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集落には予定より早く、森に入って二日目の夕方には到着できそうだった。
集落は森の外層の中でもかなり中層よりの位置に存在するので、普通に歩けば森の外まで十日はかかる。それを二日弱で移動するのだから、我ながら無茶をした気がしないでも無い。前任者達の記憶から得た知識で固有魔法を効率化し、身体能力の強化に割ける魔力が増えたからできたのだろう。
勿論、最大の功労者は自転車だがな。
木々が生い茂っているとは言え、森の中は起伏も少なく地面も軟らかいので生い茂る草や木の枝にさえ気をつければ、自転車での移動は二本の足で走るより遥かに早く移動できた訳だ。
ただ、使えたのは奴隷達を眠らせて魔法の鞄に入れている間だけだったから、実質一晩で徒歩九日分の距離を走った計算になる。
うん、やはり結構無茶してるなぁ。
ちなみになぜ徒歩九日分かと言うと、昨日と今日の昼間に歩いた時間が一日分くらいだからだ。
さすがに俺も、二日も夜通し自転車を走らせていれば昼間に休憩を多く入れないとキツイからな。
いっその事、昼間は移動せずに奴隷達に見張りをさせて眠る手もあったんだが、それをやると奴隷達に余計な事を考える時間を与えてしまう。
暇ってヤツはいらない想像力を働かせるから、こんな状況では時間と共に恐怖が増してパニックを起こしてもおかしくはない。
それに危険な場所で俺が先頭に立って歩けば自然と奴隷達の心の中に俺に対する依存心が育つので、そう言う意味でも必要な事だった。
まぁこれで戦闘でもあればもっと時間がかかったんだろうが、前世を思い出した当初に比べれば十倍以上に跳ね上がった俺の魔力の所為か、道中は魔獣ですら襲い掛かってくる事は無かったのも早く移動できた理由の一つだろう。
もっとも俺としては、襲撃の一つでもあれば良いと期待していたので、少し残念ではあるんだがな。
歩いている時や奴隷達とショウトラに周囲を警戒させている時に魔獣にでも襲われて、間一髪で俺に助けられれば奴隷達の信頼も跳ね上がった筈なんだがなぁ。
とは言っても、助けそこなうと奴隷の数が減ったりいらんトラウマを抱えて使い物にならなくなった可能性もあるので、それを考えれば信頼度が上がらなくても誰一人欠ける事無く予定より早く到着できそうなのは良い事ではあった。
何事も全て思い通りに行く訳が無いんだし、低確率でも全てが台無しになるような危険を冒さずに済んだ事を、今は喜んでおこう。
あと、妖精を見た奴隷達の反応だが……。
森に入る前に紹介した時はかなり驚かれたんだが、道中で冗談や軽口なんかを叩いている間に段々と気安くなり、最初は御伽噺の登場人物として憧れの目で見られていたのに、最終的には俺のマスコットキャラクター程度の認識になりはてた。
ただ、これはリサの性格だけではなく、リサがわざとやっている部分もあったように思う。
お陰で危険な場所での移動だってのに、奴隷達から笑い声が出たくらいだ。たぶん、気を使ってくれたんだろう。
余分な事をしてくれた、と言う気持ちは僅かにある。リサの所為で緊張感のほぐれた奴隷達は、恐怖から生まれるはずだった俺への依存心をあまり発生していない可能性が高いからだ。
だが、同時に感謝もしているので文句を言う気は無い。
今の状況では作る事ができないと諦めていた連帯感が、微かにだが俺と奴隷達の間に生まれていたからな。
依存心と連帯感。どちらの方が上かといえば、それは状況によるとしかいえない。
支配するなら依存された方が扱いやすいし、連帯感があれば俺が指示しなくても自分達で考えてより効率的に作業をするだろう。
で、今の状況ならと言うと、悔しい事に連帯感の方がありがたかったりする。
依存心てヤツは、長期間依存対象と離れると効力が落ちる事が多い。
反対に連帯感なら、俺が目標に対して努力していると思っている間は奴隷達もそれに負け無いようにがんばってくれるはずだ。
それなら、素直に感謝だけしとけって?
正直に言えば、自分に出来ない事をリサにやられて、嫉妬してるだけなんだよな。
状況次第では、俺だって他人に連帯感を持たせる事はできなくはない。しかし、奴隷とその所有者と言う関係とこの危険な場所と言う状況で、奴隷達を和ませて親近感を持たせるってのは苦手だ。不可能だと言い換えても良い。
せめて、危険な場所に連れてきたのが俺じゃなければ、生き残る為に力を合わせようって方向に話を持って行く事も可能だったんだがなぁ。
まっできない事を嘆くよりも、できる事をやろう。
奴隷達が俺に対して親近感を持ち、連帯感を感じてくれているんなら、最大限利用させてもらうさ。
・
視界の先で森が明るくなっている。あと少しで集落に着けそうだ。
さて、この一月の間に、俺の出した指示はどの程度進展しているだろうか?
