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ゴブリンや奴隷達が毎日働いている間、俺が何をやっていたかといえば、相変わらずの魔法の研究と実験だったりする。
と言っても、黒戦槌の調整や、手持ちと魔法使い協会で買ったりマコラに盗ませたりなんかして手に入れた魔法の道具の改造なんかもやってはいたが、メインは集落を大きくする為に必要な研究と実験だった。
例えば、食糧事情の改善、防衛力の強化、インフラの整備など、どれも一朝一夕って訳にはいかないが、今やっている実験が上手くいけば、それらを片付けるのに大幅に時間が短縮できるかもしれない。
被験者の名前はダルハー。前の長に壊された、呪い師の息子だ。
ダルハーはこの集落ではただ一人生き残っている呪い師の血筋なので、いずれ精霊を使役できるようになるかもしれないと、バグバや薬師が言っていた若いゴブリンだった。
俺はダルハーに、前任者達の記憶から得た知識で“御導き”(俺が魔法を使えるように、マルグリットにやってもらったアレだ)を施し、『精霊使い』の固有魔法を発現させる事に成功した。『精神感染』で暗示をかけつつ狙った固有魔法を発現させるのは賭けだったが、ダルハーは狙い通りの固有魔法を発現してくれた。
ちなみに、精霊ってのはゴブリン達が魔法をそう言う風に認識しているだけで、精霊が本当に存在している訳じゃあないようだ。
しかし、魔法によって土の塊が人型になり自立行動するのは興味深かった。
俺の『風使い』とは違った方法で操作をしているようだが、人工知能でも付与してんのかねぇ。
いや、魔法式に『精神感染』に似た部分があったので、多重人格的に精霊と言う下位人格を作り出し、ソイツを投射して超常現象を制御してるって可能性もあるか。……ふむ、どっちかって言うと後者っぽいな。俺もマコラに似たような事してるし。
で、固有魔法を手に入れて新たなこの集落の呪い師になったダルハーだが、今は魔法の練習を兼ねて農業用のため池を作らせている。
大規模な農業をやろうと思うと、井戸の水だけでは水が足りないだろうからな。
ため池が完成したら、今度はため池で出た土砂で集落の周囲に壁を作る予定だ。
以前は獣や魔獣に集落が襲われ無いように柵が在り守り人がいたが、広大な農地をソレラから守る為には小動物も入り込めないような壁が必要になるだろう。
その後も、土壌を改善したり、道を作ったりと仕事は多い。
ダルハー一人に任せるには作業量が多すぎるような気もするが、今の所ダルハー以外に『精霊使い』の固有魔法は使えなさそうなので仕方が無い。
なぜかと言えば、実験の経過観察で、『自在工房』による固有魔法の複写には、欠陥がある事が分かったからだ。
いま生きている集落のゴブリンではバグバとマコラに固有魔法を複写してあるんだが、バグバは未だに群れ狼の固有魔法を上手く把握できていないし、マコラも使いこなせているとは言いがたい。
本来なら固有魔法は衝動や渇望、そうでなくても瞑想と暗示によって自らの力で発現させるものなので、俺が強引に魔法式を認識させても、それだけで使いこなせないのは理解できなくも無いんだよなぁ。
と、なると、俺の『自在工房』並に複雑な魔法式を持つ『精霊使い』は、他のゴブリンに複写してもそう簡単には使えないだろう。
希望者を募って複写した後に使えるまで練習させる手もあるが、今はゴブリン達の人数も限られているのでそんな余裕は無い。
まぁ次世代、特にダルハーの子供が生まれたら優先的に”御導き”をしてやって、それで発現できなかったら複写してやってもいいだろう。
呪い師の血を引いていれば、自分で発現ができなくても適正が有る可能性は高いからな。
しかし、使いこなせないとは言っても固有魔法の発現自体が難しい事なので、固有魔法の複写の利用価値はかなり高い。
前任者達の記憶を見ても、魔力などの条件を整えた上で高名な導師に“御導き”をしてもらったとしても、狙った固有魔法を発現できる確率は三割程度なので、確実に必要な魔法を使えるようになるってだけで十分に価値があるだろう。
・
「リサ。経路について教えてもらおうか」
そう言うと、ショウトラで遊んでいたリサが動きを止め、引きつった顔をコチラに向けた。
「え~……とぉ……。レドちゃん?魔法に関しての知識は、前にあげたはずだよ?」
「ああ。オマエと契約してきたヤツラの記憶には、随分と助けられている。
しかし、オマエの使える魔法はアレだけじゃないよな?」
俺の知る限り、リサの使える固有魔法は空間系のモノばかりだ。しかし、ソレでは説明つかない事が多いんだよなぁ。
知ってると言ったって、リサから教えられた事に過ぎないんだしよ。
「それは、レドちゃんの……」
「勘違いだってか?だったら、リサ。オマエ、俺と契約した時にどうやってチンピラをけしかけた?」
契約の時に追及し損ねてそのまま忘れていたが、あの時チンピラは“見た事も無いくらい良い女”に話を聞いたと言っていた。
その女をリサが雇った可能性もあるが、チンピラはその女の顔を思い出せないとも言っていたのがひっかかる。
「あ、あれね?あれは……」
「チンピラを唆した女はどっから来た?
