年男は苛立たしげに表情をしかめる。
だが、その変化に妙な余裕の無さを感じた。
ふむ?
今のオーガの言葉に、ナニか問題でもあったのか?
オーガはプライドが高く、認めた相手以外に従う事は無いと言う話なので、格下の生き物であるゴブリンに飼われるのは耐え難い苦痛だと、中年男が考えてもおかしくは無いだろう。
しかし、それを地獄を見せると形容するのはちょっと変な感じもするなぁ。
だとすると、ソコがキーポイントか?
「……ずいぶんと余裕じゃねぇか。お前等オーガにとって、格下のゴブリンに飼われる以上の地獄なんて無いんじゃないのか?」
中年男の底冷えするような声は、ほんの少し前の醜態からは想像もできないほど迫力がある。
だがそれを向けられたオーガの態度はどこ吹く風で、氷のように冷たい視線を中年男に向けていた。
こりゃ中年男の方が分が悪いな。
オーガは何も失う物が無いからか、強気の一点張りだ。
対する中年男は、余計な事を言われるのを恐れてでもいるかのように追い詰められている印象がある。
しかしこのオーガ、黙っていれば作り物みたいな美しさだったのに、口を開いたら台無しになったな。
男口調の女ってのは前世でも何人か知り合いにいたが、このオーガの場合は男が女の声で喋っているように一切女っ気が感じられない。
なんとももったいない話だ。
もっとも、こう言うヤツに女を自覚させて堕とすのは、ソレはソレで楽しいんだがな。
まぁこのまま見ていても埒が明きそうにないし、そろそろ話に参加するか。
「詫びってのは、このオーガの事か?」
オーガを睨みつけている中年男に声をかけると、中年男が一瞬身を竦ませた。
「え、ええ。とある騎士様が蒼の森の奥で捕まえて来たんですがね。
本来なら中層の魔獣を捕獲するか深層の魔獣を狩って名を上げるはずが、このオーガに襲われて一行は壊滅。おかげで名を上げるどころじゃなくなって、資金回収の為にこのオーガも売られたんでさぁ」
中年男がオーガの来歴を早口に語る。
人間が力や名声を得るために森の奥深くまで入るってのは割りとある話らしいので、その内容におかしなところは無い。
俺がマルグリットを拾った時に一行を率いていた、トレットン子爵なんて例もあるしな。
そんな事よりも、重要なのは詫びの品としてこのオーガを受け取ってもいいのかどうかって事だ。
詫びの品としての価値は十分にある。
性質上、オーガの奴隷なんて存在し得ないので希少であり金額的にも高価だろう。
サイズはともかく、見てくれも良い。
オモチャにしたり子供を産ませるだけなら手足が無いのも問題にはならないしな。
頑強なオーガなら連続で孕ませても早々に壊れる事も無いだろうし、上手くオーガの性質を引き継いだ子供でも生まれれば良い戦力にもなる。
だが、オーガの女を奴隷にしてるなんて他のオーガが知れば、まず間違いなくプライドの高いオーガは集団で攻めて来る筈だ。
奴隷にされているオーガを取り返そうと言うのではなく、ただゴブリンがオーガを奴隷にしているのが気に食わないと言う理由で。
はっきり言って厄介事の種以外の何者でも無い。
まぁバレないように飼う方法なんていくらでもあるのだが、たとえ他に懸念材料が無くともやはりその選択肢は無い。
俺が裏社会の連中なら、ほとぼりが冷めた頃にこう言うからだ。
――この事を他のオーガに話されたくなければ、言う事を聞け。
ってな。
弱みが無ければ作り出す。脅しのテクニックの一つだ。
法の守護の無い世界で生きている連中なんだから、それくらいやると考えた方が妥当だろう。
なら断ればいいのかと言うとそれも難しい。
希少なオーガの女奴隷なんて街一つの裏側を支配する組織が詫びとして個人に贈るには高すぎると思うんだが、だからこそ何の不満もなく断れば連中の顔を潰す事になる。
俺の懸念にしたってそれをそのまま中年男に言う訳にはいかないし、今後の事を考えれば他のオーガにばれるのが怖いなんて弱気な発言もできない。
……いや。
受け取るだけ受け取って、後でイルメラにでも頼んで蒼の森に住むオーガに渡してもらう手もあるので、何も言わずに受け取っても問題は無いのか。
上手くすれば、俺を脅そうとするヤツラを追い詰める事もできそうだしな。
となると気になるのは一つだけだ。
「手足の無いオーガに、俺への詫びとしての価値があるって?」
「へ?い、いやぁ、旦那。傷物とは言えオーガの雌ですぜ?ジェラルデン王国広しと言えど、オーガの雌を囲うなんざ貴族様でもできやしねぇんです。それに、オーガには奴隷化の魔法も効きやしないんで、手足なんか無い方が良いんでさ」
「だがなぁ。女には不自由してねぇんだよ」
「そりゃ旦那ほどのお人なら言い寄る女だって多いでしょうが見てくださいよこの顔と胸!高級娼婦や貴族娘にだってこれだけの上玉は中々居ませんし、胸ときたら人の頭よりでかいんですよ?」
下卑た顔で中年男がオーガの顔と胸を指し示すが決して近くには近づかない。言動だけじゃあなく、オーガその物も怖がっているようだ。
「ゴブリンに人の美醜を語ってどうする。
――と言いたい所だが、まぁ俺から見ても美人だわな。
しかし、いくら美人だろうが乳がでかかろうが咥えさせたら食いちぎりそうな女なんて、連れて帰っても扱いに困るしなぁ」
「そ、そいつは……。俺達では言う事を聞かせられませんでしたが旦那のお力なら何とか……、なりませんかねぇ?」
「ぶん殴ったくらいで言う事を聞くようなツラかよ。たぶん、この女は力ずくじゃあ言う事を聞かせられねぇだろ」
そう言う女を教育するのも楽しいんだがな。
「旦那!そう言わずに貰ってやってくださいよ!そうすりゃ、八方丸く収まるんですから!」
お?
