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Deviant ー妖魔転生ー  作者: 是色
第五章 構築
54/100

5-9


 ああ、だるい。

 クスリを使って数日経つって言うのに、いまだに倦怠感がついてまわりやがる。

 魔力によって身体機能は向上し、『肉体再生リジェネレーション』による回復能力で肉体的なダメージは抜けている筈なのに、鬱症状にも似た無気力に苛まれているのはやはり、内分泌系のバランスが崩れている所為なんだろうなぁ。


 幻獣と一戦やらかし、その後にウサギの魔獣に襲われて死闘を繰り広げた後、俺は疲れ果てて緊急避難用の『亜空間倉庫ストレージ』に入り込んで寝た。

 この緊急避難用の『亜空間倉庫ストレージ』である『避難所シェルター』は、十分な広さを確保した亜空間に数日分の水と保存食に明かりと寝袋を放り込んだだけのモノなんだが、外から完全に隔絶しているので、どのような相手からでも避難する事ができる。

 ただし、中から外を窺う事もできないから、外に出た瞬間に魔獣の群れとこんにちわする可能性もあるのだが。

 更に言うと、亜空間を発生させた俺が実世界と隔絶した亜空間に入り込んだ場合、確実に元の場所に帰って来れるかも分からなかったので、できれば使いたくはなかった。

 『亜空間倉庫ストレージ』の魔法を完全に理解できていた訳ではないから、最悪星の自転や公転に置いて行かれて宇宙を彷徨う事になったかもしれなかったんだよなぁ。


 まぁ幸いな事に目が覚めて外に出たら元の場所だったので、その心配は杞憂にすぎなかったんだがな。

 で、その時は魔力の上昇にテンションが上がっていたので問題なく集落にたどり着き、余った肉を集落の連中に振る舞って宴を開いたりした次の日に、それまでの疲れやら何やらが一気に来た。

 そりゃもう酷かった。

 生まれ故郷を皆殺しにした時も酷かったが、今回はそれ以上だ。

 肉体的には健康状態なのに頭痛とめまいと吐き気に悩まされ、欲望の減衰、感覚の鈍磨、一時的な不安障害なんかも発症していたかなぁ?

 もう何もかもが怖くってな。物陰や背後から何かが襲ってくるんじゃないかとか、一度目を閉じると周囲に化け物の気配を感じて目を開けられなくなったりとかして、毛布をかぶって部屋の隅でガタガタ震えてたよ。

 こう言う症状は、薬物を日常的にでも摂取していなければでないと思っていたんだがなぁ。クスリが合わなかったのか、それとも量が多かったのかは分からないが、俺は一発で強い症状がでてしまったようだ。


 仕方が無いので温冷療法で自律神経に強い刺激を与え続けたら、半日ほど寝込んだ後にある程度回復した。

 サウナと冷水じゃ物足りなくって、火傷する様な高温の湯と氷水に交互に浸かったのが効いた様だ。

 本来なら例のクスリは、何らかの理由で体が動かなくなった時の気付けとか、絶体絶命の時に起死回生の逆転手段としての用いる為の、脳のリミッターを解除して限界以上の筋力と反射神経を得る為の手段だったりしたんだが、これではちょっと使えない。

 いま思えば魔物寄せの香を焚いたのも異常な判断だし、別の方法を考えた方が良いかもしれないなぁ。

 薬物なんかに判断力が狂わされるってのは、不愉快極まりないしよ。


 それでも幻獣を倒し、アノ不思議な木の実を食ったのは、クスリのマイナスを補って余りある成果ではあったかな。

 魔力の増大自体もかなりのモノだがそれ以上に、魔力に対する親和性のような感覚を得たような気がする。

 変化で一番分かりやすいのは、以前はなかった魔法自体に対する高い素質だろう。

 いまなら呪文魔法だって使う事は不可能じゃあないと思う。

 もっとも俺の場合、呪文魔法を使えるようになれるほど器に余裕は無いが。


 他にも感覚的なモノなので言葉にしづらいが、今までは魔法を使おうとして使っていたのに、今では意識しなくても魔法が使えるような一体感があった。

 それと魔力の回復も早くなったような気がする。

 まぁなんだかんだ含めると、結果として全体的に魔法の使い勝手が良くなり、いくつかの固有魔法のレベルが数段上がったような感じだ。

 例としてあげれば『亜空間倉庫ストレージ』は魔法の鞄無しでも使う事が可能になって、『風使い(コントロールウインド)』で広げる事ができる魔力領域は状況次第で幅はあるものの半径数キロ、一方向に伸ばせば数十キロにまで及ぶようになった。