ソイツは見た事も無いって程の良い女なのに、思い出そうとしてもその顔が思い出せないってのはどう言う仕掛けなんだろうなぁ?」
認識阻害や記憶の操作、それ以外にも印象を操作したり幻を見せたりなんて可能性もあるが、どれも呪術系の固有魔法能力だ。
そして、俺とリサを繋ぐ“契約”は、経路を通して俺の記憶や思った事を知る事ができるとリサは言っていた。
こんな能力が呪術系以外の固有魔法である可能性はかなり低い。
なら、禁忌とされる呪術の固有魔法を使える人間が偶々あの宿場町に居たと考えるよりも、リサが呪術系の固有魔法を使えると考えた方が自然だろう。
「リサ、何もオマエの手札を全て見せろって訳じゃあないんだ。
経路に関する事だけでいい。だいたい、俺の考えている事を見ればオマエがなんと言ったところで、俺が言いくるめられないくらいに確信しているのは分かるだろ?」
俺の言葉でリサは顔を歪め、百面相の後、無表情で目を閉じる。
「……はぁ。
じゃ、一つだけ答えて」
しばらくして目を開けると、珍しくリサが真剣な顔で聞いてきた。
「なんだ?」
「アタシが、ヒトの頭の中を自由に書き換える事ができたとしても、アタシの事を信じてくれる?」
信じる、ねぇ。
出会った時の事を考えれば不思議なくらいだが、今の俺とリサの間には確かに信頼関係は存在している。
これはまぁ、話してみれば以外とリサが良いヤツだったとか言うのではなく、自分が楽しむ為には労力を押します、さらに他人を巻き込んで不幸にしても気にしないところが俺と波長が合った所為だろう。
ついでに言えば今のところ大した害も無いし、それどころか役に立っている部分もある。
見た目は可愛らしく天真爛漫、やってる事は極悪でもリサ自身には悪意が無い。しかも、ふらりと姿を消す事もあるが基本的には俺の周囲に居るので嫌い続けるのも難しかった。俺が近くに居ろと命じた訳では無いが、目の届かない場所に居られてもナニか企んでいるんじゃないかと心配になるので、遠ざける事も出来なかったからな。
結局近い距離で慣れ合っている内に信頼関係ができてしまったのはリサの計画通りなのかもしれないが、リサと敵対すれば勝ち目が無いので、俺としても仲良くやらざるを得なかったんだよなぁ。
「それは、例えば俺の頭の中身を書き換えて、オマエの思ったように操ったりできるって事か?」
精神を破壊して、命令を聞くだけの木偶人形にするだけなら、前の長でもできた事だ。
他にも強力な固有魔法を持つとは言え、何百年、もしかしたら千年以上を生き、そして高い魔力を持つリサが、それ以上の事をできないと言う事も無いだろう。
「そう。やろうと思えば、アナタの頭の中身を全部書き換えて、別人に変える事だってできる」
皮肉っぽい笑みで、リサが笑う。
くだらねぇ挑発だな。
脳味噌の中身を自由にいじる事が出来るようなヤツがすぐ近くに居るってのは、普通なら我慢できないだろうってか?
「ああ、いいぜぇ。信じてやるよ」
「へ?え!え?えぇ?!」
あっさりと、呆れた様な声で言ってやると、リサがいつも以上に幼くなった表情で、調子っぱずれな声を上げた。
「俺の知っているオマエなら、そんなつまらねぇ事はしねぇよ。信じられなきゃ俺の頭ん中を見てみろ」
別に、リサが他人を操るようなヤツじゃないって思っている訳じゃあない。チンピラを操って俺を襲わせた、なんて事もあったしな。
だが、退屈なのは大っ嫌いだと言ったリサが、俺を操って自分の思った通りの行動をさせるなんて事はありえない。
リサのような人種にとって、何もかもが全て思い通りに進む事ほど退屈な事なんてある筈が無いからだ。
決して長く付き合ってるとは言えないが、それでもそのくらいの事が理解できる程度にはリサの事を見てきた。
なにしろ、リサの気まぐれ一つで全てを台無しにされる可能性があったからなぁ。
基本的には享楽的で刹那的。しかし、面白そうなら結果が出るまで待つ事はできるし、協力的で労力も惜しまない。
重要なのは欲望の方向性だがリサの場合、ソレは“好奇心”にあるように思う。
これは普段の言動と、退屈しのぎに他人の記憶を読んだり、異世界の前世を持つ俺の記憶を見て大当たりだなんて言っていた事からみて、まず間違いはないだろう。
そして、好奇心の対象は契約者だ。つまり、俺の事だな。
そんな俺の頭をいじったら、どうなるか?
