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集落に到着した次の日の早朝、城の前の広場にゴブリン達を集めて集会を行い、奴隷達の紹介と新たに習得した魔法を披露した。
奴隷達を見たゴブリン達の反応は、昨日と同じ様に珍しい生き物でも見るような感じで、そこに敵意などは見られなかった。
バグバによると集落に人間が訪れた事は無いと言う話だったので、狩りに出た時に偶然遭遇した事があるゴブリン以外には、人間を見た事があるゴブリンはいなかったらしい。
それでも、人間と出会えば問答無用で戦闘になっていたようなので人間に対して良い印象をもっているゴブリンはいないはずなんだが、俺が集落に必要な人間を連れて来ると言う話をマコラが伝えていたので、敵意より好奇心が勝っていたようだった。
奴隷達の方も昨夜は俺の話を聞いて卒倒しそうなほどに緊張していたのに、今朝になってみれば妙にやる気に満ちていて、一人一人即席で作った朝礼台の上に立たせて名前と役割をゴブリン達に話している間も怯えた様子を見せなかった。
たぶん恐狼の肉を食って魔力が増えた事で、軽い躁状態になっているのだろう。
俺にも経験があるので奴隷達の今の気分は想像がつく。
お陰で紹介自体は滞りなくすんだのだが、やはり口で言っただけではゴブリン達に理解を得られたようには見えなかった。
しかし、香辛料を効かした肉料理とじっくりと煮込んだ根菜のスープ、そして柔らかく焼き上げた白いパンを食わせ、ソレを作ったのが人間であり、この奴隷達であると告げると、ゴブリンの奴隷達を見る目が変わる。
昨日の奴隷達でもないが、やはり美味い食い物の誘惑に勝てるヤツはゴブリン達の中にも居ないようだ。
さらに、奴隷にされる前に鍛冶屋と革細工師をやっていた兄妹にその技術を披露させ、元農家のヘイデンとその家族ならば一つの芋を百日後には数十倍に増やす事ができると言ってやれば、尊敬すらするようになった。
もっとも奴隷達も、ゴブリンが軍隊のように整列し、俺の言葉があるまで食い物に手をつけず、俺の話しているのを無駄口も叩かず静かに聴いている姿を見て、目を丸くしていたがな。
以前に比べれば著しい変化だが、それほど無茶な事はやってはいない。
ただ、ゴブリン達に『精神感染』で教育した時に、優越感から来る快感をたっぷりと教え込んだだけだ。
そして、その優越感の出所をこの集落に所属する事から発生させる事で、この集落に所属する自分達は特別な存在であり、特別な自分達はそれに見合った行動をとる必要があると意識させた。
ここで一歩間違うと他者を見下して悦に浸るクズが出来上がるんだが、今回は上手い具合にゴブリン達の心の中に自分を向上させる快感を植え付ける事が事ができたようだ。
後は良い結果が出るように行動を導けば好循環が生まれるので、放っておいてもゴブリン達はより良い自分を模索する筈だった。
勿論、すべては俺の計算でしかないのでその通りに行かない可能性も大いにあったのだが、今のところは順調のようだ。
好循環ってヤツはちょっとした事で壊れるので、今日までかなり不安だったんだがな。
まぁそれも、俺が集落に戻った事で次の段階に移れる。
今までは漠然と前よりもより良い自分になる事を目指させていただけだが、これからは俺に認められる喜びがゴブリン達の中で優先されるように調整する予定だ。
その為に、新たに習得した『風使い』と『肉体再生』のデモンストレーションを行い、力比べでこの集落で一番力の強いゴブリンよりも力が強い事を示した。
これで俺は以前から身につけていた能力に加えて、呪い師のように自然を操る力と、不死身の肉体を得たようにゴブリン達からは見えるだろう。
強大な力は憧れを生み、憧れはやがて信仰になる。