ゴブリンの集落は、俺が集落を出る前の時点で、規模こそ縮小したものの表面上はほぼ襲撃以前の状態にまで回復していた。
最初の予定では恐狼の襲撃の後、壊れた家屋や道具の修理なんかは手っ取り早く『自在工房』で片付け、後はバグバに任せて俺は準備ができたらすぐにトーラスの街に行く予定だったんだが、集落のゴブリンの六割以上が死に、残されたゴブリンも半分以上が女子供では、住環境が整ってもすぐに元通りの生活とは行かなかったので、あまり集落の事にはかかわるつもりの無かった俺も、色々と建て直しの為に動く事になった。
それでも大幅に魔力の増えたゴブリン達の身体能力は爆発的に高くなり、固有魔法を持たなければ(その時点では)子供でも力だけなら俺より強かったので、思ったよりも楽ができたがな。
もっとも、所詮はゴブリンなので口で命令しただけでは中々上手くいかなかったんだろうが、作業手順を『精神感染』で直接指導してやれば理解力が低くても何とかなった。
そう、ゴブリンも、条件さえ揃えば思った以上に使えるんだよ。
特にこの集落のゴブリンは前の長による恐怖政治が長かった所為か、支配される事に抵抗がなく、命令に従う事にも慣れていたしな。
――だから、予定を少々変更する事にした。
短絡的に薬物で金を儲けるよりも、先の事を考えて集落を成長させる為に地盤を固める方向へと。
お陰でトーラスの街では今後の為の下準備に駆け回る事になったが、割りと綱渡りな状態もやりすごして何とか峠を越したので、後は集落を発展させていくだけだ。
ちなみに当初の予定では、貴族なんかには関わらず、裏社会につなぎをとってクスリを大量に流通させ、金と薬物で街の裏側から影響力を得ていく予定だった。
それも面白いと思うんだが、今考えるとやめておいて正解だったんだよなぁ。
軍を作って森の外に勢力を伸ばそうとしたゴブリンの話が何十年も前のモノでも、ゴブリンに迷惑を被った世代がまだ生きているのなら、薬物の大量流入の裏にゴブリンがいると分かった途端に過剰反応して、大規模な討伐隊が組まれてもおかしくはないだろう。
もっとも裏社会には伝手も欲しかったので効果は強烈だが肉体的には依存性のない興奮剤や、性感が極端に高まる媚薬なんかを売ったりはしたが。
ただし、メインではないので卸した量は少なめだ。精々が一部の金持ちが娼館で楽しむ程度の量でしかない。
それでも何人かの客の不能になった一物を一晩中元気にさせたり、普通の行為では満足できなくなった紳士淑女の皆様に未知の快楽を提供できるパーティーを開くくらいは可能な量なので、暇を持て余した上流階級のヤツラは良いお客さんになってくれるだろう。
そして予定よりも作る薬が減らした分の労働力で、ゴブリン達には集落を拡大する為に周囲の森を切り開いて土地を開墾させている。
“人口”と言う字のとおり、人の数は食い物の量で決まる。だから、集落を大きくするなら、住人を食わすだけの食料が必要になるんだよ。
いくら森の恵みが豊かでも、同じ面積なら畑にしたほうが効率は良い。なのでゴブリン達には、木々を切り倒し、根を引き抜き、『自在工房』で作った鍬を渡して地面を掘り返すように命じた。
ゴブリン達にはそれがどう言う意味をもつか理解できていないのが不安なのだが、少なくとも俺が集落を出る前までは素直に俺の指示に従って作業を続けていたので、今頃はそれなりの規模の畑ができるくらいの土地はできているだろう。
ただ、問題が一つあって、それはこの一月の間にゴブリン達が作業に飽きてしまってないかって事だ。
意味の分からない単純労働ってのは辛いからなぁ。そうなると、ゴブリン達が俺に抱いていた感情も悪いほうに傾いている可能性が高いので、最悪の場合計画の全てが無駄になるかもしれない。
まぁ、そうなったらそうなったでゴブリン達と奴隷達を皆殺しにして、俺が集落を空けている間に魔獣にでも襲われて、村が壊滅してしまったって事にするだけだがな。
皆殺しにしたところでトーラスで蒔いた種は消える訳じゃないから再出発も難しくは無いし、悲劇の主人公をやっていればそれなりに同情も引ける。
やはり、森の中で大きな集落を作るのは無謀だった。これからは失敗を糧にして、トーラスの街で再出発をしようと思う。とか何とか言えば、街の連中も納得するだろう。
それから、中層の魔獣でも捕獲して金を貯めて、周囲から危険視されないレベルで侮られる事も無い程度の戦力を構築すれば、それなりに好きに生きる事ができるはずだ。
……しかし、それも最悪の結果が出た場合の事だわなぁ。
たぶん、大丈夫だろ。
万全とは言えないまでも、『精神感染』で何度も教育したし、競争心を煽ったり、結果を出したヤツには褒美を出したりもしたので、一月くらいじゃゴブリン達も元に戻ったりはしないと思う。
多少規律が緩んだくらいならば、いくらでも引き締める方法はあるしな。
考えすぎはストレスの元だし、気楽にいくさ。
最低限必要な力は手に入れたんだ。よっぽどの事が無い限り、どうとでもできるだろう。
などと考えつつ、森の木々の間を抜けた俺を出迎えたのは、驚きの光景だった。