 ・



 更に数日が経ち、体調がほぼ回復したある日、イルメラが再び集落を訪れた。

 本来なら半年に一度の周期で訪れる筈なのに、随分と早い再訪だ。

 嫌な予感しかしない。

 しかし会わない訳にも行かないので、バグバの使いに報告を受けてイルメラが商品を広げている広場に向かう。


「ニグレド様、お久しぶりです」


 二ヶ月ちょっとぶりの再会だが、イルメラにこれといった変化はなく、以前と同じ様に押しが強い割にそれを感じさせない柔和な笑顔で挨拶をする。

 しかし、その笑顔が妙に怖い。

 外面的にはなくても、心の中に大きな変化があったようだ。

 それも、俺に対して。


 思いつくのは、一つだけだよなぁ。


「もしかして、ばれてる?」


「ええ、ずいぶんと恥をかかせていただきました」


 あ、やっぱり。

 アレで騙されてくれると良いなぁとは思ってたんだが、やはり騙されてはくれないか。


「ナニがあったか聞いていいか?」


「報告したあなたの行動に不審を感じた上司が、わたくしを調べてニグレド様との夜の事を全て思い出させてくれましたの」


 そう言って、イルメラはにっこりと笑う。

 ああ、こりゃ完全に怒ってるな。


「そいつは悪かったな。で、どうするよ?」


 イルメラが行商に来たって事は、ダークエルフは(・・・・・・・)俺がイルメラにした事に対して、強い怒りを感じている訳ではないのだろう。

 でなければわざわざ行商などせずに、直接俺を殺しに来きてるだろうからな。

 って事は俺がイルメラから聞きだした情報にも、ダークエルフ達は危機感を抱いていないと考えても良いと思う。


 なら、ナニも問題は無い。


「そうですね。では、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」


「ああ、良いとも。

 しかし、こんな所で立ち話もなんだ。落ち着ける場所に案内するからついて来てくれ」


 さぁて、どう出て来るかな?

 城への道すがら、イルメラに前回の訪問から今日までに起こった物事を、お詫びの一つとして大雑把に話した。 

 たぶん、トーラスの街での大半はダークエルフの情報網で把握できていたと思うんだが、それでもイルメラは、初めて聞いたかのような反応をする。

 まぁ自分がどれだけの情報を把握しているかばらす、馬鹿な工作員も居ないか。


 城の中でも奥まった一室は、明り取りの窓もなく、出入り口以外には小さな換気口しかない。

 その換気口も外に直接通じている訳ではないので、この部屋で話した事が外に洩れる事は無い筈だ。


 部屋に着いてからも会話は続き、喉が渇きませんか?と差し出されたイルメラの土産の酒を飲む。

 舌の上で転がすと、強烈な香りが鼻から抜けた。

 飲み込むと喉を下って、腹の底に熱い塊が落ちる。

 この世界どころか、前世でも呑んだ事の無いほど美味い酒だ。


「美味いな」


「気に入っていただけたのでしたら幸いです」


「もしかして、ダークエルフが造った酒か?」


「はい」


「酒作りは、ドワーフが上手いと聞いたんだがな」


「あんな安酒飲み共に、樽の中で何年も寝かせるような美酒が作れるはずはありませんわ。

 作ったお酒はその年の内に飲んでしまいますもの」


「なるほど、そうかも知れねぇなぁ。

 で、そろそろ本題に入らねぇか?」


「そうですわね。では、こちらをご覧ください」


 イルメラが魔法の鞄から出したのは、一抱えもあるような鏡。しかし、そこに映る光景はこの部屋のモノではない。

 コイツは、離れた場所にいる相手と話す事ができると言う魔法の鏡だろう。

 かなり希少で裏の市場にさえ滅多に出回らず、出回ったとしてもかなり高額なので大金持ち以外には手が出ないらしい。

 その代わりに通信を傍受する事は不可能なので、秘密の内緒話をする必要のある連中には引っ張りダコのようだ。


「アンタは誰だい?」


 鏡に映っているのは、分厚いカーテンを背後に、色々と飾り(・・)の着いた軍服のような服を着た初老の男が一人だけ。

 長い耳と銀髪に褐色の肌はダークエルフの種族的特徴らしいが、美形なのも種族的なモノなのかねぇ?