神様なんて柄じゃあないが、上に立って支配しなけりゃいけない王様なんかよりは面倒が少なくて良い。
いや、勿論自分から神様を名乗るつもりはねぇよ?ただ立場としては、集落のゴブリン達とは隔絶した存在として集落を支配する事になる。
と言うかたぶん、もうすでにゴブリン達の中で俺は半ば神格化されてる可能性があった。でなけりゃ、ここまで俺と集落のゴブリン達の関係が良好なのが説明つかないんだよな。
なにしろ俺は余所者で、しかも力ずくで長の地位を奪い取ったんだ。
しかも統治はバグバ任せで俺は引きこもって研究三昧。集落を飛び出したと思ったら生まれ故郷を壊滅させるわ、中層の魔獣を山ほど狩って来るわと無茶をする。
こんな相手を恐れるならともかく、喜んで言う事聞こうってヤツは余程の物好きだけだろう。
だが、前の長がまんま“悪い支配者”をやってくれていた上に、それを打ち倒して、さらに集落を襲った恐狼まで殺した俺を、ゴブリン達が英雄視するのはおかしな事じゃあない。
そう言う視線に不慣れだったんで気がつかなかったが、気がついてみりゃ何の事は無い、ヒーローに憧れる子供の視線と同じだった訳だ。
予定が差し迫ってたんで街に行く前には崇拝に気がついても利用できなかったが、街で準備を整えてきたから今度は、英雄から豊穣をもたらす文明神へと格上げさせてもらおうか。
手始めに集落を上手く纏め上げた褒美として、バグバに元鍛冶屋が作った手斧と元革細工師が作った革の服を贈り、さらに家を贈る事を約束して、褒め称えた。
手斧と革の服は奴隷達がデモンストレーションで作った物だ。
作業用の道具の製作と時間のかかる部分は『自在工房』で手伝ってやったが、細切れになった革が縫い合わされて服の形になった時や、真っ赤になった鉄の塊が叩き伸ばされて斧頭の形になり更に研がれて鋼の色を見せた時なんかは、ゴブリン達から溜息が洩れたものだ。
家の方は贈ると約束してから建てたんだが、元大工のフランクの指示に従って俺が『自在工房』で山積みになっていた丸太を加工したので、家は奴隷達の手で数時間ほどで組み上がった。
見る間に出来上がっていく家にゴブリン達は目の色を変え、完成した家と自分達の住む小屋を見比べて、羨望の表情をその顔に浮かべる。
家の建築を後回しにしたのは大成功だったようだ。やはり、インパクトがでかい出し物は最後にするに限るな。
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日々忙しくしていれば、時間は瞬く間に過ぎていく。
集落に戻ってから、半月がたった。
今の所は特にトラブルも無く、すべては順調に動いている。
奴隷達はみんな良くやってくれているし、ゴブリン達からも不平や不満は出ていない。
ただ、予想外の事もあった。ゴブリン達が思ったよりも奴隷達に早く慣れて、自発的に手伝ったり、家事を習いだした事だ。
例えば元大工のフランクは、特に指示もしていないのに手の空いたゴブリン達に手伝われながら日々新しい家を建てているし、その妻のアシュリーはゴブリンの女と共に家事や料理をしていた。
俺が手伝っていないので家を一軒建てるのにも時間がかかるが、それでもゴブリン達は興味深そうにフランクの指示に従い、女達も最初は家事の意味を理解できていなかったようだが、それが生活の向上につながると分かると積極的に教えを請うようになった。
教育した結果ゴブリン達は働き者になり、俺の指示にも疑う事無く従うようにはなったのだが、自分から新しい事をやろうとはしていなかったのでこれは嬉しい誤算だった。
あまり勝手に発展されても困るんだが、俺が指導しなくては何もできないのも困るので、とりあえずは様子を見る事にしよう。
――しかしそうなると、ナニか俺が集落を離れていても監視できるようなモノを、考えないとなぁ。




