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予想外のトラブルも発生したが、トーラスの街でやっておきたい事もだいたいカタがついた。後は暴狼の代金を受け取って、色々と買い込んだら森の集落に戻る予定だ。
しかし、生きた暴狼は中々の貴重品なようで、手続きやらなにやらに手間取っているのか、いまだに取引が完了しない。
これが狩人村なんかで売るのなら、たぶん手数料をかなり取られてもすぐに金に換わったんだろうが、今回はトーラス辺境伯に仲介を頼んだので、権力争いの道具にされて中々話が進まなかったようだ。
詳しい話はマルグリットも聞かされていないみたいだが、王様への贈り物にされたり、貴族達の秘密の会合で供されたりするらしい。
まぁなんにせよ、取引相手が貴族様なので代金の請求なんかできる訳もなく、家来が金貨の詰まった袋を持ってくるまで待つしかない。
一応、余裕を持って一月程度は戻らないとバグバに言ってあるので、あと五日くらいなら余裕はあるし、あまり待たされるようなら金の受け取りをマルグリットに任せて、一度森に帰れば良いだけだしな。
って事で、待っている間にこの街に住む、俺が影響力を持てそうな三つ目の勢力に、コネを作りに行こうかと思う。
行き先は貧民街。三つ目の勢力とはつまり、スラムの住人だ。
そんなヤツラに何ができるんだ?と思うかもしれないが、中世時代に日本やヨーロッパのスラムに居たようなヤツラは、市民が自分達の財産である奴隷達にもやらせるのを厭うような物事をやって、金を得ていたらしい。
一般的には死体や汚物などの処理と言った穢れ仕事などが話に残っているが、実際にはもっと後ろ暗い仕事も多かったと思う。
なにしろ、“公には存在しない人達”だからな。消耗品として使うにはうってつけだろう。
この世界でも前の世界と同じだとは限らないが、しかしそうでなければ権力者がスラムを放置する意味が無い。
なので、俺の予想はそれほど間違ってはいないと思う。
・
貧民街は、街の南側にあった。
貧民街の位置や様子は、この街に来てから何度もマコラに探らせているので、だいたいは把握している。
ついでに言っておくと、クビラにも『精神感染』で作った精神体を憑かせて街を探らせていた。もっとも、今のところは面白そうな情報を仕入れてこないんだがな。
重要な施設の周囲には何らかの防護策が施されているらしくクビラが近づきたがらないのがその原因なんだが、上位の魔獣を食わせて中層の魔獣並に増やしたクビラの魔力で上昇した能力は危機に対する感知と回避に偏っていて、そのクビラが近づきたがらない以上、その先にはクビラが対処できない障害が存在すると考えた方が良い。
ヘタに無理をさせて、クビラを失うのもバカらしいしな。
なので、いまは街の中に点在する“一見普通の場所なのにクビラが近寄りたがらない場所”の確認だけをさせている。
今すぐ役に立つって事も無いだろうが、その内にこの情報がナニカの役に立つかもしれないからなぁ。
しっかし実際来て見ると、マコラから聞いた以上に酷い場所だな。
トーラスは川沿いに作られた街なので、生活用水を上流から取り入れ、生活排水を下流に流している。
当然、生活排水の集中する街の南側の用水路は酷い臭いをさせていた。
だが、ココの悪臭の原因はそれだけでは無さそうだ。
住人の放つすえた臭いに、廃墟のような建物から匂う黴た臭い。
路地裏から漂うのはゲロと小便とクソが混ざったような臭いと、色々なモノが腐った臭い。
近くにある職人達が暮らす地区から漂ってくるのは、様々な薬品や加工作業から発生する臭いだろう。
それらが混じり合っているせいで貧民街の空気は、鼻が曲がるどころか繊細なヤツなら失神しかねないほどに強烈な臭いを伴っていた。
う~ん、魔法の練習をすると言えばマルグリットも興味を持つかもしれないが、体調が回復するまでココには来させない方が良さそうだな。倒れられても困る。
ちなみに、なんの魔法の練習かと言われれば、『自在工房』の魔法だ。
そして、ソレがコネ作りの代価でもある。
当然の事だが『自在工房』での人体実験には被検体が必要になる。
だいたいの実験にはゴブリンで事足りたんだが、一つ物足りない実験があった。
それは病気の治療実験だ。