「初めまして、私はそこに居るイルメラの上司でエドヴァルド。ソーンツバイクでは森の保安に関する責任者をやっている者だ」


「お偉いさんかい?」


「ええ、長老会の議員であり、わたくしが所属する組織を束ねる長でもある方ですわ」


 イルメラに聞いたら、壮絶な笑みで答えてくれた。

 まるで破裂寸前の風船のように迫力がある。もしかして、上司が止めたから怒りを抑えていただけなのか?

 だとするとイルメラの頭ん中では、俺がこれからこのエドヴァルドに徹底的に言い負かされる光景が想像されているのかも知れない。


「そんな御方がナンで俺に?」


「ニグレド君にはうちのイルメラが世話になったようだからね。少し話しをしようかと思ったんだよ」


 口調は穏やかだが、その言葉には有無を言わさぬ圧力があった。

 さすがイルメラの上司だけあって、圧力のかけ方が似ている。


「へぇ。お話し、ねぇ?」


「そう、君は随分と好奇心旺盛のようだからね」


「たしかに好奇心旺盛なのは、否定できねぇなぁ」


 俺をプロファイリングして、好奇心旺盛だと判断するのは妥当な所だろう。

 たしかにそれも事実だし、少なくとも異世界の前世持ちがこの世界を楽しむ為に色々と計画していると考えるよりも理にかなっている。


「私も驚いたよ。まだ生まれて三年も経っていないゴブリンが、人間の街にまで行って商人や貴族なんかと渡り合ってきたなんて、噂話として聞いたのなら決して信じられない」


 ……はぁ?


「ちょっと待ってくれ。何で俺の年齢を知っている?」


 そんな事よりも、問題は俺の年齢の事なんだが……。

 ……いや。俺が何歳だろうが、何も問題は無い。

 肉体年齢が三歳だろうがゴブリンとしては大人だ。だから何も、問題は無い。

 と、しておこう。


 今パニックをおこしたら、相手の思う壺だ。


「うん?君も知っての通り、イルメラは蒼の森の中を行商人としても活動していてね。君とは直接あった事はなかったかもしれないけど、君の家族とは面識があったんだよ」


 なるほど、そう言う事か。


 なら、イルメラは俺の知らない事情なんかも知っているかもしれないが……。

 ソレもどうでもいい事だな。


「ふぅん。なるほど、ねぇ。まぁ良いや。

 森の中じゃあ日にちを数える事もなかったからあんまり自分の年を気にした事もなかったが、俺の年が何歳でも問題がある訳じゃあない。だが人間に知られて侮られるのも不愉快だから、内緒にしておいてくれると嬉しいねぇ」


「その程度の事は構わないよ。ああ、その代わりに一つ、お願いをしても良いかな?」


「何だい?」


「君はもう、森の外に出ないでくれないか?」


 ほう、そうくるか。


「隠し事一つに、随分と大きな頼みごとじゃねぇか」


「勿論、他にも代償を支払う。

 人間の街で簡単に手に入る程度の品ならなんでも用意しよう。なんなら、人間の恋人の代わりを、そこのイルメラがしてもいい。

 それに私の些細な願い事を聞いてくれるなら、人間の街で手に入る以上の対価も用意する」


 中々魅力的な提案だが、アンタの言葉を聞いたイルメラが凄い事になってるけど大丈夫なのか?


