4-11
買った物を魔法の鞄に入れて、敗北感を感じながらマルグリットの家に帰る。
まぁ、なんだ。
そもそも、前世でだって社会にも出ていない二十歳過ぎのガキでしかなかったし、今の俺にしたって本来なら人間社会とは相容れないゴブリンでしかない。
だから相手が俺をみくびって油断でもしていない限り、対等な取引では勝ち目が無いのは仕方が無い事ではある。
しかし、それでも、悔しいものは悔しい。
他人の掌の上で踊らされるのは、腹が立つ。
ご隠居さんにも話したとおり、別に必要以上の力が欲しいって訳じゃないが、俺が人間社会で楽しんだり不愉快な思いをしない為にはやはり、ある程度の力が必要だ。
それも、敵を潰す為の直接的な暴力ではなく、俺と敵対するだけで不利益が発生するような影響力が。
軍を作ったと言うゴブリンは、途中までは悪くなかった。
しかし勝てもしないのに、人間相手に戦争まがいの事をやったのは最悪だろう。
戦争なんか外交の一種でしかないってのに、いきなり攻め込むのは下策中の下策だ。
俺ならもっと上手くやる。
そもそも、力は外に向けるものじゃあない、内に蓄えてこそ意味がある。蓄えた力で相手脅すのが最良の道だ。
その為には、俺個人の力だけじゃ限界がある。
今、手元にあるソレ以外の手札はこの街で手に入れたコネと、森の集落。
ソイツラを使って、俺にとって快適な生活を構築しねぇとなぁ。
・
マルグリットの家に着いても、日が暮れるにはまだ時間があった。
夕食までの時間を使ってマルグリットとの親交を深めるのも良いが、そうなればヤル事は決まっているので、それは夜に回しても構わない。
いやぁ、最初にサービスしすぎた所為か、マルグリットが事の外アレを気に入ってしまったようで、毎晩猿のように盛っていたりする。
クール系美少女が乱れる姿を見るのは楽しいんだが、思いのほかマルグリットがタフだったのには驚いた。
人間でも魔力が高かければそれに伴って体力も上昇するのは知っているが、数日前までは処女だったってのに、アレだけよがり狂わせても次の日の朝にはピンピンしてるんだから大したもんだ。
まぁそれでも、本気で嬲っている訳ではないんだがな。
加減抜きで楽しんでマルグリットに壊れられても困るので、俺の欲求不満は溜まっていくばかりだ。
……いや、そんな事はどうでも良いか。
とにかく、時間があいたのでフェリシアに会いに行く事にした。
フェリシアには聞きたい事と頼みたい事があったのだが、マリーと夜を共にした晩の次の日に一度、マルグリットに会いに来て以来、マルグリットの家に顔を出していない。
多少色ぼけてるとは言え、マルグリットも親友の様子が心配だったようで、俺の提案に快く承諾してくれた。
マルグリットの案内で訪れたフェリシアの家は、街の中心部から離れた南よりの地区にあった。
マルグリットの家のある地区に比べると、雑然としているが活気があって、何と無く下町のような印象を思わせる。
古びた集合住宅、その二階の一室が、フェリシアが住んでいる部屋だった。
ノックをしても返事は無い。しかし、こっそりと感知の指輪で確認すると、家の中には人の気配が一つ。
「留守か?しょうがねぇなぁ」
気配は動いているので、寝ている訳じゃあない。なのに返事がないって事は、俺とマルグリットに会いたくないって事だよなぁ。
「そう……、ですね。シアったら、一体どこに……」
俺か、マルグリットか……、両方ならどうしようも無いが、マルグリットに会いたくないだけなら、手はある。
「マリー、俺は一つ用事を片付けて行きたいんで、先に帰っていてくれないか?」
ここは少し治安が悪そうだが、魔法使いの杖を持っているマルグリットにちょっかいをかけようとする馬鹿はいないだろう。
「え?ええ。分かりました。お夕食の用意をしておきますから、できるだけ早く帰ってきてくださいね」
一瞬怪訝な顔をしたマルグリットだが、何かに感づいたように一つ頷くと、にっこり笑って承諾した。
フェリシアが部屋の中に居て、俺がマルグリットを返した後に二人で話そうとしている事に気がつかれたかな?