ゴブリンでも治療自体はできた。しかし、病人の数には限りがある。わざわざ治療するために病気にさせるにしても、原因が分かっているのなら治療法に頭を悩ませる必要も無いので、あまり意味が無い。
だが、ココには多種多様な病気を抱えたヤツラが山ほど居るはずだ。
治せる保証はないとは言え、魔法の練習の為に無償で治療してやると言えば、いくらでも協力してくれる者は集まるだろう。
どんな病気がどんな症状を現し、同じ病気でも種族によってどんな違いがあるのか……、被検体は多ければ多いほど良い。
“前任者達の記憶”の主にも医療関係者はいたが、自分の能力で診察や治療を行ってみないと解らない事も多いからな。
あと、マルグリットの体調の事だが……。
昨夜はアルコールで痛みに鈍くなったのと、たっぷりと時間をかけて体を慣らしてやったお陰で処女だったってのに大いに乱れたが、今日になってそのツケに襲われ、ベットから起き上がった途端に腰砕けになるほど体に力が入らないようだった。
仕方が無いので、パンを甘めの味付けしたミルクで煮たパン粥を作りベットで食わせて寝かせたが、あの調子だとしばらくは無理をさせないほうが良さそうだ。
っと、そんな事を考えながらマコラの案内で貧民街の中を歩いていると、貧民街のまとめ役をしている男が住んでいるボロ家に到着した。
男の名はレナード・セルマリス。種族はオーク。豚面の巨漢だが、外見に似合わず美学と矜持を重んじる男の様だ。
家名がある事から、どこかの国の貴族だったんではないか?との噂もある。
オークが貴族?と不思議に思ったんだが、ジュラルデン王国を含むいくつかの国では、オーク亜人に分類されているらしい。
まぁ亜人と妖魔と言う分類自体が人間にとって有用かどうかってだけなので、ゴブリンも有用性を示せば亜人に格上げされるかもしれない。
されたから、どうだって話でも無いんだがな。
「ごめんよ。レナードさんって方は、居るかい?」
周囲の家に比べて、壁に穴が開いていないだけましって程度のボロ家の中に向かって声をかける。
「何方かな?」
数分ほど間をおいて、入り口にかけられて布を払って出て来たのは、豚のような顔をした赤銅色の肌の大男だった。
俺を見た瞬間、大男が不快気に眉をひそめる。
俺のなにかが気に障った?
とりあえず、追い返される前に挨拶だけはしておこう。
「俺の名はニグレド、コイツはマコラ、ついでにこっちはリサだ」
「リッサでーす!よろしくねぇー」
リサが俺の頭の上で可愛らしく挨拶するが、レナードは憮然としたままだ。
「……名乗られたからには返さざるを得まいな。
我が名はレナード・セルマリス。
噂の妖精憑きの黒ゴブリンと、最近この辺りを探っていたゴブリンが、何の用だ?」
随分と不機嫌そうだが、原因は何だ?
マコラにスラムを探らせていた事か?それとも俺自身か?単にゴブリンや妖精が嫌いって言うんならお手上げだが……。
それよりも、マコラにはフードつきのローブを着させて正体を隠させていたのに、ゴブリンだってのがばれてたのはマズイな。
マコラの報告では、貧民街でもゴブリンは見つからなかったとの事だ。
となると、ゴブリンだとばれたマコラと俺とのつながりは簡単に想像出来るし、マコラがスラムの事を探っていたのも把握されているって事は、俺がなにかを企んでいると勘ぐられてもおかしくはない。
あ、だから機嫌が悪いのか?
「いやなに、スラムで少し魔法の練習を兼ねた医療行為をしようかと思ってね。アンタがスラムのまとめ役をやってるって聞いたんで、挨拶に来たのさ」
「ほう?それは、どのような練習なのだ?」
おおっと。レナードの威圧感が増したな。
コネを作りに来た以上、仲良くならなきゃならんのだが……。こりゃ、難しいかな?
「口で説明するより、見せた方が早いだろう」
と言いながら、挨拶をする時に脱いだ帽子を二つに引き裂いて、『自在工房』で元通りに修復する。
「ハッ!大した手際だが、人の怪我や病は壊れた道具のように直す事はできん。
何を企んでいるのかは知らんが、癒しの魔法が欲しければ使える者を探すのだな!」
鼻で笑うレナードだが、妙にほっとしているようにも見える。
企むか……。やはり、不機嫌の原因はそれのようだ。
まぁ俺がこの街でやってきた事を考えれば、警戒されても仕方が無いよなぁ。
そう考えると、レナードがほっとするのも分かる。
俺の企みを潰せたと思ったんだよな?