「残念だが、そんな頼みは聞けないね」


「そうか、それは残念だ。とても、残念だ。

 イルメラの報告で聞いた君なら、もっと賢明な判断をしてくれると思ったのだがね」


「そうかい?俺は賢明な判断をしているつもりなんだがなぁ」


「どう言う事かな?」


「今日と同じ明日がずぅっと続くとは限らないって事さ。

 例えば、明日にでも人間共が森に侵攻してくるかもしれない。

 もしかしたら森の反対側、東側にはすでに人間共が入植しているかもしれない。

 万が一の可能性だが、人間の知識なら治る病が森の中で蔓延するかもしれない。

 全て在り得ないと言いきるかい?俺にはそんな自信は無いね。

 可能性の(・・・・)存在する(・・・・)事柄は(・・・)必ず(・・)いつか(・・・)起こる(・・・)

 だから俺はできる限り広く網を広げ、起こり得る可能性に対処できるように準備をするのさ」


 勿論、全部建前だけどな。


 面倒事は嫌いだが、それ以上に俺は退屈が大っ嫌いだ。

 森の中の平和な生活ってのも悪いとは言わない。しかし、それは森の外に飽きたらの話であって、それまでは森の中に引きこもる気なんて毛頭無い。


「その心がけは立派だが、やはり若いな。君ももう少し長く生きれば、この世界には変化を嫌う者も多くいると分かってくれると思うのだが……」


「――アナタ達、あんまりレドちゃんを舐めない方が良いと思うよ?」


 エドヴァルドが更に言葉を重ねようとしたところに、リサが口を挟んだ。


 妖精らしく気ままに生きているように見えるリサは、いつも俺の傍に居るとは限らない。

 今日も朝から出かけていて、口を挟んでくるまでどこに居たのかは俺にも分からなかった。


「……妖精?」


「!」


 珍しい生き物を見たかのようなイルメラに対し、エドヴァルドは顔色を変えて絶句した。


 リサの事をナニか知っている様だな。

 いや、と言うか、ナンでリサの事を知らないんだ?

 イルメラから聞きだした話には人間の街の出来事も混じっていたから、ダークエルフの諜報員はソッチにも派遣されているんだとばかり思ってたんだが……。

 ダークエルフの情報網を買いかぶりすぎたか?


 いや、違うな。人の心を読めるイルメラなら、集落のゴブリンや奴隷達からでも情報収集ができる。なのに、そのイルメラもリサを見て不思議そうな顔をした。

 って事は、リサがナニカしたんだろうなぁ……。


「――もしかして、そちらの妖精の名は“リサ”と言うんじゃないかな?」


 驚愕を押さえ込んだのか、少なくとも表面上は平静を取り戻したエドヴァルドが、にこやかにリサに問う。


「へぇ?アタシのコト知ってるんだ?」


「お噂は兼兼かねがね


 ダークエルフの長老の一人であるエドヴァルドが知る噂ねぇ。どんな噂なんだか。


「ふぅん。まぁいいわ。なら、その噂のリサちゃんからのお願いなんだけど、聞いてくれるかな?」


「名高き英雄の従者の頼み事でしたら聞いて差し上げたいのは山々ですが、ニグレド君の事でしたら聞く訳にはまいりませんね」


「あら、アタシはアナタ達の事を思って忠告しているのよ?なにしろレドちゃんはN??h?ggrなんだからね」


 なんだ?今、リサの言葉の中に耳慣れない単語があったな?


