6-3
けたたましく帰ってきたフェリシアが俺の帰宅を気にした理由は、裏社会でなにやらトラブルがあったから、らしい。
詳しい事はフェリシアも聞かせれていないようで、俺の事を根掘り葉掘り聞かれた後で俺を連れて来いと上役に言われたんだそうだ。
フェリシアの話を聞いた時にはマルグリットもいたんだが、フェリシアが裏社会の連中と繋がりがある事はマルグリットも知っていたし、俺が裏社会で奴隷を買った事もフェリシアから聞いていたので、この件でマルグリットが俺に不信感を持つ事は無いと思う。
「……って事でマリー。帰ってきてまたすぐに出かける事になってすまねぇが、ちょっと行って来るわ」
「はい、いってらっしゃい」
俺の言葉を聞いたマルグリットは、にこやかに送り出す。それを聞いたフェリシアが意外そうな顔で、俺に聞いてきた。
「へぇ。マリーを置いてあたし達が出かけたからぶんむくれてるかと思ったけど、ずいぶん機嫌が良いじゃない。
ニグレド、あんた何かしたの?」
「あ?飯を食って少し話をしただけだ。オマエの分も作ってあるから、道案内が終わったら帰ってきて食えよ。
それより急ぎなんだろ?さっさと行くぞ」
「ありがと!じゃ、マリー。行って来るねー」
・
そして案内されたのは、以前にも来た事がある地下室だった。
ここなら案内も必要なかったんだが通ってきた道のあちこちで鋭い視線を感じたので、フェリシアが俺を連行して来る事が重要だったのかもしれない。
少し暴れてやったお陰で、ヤツラにはずいぶんと警戒されているからなぁ。
机をはさんで対面に座るのも、同じ中年男だ。
ただし、今回この部屋に居るのは俺とこの中年男の二人だけで、フェリシアは帰ったし、護衛役だか脅し役だかの大男も居ない。
「で、何が起きた?」
俺を前にして話し難そうに冷や汗を垂らしていた中年男に、俺から話を切り出してやる。
「それ……、なんですがね。
ゴブリンの旦那、あんたがウチに流した薬は、本当に安全なんですよねぇ?」
暴れたのが効いているのか、中年男の腰は低い。
俺に苦手意識があるようなヤツに交渉役を任せて大丈夫なのかと他人事ながら心配になるが、コイツラにはコイツラの事情があるのかも知れないので、俺が気にする事でも無いか。
「ナニ言ってんだオメェ?安全なクスリなんて在る訳ねぇじゃねぇか」
違法薬物に限らず薬物全般に言える事だが、どんな薬にも副作用などの危険性は存在するもんだ。
と言うか、そもそも薬物がどのような過程を経て人体に効果を表しているのかですらはっきりと分かっている訳でも無いので、予想外の効果が出たとしてもおかしくは無いんだよなぁ。
「ちょ!旦那?!」
中年男がいきり立つ。
違法な薬物を卸しておいて、その安全性を当たり前のように否定すれば、そうなるのも当然だわな。
勿論、そんな言い方を態々したのには理由があるのだが。
「だいたい、人が生きるのに必要な水や塩でさえ過剰に摂取すりゃ死ぬんだ。一切の副作用も無くどんな傷や病気も治してしまうような魔法の薬でも無い限り、この世に絶対に安全なクスリなんて存在しねぇよ」
「あ、ああ。そう言う事ですかい」
俺の言葉に、中年男は安心したかのように脱力する。
人間ってのは強い緊張状態から解放されると口が軽くなるから少し驚かしてみたんだが――。
さて、効果はあるかな?
