4-10
スラムで魔法の練習をやりだした日から二日後の夕方、辺境伯の使いの者がマルグリットの家を訪れ、金貨の入った袋を置いていった。
さすが生きた暴狼が二匹分だけあって、袋はずっしりと重い。
次の日の朝、レナードに練習をやめる事を告げに行ったついでに、金貨を一枚使って宴会を開く。
別れの挨拶って訳でも無いんだが、便利な治療所がいきなり閉鎖すれば住民たちも困惑するだろう。中にはそれを恨みに思うヤツラが居るかもしれない。無料で怪我を治してもらおうと思って来たのに、なんで俺に断りも無く治療所をしめているんだ!てな感じにな。
だから住人にとっての俺の価値を、便利な治療師から他のナニカに書き換える必要があった。
宴会には結構な人数が来てくれた。
食い物に釣られたのもあるんだろうが、練習中に何人か死なせたっ言うのに気のいい連中である。まぁ末期だった上に本人にやるかどうかを決めさせて、残された家族から恨まれないようにはしたけどな。
三日間で治療した人数は百人を超える。先ほども言ったように全てを治療できた訳じゃあないが、かなりの人数の病気は治す事ができた。
ただし、治すと言っても原因を取り除いて破損部分を修復しただけなので、一部の患者に関してはこれ以上病状が悪化しないってだけではあるがな。
症例として多かったのは、寄生虫と手足の欠損だった。
寄生虫は、体内を透視し、見つけて取り出すだけだったので比較的簡単だったが、その分練習にもならない。
だからと言う訳でも無いが、手足の欠損は新しい方法を試みる事にした。体の各部から材料を少しずつ集め、欠損部を再構成する方法だ。
最初は上手くいかなかったが、患者の魔力で患部を覆えば再生した部分を自分の肉体だと認識する事がわかったので、その後は失敗する事がなくなった。
苦労したのはやはり、細菌やウィルスを原因とした疾患だ。
生き物の体にすむ細菌やウィルスの種類は万を超える。その中から悪さをする病原体を特定するのは大変だった。
とりあえず、健康な人体にはいない菌やウィルスや、異常に増えている菌やウィルスを取り除く事で病状が緩和したので何とかなったがな。
あと、いくつかの症例は俺にはどうしようもないので、正直に俺には無理だと言った。
アレルギーや生来の病弱なんか俺にはどうにもできないし、精神疾患や依存症なんか自分で何とかするしかないだろう。
それと、慢性的な栄養不足も俺には解決できない。
スラムの住人の健康状態の悪さはこれが大きな原因の一つだが、俺には住人に食事を振る舞い続けるだけの金も、領主に配給をさせるだけの権力も無いからだ。
それでも何もしないよりかはと、炭や小石を使った水のろ過の方法を教えてやった。下痢と寄生虫を予防するだけでも、少しは栄養状態の悪化を食い止める事ができるからな。
練習中は、流れ作業のように魔力と集中力の続く限り治療していたのでろくに話す時間もなかったが、来てくれた住人達は俺が森に帰る事を知ると口々に別れを惜しんでくれた。
ほとんどのヤツラの挨拶には、無料の治療所が消える事を惜しむ本心が見え隠れしていたが、中には本心から感謝している住人もいて、少しこそばゆい。
あまり世間話ってのは得意じゃないんだが、ついでに情報収集もしつつ、丁度良かったので、前から気になっていた事をスラムの住人に聞いてみた。
それは、この国でのゴブリンの立ち位置だ。
マルグリットを助けた時に聞いた話では森に住む蛮人といった扱いだと思ったんだが、この国に入って一度もゴブリンを見ていないのには違和感を感じる。
市民にいないのは当然だとしても、奴隷やスラムの住人としてすらも存在しないのは少しおかしいんじゃないのか?