「なんと、ゴブリンごときがj?t?nnの警護を掻い潜りY??d??s?llの力を盗み取ったと言うのですか!?」


「いやー、ちょっとした手違いで蒼箆鹿ペイルエルクの分体に襲われちゃってねー……」


「まさか、ゴブリンが蒼箆鹿ペイルエルクを……?」


「うん、倒した!」


 その言葉を聞いて、鏡からエドヴァルドが消えた。

 派手な音がしたので椅子ごとすっころんだのだろう。


「キャハハハ!」


 リサは悪戯が成功してご満悦のようだ。


「あー、リサ?」


「なぁに、レドちゃん?」


「話についていけないんだが、説明してもらって良いか?」


「ダァメ!」


「やっぱりダメか?」


「ウン、ダメ!」


「そう言う事なら聞かねぇよ。ただし、妙な事に俺を巻き込むなよ?」


「分かってるって!でも、レドちゃんが勝手に巻き込まれるのは止めないからねー!」


 クソッ、殴りてぇ。


 しかしリサはそんな俺には目もくれず、鏡の中で復活したエドヴァルドに顔を向ける。


「ねぇ、エド。レドちゃんはM?irの知恵を得て、??innに至る可能性だってあるの。だから邪魔しないで?」


「貴女の言葉を疑う気は無いのですが、それは確かな事なのでしょうな?」


 剣呑な笑みのリサに対して、エドヴァルドも怜悧な視線で射抜くように返す。

 先ほどまでの気安い感じのやり取りから一転して、その会話には殺し合いにも似た緊張感が漂っていた。


「嘘だと思うならそれでも構わないよ?アナタ達に気を使う義理も無いしー」


 話の流れからすると、さっきから二人の会話から聞こえてくる耳慣れない単語は深層と幻獣に関するモノのようだ。

 そして、話の主眼は俺の取り扱いだろう。

 どうやら、蒼箆鹿ペイルエルクを倒し、アノ妙な木の実を食った俺は、ダークエルフにとって要注意人物になったらしい、


 と思ってイルメラに目を向けると、イルメラも二人の会話が理解不能な表情で俺を見ていた。俺と同じ様に置いてきぼりになっているようだ。

 つまり、ダークエルフの中でも上位の者しか知らないような事をリサは知っているのか。

 ――本当に、この妖精はナニモノなんだろうなぁ。


「じゃ、メリーちゃんを集落で預かるって事でいーい?」


「おい!」


 考え事をしている内に、話が予想外の方向に行っていた。


「なに、レドちゃん?」


「リサ。オマエ、ナニを勝手に決めてんだよ」


「えー?でもぉ、放っておいてレドちゃんとエルフが喧嘩になっても困るもん」


 そりゃ、俺もダークエルフ達と戦う気なんて無いよ。勝てないからな。


「……だからと言って、オマエラが勝手に決めた事をはいそうですか、俺が従うとでも思ってんのか?」


 いや、最終的には従う事になるんだけどよ。

 それはお互い分かっているが、ダークエルフ達に俺がリサの言いなりだと勘違いされても困る。


「もぉー!じゃ、どうすればいいのよぉ!」


「だから、勝手に決めるなって言ってんだよ。

 ダークエルフが俺を危険視しているのは分かったし、妙に勘繰られるくらいならはなっから監視させとけって言うオマエの配慮も理解できる。

 しかし、その為にイルメラを集落に置くとなると話は別だ!」


「えー?メリーちゃんとはイイコトしたくらい仲が良いんでしょ?」


「だからだよ!肉体関係のあった女に集落を嗅ぎ回られてたまるか!」


 第一、マルグリットに知られたらどんな反応をするか分からん。いや、恐ろしくて想像もしたくない。


「――わたくしは構いませんが?」


 俺の固辞にイルメラが何か気がついたのか、その形の良い唇の端がきゅうっとつり上がる。

 あ、ミスった。

 イルメラにはかなり恨まれているみたいだから、弱みを見せれば付け込まれて当然だよなぁ。


 強固に反対しても状況は悪くなるだけか。

 コレだとそれなりの代償でも支払わない限り、集落に常駐するダークエルフはイルメラに決まりそうだな。

 仕方が無いので、その方向で妥協するか。


「あぁもう、分かった。イルメラを集落に置く事は承知しよう。

 ただし、その代わりにだ。イルメラの報告する内容は検閲させてもらおう」


「検閲、ですか?」


「そうだ。オマエの頭の中に俺の固有魔法で作った分身を送り込み、他の誰かに俺にとって困る情報を伝えると俺に報告が来る事にさせてもらう」


「それは……」


「安心しろ。大した強制力は無いから情報を伝えてもオマエ自身には何の害も無い。

 ただし報告が来たらすぐにオマエを探すから、情報を伝えたらすぐに逃げるんだな」


 実のところ、これはブラフでしかない。

 頭の中を検閲する事は可能だが、いったん放たれた分体が俺に報告する事は不可能だからだ。

 それに、報告する時に暗号や符丁なんかを使われれば意味が無いしな。

 どの道本当に知られたくない事は誰にも知られないようにしているので、イルメラに掴んだ情報が全てだと思わせられていれば何も問題は無い。


「いくらなんでもこっちの情報が全部筒抜けってのは困るんだよ。

 そっちのエドヴァルドさんだって、それは理解してくれるよなぁ?」


「それは……。良いでしょう。イルメラ、最終判断は君に任せます」


うけたまわりました」


 エドヴァルドに許可を得たイルメラは、特に悩む風でもなく、そう言って鏡に深く頭を下げた。


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