やっと口を滑らせてくれたか。
のらりくらりと焦らしたかいがあったってもんだ。
「ほう?八方っての言うからには、俺とオマエ達だけって事じゃあ無さそうだな。ソレが、どう丸く収まるんだ?」
必死に言葉を重ねていた中年男が、俺の一言で凍り付いたかのように動きを止めた。
「おい、オーガのネェちゃん。
アンタ、コイツラに引き取り先の事をなんて言われた?」
「あ゛ぁ?……その、なんだ。女と生まれてきた事を後悔する様な相手だの、並みの女なら一月もたねぇが体の丈夫なオレなら三月は持つだろうとか囀ってやがったな」
俺と中年男のやり取りを呆然と見守っていたオーガが、俺の質問に我に返って不機嫌そうに言葉を返す。
「ほう、ほう。ソイツはドコのドイツの事なんだろうなぁ?」
少なくとも俺の事ではないだろう。
「え、えぇとぉ……。やですねぇ。あんまりこの雌オーガが生意気なもんで、世話してる下っ端が脅かそうとしたようで……」
「……なぁ、ちょっと俺の妄想に付き合ってくれねぇか?」
言い訳にしか聞こえない戯言を口にする中年男に、楽しそうに見えるはずの笑顔を向けて聞いてやる。
「へ、へい……」
威圧しない為の笑顔だったんだが逆効果だったようだ。中年男は死刑宣告を待つ犯罪者のように縮こまってしまった。
「名を上げるのに失敗した騎士サマとやらからこのオーガを買ったオマエラは、できる限り金払いの良い客を探す筈だ。
で、金払いの良い変態貴族に商談を持ちかけ、成立しそうなところで、変態貴族にナニカがあった。例えば、裏社会で手に入れた精力剤の飲みすぎで死んだとか、なぁ?」
中年男は顔色をなくし、ダラダラと冷や汗を流しだす。
「もしそんな事になったとしたら、オマエラも困っただろうなぁ。何しろ魔法が効かないオーガだ。こんな女を相手にしようって物好きの金持ちなんて、そうは居ねぇだろう。
手足が無いと言ったって、油断したらどんな反撃を食らうか分かったもんじゃあないんだしよ。
だからと言って大枚はたいて買ったオーガをただで殺しちゃ大損だ。で、処分に困っている時に俺が街に戻ってきた。俺には詫びをしなくちゃならないし、ちょうど良いから厄介払いをしてしまえとオマエラが考えてもおかしくはねぇよな?」
「な、何の事やら……」
茫然自失を通り越して半笑いの中年男は、それでも惚けようとする。
ほとんど勘だよりの推理だが、俺の予想通りだったとしても、立場上その通りだとは言えねぇわなぁ。
「ただ分からねぇのが処分を急ぐ理由だが……、まぁソイツはどうでも良いか。
なぁに、この女は俺が引き取ってやるから安心しろよ。――その代わりに、だ。コイツはオマエに対する貸しにしておくぞ」
「ありがてぇ」
俺の提案を、中年男は力の抜けた笑みで応じる。
妙に安心している中年男の姿を見るとまだまだ裏がありそうだが、これ以上追求して薮蛇になっても嫌だからここで手打ちにしておこう。
少なくとも俺は貧乏くじを引く事無く、中年男は仕事を全うできて、お互い損の無い取引ができた筈だ。
「そう言う事だから、アンタも大人しく従ってくれるか?悪い様にはしねぇからよ」
微妙にすっきりしない終わり方だが、ケリはついたのでそうオーガに声をかけると、オーガは恐ろしいものでも見るような目を俺に向けて言った。
「……イヤだね」
と。