頭は悪いが言葉は通じるし、それなりに器用で力もあるので、鎖に繋いで単純な労働力として使役するなら、ゴブリンにだって使いようはある。
森から出てくるゴブリンがいないとしても、狩人村のヤツ等が小遣い稼ぎに奴隷狩りをしていても俺は驚かない。
しかし、昔の事を知っている住人や元狩人の話を聞いて、その疑問は氷解した。
ご隠居さんも話していた昔のゴブリン軍団の一件は、鎮圧されても尾を引いて、その後しばらくの間はゴブリンが狩られまくったらしい。スラムに居たゴブリンも捕まり、奴隷にされていたゴブリンと合わせて処刑されたようだ。
今でも積極的に狩りはしないものの、森でゴブリンにあったら追い払うのが通例になっているらしい。
お陰でこの数十年、ゴブリンをその目に見た事のある人間は、狩人村以外ではほとんど皆無で、当時は忌み嫌われたゴブリンも、今では物珍しい珍獣のような扱いになっているようだ。まぁ、狩人村では森を荒らす害獣のような扱いみたいだが。
――――はっきり言って、俺の認識は甘すぎた。
森でマルグリットが割とあっさり受け入れてくれたんで勘違いしていたが、害獣や珍獣レベルだとはさすがに思わなかった。
狩人村の入り口に立っていた兵士が俺を攻撃しなかったのは、僥倖と言っていいのかもしれない。
マルグリットがゴブリンに助けられた事を話しておいてくれたのもあるとは思うが、話しかける間もなく追い払われていた可能性も高いだろう。
よくもまぁ、ご隠居さんはそんなゴブリンである俺に紋章入りのハンカチを渡したもんだ。俺のドコを、そんなに気に入ったのやら。
……いや?
俺が気に入られたのは間違っていないと思うが、本当にそれだけか?
日本のなんちゃって政治家ではなく、それこそ赤ん坊の頃から為政者になるべく育てられ勤め上げた人物が、気に入ったってだけで珍獣が困った時には後ろ盾になってやろうだなんて、思うものだろうか?
なにか、ある?
ご隠居さんが、俺に肩入れする事で発生する利益?
それはなんだ?
俺個人の力は、それなりに魅力的だろう。
深層の魔獣である恐狼を狩る戦闘能力に、魔法の道具を魔改造できる固有魔法、俺がゴブリンだと言う事を差し引いても、十分に価値があるはずだ。
だからこそ、最後に勧誘されたんだと思う
しかし、それならそれで、もっとしつこく勧誘されてもおかしくはないよな?
だとすると、俺以外の……?
――ああ、そうか。恐狼の話をした時に、肉を集落のゴブリンに振る舞ったって話をしたなぁ。
もし、俺がこの街に入り浸りになれば、恐狼の肉を食って魔力を高めたゴブリン達が、自分勝手な行動を起こすかもしれない。
それこそ、軍を作るようなゴブリンが現れる可能性だってある。
そうならない為には、俺にとっとと用事を済ませて、森に帰ってもらう必要があるよなぁ。
仮に俺が勧誘を受けたとしても、それならそれで森のゴブリン達を呼び寄せさせて目に見える場所で監視すれば、対処もしやすい。
そんな風にご隠居さんが考えたとしたら、つじつまは合う。
ははは、なんだ、集落のゴブリン達は早速役に立ってくれてるじゃないか。
俺が死ねば、森のゴブリンが暴走しかねない。うん、悪くない抑止力だ。
問題は……。
マルグリットの立場だよなぁ。
へたすると、獣○って事にもなりかねないか?
厳しい身分社会だと、“階級の違う男女で関係を持っただけで死刑”ナンて話もあったくらいだし、○姦はちょっとマズイよなぁ?
