6-2
話が終わった後、しばらく待ってもマルグリットが起きてこなかったので、俺とフェリシアは二人で軽く遅めの朝食をとった。
その後フェリシアには裏社会のヤツラへの配達を頼み、俺はマルグリットに出かける旨の置手紙を書いてご隠居さんと話をした屋敷に向かう。
道はうろ覚えだったが途中で兵士の詰め所に寄って、紋章入りのハンカチを見せながら屋敷の外観を伝えれば道順を聞く事はできた。
騎乗している人間なんか滅多にいない街中で、騾馬に乗った黒い肌の小男って言うは我ながら怪しい姿だとは思うが、つば広帽を目深にかぶってソコラを歩く連中よりも上等な服を着込んだお陰か、人通りの多い街中を移動しても特にトラブルに遭う事なく屋敷に到着する。
――ここで問題だ。お偉いさんの家へ予告も約束も無しに突然あらわれて、屋敷の主に会えるだろうか?
もちろん、答えは否だった。
いや、俺も最初から会えるとは思ってはいなかったけどな?
なにしろ約束が無いとか言う以前に、この屋敷にご隠居さんが居るとは思ってなかったんだからよ。
大体お偉い貴族様が異種族である俺と会うのに自宅へ招待する訳が無いだろう。
ここはたぶん、非公式な客と会うのに使う為の屋敷なんだと思う。
それでもこれだけ立派な屋敷に管理する人間が常駐してない筈は無いので、屋敷の入り口まで押し掛けてドアを叩けば初老の執事っぽい男に出迎えられた。
以前に来客として招かれた事があるとは言え、正式に招待された訳でもないゴブリンが正面玄関に立ってたんだから最初は良い顔をされなかったが、魔法の鞄から森の浅い場所では手に入らないような果物を取り出して山と積んでやれば表情を変え、それをご隠居さんへの土産だと伝えた後に、良かったらアンタラも食ってくれといくつか別に差し出してやれば表情を和らげた。
本来こう言った貴族の屋敷に出向くにはアポイント以外にも色々と約束事があるらしいんだが、身についていない行儀作法をやってりゃ必ず何処かでぼろを出して失笑を買う事になる。
だったら最初から作法なんか無視して、その代わりに相手に対して礼を失わないような行動をとった方が心象ってのは良くなるだろうと思ってやってみたんだが、上手くいったようだ。
まぁそれも、異種族である俺がやるからこそ許される事なんだろうがな。
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屋敷の執事と軽く雑談してからマルグリットの家に戻ると、不機嫌そうなマルグリットに出迎えられた。
「……おかえりなさい」
「おう、ただいま。マリー、飯は食ったのか?」
「……いえ、まだです」
「そうか」
マルグリットの様子を気にかけたようには見えない俺の態度に、マルグリットの機嫌は更に悪化していく。
これがヒステリー女なら「何で私に構ってくれないの?」とか言いながら暴れだしかねないんだが、内に溜め込むタイプのマルグリットはそう簡単には爆発しない。
もちろんこのまま放って置けば大爆発するんだが、腹を立てている女に何を言っても無駄だしなぁ。
なので素っ気無い対応のまま、俺は厨房に入る。
俺が帰ってくるまでのマルグリットは、目が覚めたら家に自分一人しかいなくて取り残されたような寂しさを感じていたんだと思う。
昨日はろくに食事をしていないので、空腹感が寂しさを後押ししてもいるはずだ。
だから、俺が帰ってきた時点で問題のほとんどは解決している。
後は変に刺激せずに、出来上がった昼食をマルグリットの前に並べてやれば、不機嫌な表情は気まずげなモノに変わった。
「どうした。食わねぇのか?」
「い、いただきます!」
会話の無い食事だが、一口毎にマルグリットの表情が和らいでいったので悪くない雰囲気だった。
「オマエが起きるのを待たずに出掛けちまって悪かったな」
「いえ!そんな……」
食事を終え、腹も膨れて気分も落ち着いたところで詫びを入れてやると、マルグリットは縮こまって言葉を返す。
自分勝手な事で腹を立てていたんだから、冷静になってから謝られると立つ瀬が無いのだろう。
しかし俺はそれが分かっていて、あえて謝った。
ここで謝っておけば、マルグリットに対して精神的に有利になるからだ。
我ながらせこいと思うが、集落に危険物が居る以上、少しでもポイントを稼いでおきたい。
「本当なら、俺もゆっくりとしたいところなんだがな」
「……忙しいんですか?」
愚痴るように言ってやると、マルグリットが食いついてくれた。
「少しばかり面倒な事になっててなぁ……」
「レドの力になれるか分からないけど、話を聞くくらいの事はできるから、話せる内容なら話して欲しいです」
うんうん、こう言う時のマルグリットは俺の予想したとおりに反応してくれるので楽で良い。
――さて、どこまで話そう?