新たな反応を得る為、観察対象にちょっかいをかけるってのは良いとしても、自分の見たい結果を観測する為に観察対象そのものに|手を加えるのは、二流三流どころか観察者として失格だろう。
なにより、そんな事をしても白と黒を一人で打つリバーシ並に面白くは無い。好奇心ってのは、未知の存在を知る事ができるからこそ面白いんだからな。
勿論すべては俺の想像でしかないが、前任者達の記憶でもリサは、契約している間は契約者のよき友人として過ごし、たまに助言をする程度のお調子者の傍観者でしかなかったので、それほど間違ってはいないと思う。
もっとも、俺以外の契約者相手にも契約前には呪術系の魔法を使って暗躍していたようだし、契約後も状況を動かす為に周囲のヤツラを操った疑いはあるが。
「そ、そんなぁ……。アタシは、レドちゃんなんかに理解できるほど単純じゃないモン!」
目を閉じて俺の思考を読んでいたリサが、顔を真っ赤にして怒鳴る。
俺に理解されて恥ずかしかったのもあるんだろうが、口元がにやけているのをみると、嬉しさ半分の照れ隠しってところのようだな。
「むぅ~……。もぅ、分かったわよぅ。経路の事だけなら教えてあげる!」
と、言い捨てるように言いながらリサが俺に記憶を送り、それが終わるとさっさと姿を消してしまった。
「ありがとよ」
記憶を送られた事による頭痛に顔をしかめながら窓から消えるリサの後姿に礼を言い、早速魔法式の解析に取り掛かる。
リサが“経路の事だけ”と言ったとおり、経路の魔法式は契約の魔法の一部分のようで、何処と無く不完全な印象が感じられた。
それでも、マコラに複写して数日かけて調整をする事で『外部記憶』の固有魔法を完成させ、ついでに以前から計画していた『憑依の指標』の固有魔法も、前任者の記憶から複写して調整を施す。
これで俺は、脳が破壊されても記憶を失わずにすむし、肉体が再生不能になっても復活できるはずだ。
ただ、『外部記憶』は記録してある記憶を確認する事ができるが、『憑依の指標』の方は試しに死んでみる訳にも行かないので上手く発動してくれるか分からないのが痛い。
記憶の主の実験でも成功率は低く、しかもなぜ成功し、なぜ失敗するのかが分からなかったんだよなぁ。
俺が実験を引き継ぐにしても、時間が無いので今後の課題の一つにしておく事しかできない。
あと、ちょっとした思いつきで経路の入出力を双方向にしてみたら、俺にもマコラの記憶が読めるようになった。
他人の目から見た自分ってヤツは思った以上に気持ち悪いモノだったし、ナニがリサから与えられた前任者達の記憶と違うのかは分からないが、他者の意識を長時間見ていると自己認識が怪しくなるような不快感があったので、すぐに設定を戻したが。
それでもコレを利用すれば遠隔地でも情報のやり取りができる可能性があったので、研究を続けてもう一つ、新たな固有魔法『直通回線』を完成させる。
この『直通回線』は、離れていても意思の疎通と一時的な感覚の共有が可能になる魔法だ。
経路の魔法式を分解し、前任者達の記憶を参考にして再構築したので少し効率の悪い部分もあるが、そこは自分の中で構築した訳じゃあないので仕方が無いだろう。
しかし理論上は、距離に制限なく通信ができる筈なのでいろんな場面で重宝すると思う。
ただし、接続できる相手は一人きりで、一度接続が切れると再設定しなくてはならないし、接続中は魔法式を所持してる側が接続を維持する為に微量ながら魔力を消耗し続ける事になるので使い勝手はあまり良くない。
まぁ、この世界で他に長距離通信をしようとすると高価な魔法の道具に頼るか魔法使い二人による魔法の通信くらいしかないので、コレでも十分便利だろう。
マコラの場合は回線に『外部記憶』の経路を利用しているから余分な魔力の消耗も無いしな。