ナニか、考えておかねぇとな。
・
大量に食料を買い込んだお陰で宴会は昼を過ぎても終わらなかったんだが、いつまでも付き合いきれないので、レナードに挨拶をして俺はスラムを後にした。
その後、『自在工房』で体に染み付いたスラムの臭いを取り除き、暴狼を売った金の半分を使って様々な物を買い込む。
作るのが手間な布地、生きていくのに必須なミネラルである塩、森では手に入らない香辛料、そして『自在工房』で金属製品を作るために必要となる原材料の鉄、等々など。
いくつもの店を回るのが面倒くさかったので、向かったのはこの街でも大手の商会だ。門前払いをされてもおかしくはないと思ってたんだが、意外な事に門先の守衛に用件を伝えたら、奥に通されて茶が出た。
少しだけ待たされ、出てきた男に買いたい物を伝えると、もう一杯茶を飲んでいる間に注文した品が用意された。頭が痛くなるほどにスムーズな展開だ。
たぶん、この街の大手の商人は皆、俺が貴族に暴狼を売って大金を得た事と、前辺境伯に認められた事を知っているんだろう。
でなければ、身なりだけはまともなゴブリンが店の前に現れて、用件を伝えただけでこうなるなんてありえない。
最初はまともに取引ができるとは思っていなかったので、入り口で拒否された後に紋章入りのハンカチを見せて強引に買おうかと思ったんだが、先手を打たれてしまった。これでは普通に取引をするしかない。
商人相手に取引では勝てる気がしないんで、最初からジョーカーを切ろうとしたんだがなぁ。
先手を打たれて正規の客として扱われた以上、いまさら紋章入りのハンカチを見せて俺の後ろには辺境伯がついているぞと威圧するのは、下策を通り越して愚策でしかない。
必要だから見せるのではなく、虎の威を見せびらかすようなドブネズミに好意を持つ人間がいるはずがないからだ。先ず間違いなく、今後の活動に支障をきたすだろう。
あのゴブリンは、気に入らない事があると権力を傘に着て威張り散らす。そんな噂が流れただけで、俺には致命的だ。
そして、代価として請求された金額も、おそらく正規に流通している値段で計算されているのだと思う。相場は分からないが、街中で売られている塩や香辛料の値段からざっと計算しても、大きな差は無さそうだったしな。
あんまりぼられずに物を買うために色々と考えたんだが、いざ普通に買い物ができると酷く負けた気がする。やはり、商人の方が何枚も上手だったか。
この値段からさらに値切る事は可能だとは思うが、それもできない。
ただでさえ相手は被差別種族の俺を正規の客としてあつかっているのに、駄々をこねるには武器が無い。
これは、俺が商人に対してコネを得ようとしなかった理由でもある。
俺には、商人が欲しがる物を用意する事ができない。貴族には贈り物を。裏社会には禁制品と暴力を。貧民には救済を。では、商人には?
金なら?
多少はある。だからこそ、今回は取引ができた。しかし、商人の目の色が変わるほどじゃあない。
商品なら?
捕獲した魔獣や希少な森の採取品なら欲しがりそうだが、貴族でも無い商人が俺から直接買うのはリスクがあるだろう。狩人村を通さずに買うとなれば、下手すれば密輸にもなりかねないしな。
人脈なら?
俺が持っている人脈で、商人の持っていそうに無い人脈はダークエルフくらいだが、表立ってダークエルフとのコンタクトを望む商人なんて居るとも思えないので、やはり役に立たない。
ついでに言えば、いくら辺境侯のお墨付きをいただいてるからって、しょせん被差別種族でしかない俺が出入りする店で買い物しようって物好きは少ないだろう。となれば、そんなリスクを背負ってまで俺とコネを作りたい商人なんている訳が無い。
落ちぶれた商人を操って、って手が無い訳でも無いが、やりすぎれば大手の商人が全て敵になるし、そうでなくとも裏でこそこそやっていれば目障りだと感じた誰かに消されかねない。
と言う事で諦めた。今は、な。
商人とのコネは、ある程度の影響力が持てるようになってから、また考る予定だ。