重要度の高そうな情報を喋れば喋るほど、マルグリットは信頼されていると思って俺に対する好感度を上昇させるだろう。
しかしマルグリットに話した事は、俺を危険視しているヤツラに筒抜けになると思って間違いない。
マルグリットが話さなくったって、それとなく聞きだした情報を統合したり、もしかしたらこの会話だって盗聴されているかもしれないんだからな。
と言っても、話せる様な事はマルグリットが集落に来れば分かる事ばかりだから、そろそろ秘密にする必要もなくなってきたか。
よし、誰にも知られたくない秘密以外は話してしまおう。
「あんまり大ぴらに話せる事じゃあないんだが、オマエが集落に来れば分かる事か」
勿体つけてやると、マルグリットの表情が引き締まる。
「集落には今、ダークエルフのお目付け役がいる」
「ダークエルフ!?」
案の定マルグリットは驚いてくれた。
明確に敵対している訳ではないとしても、エルフとは違って人間と表立った交流のまったく無いダークエルフがゴブリンの集落に姿を現したとなれば、驚きを感じるのは当然の事だろう。
「森の中で集落を発展させようとしたら目をつけられちまってなぁ。どう扱ったものだか、悩んでるんだよ。
俺一人ならともかく、規模も装備も段違いに違うようだから、集落としてダークエルフと戦ってもまず勝てないだろう。だが、だからと言って全面降伏するのも腹立たしい」
「その……、ダークエルフの目的は何なんですか?」
「ヤツラは俺に森の外に出るなと言ってきた。あまり、人間と仲良くして欲しくないんだろうよ」
「そんな……!」
マルグリットにしてみりゃ、そんな事は許せないよなぁ?
もし、そのとおりになったら、二度と俺と会えなくなるかも知れないんだからなぁ。
「幸いな事に、今のところは強硬手段に出る気は無さそうなんでお目付け役のダークエルフを一人集落に置く事で話がついたんだが、このダークエルフがなぁ……。
前に集落を調べに来た時に遊んでやったら、それを恨みに思っているらしくて、どうにもナニカやらかしそうな気がしてしょうがねぇ」
「……もしかして、そのダークエルフって、女の人、ですか?」
微妙なニュアンスを汲み取って俺の言葉の意味を察したマルグリットは、平坦な声で俺に聞いてきた。
「ああ、そうだ」
「なら、遊んでやった、と言うのは……」
「お前の思っている通りの事だろうよ。だが、オマエを抱く前の話だぞ?」
「で、でも!」
「確かにイルメラの見た目はイイ女だがな、どちらかを選べと言われたら俺は迷わずオマエを選ぶよ。
それとも、俺の言葉が信じられねぇか?」
コイツは嘘じゃあない。
イルメラは美人でスタイルも良く、色気もあって夜のテクニックも素晴らしかった。しかしクスリまで使ってヤッても、いまいち面白くなかったんだよなぁ。
あの女たぶん、国か種族かは分からんがそう言ったモノに心の奥底から忠誠を抱いているんだと思う。
だから障害になるとなったら、たとえ最愛の相手だろうと殺す筈だ。それは甘く蕩けさせても、とことんまで堕としても変わらないだろう。
まぁそう言うヤツを壊すのも楽しいんだが、それをやるにはイルメラの所為で忠誠の対象が滅んだり、もう少し手をかけてイルメラにその対象を滅ぼさせなくちゃいけないから面倒なんだよなぁ。
それに比べてマルグリットは――。
そのなんだ。
誘導したとは言え簡単に俺を信じちまうわ、無理して俺に合わせようとするわ、挙句に暴走して手に負えなくなるわと、予想がつかなくて面白い。
それに異形な異種族である俺に対してここまでの好意を向けられるってのも、アブノーマルな行為でも拒否せず受け入れてくれる姿勢も、イイ感じにイカレてて良い。
だから一緒に居るだけで多幸感を感じたり、幸せにしてやりたいと言う感情がわいてきたりはしないものの、それでもマルグリットを手離すには惜しいと言う所有欲や、これから俺によってマルグリットがどう変化していくのかを見たいと言う欲望を持てる程度には、マルグリットに対して価値を感じていた。
そう言った諸々が顔に出た訳ではないんだろうが、しばらく見つめあった後マルグリットは……。
「うん、信じる」
と言って、顔を赤らめた。
よし、乗り切った!これでイルメラと会っても、マルグリットが暴発する可能性は限りなく低くなっただろう。
リサが修羅場を見れなくて悔しがるかもしれないが、そんなモン発生させてたまるかよ。
「まぁ、そんな訳でだな。集落がややこしい事になってるんだよ」
と、話を切り上げようと軽く言ってやったら、マルグリットが仄暗い笑顔で呟く。
「いっそ、私が一思いに……?」
イルメラを殺すってか?
「冗談だよな?ヘタすりゃ最悪、人間とダークエルフの全面戦争の引き金にもなりかねねぇぞ?」
ちょっとした事が切欠で、大きな戦争になったって話が無い訳でも無いんだからよ。
「も、もちろん冗談ですよぅ」
その割には、本気の顔をしていた気がしてならないんだが?
俺に好意を持ってくれるのは嬉しいんだが、マズイ方向に暴走するのだけは勘弁してくれ。
「なら、いいんだけどよ。まぁなんにしても、取り扱いが難しいんで今のところは手が出せねぇ。
なんかあったら頼むから、そん時には力を貸してくれ」
「分かりました。本当に必要な時には言ってくださいよ?」
「ああ、そん時ゃ遠慮なんかしねぇから安心しろ」
と話が一段落ついたのを待っていたかのように、フェリシアが帰ってきた。
――トラブルと共に。
「ニグレドは、帰ってきてるー!?」