「ああ。用事を済ませたらすぐに帰るよ」
まぁ気がつかれても、話に乗ってくれるなら別にかまわないか。
マルグリットの姿が曲がり角に消えて、しばらくしてからもう一度フェリシアの部屋に声をかける。
「フェリシア、居るのは分かってんだぞ。マルグリットなら先に帰したから、出てきて話をしようじゃねぇか」
それからしばらくして、ドアの鍵があき、開いたドアからおずおずとフェリシアが顔を出した。
ウップ酒くせぇ。
しかも、なんて言うか、酷い顔だ。以前の溌剌とした雰囲気は見る影も無い。親戚に居たアル中のオヤジが、よく酒を飲んで、こんな荒んだ表情をしていたな。
「本当に、あんただけなんだろうね?」
声も酷いもんだ。酒に焼かれてしゃがれてやがる。
「安心しろ。マルグリットなら居ねぇよ」
キョロキョロと辺りを見回し、安心したのかフェリシアが俺を睨みつけた。
「あんたの事、信じてたのに……。何で、何でマリーにあんな事をしたんだよぉ!」
あんな事ってのは、アレだろうなぁ。
「あー、それを説明する為には、一つ聞かなきゃならん事がある。
フェリシア、なんでマリーに奴隷の事を話したんだ?」
俺の態度にフェリシアの怒りはボルテージを上げて、静かな睨み合いが続いた。
しかし、一向に態度を変えない俺に、フェリシアも落ち着きを取り戻したのか沈んだ声で話し始める。
「……だって、このまんまじゃ、あんたにマリーを盗られるかと思ったんだもん!
あんたが女の奴隷を買おうと思ってるって知ったら、マリーはきっとあんたに幻滅すると思ったんだよぅ」
そんな馬鹿な理由でか?やっぱり、足を引っ張る味方が一番厄介だな。
「オマエ……、そりゃ逆効果だろ……。
俺がマリーに手を出した後に奴隷を買えば、そりゃ、幻滅もするだろうさ。だが自分には手を出さないのに奴隷女は買うとなりゃ、マリーは自分の魅力に自信を無くすだけだ。
その後はタイミング悪くなし崩し的にそう言う関係になっちまったが、こうなると中々マリーは俺から離れないと思うぞ?」
マルグリットから俺を引き離したかったのなら、大人しく待っていれば良かったんだよ。
そうすれば俺は森に帰り、マルグリットはまた、オマエだけを頼りにしただろうに。
「う……、うあぁぁぁ!あたしの!あたしのマリーがぁぁぁ!!」
フェリシアが決壊したかのように泣き崩れる。
「ちょっ!まて、こんな所でそんな大声出すなよ」
慌ててフェリシアを部屋の中に連れ込み、ドアからそっと周囲を伺う。
幸いな事に、フェリシアの声を聞きつけて人が集まってくるというような事態にはならなかったようだ。
「……あんたさえ、あんたさえいなくなれば……」
「こらこら。今更俺が居なくなった所で、マルグリットがオマエの所に戻ってくる保障なんかねぇだろ?」
随分と物騒な事を言い出したな。そんなに、マルグリットの事が大切だったのか?
「オマエの所為で、マルグリットが俺とそう言う関係になった事を後悔する気持ちは分からんでもないが、起きちまった事はどうしようもない。マルグリットの事が大切なら友達として……」
「友達なんかじゃない!!!」
ん?
「友達なんかじゃ、ヤなんだよぅ……」
んん?
「おい、フェリシア。もしかしてオマエ、マルグリットの事が好きなのか?その、男が女を好きになるような感じで」
「!!!」
あ、図星みたいだ。
「一応聞いておくが、人間の世界じゃ本気の同性愛ってぇのは、あまり一般的じゃあないよなぁ?」
フェリシアは、沈んだ顔でうつむく。
やはり、かなりマイノリティな存在のようだ。
「ほぉー、そう言う事か。だから、マルグリットの婚約が破断した話も、あんなに楽しそうだったのか」
「マリーはねぇ……」
「うん?」
「マリーは、優しくて、頭が良くって、綺麗で、いい匂いで、柔らかくて、ちょっとどじなとこも可愛くって、……そんで、そんでぇ、あたしを助けてくれたんだよぉ」
だから好きだと?
「アンタなんかに、男になんかマリーを渡すもんか!男なんて、臭くて、汚くって、みんなエロい事しか考えてないんだ!アンタだって女なら誰だっていいんだろう?何でマリーを穢すんだよう。そこらの商売女でも、抱いてりゃいいじゃん!」
で、男は嫌いっと。
酔っ払いにマトモな会話を求めるのは無理があるのかもしれないが、少し話が取り留めがなさすぎじゃあないか?
「そんでも、起きちまった事はどうにもなんねぇよ。マリーは俺のモノだし、二度と綺麗な体にはならねぇ。
だがなぁ、まだ、チャンスは無くはねぇぞ?」
聖人を誑かす悪魔のように、フェリシアの耳元で囁いてやる。
「……あんた、一体何を考えているの?」
「ミンナで、幸せになる方法だ」