「しかしそんな事を聞いてくるって事は、俺が渡したクスリで何かあったんだな?」
「……ええ。少しばかり厄介な事になってまして」
中年男は少し躊躇った後に頷いた。
先程までよりはリラックスした口調なので、多少は効果が出ていそうだ。
「厄介、なぁ。ソッチでもクスリの安全性くらい調べたんだろ?」
いくらなんでも、得体の知れないゴブリンが持ってきた薬物の安全性も調べずに客に提供するなんてのはありえないだろう。
「そりゃぁもう、薬を扱ってる奴等に渡してしっかりと」
「だよなぁ。なら、なんで事故が起きた?」
「いや……。どうも、一度に大量に使いすぎちまったようで」
あー。過剰摂取かよ。
「おいおい。教えた使い方も守らねぇで、厄介事になったからって俺を呼びつけたのかよ?」
怒気をにじませて言ってやったら、中年男の表情が凍った。
これが僅かにでも俺に落ち度がある話なら今後も仲良くやる為に譲歩してやる事ができるんだが、全面的に客の失態な上にこんな場所に呼びつけられたんでは腹を立てないと舐められるんだろうなぁ。
クソッ!折角の小細工が台無しだ。
しょうがない、過剰摂取の話が聞けただけでも上出来としておくか。
「で、どっちだ?」
「へ?」
「オマエラに渡したクスリは男用と女用があっただろ。どっちで事故が起きたんだよ?」
男用は不能の改善薬で、女用のは快感を増強させる媚薬だ。
どちらも既存の薬物を精製調合しただけなのだが、純度を高めて相乗的に効果が高まるように調合したので遥かに効果は高い。
「お、男用です」
「はぁん。って事は、死んだか?」
中年男は、引きつった顔で口をつむぐ。
ふむ?死んだ事すら俺には教えたくなかったか。
対応が中途半端で中々話が見えてこねぇな。
大した量を卸していないクスリで過剰摂取なんてバカな真似ができるんだから、客と言うのが裏社会にごり押しをできるだけの権力を持っている事が想像できる。
裏社会のヤツラに我侭を通せるって事はかなりの大金持ちかそれなりに力のある貴族のどちらかだろう。
となると、事故死や行方不明で話を終わらせられる平民と違って、その客の死んだ責任を誰かが取らなきゃならない。
普通に考えりゃ、生贄は俺だわな。
――お客様は違法な薬物を摂取されて亡くなりました。ですので、悪いのは全て薬を持ってきたゴブリンです。
ガキの戯言並に酷い言い訳だが、裏社会の連中なら平然と押し通して話を終わらせる事も可能だろう。
要は裏社会の連中には一切の責任が無いと示せればそれで良いんだからな。
しかし、中年男が「テメェの卸した薬で大事な客が死んじまった。どう落とし前をつけてくれる?」とかなんとか恫喝してこない以上、ソレをする気は無いって事だと思う。
ソレは何故か?
正解は分からない。
だがまぁとりあえずは、その程度の事で切り捨てるには惜しいと俺の価値を認めているって事にしておくか。
何しろ前世でだって、その手のクスリは大人気だったしなぁ。
「言えねぇなら、これ以上は聞かねぇよ。だが、アレは使いすぎると心臓に負担がかかるから、用法と用量は守るように徹底させろって言ったよな?」
気分を高揚させる上に毛細血管を広げ血行を良くする効果もあるので、あのクスリは結構心臓に負担をかけるんだよ。
それでも安全マージンは大きくとって、病弱な人間でも十倍量を一気飲みでもしなきゃあ死なないように量を加減して、一度服用したら三日は期間をあけるようにとも注意をしたんだがな。
どうせ薬のおかげで何年かぶりに元気になった息子を見たバカが、調子にのって大量に飲んでガンバリすぎたって所だろう。
「オマエにも立場があるだろうから俺を呼び出したヤツを教えろとは言わねぇ。だからオマエが代わりにソイツに言っておいてくれよ。どんなクスリだって飲みすぎれば毒になるって事がわかんなぇのなら、俺がソイツの体を使って実演してやるってなぁ」
凄みを効かせてそう言ってやると、中年男は顔を引きつらせて何度も頷いた。
「話はこれで良いか?」
「……あ、あの旦那。実はもう一つ用事がありましてね」
呆れたかのようにそう言って話しを切り上げようとすると、俺より背が高いってのに上目使いの中年男が恐る恐ると言った感じで切り出す。
「なんだよ?」
「以前にもお話しした“お詫び”の準備ができたんでさ」
冷や汗交じりの青い顔で、中年男は無理やり笑顔を作って俺にそう告げた。