しかし、だとすれば、話は簡単だ。誠意をもって言いくるめ、警戒を解けばいい。
「俺の言葉を信じてもらえないのは残念だ。人体の構造を知っていれば何とかなるものなんだが……。
ああ、そうだ。やって見せれば信じてもらえるかな?」
と、言いつつ今度はマコラの右腕を腰に下げていた切裂き兎の小剣で切断し、『自在工房』で再び繋げる。
「き、貴様……!治す事ができるとは言え、仲間の腕を切り落とすとは一体どう言うつもりだ!?」
へぇ、怒るんだ。
友好的とは言えない上に、異人種であるゴブリン相手でも、仲間を平気で傷つけるような事は許せないってのは嫌いじゃない。
「しかし、こうでもしなければアンタは信じないだろう?」
「グッ……」
あくまでもアンタの信用を得るためにやったのだと言う風に言ってやると、俺のパフォーマンスに激昂したレナードも黙るしかないようだ。
「はなっから信じてないアンタに、治してやるから怪我をしているスラムの住人を連れて来いと言っても無駄だよなぁ?」
「……すまなかった。貴殿の言葉を信じなかった、私の不明を許して欲しい」
追い討ちをかけてみたんだが、レナードは悔しそうに歪めていた顔をすぐに戻して、毅然とした態度で俺に謝罪した。
矜持を重んじるって話を信じて少し強引に話を持っていったんだが、上手くハメる事ができたようだ。
これが面子にしか興味のない高慢な男だったら、逆上して俺が勝手にやったんだろうとわめいていただろう。
しかし自分と相手の矜持を重んじる男ならば、仲間を傷つけてまで信用を得ようとする俺の態度を無碍にはできないはずだ。
なぁ、レナードさんよぉ。
苦痛を感じない擬似人格のマコラが、まるで何事も無かったかのごとく俺の傍にはべり続けるのは、事情を知らないアンタには、まるでマコラが俺に対して、腕を切り落とされようとも揺るがない、絶対の忠誠を抱いているようにも見えるよなぁ?
方々の噂から得体の知れない相手だと分かっていても、本来なら猿並の自制心しかないようなゴブリンがそこまで信頼するんだから、けっして見縊っていい相手ではないと思ったんじゃあないか?
悔しいよなぁ?
相手の言葉を軽んじたせいで、そんな俺に仲間を傷つけさせるような事までやらせてしまったんだ。自分を許せないよなぁ?
だが、安心してくれ。
俺はそこに付け込んだりしない。
そんな事をすれば、アンタの信頼を得られなくなるからなぁ。
「謝る必要なんかねぇさ、分かってくれりゃあそれで良い。
そんな事よりも、俺の提案を受け入れてくれるかい?見ての通り、綺麗な切断面なら傷跡一つ残さず治せるし、骨折の治療を失敗して歪んでくっついた骨なんかも真っ直ぐにできる。
病気ばっかしは治せるかどうか分からねぇが、診て見て治せるようなら努力はしよう」
俺の提案に、今度はレナードもしばらく考え込んで即答をしない。
今回に限って言えば、後ろ暗い事は何も無いのでいくらでも考えてくれ。答えは分かっているけどな。
「一つ聞きたい、それが貴殿にとって何の得がある?」
「さっきも言ったとおり、練習の為だ。
技術はやればやっただけ上達するし、多くの患者を診ればそれだけ多くの症例を知る事もできる」
「しかし、それを態々スラムでやる必要は無かろう?それほどの力が有るのなら、こんな場所でなくとも引く手は多いはずだ」
「ゴブリンの俺がか?
いや、仮に受け入れられたとしても、数をこなしたい俺が場を荒らしゃあ、この街の治療師に喧嘩を売る事になる。
俺は勝てない喧嘩をする気はないんでな」
「他に、他意は無いのだな?」
「まぁ、スラムの住人に貸しを作れりゃあ良いなってくらいの下心はあるぜ?どっちかって言やぁ、俺もこっちの住人だしなぁ。
……アッチコッチで上手く行ったから良いが、ヘタをすれば俺もココから始める事になってた可能性もあったんだ。
それにこれからだって、コケりゃココに住む事になるかも知れねぇしよ」
実際そう言う状況も考えていたので、俺の言葉には必要以上の実感が篭もっている。本当に、上手く行ってくれて良かったよ。
こんな場所からの出発となれば、それこそかなり荒っぽい方法じゃないと名前を売れなくなるからなぁ。
「……分かった、そう言う事であれば場所を提供しよう」




